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急須酌子

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(1985,-s.s.van dine [midget])

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■■■■■■■■■■■■■■■■■■
★S.S.ヴァン・ダイン-著
◎ミゼット・ガン殺人事件
○The  midget murder case
○ファイロ・ヴァンス-シリーズ-13
○米国
○古宮照雄 先生-訳
○東京 : 語学春秋社-1985年10月
○Midnight theater
ミッドナイトシアター-シリーズ04
○ドラマカセットテープ

◆国立国会図書館 東京本館 様-複写資料より
請求記号
Y45-2005
国立国会図書館書誌ID
000001823619

◇◇◇
{◎語学教材より。ヴァン・ダイン氏による短編ミステリー小説です。音声資料は提供がなかったので文章のみ。ダイン氏の13番目の作品…?}

○所要時間…24分
※本編は劇の台本のように、台詞と効果音のみ書かれてます。なのでここでは物語風に書きました。全7章。章は個人的解釈で付けたものです。

◇ニューヨークのカーニィ・ストリートにある「ビリー・エドワード一座」の訓練所で座長のエドワードが殺されそうになる。ヴァンスは心理的な罠で犯人をあぶり出していく…!


~登場人物~
ファイロ・ヴァンス…芸術、科学、宗教あらゆるジャンルに通じている探偵

マーカム…ヴァンスの友人で地方検事

ヒース…殺人課の刑事部長

エレン…ヴァンスの探偵事務所の秘書(この話のみのキャラです。ちなみにこの話ではヴァンスは探偵事務所を開いてる設定になってます)

エドワーズ…サーカスの座長

ティム…一座の主役の小男。身長が33インチ(約83cm)

デューク・ミラー…手品師

ルイーズ…美人の空中ブランコ曲芸師

アンディ・アンダーソン…大男で怪力

エドワーズ夫人…座長の妻

ジェニングズ…一座の訓練所「ボードビル」の管理人

マーフィ…ヒースの部下


◇◇◇
01-リハーサル
02-殺人未遂
03-紅一点
04-第2の殺人
05-事務所襲撃!?
06-取り調べ
07,-お見舞い


◆◆◆◆◆◆
◇01-リハーサル
ここはニューヨークのカーニィ・ストリートにあるビリー・エドワーズ一座の訓練所。ステージではとても小柄な男が座長のエドワーズのピアノに合わせて歌を歌っている。

みんなが知ってる僕らの村は
言うまでもないけれど
小人の僕らだけが住んでる世界
素敵な小さな村の中
隅から隅まで見学したら
この村とはお別れさ
それでは皆さんさよなら…

「うむ、良い感じだ。そうだな、あと数人の小人がいたらこの劇はもっと面白くなると思うが、どうだろう」エドワーズが提案した。すると小男のティムは言った。
「それなら私と同じくらいの背丈の女性がいますよ」
「そうか。ならば、世界最小の夫婦で売り出してみるか。切符の売れ行きも好評だし、我ら一座は、ますます大繁盛するに違いない」
「全く座長ってば、気が早い。上手く行けば、ですよ」


◆◆◆◆◆◆
◇02-殺人未遂
その晩、殺人捜査課のヒース刑事部長の元に1本の電話が来た。
「私はカーニィ・ストリートのボードビルの管理人ジェイニングズと言います。ピストルで人が撃たれてます。大至急来て下さい…!」
「分かりました。どこにも行かずに、現場にも手を触れないで。5分以内にそちらに向かいます」

地方検事事務所のある建物の、8階までの延々と続く階段を昇りながら、秘書のエレンは愚痴をこぼした。
「地方検事さんは高層階に事務所を構えるべきじゃないわ、でなきゃエレベーターを夜でも動くようにしておくべきよ」
数段先を昇っていたヴァンスは、特に疲れた風もなく後ろを振り返ってエレンを見た。
「マーカムには、そう伝えておくよ。君にはこの階段はちょっときつかったかな?」
「ええ、とても苦手。ああ、やっと8階ね」

