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第二章

第二章 welcome & comeback 異世界

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 第二章 welcome & comeback 異世界
次に目覚めた時、私の目に映ったのは白い天井だった。
ここはどこだろうと周りを見渡した。
そこは広い部屋で天井と壁が白く、テーブルや調度品は見るからに高価なものだった。
窓の外は明るく鳥の鳴き声が聞こえてくる。
全く理解が追いつかない私は、徐にベッドから出て周りを見渡した。
すると大きな姿見が私の姿を写した。
その子に立っていたのは、小さな少女だ。
その少女は、雪のような白銀の髪で、綺麗なブルーの瞳をしていた。
「・・・誰?」と思い鏡に近づいた。
しばらく鏡を見て気付いた。「これ私?・・・お母さんにそっくり・・・」
意味がわからなかった。
なんで私の姿が変わっているのか、なんで自分の母とそっくりな少女が目の前にいるのか・・・
すると突然激しい頭痛が私を襲った。
それは文字通り頭が割れるかと思うほどの物で、立っていられなかった私は何かに捕まろうと手を伸ばしたら机の花瓶が床に落ちて砕け散り、そのまま私も床に倒れ込んでしまった。
すると部屋の外から声が聞こえ、一人のメイド服の女性が駆け寄ってきた。
その女性は何か叫んでいるが、理解する余裕がなかった。
なぜなら、その時私の頭には、私の知らない誰かの記憶が流れ込んできていたからだ。
それは、その少女がこれまで誰かと話してきたもの、見てきたもの、怖かったこと楽しかったことその時の感情までもが次々と頭に流れ込んできたのだ。
そして未来のアイリスがその目で見るであろう。
街が焼かれ、民が殺されている光景までもが流れ込んできているのだ。
「なんで、待って!やめて!」
民が切り殺される所を見てしまった。
だがその声が届くことはない。それになす術なくただ見ることしかできず耐えるしかなかった。
しばらくすると頭痛がおさまり、ようやく私はゆっくりと目を開け周りを見ることができた。
すると一人の女性がずっと私のそばに寄り添って私の名前を呼んでいることに気付いた。
「・・・誰?」
「・・・お・・お嬢・・・お嬢様!」
その女性は、とても安堵の表情で私のことを見てくれた。
「お嬢様大丈夫ですか?急に倒れ込んでしまって、何度もお声をおかけしたのに、とても苦しそうにされていたので、私はとても不安になってしましまいした」
「誰なの?」
「はい!ターニャですよ!お嬢様のメイドのターニャですよ」
そっくりだ。あの地下で見た人とそっくりだ。
「「でも、ターニャはあの時、私たちを守って・・・ここにいるはず無いのに」」
私は、ターニャの手を取り立ち上りベッドに腰をかけた。
ターニャはドアの方に向かい、床に散らばった朝食を片付け始めた。どうやら私が倒れているのを見て急いで駆け寄ってきくれたようだ。
「お嬢様、申し訳ありません。すぐに新しい朝ごはんをお持ちしますね」
「あ、あの!・・・こんなこと聞くの変なのだけど・・・あなたってそっくりな姉妹っていたかしら?」
「・・・いえ、いませんよ。急にどうしたんですか?」
「そ・・・そう・なのね」
手早く散らばったそれを片すと部屋から出ていった。
私は状況を理解しようとした。この記憶では、私はアイリスという8歳の少女なのだと言っている。だけどアニスの記憶ではついさっきまで逃げ惑っていたからだ。
すると私はベッドに置かれた、新聞に目が行った。
「ターニャがこれだけ置いていってくれたのね」
新聞を手に取り、私はそれに驚愕した。
「なんで?」
理解ができなかった。文字も全てが見たこともないものはずなのに理解できてまった。
ただ私の中からボソッとこの言葉が出てきた。
「これあの子の世界だ」
なぜか私は笑っていた。それは喜びではなく混乱から来るものだった。
次の瞬間私は大声で叫んだ。
「なんで!!!」城中にその声が響いた

