王と王妃の恋物語

東院さち

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20 グラスエイト女伯爵

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「アラーナ様は無事に伯爵家にお戻りになりました。アレント伯爵も夫人も『アラーナ様がそれでいいのなら特に陛下に申し上げることはありません』とのことでした。金銭や物品での賠償もいらないそうです」
「アレント伯爵は元々娘を妾妃としてあげることも戸惑っていたからな」

 ヴァレリー・マルクスの言葉にカシュー・ソダイは目だけで頷いた。カシュー・ソダイが帰ってくるまで仕事を放棄して酒を飲んでいたアルベルトは、皿のように据わった目でカシュー・ソダイを睨み付けた。

「アレント伯爵は知らなかったのか?」
「さぁ、私はそこまで聞いておりません」

 アルベルトはそっぽを向いたまま「無能者め」と悪態をついた。

「……アラーナは、王の手のついていない妾妃候補から漏れた娘など誰も妻に欲しがらないといっていた――」

 アルベルトの呟きに「そうかもな」とヴァレリー・マルクスが同意し、「まぁ普通は王の不興をかったものを妻にはしないでしょうね。アラーナ様を得ることで家に何かあったらと親族が止めるでしょうしね」と何でもないことのように言った。
 アルベルトは、アラーナにそんな枷を課すつもりなどなかった。まだ手も付けていないのだからアラーナの処女性は守られている。貴族の跡継ぎなどは妻に貞淑さに価値を持つと思っていた。

「じゃあ何か。私はアラーナを抱いたほうがよかったのか?」
「馬鹿か」
「馬鹿ですか」

 二人の教育係は馬鹿と正面切って吐き捨てた。

「国王が法律を破ってどうするんですか。成人になっていない女性にそういうことをすれば、法治国家としてのこの国は乱れますよ」
「なんだか色々残念な男になってきたなぁ、うちの国王様は」
「残念とはなんだ、残念とは」

 アルベルトもヴァレリー・マルクスも酒がまわっているので言い合いからクッションの投げ合いに発展している。

「アラーナが可哀想だと思うなら、お前が娶れ」

 クッションを連続三つ顔に受けた後、アルベルトがヴァレリー・マルクスに命じた。

「いいけど……、陛下はアラーナ様のことを好きなんでしょう? 俺で本当にいいの? 俺は彼女が貴方を想っていても気にしないで、ドロッドロになるまでエロイことやっちゃうよ? 歳は彼女のダブル超えてるけど、俺はまだまだ元気だからね。三日くらい寝かせないかもなぁ。それに俺にはあちこちに愛人がいるけど、切らないから、アラーナ様は心も身体も病んじゃうかもな。あの元気なお姫様がそんな風になるの、俺はどうかと思うよ」
「「どうかしてるのはお前の頭だ――!」」

 フェイントでカシュー・ソダイが投げたクッションを頭にぶつけ、ヴァレリー・マルクスは笑った。

「ははっ、嘘、嘘」

 ヴァレリー・マルクスは論外だとアルベルトは頭を振った。酒が回った頭でもわかるが、ヴァレリー・マルクスは本当のことを簡単に言う男ではない。けれど、女に対して誠実だとは思えなかった。
 カシュー・ソダイは次は自分だなと、先に嫣然と微笑んだ。

「私ももちろんよろしいですよ。私はあの子のような頭のいい子は好きですからね。きっとベッドの中でも調教し甲斐があるでしょう――」
「調教?」

 尋ねながら、アルベルトは非常に嫌な予感がした。

「ええ。私はあの子に似合う素敵な手かせを用意してあげますよ。そうですね、鞭も黒よりはピンクとかのほうがいいかな? 淑女然とした女性が羞恥に震えながら快楽に落ちる瞬間ほど燃えることはありませんね。そうですね、彼女が私の思うように成長するなら、抜かず三発くらいならできそうですし――」
「止めろ! お前たちは変態か! 想像するな!」

 思わずアラーナと自分で想像してしまったアルベルトは、「もうお前達にアラーナは任せない!」と叫んで部屋を出て行ってしまった。

「あれ、抜きにいったな――」
「若さだ……、ははっ。というか愛人なんかいたのか?」
「俺だってお前がそういうのが好きだなんて全然知らなかったぞ」

 ヴァレリー・マルクスはツマミの中から、カシュー・ソダイの好きそうなものをよそって彼の前に置いた。

「私は王妃にはアラーナ様がいいんですけどね。アルベルト様があんなに好きになった人なんていないでしょう?」
「アラーナ様も陛下のことが大好きだしな。もっと陛下に縋ると思っていたが」

 必死に自分を律するアラーナを思いだして、カシュー・ソダイは首を振った。

「無理でしょう。今まで相思相愛だと思っていた相手に拒絶されて、泣き叫んでもおかしくない」
「泣き叫べば、陛下も落ちたんじゃないか?」

 ヴァレリー・マルクスはどれほど飲んでも酔いつぶれたりはしないのに、なぜ酒を飲んでいるんだろうと思いながら、カシュー・ソダイは「落ちた後で後悔しながら生きる人生をアルベルト様に歩んで欲しくなかったんでしょう」と答えた。

