騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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ウィスの執務室

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 副長室の扉の前には見知らぬ騎士が立っていた。

「食堂です」
「名前は?」

 チラッとワゴンを見てから訊ねられた。

「ラズです」
「どうぞ」

 丁寧な騎士だった。ウィス様とリド様の教育の違いだろうか。
 入ると執務机でウィス様が仕事をしていた。扉を叩いた音で気付いたのかパッと顔を上げてラズを見る。ホッとしたような顔がそこにあった。

「ありがとう。そこに置いてくれますか。すぐに片付けるので」

 ラズが少しドキドキしながらここを訪れたようにウィス様も気にしていたのだろうか。
 テキパキと言葉通り片付けていくウィス様に頷いて、テーブルの上にセッティングした。
 性格の違いが部屋に現れていると思う。本はきっちりと本棚に立てられているし、全体的に片付いている印象の部屋だ。リド様と一番違うのは机が整理されていることだろうか。リド様、仕事してるのかなと心配になった。

「はい。二人分とお伺いしましたが、紅茶は淹れておいていいのでしょうか」
「いいですよ」

 ウィス様は、昨日と違って機嫌が良さそうに見えた。
 書類を片付けたウィス様はソファに座り、空いてる方を差して「そっちはラズの席です」と言った。

「ええっ、駄目です。仕事中なので」
「大事な要件なので座ってください」

 静かな口調で言われると抗えなかった。座り心地のいいソファだが居心地が非常に悪かった。

「昨日は申し訳なかったです。あの後、エカテおばさんに怒られました」

 エカテおばさんはウィス様とケーキを食べたと言っていた。その時のことだろう。

「すみません」
「謝らないでください。ラズはエカテおばさんのことを心配していたんですね。私も気付くべきでした」

 リド様がエカテおばさんに言ったのだろう。

「それもありますが、貴族であるアーサー様を訴えるなんてこと平民の俺にはできないんです」
「私が護ると言っても駄目でしょうか」

 ウィス様の目は真剣だ。騎士であるウィス様には、それほどアーサー様のことが許せないのだろう。

「団長にも言われましたが、無理です。二人を信じないとかそういうことではないので誤解しないでもらえると嬉しいんですが」
「団長が先に提案してたんですね。わかりました……。団長の判断に任せます」

 思っていたよりウィス様が冷静になっていて安心した。

「はい。それがいいと思います」
「ラズは総轄長のことを嫌っていたのではないのですか? 私は勘違いしていたのでしょうか」

 そう聞かれるとは思っていなかった。

「嫌いでしたよ。大っ嫌いでした」
「では何故あの男の処罰にショックを受けていたのでしょうか」

 ウィス様は紅茶にも手をつけていなかった。

「……お茶をいただいて良いですか?」

 緊張で喉が渇いてラズは自分で淹れた紅茶に手を伸ばした。

「もちろんです」
「ありがとうございます」

 エカテおばさんには素直に言えとアドバイスされた。それでも言いにくいものは言いにくい。
 あなたの持つ権力が怖い。その力を振るうことに躊躇わないあなたが思っていたような人じゃなくて戸惑っているなんて。

「落ち着いてからでいいですよ」

 それでも聞かないという選択肢はないのだ。

「俺は……。総轄長が怖かったんです。強い力で俺たちを支配していました……」
「皆怯えていましたね」

 総轄長の仲間以外はいつ自分に危害が及ぶかとハラハラしていた。ラズがやり玉に上がることで安堵していたことを知っている。だから、ラズは余計に一人で頑張っていた。

「その総轄長がたった一週間も立たないうちに裁かれていなくなったんです」
「ええ」
「あんなに苦しかったのに……簡単に首になった――。嬉しいのに悔しくて、恐ろしく思えました」

 自分がちっぽけな存在であることを教えられた。例えばラズが『総轄長は仕事をしていない』と訴えても黙殺されるだろう。そして見せしめのように苛められるか首になる。
 ウィス様は、それだけの力がある。無力感を噛みしめたラズにはウィス様が父と同じ貴族というだけで恐ろしく思えた。

「ラズ。私はラズの言葉だけで動いた訳ではないのです。もちろんラズとあそこにいかなければ知ることもなかったことは確かです。証言をとり、証拠も押さえたから素早く裁けましたが本来は我々の仕事ではなかった。……なんて、言い繕うことはできますが。私はラズに……褒めてもらいたかったのです。ただの私怨です。私の前でラズを殴ったのが許せなかった。私利私欲に走った私が、怖かったのでしょうか?」

 ウィス様は膝の上で両手を組み、断罪されるのを待つように手を握りしめた。

「私利私欲……?」
「私はあの男を首にしたことを後悔してません。例えあなたを怖がらせても。ちょっとショックでしたけどね。私は思春期に色々やらかしているので怖がられるのは慣れています」

 慣れているといいながら、ウィス様はラズを直視せずに下を向いた。



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