事務所にはマーカムがまだ残っていて2人を迎え入れた。
「やあ2人共、こんな時間に申し訳ない。しかしヴァンスは、そうしてもらわないと後で困ると思ってね」
「おそらくは。ところで電話ではまだ殺人起きたといえないと言ってたけど、どういうことだい?」ヴァンスはソファーに腰かけて煙草を取り出しながら尋ねた。
「つまりだね、殺人が成立してないということだ。ピストルで撃たれたのは確かだ。被害者は座長のエドワーズで、ティムと言う小人の主役とリハーサル中だった。今、病院にいるが意識不明の重態だ」
「でもどうしてヴァンスに電話をなさったの?」エレンが聞いた。
「そうしないと彼にものすごく怒られるから。ところで、凶器についてだが、エドワーズはミゼット・ガンで撃たれた。現場で見つかった2インチ(約5.08cm)しかない拳銃だ」
エレンは驚いた。「そんな小さな銃で人に致命傷を負わせることが出来ますの?」
その疑問にヴァンスが答えた「ミゼット・ガンはフランスで発明された小型銃だ。とても弾が小さいけど至近距離で心臓や動脈を撃てば人も殺せる。…しかしマーカム君、エドワーズが回復すれば誰が撃ったか本人から聞けるんじゃないの?」
「まあ、そうなんだがね。傷がよくなれば…」マーカムは歯切れ悪く答えた。
ヴァンスは気にするでもなく尋ねた「リハーサル中に他には、誰がいたんだい?」
「その他は空中ブランコ曲芸師のルイーゼ、大男のアンディ、手品師のデュークだ」
するとヴァンスは何やら考え込んで更に尋ねた「なるほど、ちょっとしたサーカス団というわけだね。他に何か気になる点は?」
「団長のエドワーズのポケットに大金が入ってた事だ。700ドル以上あった」
「ありがとう、マーカム君。君の細やかな配慮に感謝するよ。それから、事件が解決するまでエドワーズの容態については、マスコミには一切漏らさないように。そうすればこちらも、手を打つ時間が稼げるからね。それじゃ、リハーサル中だった他のメンバーにもさっそく会いに行かなくてはね」


◆◆◆◆◆◆
◇03-紅一点
訓練場は、警察の捜査が入ったため、座長以外のティム、デューク、ルイーズ、アンディら一座は、近所のホテルで待機していた。皆は、デュークの部屋に集まってこれからの事を話し合っていた。(アンディは大男で狭い場所を嫌がるので別の部屋にいる)

「なあルイーズ、なんで俺と組まないんだよ。もし今、エドワーズが意識を取り戻したって、彼が現場復帰できるのは何か月も先だ。座長がいないとなれば、この一座を俺たちで回していかないと行けないんだぜ?」デュークは新しいマジックのネタのパートナーに、ルイーゼを引き込もうと説得を試みていた。
「ダメよ、この一座は団長が仕切っているのよ。そんな勝手なこと……」と、ルイーズの歯切れは悪い。
デュークの説得にティムも異議を唱えた「僕もだよ。今できるのは団長の意識が戻るのを待つことだけさ」
「もちろんティム、お前も一緒だ。俺たち3人でエドワーズが決めた出演契約を引き受ければいいじゃないか。小人の国の芝居はアイディアも悪くないし、俺はな、お前たちが団長がいなくても立派にやれると言いたいんだよ」
ルイーズはそれでも返事を渋った「でもデューク、せっかくだけど、やっぱり私は……」
「言い訳を探すのは、やめろって。俺だってわからず屋じゃないさ。けどな、あまりお前たちが俺の機嫌を損ねるのなら……って、おいっティム、どこへ行くのさ?」
「別に。ちょっと……」そう言うとティムは部屋から出て行ってしまった。
「なに、気にすることはないさ。ティムはなルイーズ、お前に惚れてるんだ。俺がお前を引き込もうとしてる事が面白くないのさ」デュークは軽い調子で言った。
「ねえ、さっきの話で、あなたが機嫌を損ねると、どうなるというの……?」ルイーズは聞いた。
「なあルイーズ、俺は知ってるんだぞ。エドワーズとお前が、特別親しい間柄だってな、しかもエドワーズには、ちゃんと美しい伴侶がいるっていうのに。もし俺がこの事を警察に話せば、お前がどうなるか……」
ルイーズは怪訝(けげん)そうな顔をした「あなたって嫌らしい人ね……!」
「なんとでも。俺はただ、お前たちに団長がいなくても、この一座を続けて行こうと説得したいだけさ。なあ、ものは試しだ。俺と組まないか?それにな、さっき言ったようにティムはルイーズに惚れてるから、お前がうん、といえばあいつも、アンディもついてくるさ。俺だってお前の事……」不意にルイーズの肩に手をのせただけだが、ルイーズは恐れを感じた。
「いや、触らないで。あっち行って…!」
突然、部屋のドアが開いてティムとアンディがやって来た。
「ほら、見てみろよアンディ。僕が呼んだ理由が分かっただろ?デュークがルイーズに指一本触れないようにしてくれ」
アンディは、怪力でデュークの腕を引っ張ると、ルイーズから引き離した「俺は、別に何も…彼女と仕事の話をしてただけで……いてて!」
「ルイーズ、大丈夫かい?アンディ、デュークを部屋からつまみ出せよ」
「こいつが、ルイーズを……」アンディはデュークの腕を持ったままドアへ向かった。
「おい、アンディ、やめろよ」
「私はなんともないわ。ねえ離してあげて……!」