     3日後・夜・王城・アイリス自室
「姫様どうしたのかしら?」「部屋から出てこないって」「体調を崩されたのかしら?」
城で働く使用人たちが口々に姫を心配する言葉を口にしている。
私が過去に戻り一夜明けたが、私は部屋に引きこもってしまっていた。
部屋の外では、ターニャが心配そうに部屋のドアを見つめている。
ベッドに潜り布団を頭から被って、おびえているアイリス。
怖かった。
初めて見る場所・初めて会う他人そしてなにより自分では無い母親の記憶が自分の中にあることだ。初めて会うはずなのにその人の名前がわかり、初めて見る場所なのにそこがどこかわかってしまう。
すべて初めてなのに全てがわかる。それが怖くて、とても気持ち悪かった。
「なんで私がこんな事になるの?なんで会ったこと無い人の名前がわかるの?
なんで話された内容が理解できてしまうの、この記憶と感情は何なの?「「あの日」」なんで私たちが襲われるの?」
私は、ただ一人で泣いていた。
「もし私が未来を変えることができたら、あの未来は変えられるの?
アニスの未来とアイリスの未来を・・・でもそうしたら私はどうなるの?」
怖かった。もし本当にこの先起こることを防いで未来を変えたら
私という存在は無くなってしまうかもしれない。
本来なら、私は日本に残ってアイリスという存在だけがこの世界に来るはずだったからだ。
怖くなった。もし自分の存在が消えてしまうと思ってしまったらと
その後も泣き続け、そのまま眠ってしまった。

     王城・王執務室
日が登った朝、大きな机の前に一人の男性が黙々と書類作業をしている。
その男性はとても高貴な雰囲気を醸し出し、背後には我が国の国旗が鎮座している。
「・・・ふう・・・すまんが誰かいるか?」
「はい陛下如何されましたか?」
「すまんが、お茶を頼む」
「畏まりました」
と慣れたようなやりとりだ。
入れて貰ったばかりのお茶を一口啜り、ため息をついた。
「アイリスはまだ部屋から出てこないのか?」

夜が明け、目を覚ました。
涙で腫らした目で改めて周りを見渡すと、昨日と変わることなくアイリスの自室である。
「夢じゃなかった」
コンコンとドアを叩く音がした。
「・・・・・」
「失礼しますね」
ドアを開けるとターニャが朝食を持ってきてくれた。
「お嬢様。ご加減如何ですか?
本日は陛下が隣国に行かれるのですよ。見送りはいいのですか?」
「・・・・・」
ベッドに座り下を俯いたまま無言のアイリス。
ふうとため息をついた。
「今日は、こちらで朝食としましょうか。食べないと体に悪いですよ」
と笑顔で私のベッドに朝食を置いてくれた。
「・・・いらない」
食べたくなかった。そんな気分じゃなかった。だけど美味しそうなスープの香を嗅いだ途端お腹から大きな音が鳴った。急に恥ずかしくなった。
クスクスと笑うターニャ。
「いけませんよ姫様。食べないと治るものも治らないですよ」
むうと思いつつも、確かに言う通りだ。と思い食事に手を伸ばした時、あることに気づいた。
「あ・・・」
それは、アニスである時の私に未来のターニャが、いつも風邪を引いた時に出してくれた。
鶏肉と野菜が小さく刻まれ、柔らかく煮込まれたチキンスープだった。
「これって」
「はい。風邪を引いた時はこれがとってもいいんですよ。今日はお嬢様のために作らせていただきました。」
恐る恐るスプーンを取りそれを一掬いし口に運んだ。
「お嬢様!」
ターニャが私を見て驚いた。
私の目から大粒の涙が溢れていた。
同じだターニャが作ってくれたスープは、リリーが風邪をひいた私に作ってくれたのと
「同じだ・・・リリーが作ってくれたのと同じだ」
彼女は言っていた。これはお婆さまから教えてもらったもので私しか知らないと
さらに涙が溢れ、それがベッドにポタポタと染みを作っていく。
「お嬢様!大丈夫ですか」
「゛あ゛あああー!」
泣いた。声にならない泣き声を上げ年相応の女の子のように泣いた。
「「ああ!一緒だ。やっぱり私は違う世界にいるんだ。これはリリーしか作れない。
やっぱり「あの日」起きたことは夢じゃないんだ!
この記憶にある歴史は本当に起きてしまうことなんだ!」」
泣きじゃくるアイリスをどうしていいか分からずオロオロとしてしまう。
「「なんで私なの?なんでママや松本さんが死んじゃうの?なんで・・・なんでみんな死んじゃうの!私に何をしろって言うのよ。またあんな怖い思いしないといけないの・・・
ねえリリー私通したらいいの・・・」」
母とリリーの最後を思い出してしまっていた。
ガバッと強い衝撃を感じた。
「お嬢様!大丈夫です!私はここにいます!ずっといますから怖がらないでください。」
温かい温もりを感じた。
ターニャが私を強く抱きしめてくれていた。
「・・・ターニャ?」
「はい!お嬢様。私はここにいます。ずっといますよ」
「・・・そこにいるの?」
「はい」
「「夢じゃない。ターニャがいる。大好きなターニャがいる。生きてる。」」
私は、感極まりターニャに抱きつきまた大泣きした。
ターニャは優しく私を抱き締めてくれた。

