王と王妃の恋物語

東院さち

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22 アラーナの気持ち

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 どうしてこんなことになったのだろうと、アラーナは一人、戻った自分の部屋の中で呆然としてしまった。宰相であるカシュー・ソダイを相手に自分の思い通りにいくとは思っていなかったが、まさか拒み続けた王城へ行くことになるとは思ってもみかった。
 王であるアルベルトが相手だったとしても、アラーナは「嫌だ」と気持ちを押し通すことができただろう。けれどカシュー・ソダイは無理だった。そんなことはわかりきっている。四年前に既に証明されているのだ。
 アラーナは、伯爵位を断るつもりだった。なのに気が付いたら、条件付きとはいえ受け取ることになっていたのだ。
 一国の宰相とはそういうものなのだと、恐ろしく思ったのに、また同じことになってしまった。

「今更どんな顔をしてアルベルト様にお逢いすればいいの?」

 久しぶりに出してきた白いドレスを震える手で撫でると、あの頃の辛かった気持ちが滲み出てくる。カシュー・ソダイにはああ言ったもののアラーナは四年かけても心が穏やかになることはなかった。
 アルベルトが母親のことで苦しむのが嫌だ、とあの頃は思っていた。アルベルトのために少しでも早く王城から去ったつもりだった。

「自分の気持ちを偽っていたのだわ」

 ドレスを前にすれば、あの時のアルベルトの冷たい瞳が脳裏に浮かぶ。
 アルベルトは、信じられなかったのだろうと思う。周りの思惑に苛立ち、アラーナこともいらないと思うほど傷ついたのだ。
 アルベルトの瞳には、憤りを必死に抑えたせいで氷のように固まった感情だけが映っていた。アラーナはその視線を受け止めることが出来なかった。
 アルベルト様のため、と言いながら本当は自分のために王城を去った。

 四年の間にアラーナは、事業を進めるために利害のからんだ大人たちと対峙してきた。もちろん最初は、シエラやレイモンド・エンディス、父親が矛先となり表に立ってくれた。自分のやりたいことのために自分を背に庇いながら戦う彼らの姿を見て、やがてアラーナも自分の意見を相手に伝えることを覚えた。最初から意見の合う交渉などなかった。
 本当に少しずつ人と対峙すること、協力すること、自分の意見を俯瞰してみることを覚えた。
 そこでやっとあの時の気持ちを自分で判断することができたのだ。アルベルトの元を去った時の自分のことが恥ずかしい。あれ以上傷つくことが怖かった。アルベルトに自分の意見を知ってもらうための努力をしなかった。ただ、傷つくのを恐れて逃げたのだ。

 それなのに、アルベルトは逃げたアラーナのために伯爵位をくれた。
 シエラは、レイモンド・エンディスとの生活があるにも関わらず着いてきてくれた。
 カシュー・ソダイは、毎年、アルベルトがアラーナを忘れていないというように、薄紅色の花を持ってきてくれる・・・・・・。
 それでもやはり、アルベルトの前に立つことが怖かった。
 成長した自分を見てもらいたいという気持ちもあるが、やはりあの時と同じ瞳で見られたら、逃げ出したくなってしまうかもしれない。それに・・・・・・、カシュー・ソダイはアルベルトに奪ってもらえと言っていたけれど、今更だろう。アルベルトにとっては過去の人間であるアラーナが「抱いてほしい」といったところで鼻で笑われるのではないだろうか。
 妾妃となるべく集められた女性が幾人も彼の側にはいるという。煌びやかな人々に囲まれたあの人は、アラーナにはもう手の届かない人だろうに・・・・・・。

「このドレスを作っていたころは・・・・・・本当に幸せだった――」

 見れば辛いのに、ちゃんと幸せだったころの気持ちも溢れてくる。
 居間でカシュー・ソダイと対峙した時のことを思い出すと完敗だったことがわかる。

「舞踏会に出るようなドレスは作っていないので・・・・・・」

 そうアラーナが言えば、カシュー・ソダイは嬉しそうに微笑んだ。

「もちろんパートナーとして私が用意させていただきますよ。女性にドレスを贈るなんて久しぶりですから、張り切ってしまいます」

 甘いマスクのカシュー・ソダイがそう微笑めば、アラーナは口を閉じるしかなかった。
 なんだろう、この顔面のパワーは。戦う気がしなくなる。

「けれど、あの、ダンスもあれから全く踊っていないので・・・・・・」
「いくら踏んで頂いても大丈夫ですよ。昔はよくシエラにも踏まれたものです」
「まぁ、シエラのダンスはカシュー・ソダイ様が?」
「ええ。陛下と一緒に習ってもらっていたのですが、あまりに足を踏むから嫌だとおっしゃるので、私の足を犠牲にしました・・・・・・」

 完璧だと思っていたシエラの過去話に盛り上がってしまい、気がつけばカシュー・ソダイに手を取られて、居間で踊ってしまった。

 カシュー・ソダイのリードはアルベルトのものと似ていた。アラーナは本当に踊っていなかったのに、足をもつれさせることもなくカシュー・ソダイの足を踏むこともなく、リズムを口ずさむカシュー・ソダイと楽しく踊ることになってしまった。