丁度、ホテルの廊下で彼らがすったもんだしてると、ヴァンスがやって来た。
「やあ、皆さん。どうしたんですか?お取り込み中で悪いけど、お邪魔しても良いでしょうか」
近くにいたルイーズが聞いた「あの、あなたは…?」
「申し遅れました。ファイロ・ヴァンスと申します。エドワーズ狙撃事件で皆さんのお話を伺いたくて参りました」
「ルイーズ、こいつの事もつまみ出すか?」ルイーズの前にアンディが立ち塞がる。
「お願いアンディ、だれもつまみ出さないで。ヴァンスさんと言いましたわね。私たち、先程警察の方へ全てお答えしましたが……」
「そうですね。しかし皆さんとは、穏便に話せるうちに会いたかったんですよ。僕が動かしがたい証拠を見つけ出して、この中の誰か1人が嫌というほど長い間、刑務所に容れられてしまうような事にならないうちにね」


◆◆◆◆◆◆
◇04-第2の殺人
ヴァンスが、ホテルのエドワーズ一座の元へ話を聞きに行っている間、マーカム、ヒース刑事部長と部下たちはエドワーズ邸を捜索していた。

「この邸内に、きっと事件に関する手がかりがあるはずだが、大抵の場所は探してしまったな。マーカム検事、そちらはどうですか?」応接室から出てきたヒースは、ピアノ室にいるマーカムに声をかけた。
「こちらも事件に関係ありそうなものは、特にありませんな。あ、そうだ。エドワーズの容態をマスコミに伏せて下さりありがとうございます」
「もちろんですよ。特にヴァンスさんからの強い要望となれば、尚更です。いつも、あの人の言う通りの指示に従ってますが、それで悪い結果になったことは1度もありませんからな。今回もきっと何か理由があるんでしょう」

部屋にはグランドピアノがあり、壁には公演の記念写真が飾られている。その中にエドワーズ夫妻の写真もあった。
「エドワーズ夫人が邸にいてくれたら、話は早いんだがな。おい、まだ夫人とは連絡が取れないのか?」
現場で捜索していた部下のマーフィが答える「はい、今日はリハーサルなので自宅にいるとの事ですが」
「ちょっと用事で外出したようだな。それにしても、帰宅したら警察の家宅捜索に苦情を言わなければよいが……」
ヒースはふと、ピアノ室の隅に置かれた大きなトランクに目を向けた。巡業公演もあるから、しょっちゅう遠出もあるだろう。しかしピアノ室の中で、そのトランクは妙に浮いた感じがした。ヒースは近づいてトランクの金具を開けた。鍵はかかってない。フタを持ち上げようとするが、中で何かが引っ掛かり持ち上がらない。
「おい、ちょっと手伝ってくれ」
ヒースと部下たちが力を込めるとトランクが開いた。しかし中身を見た途端、その場にいた彼らは驚いて愕然(がくぜん)とした。
「なんてことだ、これでまた手掛かりが1つ失われてしまった……」ヒースは呟(つぶや)いた。

トランクの中には、うずくまった姿の女性がいた。見ると首には絞められた後があり、かなり力強い者に絞殺されたようだ。それは、未だ連絡がつかないエドワーズ夫人なのだった。


