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1.開演
しおりを挟む「あら……ヴェルフ。そちらの方は、どなたでございましょう?」
馬車の座席で窓を開け本を読んでいると、待ち人である婚約者ヴェルフ・フィセアドールがやってきた。けれど、隣にはなぜか見知らぬ女性がいて……。婚約者のいる男性と腕を組むなどと、なんてマナーがなっていらっしゃらないのでしょう。
怪訝に思い女性を一瞥したのちヴェルフの表情を伺った。しかし彼の顔にはいつも浮かべている暖かい微笑みはなく、ぎこちない笑みが張りつけられているのだった。
「ヴェルフ?」
「フレアーヌ……」
「はい。なんでございましょう?」
「たった、今。……フレアーヌ。君との婚約は解消させてもらうことにする。そして僕はこちらの女性――リュイエラ嬢と婚約することになった」
「いきなり、ごめんなさいねフレアーヌ様? そういうことになりましたの」
突如告げられた宣言に内心わたくしはうろたえる。しかし、
「あなた……失礼ではなくて? まずはわたくしに名前をおっしゃったらどうかしら?」
不躾な女性の顔を窓から見下ろしてわたくしは言った。別のクラスではあるが同じ学園の生徒でもあるので、当然名前も階級も知ってはいるけれど。まだ直接名乗られたことはなかったのだ。
顔を顰める彼女。けれどすぐに意識を切り替えたのか勝ち誇った表情に変わる。
「嫌だわ。こんなときにそんな野暮なことをおっしゃるの? フレアーヌ様ったら……。私リュイエラ・トランフィリと申しますの。以後、よろしくお願いいたしますね」
そう言って両手で制服のスカートを軽くつまみ、慇懃無礼な態度でカテ―シーをしてくるのだった。
「――好き、なんて。僕は一度も……思ったことはない」
耳に入る言葉の刃に、無意識にひゅっと息をのむ。
「結婚を、君とする前でよかった」
「まあ、まあ! うふふ。そこまでヴェルフ様におっしゃってほしいとは、私お願いしておりませんのよ? フレアーヌ様、もともと嫌われていたようですわね? おかわいそうに!」
視界の端でリュイエラがわたくしを嘲笑した。
「……手切れ金は、ホラ。……これでいいか?」
そう言うとヴェルフは懐から財布を取りだし、ポンと窓枠の中に札束を投げ渡してくる。それを落とさないように慌てて両手で受け取った。
「……ホリス、卿。……わかりましたわ。確かに、お受け取りいたしました……」
公爵家の長男であるヴェルフを、儀礼称号で呼んだ。上手くいっていると思っていたのは、わたくしの勘違いだったのだろうか……。
胸が、悲しみで張り裂けそうだった。
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