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告白

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 お風呂に入ってからが、長かった。
 私は貴婦人を仕立てる侍女の本気を知らなかった。
 指先にはピンクの色をのせて小さな花が描かれている。細かい作業で、描いてもらっている間息をするのを忘れそうになってしまった。
 マッサージで硬いところのなくなった私の身体は、自分で触ってもわかるほどに柔らかくスベスベしている。ローションを塗ってもらったけれどベタベタではなく、スベスベだ。軽く化粧された顔は血色も良く、鏡を見ると思わず微笑んでしまった。

「ミリアム様、フェリクス様がお待ちです」

 セリアの声にピンッと周りの空気が張り詰めた。まるで今から戦いにいくようだ。

「はい。皆様、ありがとうございます。こんなにしていただいて……、自信をもってフェリクス様に告白できます」

 女性の化粧が武器であり防具であるという話を聞いた時は大げさなと思っていたけれど、今ならわかる。今なら戦えるような気がする。

「ミリアム様にご武運を――」
「あなたたち、ミリアム様は戦いにいくのではなくてよ」

 セリアの苦笑に皆が笑う。フッと身体の力が抜けたところで、私は居間へと急いだ。


「ミィ! どうしたの? 何だか君じゃないみたいだ……」

 フェリクスは食事をしていたようだ。私もマッサージやヘアセットをされながら摘まんだ軽い食事と同じ物だろう。

「お、おかしいですか? 母は元気でした。お気遣いありがとうございました」

 フェリクスが驚いているのがわかって動揺した。やはりやり過ぎだったのだろうか。
 薄絹が幾重にも重ねられたサラサラとしたドレス。夜の営みに着るものですと言われた時に、私も確かに着るかどうか迷った。けれど気持ちは怯まなかったはずなのに。フェリクスの驚きに満ちた顔を見た瞬間に、何故か冷や汗が背中を伝った。

「元気でよかった。安心したよ。でもミィ、そのドレスは……」
「フェリクス様、あの……」

 何と伝えればいいのかわからなくなってしまった。膨れていく想いだけが溢れてしまって、告白するのだと勢い勇んで来たものの言葉を選んできたわけではなかった。

「フェリクス様、ミリアム様に掛ける言葉はそれでよろしいのですか?」

 セリアがまだ部屋にいたことを忘れていた。

「あ、ああ。驚いてしまって言葉にならなかった――」

 言葉を失うほどの場違いだったのだろうかと、さらに不安になった。

「フェリクス様……、私……着替えてきますね」

 いつもの寝間着に着替えればいいのだ。そうすれば、泳いでいるフェリクスの視線は戻るだろう。せっかく着飾ってくれた皆には悪いけれど、似合っていなかったのかもしれないし、あからさまに誘うような服装はフェリクスの好みではなかったのかもしれない。

「いやだ! 待ってくれ……、違うんだ。今まで素朴で無垢な少女だと思っていた好きな人が、こんなに美しく蠱惑的に現れたら、誰だって動揺するだろう?」

 ガシッと肩を掴んで、真剣な顔でフェリクスは言った。その言葉は本当の気持ちなのか、それとも私に気を遣ってくれているのか判断するためにジッと見つめると、フェリクスはあからさまに視線を外した。口元を覆う手の下は、もしかして笑いを堪えているのだろうかと被害妄想じみた考えが頭を過った。
 ああ、やっぱり嘘だったんだとガッカリした瞬間、フェリクスの耳から頬にかけてジワジワと赤みを帯びてきた。変化がつぶさにみてとれて、私はもう一度訊ねてみることにした。

「フェリクス様……この格好、お嫌いではないですか?」
「……いい」

 口を押さえながら言うから、よく聞こえなかった。

「え?」
「いいと言っている! その衣装をデザインしたやつはスカウトして、用意したやつには褒美をやってもいい!」

 私が聞き返したことで、何か吹っ切れたのか、フェリクスは真っ赤な顔をして言い切った。

「……そ、そうですか……」
「でもあまりに好みすぎて、真っ正面から見るのが少し恥ずかしい……」

 つられたのか私の顔まで熱をもち始めた。
 扉が閉じる音がして、セリアがでていったことに気付いた。

「なら、もっと側に寄ればいいと思うのです。そうすれば、見えないわ」

 自分でも何を言っているのかよくわからないまま、私はフェリクスに抱きついた。ギュッと抱きしめれば、彼の胸の鼓動が聞こえた。忙しない音を聞きながら、私は自分の想いを告げた。

「私は、フェリクス様のことが好きです。だから、リゼット姫のところに行っていると思って、ずっと苦しかった。でも、フェリクス様は私のために寝る間を惜しんでゼインを追い詰めて、父に着せかけられていた汚名を防いでくれました。ありがとうございます」
「好き? ミリィ、好きと言ってくれた?」

 フェリクスは、弾むような声で私を呼んだ。恥ずかしいけれど、いつまでも彼にくっついているわけにはいかない。

「はい、愛しています……」

 何とか顔を上げて、フェリクスに告げた。
 彼の頬がピクピクと痙攣して、またもや顔を背けられてしまった。でも今度はわかった。フェリクスは照れると顔を背けて手で口元を覆う癖があるようだ。

「ミィ……。夢みたいだ。セリアには、愛人契約なんてしたら一生嫌われたままだと言われていたし、レイブンには男としての魅力がないのですねと馬鹿にされていたのに……。ちゃんと私の愛した人が、私を愛してくれるなんて……」

 レイブンには結構酷い事を言われていたようだ。彼等の関係性がよくわからないけれど、私は彼の名誉のために言わなければいけない。

「フェリクス様ほど魅力的な男性を私は知りません……。私がこんなドレスを着てきたわけを……聞いてくださいますか?」

 フェリクスは、私を抱き上げて「聞きたい……」と囁いた。

「抱いて……ください――」

 横抱きにされたまま、そっと唇が降りてきた。私の頬と額に口付け、フェリクスは恐ろしく色気を湛えた微笑みを浮かべた。

「抱き潰しても、今日だけは文句を言わせない」

 私は、少しだけ言い方を間違えたかしらと思いながらも頷いた。
 この後、彼の言葉が冗談ではなかったのだと知ることになる。

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