◆◆◆◆◆◆
◇05-事務所襲撃!?
翌日、ヴァンスの事務所でエレンがタイプを打って仕事していると、電話がかかってきた。
「……申し訳ありません。ヴァンスは本日、誰とも取り次がないようにと仰せつかっておりまして……手が空きましたら、こちらから折り返します……では」
電話をおくと、誰かが事務所のドアをノックした。
エレンがドアを開けると、廊下にドアより背丈の高い大男が立っていた。エドワーズ一座のアンディだった「ヴァンスさんにお会いしたいのです」
「せっかくお越し頂き申し訳ありませんが、ヴァンスは本日、誰ともお会いできないと……」
「ティムと会っているのだろう」
「はい。実は、あちらの部屋でティムさんとお話されてます。なので、少しこちらでお待ち頂ければ、あとでヴァンスは喜んでお会いしますわ」
「すぐ会いたいのだ」そう言うと、アンディは奥の部屋へ通じるドアを開けようとするが、鍵がかかって開けられない。更にアンディがドアノブに力を込めたので、とうとうドアは壊れて派手な音を立てて開いてしまった!
「うわっ、何してるんだ、アンディ!」
「エレン、どうしたんだい……?いやいや、アンディ君。ドアを壊してまで入って来るなんて、恐れ入ったよ」そう言うものの、ヴァンスは特に驚きもせず座ってる。
「ヴァンス、警察を呼んだ方が……!」すっかり驚いたエレンが狼狽(うろた)えてる。
「いいから、大丈夫だから、君は自分の仕事に戻って。アンディにも何か深い理由があったのだろう。僕が彼から話を聞くから」
ようやく落ち着いたティムはアンディを叱った。
「アンディ、ホテルで待ってるよう言っただろう。ヴァンスさんの事務所のドアを壊してしまったじゃないか!!」
「でも、お前がヴァンスさんに、厳しく追求されているんじゃないかと思って……」大男は体格の良さに似合わずにしょげている。
「違うよ。僕は、ヴァンスさんに協力をお願いしていたんだ。団長が昔、巡回興業でお金を貸した事を話したんだよ」
「何でそんな事を……!」アンディはうろたえた。
「だって、エドワーズを撃った奴の手がかりになるかもしれないだろう……」
そこへヴァンスも加わった「実はね、どうしてエドワーズさんのポケットに大金が入っていたのか説明出来ただけで、今のところはそれしか分かってないんだよ」
アンディは納得したようだ「そうか。だがな、ヴァンスさんが探偵事務所にティムを呼んだと教えてくれたのは、デュークだぞ。あいつは、何かお前に良くない事を考えてるかもしれないぞ」
ティムはくすくす笑った「そんな事はないさ。さあヴァンスさん、僕が話せる事はこれだけです。ところでエドワーズの容態はどうなんですか?」
「まずまずですね……まだ意識が戻らないので、話が出来ないんですよ」ヴァンスは曖昧に答えた。



ティムとアンディが帰ってしまってから、エレンはヴァンスに話しかけた。
「ヴァンス、大変だったわね」
「いいや、大した事じゃないよ。それよりも、エドワーズ一座の彼らの話を聞いて、あの4人の誰かがエドワーズを撃ったという可能性が強くなって来た」
丁度そこへマーカムが訪ねてきた「おや、これはどうしたんだ、ヴァンス?事務所は奇襲でも受けたのかね!」
「いいや、ドアを開けるのが面倒くさい大男が事務所にやって来たんですよ」ヴァンスは陽気に答えた。
「そうよ、ドアが悪いのよ。ドアが大男にぶつかったせいよ」エレンも付け加えて3人は笑い合った。