「そうだな……」

 酷くつまらなさそうに、ヴァレリー・マルクスは酒瓶を回わす。コテンと酒瓶が転ぶのを見ながら、二人は期せずして同時にソファの背もたれに倒れこむのだった。



 アルベルトの朝はアラーナがいようがいまいが変わらず早い。ただ、一緒に朝食をとる相手がアラーナからカシュー・ソダイとヴァレリー・マルクスに変わっただけである。

「今日の朝議の前に二人にはいっておくことがある」

 一国の王が食べるとは思えないほどあっさりとしたサンドウィッチがメインだ。香り高いが薄い珈琲と果物は片手で食べられるように切りそろえられた何種類かの季節のものを、書類片手に食べるのがアラーナがいないときのアルベルトの朝食風景である。

「なんでしょう?」

 同じものをカシュー・ソダイは片手が使えないので右手のみで食べていた。彼は両手利きだから特に右も左も問題はない。

「アラーナのことだ。お前達があてにならないことはわかった。アラーナには、王領であるグラスエイトに封ずることにした」
「グラスエイトというと、伯爵ですか。アラーナ様自身にということでしょうか」
「ああ。グラスエイトは王都から遠いが、風光明媚な土地だ。女伯爵にはいいだろう」
「馬の産地ですね。お姫様は馬が好きだったから喜ぶだろうけど……、受け取るとは思えないが」

 あんなに酒を飲んでいて、二人の倍を食べているヴァレリー・マルクスにうんざりとした視線を送ってから、「それはお前が説得してくれ」とカシュー・ソダイに頭を下げた。

「大体お前のせいでもあるんだからな。リシェール・バルサムの手紙を隠したのはお前だろう」
「いいえ。違います。破いて火にくべました」

 堂々ということかと、呆れるアルベルトにカシュー・ソダイは「仰せのままに」と承知するのだった。この中で適任は自分しかいないのだから、仕方がないと諦めの境地ではあったが。

「それで、リシェール・バルサム様の顔をあれっきり見ませんが、どちらへ?」
「マリーナが心配だとかで、帰って行った。何でも恋敵がいるんだそうだ」

 それだけ必死になるだけのものがあるのだろうアラーナの姉には。



 朝議は、国の重鎮である大臣達が揃っている。一週間に一度だけ開かれるもので、重要な案件のみが議題にあげられるのだが、アルベルトが席に着いたときにはそわそわと落ち着かない様子で、皆が囁きあっていた。
 全員が全員、アラーナと面識があるわけではない。三人ほどが、講義を兼ねてアラーナとは面識をえていたが、ほとんどはアルベルトと一緒のところで挨拶を交わす程度であった。 国王の寵愛が深いことは誰もが知っていたことなので、王が唯一の妃にと決めていた女性が、家に帰されてしまったということがどれだけ大変なことであるか皆緊張の面持ちで朝議に参加したのである。

 宰相補佐の進行で国王への挨拶から始まった朝議だったが、あまりに皆が落ち着かない様子なので、アルベルトは先に自分の要件をすませることにした。

「諸君には、突然のことだとは思うが、アレント伯爵の娘を妃候補から外したことを報告させてもらう」
「まさか……」
「本当に?」

 アラーナ以外のだれも妃候補にすら入れなかったのだから、王の外戚を狙うものにとっては絶好のチャンスである。ざわめくのも無理はない。

「あの……アラーナ様に何か障りでもあったのでしょうか?」

 アルベルトがアラーナを見切る何かを知りたいのだろう。その瞳は真摯であるもの、好色であるもの、アラーナを嘲ろうと思う悪意の見えるもの、それぞれにカシュー・ソダイは目安を付けた。
 優秀なものほど冷静さを備えている。

「アラーナは・・・・・・」

 声を顰め、アルベルトは「胸がない」と言い切った。

「陛下!」

 寄りにもよって女性の身体に対し言うべきことではない。これが広まれば、国王が好色であると噂されるだろう。

「アラーナには申し訳ないが、そういうことだ。性格もいいし、可愛らしいが、女としての色気があまりなくてな。さすがにそんな理由で妃候補から降ろしたと言ったら、女達から総スカンをくらうからな、他で口外することは許さない。アラーナには申し訳ないことをしたと謝罪の意味を込めて、グラスエイトに封ずることとした。以上だ――」

 騒めくのは、成人前のアラーナに伯爵位を与えたことに対してかと思っていたら、そうではなかったようだった。

「陛下、では、アラーナ嬢にこの先誰が結婚を申し込もうと陛下は関与されないということですか?」

 一番若い大臣が頬を染め、そんなことを言う。まさかそんな確認をとられると思っていなかったアルベルトは、呆けたように「ああ」としか言うことが出来なかった。

 この先の朝議は、隣国サランドとの交易の拡大についてと、最近そのサランドと隣接する救護院の話題について話し合われたのだった。アラーナの伯爵授与については、何故だか反対の声もなく、アルベルトが思っていたよりも簡単にグラスエイト女伯爵の件は議会で承認されたのだった。
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