「さすが乗馬がお好きなだけあって軸がしっかりしていますね。全く問題はありませんよ」

 カシュー・ソダイは、アラーナに合格ですといった。
 何故だろう、合格と言われながら、こんなに敗北感に打ちひしがれてしまうのは。

 アラーナは、「ありがとうございます」とお礼をいいながら、次の手を考える。

「ですが、王都のアレントの家は今はだれもおりませんし、今からだとホテルもとれないと思うのです。ですから・・・・・・伯爵位の返上はまた違う日に・・・・・・」

 王城に行ってアルベルトに伯爵位を返上ために行くのは仕方ないが、出来るなら人の多い場所に出ていきたくない。
 あれが、妾妃候補になりながらいらないと言われた女なのだと後ろ指をさされるのは、覚悟をして出てきたとはいえ、アラーナには辛いことだった。

「私の部屋には沢山客間がありますよ。陛下のお部屋にも近いですし。ね、問題はありません」

 陛下のお部屋と言われて、あらぬことを想像してしまったアラーナは、声もなく白旗をふるしかなかった。
 それでも・・・・・・望んでいいだろうかと、アラーナの恋心が囁く。
 あの人アルベルトの手に、一度だけ・・・・・・。
 そうでなくても、最近の求婚者達のアラーナを見る目が変わってきている。実際に押し倒されそうになったことだってあるのだ。結婚しないといっても変わらない彼らを振り切るためには仕方がないのだとアラーナは自分の心に言い聞かせる。アラーナは臆病になりそうになる自分を奮い立たせ、王城へ赴くことを決めたのだった。


 王城へ行くと告げるとフィリップが怒りだしてしまった。

「でもそうしないと伯爵位をお返しできないのよ」
「アラーナが国王にあったら、きっとアラーナは閉じ込められる」
「どこに・・・・・・?」
「え・・・・・・。そんなの寝室に決まってるだ」

 フィリップの顔をシエラが引っ張った。

「痛いっ! お前、本当に不敬罪で投獄するぞ」

 シエラにそんなことを言ってはいけないとアラーナの厳しい視線を受けても、フィリップの怒りは収まらなかった。

「そんな子供みたいだからアラーナに相手にしてもらえないのよ」

 シエラは堪えた様子もなく、食事を続けた。
 食事はアラーナとシエラとその娘(二歳)とフィリップだけなので、シエラは容赦はしない。

「なんでシエラはそんなんだよ。俺は王子だぞ」
「マリーナ様とエルシオン様から躾をしていいと許可は頂いております」

 フィリップに甘いお付きばかりがついてきていることもあって、シエラは一月前にマリーナのお祝いに行った際にお願いをされているのだ。元々一緒に育ったアルベルトが王だということもあり、高貴な人間に対する恐れのようなものがないから、是非ともと請われている。

「フィーおにいちゃま、すわってたべなきゃ、めっ! よ」

 シエラの娘のアリエラに窘められてフィリップは静かに座った。とても可愛らしい二歳児は、シエラに似て口うるさいのだけど、小さすぎてフィリップは何も言えないのだ。

「アラーナ、王城にいくのはいいのだけど、個人的にお会いするのは勧めないわ」

 アラーナは、まるで全てを見透かしたようなシエラの視線に頬を赤らめた。

「個人的にお会いできるなんて・・・・・・」

 個人的に会うことが出来るとは限らないのだと、その時初めてアラーナは気付いた。

「陛下は、貴女がいなくなってからとても扱いづらいのよ。いつも顔色は悪いし、短気だわ」

 顔色が悪いと聞いて、アラーナは目を瞠る。アルベルトは身体の具合が悪いのだろうかと思うと、今すぐにでも側に飛んでいきたくなる。けれど、アラーナの顔を見れば、もっと具合が悪くなったりしないだろうか。

「なんで国王の顔色が悪いのに主治医は何にもしないんだ?」

 フィリップが不思議そうに尋ねる。

「やってると思うわよ」

 皆、アルベルトが大切なのだ。それでもアルベルトにもどうにもならないのだろう。慢性的に睡眠不足だという。そんなことをアラーナに言えば、心配してアラーナ自体の体調を壊してしまいそうで今まで言わなかったけれど。

「カモミールを摘んでいこうかしら・・・・・・」

 アラーナの心は既にアルベルトの元に飛んでいるのだろう。シエラは、アルベルトがアラーナにどう対するのか心配でならなかった。それでも止めることは出来ないとわかっている。
 アラーナは、結局アルベルトへの想いを捨てることができなかったから。

「アラーナ、いつでも俺のところに来い。待ってるから」

 フィリップもわかっているから、アラーナにそう告げた。相手にされていないこともわかっている。それでもアラーナが傷つくところを見たくない。

「フィリップ・・・・・・。ごめんなさい」

 まだ子供だと思っていたフィリップが思いがけず包容力のある大人のようなことを言うから、アラーナはフィリップの顔を凝視した。そして、きっと彼の元には行けないとわかっているから、謝ったのだった。
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