「ところでヴァンス。もう1つ新しい情報だ。エドワーズ邸で夫人の絞殺死体が見つかった」
ヴァンスとエレンは驚いた。
「本当ですか」
「まあ、なんてこと…!」
マーカムは報告を続けた「ドアマス検死官によると死亡推定時刻は、昨日の午後との事だ」
「じゃあ夫人は、エドワーズさんが撃たれる前に殺されたのね。余程の力持ちが……」エレンは呟いた。
ヴァンスも先程のティムの話を報告した「それから、凶器のミゼット・ガンはティムのものだそうです。彼が自分から話してくれました。少し前に盗まれたそうです。それとエドワーズは団員らにも高利貸をしてたとの話も聞きました……そうか、夫人は絞殺か……」
するとヴァンスは外出の支度を始めた。
「あら、どちらまで?」エレンが声をかけた。
「まだ君に相談したいことがあるんだが……」マーカムも引き留めた。
「また後で。思い立った事があるからちょっと出かけてくる。1時間くらいで戻るよ」

ヴァンスが事務所を出て廊下を進むと、突然伸びた腕がヴァンスを掴んで、物陰に引き込んだ…!
「どこへ行こうとしてるんだ、ヴァンスさん」
「あのねえ、アンディ君……君の手は今、僕の首をつかんでるんだよ……」手加減はしてるようだが、かといって緩めるでもなく、アンディはヴァンスの首を掴んだまま言った。
「頼むから…もう俺たちの件から手を引いてくれ…ティムも、ルイーズもいい奴らなんだ…もちろん、デュークの事だって。俺たちの中に、人殺しなんかいやしない……!これ以上、構わないでくれ…」
そう言うと、ヴァンスから手を離し、アンディは去って行ったのだった。


◆◆◆◆◆◆
◇06-取り調べ
その日、マーカムはマスコミへの記者会見に臨んでいた。
「……今回のエドワーズ氏の狙撃事件には、4人の容疑者が浮上していました。また、エドワーズ夫人の絞殺死体も見つかってます。この2件は関連があると見て捜査し、現在ヒース刑事部長が、アンディを重要参考人として取り調べ中との事……またエドワーズ氏の容態について等、その他の情報は捜査機密事項として公開しておりません……」



ヒースがアンディから事情聴取している狭い取調室では、ちょっとした騒動が起きていた。
「一体、何人がかりなら、この大男を大人しくさせられるんだ!?」
「俺は殺してないと言ってるだろう!」アンディも負けずに応じる。
「分かったから、落ち着け!しかし、状況はかなり悪いぞ。お前は以前からエドワーズを脅していた。エドワーズ夫人はその事でお前を咎めたから、カッとなって殺したんだろう。それから、ルイーズの件もある。お前は彼女に好意があった。しかしエドワーズが彼女を付け回していたのを見て始末しようと思った、違うか?」
「馬鹿馬鹿しい、どうして俺が殺さないといけない?」アンディは警官たちに掴みかかった。
「仕方がない。おいマーフィ、ルイーズさんをここへお連れしろ」
隣の部屋で取り調べの様子を見ていたルイーズが連れてこられた。ヒースは話しかけた。
「こいつはですね、あなたのせいで話したがりません。彼を説得してくれませんかね?」
「まあ、アンディ。警察の方の役に立つお話があるなら、話して」
「俺が話さないのは、お前のためだ……」さっきとは打って変わってアンディは、ぼそっと言った。
「どうぞ、話してかまわないわよ」ルイーズは優しく諭した。
「じゃあ話すぞ。エドワーズ団長が撃たれる前に、俺は凶器のあの小さいピストルを、ルイーズが持っているのを見かけたんだ」
それを聞いたルイーズは、ふっふっふと笑った「ピストルって、ひょっとしたらこれの事かしら?どうぞ警部さん、ご覧になって。これは全く無害安全ですわ」
彼女が取り出したのは、ブレスレットの細い鎖に玩具のピストルが付いている物だった。
「なるほど、これは確かに玩具ですな」
「アンディってば、私が団長を殺したと思ってたのね」
「まさかと思って……」アンディは面食らってしょげてしまった。
「いやね、私じゃないわよ。ねえそれより警部さん、エドワーズの容態はどうなんですの?もし意識が回復したら、早く彼のお見舞いに行きたいんですけど」
「彼の意識が回復してくれたら、こんな取り調べは必要なくなるんですがね。彼はまだ、意識不明ですよ」