その後しばらく私は泣き続けていた。
ようやく落ち着きを取り戻した私。目がまた赤くなっていた。
コンコンとまたドアの音がした。
「・・・はい」
「姫様。冷めてしまったので、温め直してきました。」
「・・・うん」
またスープを一掬いし口に運んだ。
「美味しい」
「良かったです」
その後、スープを全部飲み干した私は、部屋から街の光景を見ながら考えていた。
「「アイリスとしての記憶が私に流れ込み気付いたことがある。
この城の皆や家族はアイリスのことをとても大事に思っていてくれている。
そしてそれはアイリスも同じものを持っていることを私は知っている。
だからお母さんは、なんとしても「あの日」を止めたい。
たとえ歴史を変えても。
不条理に死んでしまった人々を救いたい、救わなければいけない。
そして今は私自身も同じ思いを持ってしまっていた。私も皆のことが大好きになった。大好きな人達を殺させたりしない、失いたくない。だからこそ止めたいと」」
「だからこそ私が守る。今度こそアニスとしてアイリスとして大好きな人たちを守る。
今の私には精霊の力と魔法の力があるんだから。
みんなを殺させたりなんかしない!必ず救ってみせる。」
そう強く決意した。

服を着替えたアイリスは、あらためて現状の確認するためにノートにアイリスとアニスの記憶をわかっている範囲を書き込んだ。
「私は、ディストブルグ王国 第一姫殿下アイリス ウィン ディストブルクの姫で
今の私は9歳になって数日前に加護の儀式と誕生日を迎えた。
アイリスの記憶によればこの国は小国だが大陸の中心にあって、北からの難民受け入れを行いそれに伴う財政支出を蒸気機関車の交易路が完成したおかげでなんとか持っている。
まず大きな事件として
・国王である父と弟が列車事故に巻き込まれ重傷を負う。
・隣国で疫病が蔓延し多くの人々が亡くなる。その時隣国の婚約者が疫病により亡くなる。
・大陸中で飢饉が発生
・ジラート鉱山で大規模落盤事故が起き、多数の死傷者が出る。
・この国から金鉱山が発見され、それが原因で紛争が起きる。
・スラムでの疫病が蔓延し、国内不信を招き暴動が何度も起きる。
Etc・・・と知っていることを全て書き示していく。
そして最後の出来事を書こうとした時、ペンの動きが鈍くなった。
・・・・・アイリスが19歳の誕生日前日に国中を黒い軍隊に襲われ、この国は地図から無くなった。

その文字を見つめ、表情が暗くなったアイリス。
「違う!まだ間に合う。私があんな事起こさせない!そう決めたじゃない」
首をブンブン振り、嫌な感情を振り払った。
「一番新しいことは、列車事故と疫病ね。
この時代疫病や事故が多いわね。特にこの疫病・・・この特効薬の元になる薬草はあの本に書かれていたからそれを確かめに行かないと。確かこの直前に列車事故にお父様が巻き込まれたせいで対処が遅れた。」
ハッと一つの事に気づいた。
「「お父様が巻き込まれた列車事故って確か私が9歳になった直後のはず・・・」」
考え込んでいた。どこかで誰かがそのことを言っていたような
「「「お嬢様。ご加減如何ですか?本日は陛下が隣国に行かれるのですよ。見送りはいいのですか?」」」
「あーーー!」
強くテーブルを叩き、立ち上がった。
「止めないと!ターニャ!」
「お嬢様?」
「お父様たちは、もう行ってしまったの?何で移動する予定なの?」
「え?ああ、はい。陛下とラット殿下は、今朝出発して列車で向かう事になっていますが・・・」
「ターニャ!お父様のこの先のご予定で列車に乗って国を離れる事ってある?」
「ええ、今のご予定ですと今年度はないはずですが・・・」
まさにこの事故は今日起きることだった。
「「これだ・・・この列車でお父様とラットは事故に逢うんだ。」」
「お嬢様・・・如何されました?」
「「事故は国境沿いでトンネルが崩落して巻き込まれる。」」
「ターニャ列車は何時に出るの?」
「あと10分もしないで出るはずですが」
「「間に合わない・・・だったら事故が起きるトンネルは?あそこまでは街道が整備されているはず」」
「あの・・・姫様?」
「ターニャ!急いでお父様の所に行きます!列車を止めないと」
「ええ?お嬢様?何を言っているんですか!」
「急がないと馬を借りるわ!」
「ちょっとお嬢様待ってください!馬なんて乗れるのですか?」
とターニャの静止を聞かず私は部屋から飛び出し、騎士団の厩舎まで駆け走った。

使用人たちが驚きの表情で私を見ているのがわかった。
王城の城で、しかもつい先程まで部屋に引きこもっていた姫が全速力で廊下を走り抜け
その後をメイドのターニャが追いかけているのだから そりゃみんな見るわ・・・

     王城・厩舎
厩舎の前では若い騎士団たちが、自分たちの馬の世話をしている。
「ん?・・・おい、あれって・・・」
一人の若い騎士が指さした方向から、此方に向かって全速力で走ってくる人影が見えた。
ズザーと砂煙を上げ騎士たちの前に止まった。
あまりの光景に言葉を失う騎士たち
激しく息切れを起こしながらも、鋭い眼光で言葉を発した。
「ハアハア・・・すいませんが馬をお借りしたいです」
「アイリス姫殿下!如何されたのですか!・・・」
「ハアハア・・・いいから馬を貸してください・・・あとで説明します」
「いや・・・しかし、姫様に何かあれば」
アイリスは、息を整え騎士たちに言い放った。
「お願いです!どうか今は私を信じてください!」
一人の騎士が馬を連れ厩舎に戻ってきた。騎士が連れていた馬は
雪のような真っ白な毛並みで身体中から無駄なものを削ぎ落としたような美しくとても大きな馬だ。
「お前たちどうしたんだ?・・・そちらは?」
それを見たアイリスは、次の瞬間、馬に飛び乗り騎士から手綱を奪い取った。
驚いた馬が、アイリスを叩き落とそうと暴れてしまった。
初めにアイリスが話しかけた騎士たちが叫ぶ
「アイリス様。やめてください!危ないです!」
「姫様!」
騎士もターニャも近寄ることができない
馬は後ろ足を大きく飛び上がらせ暴れ続けるが、アイリスは必死にしがみ付いている。
「落ち着きなさい!落ち着きなさい!」
しかし一向にアイリスの言葉は届かない。
「ツッ!」「姫様―!」
アイリスは馬の背から馬の首筋に飛び移り、真っ直ぐ馬の目を見ながら叫んだ。
「落ち着けー!」馬の大きな瞳のアイリスの小さな瞳が映り込んだ。
周囲の人間は驚きの声を上げた。徐々に先ほどまで暴れていた馬が落ち着きを取り戻しているのだ。
「ふう~。いい子ね」
騎士たちが呆然としている。
「ねえ。あなたの力を借りたいの。お父様たちに追いつかないといけないの」
「・・・ヒヒーン!」まるで言葉を理解したように馬が返事した。
「ありがとう。この子お借りします!」
「ちょっと姫様!」とターニャが止めようとしたが、それを遮った。
「ターニャお願いあなたの力を貸して!」
ターニャはもちろん戸惑った。しかし、アイリスの強く真っ直ぐな目を見て信じてしまった。何が起きるのか何にこれほど怯えているのか、どこに行こうとゆうのか何もわからない。だけどターニャは信じてくれた。
「はい!」
「ハッ!」アイリスを主と認めたかのように、その言葉に反応し彼は前足を天高く掲げ
周りの人間を呆気に取り全速力で城を駆けた。
するとターニャも厩舎にいた馬に飛び乗り、追いかけるように厩舎を飛び出した。
ポカーンとしている騎士たち
「おい!俺たちも追いかけよう!」
騎士たちも自分たちの馬に飛び乗り厩舎を飛び出した。
アイリスに馬を奪われた騎士だけ呆然と立ち尽くしていた。