先に帰されたルイーズの元にヴァンスがやって来た。
「こんにちは、ルイーズさん。部長さんに呼び出されてお疲れのところを恐縮ですが、少しよろしいですか?」
「ええ、少しなら構いません…私、少し神経衰弱気味で……」
「ルイーズさんに教えて欲しい事があるんです。エドワーズ一座の団員たちはみんな、あなたに好意を持っていらっしゃるようですね。この前のホテルの会話でもそのような話をしてましたし」
「ええ、3人共とてもいい人たちで、私は好きですわ。でも私は、エドワーズさんに好意を寄せてるから、あの3人の誰かがエドワーズさんを撃った、ヴァンスさんはそう考えてらっしゃるのね」
「そう……ティムも、アンディも、デュークも君の愛情を得たいと思っていた。そして、エドワーズ夫人を殺したのは、何か他の動機がある……僕もルイーズさんから、得たい物があるんだ。エドワーズさんを撃った犯人を知るためにね。君の助力が必要なんです……」
そう言うと、ヴァンスはルイーズに、ある事を打ち明けたのだった。


◆◆◆◆◆◆
◇07,-お見舞い
警察の捜査が引き上げ、一座はボードビルで稽古(けいこ)に励んでいた。
デュークがピアノを弾いて、それに合わせてティムが歌う。しかし、なかなか調子が出ない。
「どうしたんだよティム、いつものお前はもっとやれるはずだろ」
「分からないけど、歌えないんだ……」
デュークはピアノの椅子から立ち上がると、ゆっくりティムに近づいてささやくように聞いた。
「……ティム、お前どのくらい借金してたんだ?」
「何の話だよ、俺は借金なんか……」
「嘘つくなよ。エドワーズ団長は帳簿をきちんと記してた。俺の名前の上にティム、お前の名前があった。金額は忘れたけどな」
「2、3百ドルくらい……でも仕事が始まったらすぐ返すつもりで……」
「このまま、意識が戻らなければ返さなくてもよくなるしな」
ティムはデュークを咎(とが)める目で見た。
「デューク、そんな事やたら言うもんじゃない。お前こそ、団長を撃ったんじゃないのか?お前は金を借りてたし、ルイーズも手に入れたかった、だから俺のミゼット・ガンを盗んで団長の事を…!」
その時、稽古場の向こうのドアが開いて、ヴァンスが顔を覗かせた。
「ああ、ここにいらしたんですか」朗らかに話しかけられ、ティムもデュークも、バツが悪そうだった。
「ヴァンスさん、今日はどんな用事ですか?」
「良い知らせを持ってきましたよ。エドワーズ氏は快方に向かっていて、今夜には意識を取り戻しそうだとの事です。アンディとルイーズにも伝えてあります。だからもう、取り調べのこと等は、気になさらず稽古に励んで下さいね。エドワーズ氏の意識が回復したら誰に撃たれたか、彼の口から聞けますから」



その夜。エドワーズ氏が入院してる病室の前に1人の看護師がやって来た。病室の入り口には見張り役として、警官のマーティが立っていた。
「ご苦労様です、おまわりさん。すみません、お見舞いでこの花束を預かったので、病室に入っても良いでしょうか?」
「せっかくですが、この病室には誰も入れないようにとの指示を受けております」
「でも私は、看護師で……」
「すみません、看護師の方でも許可出来ないんです」
「仕方ないですね、ではこの花は上の階の患者さんに持って行きましょう」
「それはいい考えだ。あ、1本だけ分けてくれないかい?妻への土産にするから」

……
その後、しばらくして医師が慌ててやって来た。
「おまわりさん、手を貸してもらえませんかね!?下の階の患者さんが暴れてて、手に負えないんですよ」
「ですが私は今、この持ち場を離れられないんです、応援を呼んで……」
「それでは間に合いません、緊急事態です。あの患者さんは狂人で……もし外に逃げ出したら大変な事になります!」
「分かりました、応援が来るまでは……!」