     城下・駅舎
ファーンと列車の汽笛が響き渡り白い煙をホームに撒き散らしている。
駅のホームには大勢の乗客がまだかまだかと列を成している。
ホームに一際目立ち、豪華な飾りがされた待合室がある。
入り口には銃を持った衛兵が鎮座し、侵入者を許さないようにしている。
一人の駅員が入り口の衛兵の元に近づき、業務連絡をしている。
そして次はその衛兵がラウンジの中にいる使用人に声をかけ側近の元にまで話が回った。
「列車の準備ができました。どうぞこちらへ」
「はい。陛下お待たせしました」
「ああ。」
「陛下。今回の会談がうまくいけば、さらにより良い貿易路が完成し街が大きく発展しますね」
「ああ、本当に今回の会談は成功させなければ」
言葉とは裏腹に浮かない顔をしている。
「如何なされましたか?姫様のことが心配ですか?」
「まあな、最後まで顔を見ることができなかったからな」
「大丈夫でしょう。姫様のそばにはターニャたちもおります故、問題ないでしょう」
「だと良いのだがな・・・」
「そうですよお父様。姉様は大丈夫です」
と陛下と側近たちが王族専用の最前列の客車に乗り込んでいる。

しばらくすると列車は大きな汽笛を鳴らし走り出した。

     城下・街中
大勢の人々で溢れた大通りで、突如道の真ん中に通路ができていく。
アイリスの馬が大通りを爆走している。それを見た人々は驚きの声を上げ、逃げるように道端に逃げていっている。
「どいてー!」
アイリスが馬上から叫び、その後をターニャと騎士たちが追いかけている。
「お願い!もっともっと早く!」
アイリスの先に街の入り口が見えてきた。入り口には柵が引かれ衛兵が「止まれー!」と大きく手を振り叫んでいる。
「止まってなんかいられないの!お願い行って!」
アイリスが手を振った。すると全ての馬を風が包み込み次の瞬間大きく飛び跳ね。
衛兵と柵を飛び越した。

     列車の中
王族専用の客車は、室内も各国の要人を招く可能性もあるため気品ある作りがされ、会議や食事・お酒が嗜めるようにバーカウンターとラウンジが設置され広々とした空間である。
陛下たちは、会談の議題について詰めの話し合いをしている。
今回の会談は、魔獣の防衛国への軍事的支援を各国から供出するという話し合いだ。
「ので陛下。今回の会談はこの方向でいいかと思いますが、如何ですか?」
「それでいいだろう。それがうまく通れば一国の負担が減り文句は出ないだろう」
「畏まりました。これで準備を進めます」
席に一人になった陛下の元にラットがお茶を入れてくれたので一息つくことにした。
「ああ・・・今日は天気がいいな・・・」
列車の外は快晴で積もった雪が陽の光でキラキラ輝いている。
「アイリスの風邪が酷くならなければいいのだが・・・」
この陛下はとても優しい、優しすぎるのかもしれないと心配してしまうほどに娘が心配だ。

     森の中
森の中に一本の除雪された街道の雪を巻き上げ疾走する一団がいる。
「姫様!どこに向かうのですか?」
馬上から激しく叫ぶターニャ。
「この街道が折れ曲がるところにあるトンネルに!列車が来るまでに追いつきたい!」
「ならこちらの方が早いです!」
と私の前に出て、小さな脇道に飛び込んだ。
その道は、馬一頭が通れるほどの幅しかなかったが迷うことはなかった。
しばらく進むと線路の脇道に出た。