入口に誰もいなくなった病室の前に、闇に紛れ1人の人影がやって来た。
「……意識を取り戻されたら……厄介な……今夜、息の根を止めさせてもらう……!!」

「さあ部長さん、明かりをつけて下さい!」
突然、部屋が明るくなった。目の前にはナイフを持ったままのルイーズが立ちすくんでいた。
「こんばんはルイーズ、まだ終わってない「仕事」の片付けに来たね」隣のベッドの仕切りカーテンがサーッと開いて、ヴァンスが現れた。
「ヴァンスさん……!?」ルイーズは驚いて目を見開いた。
「さて、難なく入口の警官を追っ払えたけど、まんまと僕の罠に引っかかったね。さっきの看護師も医者も、ひょっとしてデュークかな?彼は手品師で変装も得意みたいだしね」
「そうよ、あれはデュークよ。彼ってば、私が手品のパートナーになってあげるって言ったら喜んで協力してくれたわ。あいつは私のためなら何だってするんだから」
「そう丁度、君がエドワーズ氏の為ならば、殺人さえもいとわないようにね」
「何ですって!?」
「エドワーズ夫人を殺したのは君だよ、ルイーズ。けれどエドワーズ氏は君を恐れて、愛想を尽かしたんだ。彼に拒絶された君はエドワーズ氏を撃った。ティムから盗んだあのミゼット・ガンでね」
「ヴァンスさんって、とっても頭がいいのねぇ……でも私が武器を持ってる事を忘れてるわ!」
素早くヴァンスに飛びかかるが、それより早くヒースが彼女を取り押さえた!
「離せっ……離せぇー!!」
美人の花形空中ブランコの曲芸師は、ありったけの毒舌を吐き散らしながら警官たちに連行されて行ったのだった……。



「はい、ヴァンス探偵事務所です……申し訳ありません、本日ヴァンスは不在でございます……はい、失礼します」
電話を置いてからエレンは事務机に戻った。
「ねえヴァンス、今日、私がいることでどんなに役立ってるかわかったでしょう。今日はずっと居留守を使い続けてるわ」
斜め向かいの事務机の安楽椅子で、煙草をくゆらせてるヴァンスは言った。
「いけないことかなあ」
「いいえ、それで休まるのならば。……ところで、エドワーズ氏を撃った犯人がよくルイーズだと分かったわね」
「そんな事はないよ。彼女は自分からそう言ったんだ。一座の彼らには誰にでも、動機も撃つ機会も充分あった。でもあの4人の中でルイーズだけは完璧で、ヘマや隙が全く無かった。それこそ彼女が犯人だと言うことを示していたんだ。けれどこの事件は最初から迷宮入りしそうな予感があった。だからこそ事件が起きた最初の日に、エドワーズ氏の容態を伏せておく必要があったんだ」
「だからマーカムさんは、あなたに電話したのね。私にもエドワーズ氏の容態を伏せておくために。でもエドワーズ氏は危なかったわね。病室にまで犯人が入り込んで……下手をすれば命が危なかったわ……!」エレンはハラハラしながら言った。
「いや、あの病室には誰もいなかったんだよ。実はねエドワーズ氏は、2日前に既に亡くなっているんだよ」
「え!?」
「彼は事件当日に、病院に搬送されてからすぐ死んでしまった。でもその事を犯人に知られるわけにはいかなかったんだ」
「そうだったの……ところで私、エドワーズ夫人を殺したのが、あの華奢(きゃしゃ)なルイーズだなんて今ひとつ納得できないわ。大男のアンディさんを疑ってたのに」
「エレン、思い出してごらん。ルイーズは空中ブランコの曲芸師なんだよ。空中ブランコで技をやってのけるには相当の筋力を要するだろう。彼女は見事な腕力を持ち合わせていたのさ」
「けれど賢さに欠けていたのは残念ね。彼女はエドワーズ氏の意識が回復したら、自分が犯人であると判明することを恐れたのね。気の毒に、デュークさんまで巻き込んで」
「まあ、この事件は女性の嫉妬心から起きた1つの例だね」
「あら、ヴァンス。これは大事な教訓よ。いつかあなたがロマンスを体験するときのね」
「あはは、今のところはロマンスを求めたいとは思わないけど。でも僕は満足だよ。迷宮入りになりそうだった、このミゼット・ガン殺人事件を晴れて解決する事ができたんだからね」



《終》

{◎日本語訳を読んでみて音声の方もちょっと聞いてみたいと思いました。皆、どんな声なんだろう?ところで、これはいつ頃の作品なのかしら。ヴァン・ダイン氏の年代は1888~1939年なので。もしかすると日本の出版社さんによる同人誌(同じキャラクターを使った創作)かも…?}
*****
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