     列車の中
「お父様。お茶のおかわりを」
「ありがとう」
「どうぞ・・・あれは?」
弟のラットが窓の外を不思議そうに覗き込んだ。王も気になり窓の外を見た。
「なんだあれは?」
窓の外には馬に乗った集団が猛スピードで列車と並走しているのだ。
そして先頭の人物がこちらに手を振っている。そしてその人物を見て驚愕しただろう。
「アイリス!」
「姉上!」
まさか自分の娘が突如列車と並走して追いかけているのだから
「何をしているのだあいつは!窓を開けろ!アイリスー!止まれー!」
「お父様―!列車を止めてください!」
二人とも大声で叫んだが、風と列車の音にかき消され互いの声は届かなかった。
「ダメ!声が届かない!ターニャあなた達は後部客車から乗り込んで!陛下達に列車を急停車させることを伝えて!私は先頭に向かう!」
「はい!」
と答えるとついて来てくれた騎士を一人ずつ連れ先頭と最後尾に分かれた。
乗客達もアイリス達に気づき響めきが上がる。
ターニャと騎士は最後尾の客車につくと文字通り車両に飛び乗った。
突如現れたメイドと騎士に乗客は驚いたが、気に留めることなく前方車両に向かった。
王達が見守る中、アイリスは先頭の機関部に駆け走る。
ようやく先頭が見えてきた。
黒い黒煙を上げ金属音を繰り返し鳴り響かせる機関車はトンネルにまっすぐに進んでいる。
焦った早くこの列車を止めないと。そう思いさらに馬を走らすがアイリスに気づかず機関部の車掌は列車のスピードを上げる。
もう少しで手が届きそうなのに列車が離れていく。
「ああ!クソ!早すぎるわ!」
思わず、汚い言葉を口にしたが気になどする暇がなかった。
ようやく列車の車掌もアイリスに気づき列車のスピードを上げるのをやめたがこの早さでは間に合わない。。
アイリスの目の前に機関部が近づいてきた。
「シルキーいるのだったら力を貸してお願い・・・」
と祈るように願ったが何も起きない。
走る馬の背に片足をかけ立った。
風にアイリスの髪が激しく揺れる。
正直とても怖い。でもこうしないと間に合わない。
アイリスは意識を集中させた。すると不思議と周囲の全てが静かになった。
大きな金属音を鳴らす機関車。私の体を切り裂くような風音。声を荒げ止めようとする騎士や車掌。ターニャがお父様達に説明している様子。慌てている乗客達。
全てが消えていった。
「「どうしてこんなことしている?・・・」」
すると脳裏に未来のことが映像のように流れる。
「「どうして?・・・あんな未来から逃げたくないから?もう二度と皆が死んで行く所なんて見たくないから?・・・・・そうじゃない!考えることをやめて、全てを忘れただ今ある日々を過ごし未来を捨てることなんてもうしたくない。逃げたく無いんだ!
将来“私”が消えるとしても、もう逃げたりなんかしない!
前に進むんだ!悪意を持って私の家族を襲う奴らと戦うんだ!
舞台に上がれ!私自身の足で!前に進め!私の意思で!逃げるな!戦え!」」
グイッと袖で涙を拭い大声で叫んだ
一つの可能性に賭けた。アイリスの記憶にあるあの子を
「シルキーーー!私に手を貸しなさい!」
声が無常にも消え何も起きなかった。
「「来ない・・・」」そう思った次の瞬間
急に視界が晴れ、全てがクリアに見える。
「な~に~?」
寝起きを叩き起こされ気だるそうな声が聞こえた。
「シルキー!」
「君~だぁれぇ~?」
「シルキーお願い!後でなんでもしてあげるから、お願い力を貸して!」
「君~僕が見えるの~?」
「そうよ!だからお願い今は力を貸して!」
「忙しないな~でもいいよ!その代わり後でしっかり対価を頂くよ!」
「ありがとう!」
と腹を決めまっすぐに列車を見つめる。
浅く呼吸を整え、タイミングを合わせるようにそして両足に力を込める。
一瞬、横風が止み私の背中から突風が吹いた。今だ!そう思い馬のせを強く蹴り出し飛んだ。
大きく手を伸ばし機関部の鉄柵を掴んだ。
「「届いた!」」
背中を押してくれた風が元の横風に戻った。するとアイリスの小さな体が横風に飛ばされそうになるが、直様車掌がアイリスの腕を掴み中に引き上げた。
死ぬかと思った。膝を付き恐怖に震えるけど急がなければと思い立ち上がり
列車の非常停止レバーに手を伸ばす。
「姫様何を!」
もちろん止めようとするが、そんな言葉を聞き入れる暇はない
「捕まって!」
その小さな体と腕で、目一杯レバーを引いた。
ガン!と急ブレーキをかけた列車は前方車両から後方車両にかけ金切声と火花を散らし
大きな巨体を止めようとする。
アイリスを含めた乗客達は慣性の法則で車両の前方方向に押し付けられるか通路を転がった。列車から様々な悲鳴が上がる。
「止まれ止まれ止まれー!」
鉄柵にしがみ付き前方を見るアイリスに真っ黒い口が近づいていく。
何百メートル進んだろう。何時間たっただろう。と思ってしまうほど長く感じた。
機関部はやけるブレーキオイルの匂いが立ち込め、車輪は摩擦熱で赤を通り越し白くなるほどに焼けている。
そして大きな金切声が小さくなり、ようやくその巨体は動きを止めた。
全ての車輪が熱を持ち、外気に晒され白煙を上げる。
呆然とするアイリス。
その目の前には、トンネルの入り口が口を開け立っている。
列車はアイリスがいる機関部の真上ほど入った入り口部分で止まったのだ。
王や乗客達が列車から降りてきた。
すると、ゴーという鈍い音が辺りに鳴り響いた。
機関部の屋根にカンカンと何かが当たる音がする。
「逃げて!早く外へ!」
機関部から飛び出すように車掌達と外に逃げ出した。
どんどん音が大きくなり、次の瞬間先頭の機関部を飲み込むように、トンネルが落石により埋まってしまった。
人々は唖然としたがアイリスだけはホッとしていた。
「・・・間に合った・・・」
と肩を落とすように地面に膝を着いた。
「・・・リス・・・イリス・・・・アイリス!・・・・」
後ろから声が聞こえた。振り向くと王や弟のラットが私の元に走り寄ってきているのが見えた。「よかった。助けられたんだ・・・」
その後のことはよく覚えていない。
お父様とラットが私に抱きついて泣いて怒って褒めてくれた。
それよりこの状況をなんて説明しよう・・・未来が分かりますなんて言えないし
絶対に聞かれるけど・・・とこの先の質問攻めに合う自分が安易に想像でき誤魔化すのが大変だと深くため息をついた。
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