王と王妃の恋物語

東院さち

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35 舞踏会の花々

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 アラーナがアルベルトにリードされて三曲踊っている間にシエラはレイモンド・エンディスと共にホールに来ていたようだ。

「レイ様」
「アラーナ様、良かったですね」

 シエラと共にアラーナに内緒でことを進めていたレイモンド・エンディスは、長い睫毛の下でけぶるような緑の瞳をアラーナに向けて喜んだ。

「……レイ様?」

 アルベルトが訝し気にレイモンド・エンディスを睨み付けるのに気付かないまま、アラーナは自分のために骨を折ってくれたのだろう二人に感謝した。

「レイ様もシエラも本当にありがとう」
「レイ様?」

 アルベルトはもう一度口にする。

「アルベルト様、レイモンドのことをアラーナは兄のように慕っているだけですわ」

 慕っているという言葉をシエラは強調して言った。

「ええ、本当に――。二人がいなかったら、私――、ここにはいませんわ」

 アラーナに他意はないのだろう、アルベルトに対する恨みでもないのだろう。けれど、アルベルトは非常に気まずかった。原因が自分であることは明白だったが。

「わかった。二人には感謝する――」

 アラーナを支えながら、アルベルトのためを思って動いてくれたのは確かなことだったので、アルベルトは多少思うところはあるものの二人に謝意を述べた。

「あら、素直ですこと」

 シエラはホホホと笑い、レイモンド・エンディスはアルベルトの怒りが爆発する前にホールにシエラを引きずっていってしまった。

「アラーナ――。おいで」

 アルベルトは、国王の椅子の隣にある王妃の椅子にアラーナをエスコートした。座れば、待ち構えていた人々が長い列を作っていて、順番に挨拶に訪れる。アルベルトが見る限り、アラーナは落ち着いて受け答えしている。元々人に物怖じすることのない少女だったが、女伯爵として領地を統治したことが自信になっているのだろう。

「アラーナ様のお母様もお姉様もとても身体が弱いのだそうですね。早く世継ぎが生まれるとよろしいのですが……」

 いやはや無理はいけないと言ったのは、侯爵家の分家の一人だっただろうか。アルベルトが、自分の中の抹殺リストにその男を入れている間に、アラーナは少し赤い顔でアルベルトをチラリとみる。

「子供ですか……。陛下に似た子供だと嬉しいのですが――」

 アラーナは、自分に似た子供よりもアルベルトに似た子供のほうがいいなと思ったのだが、アルベルトは首を振る。

「いや、アラーナに似た子がいい――。きっと可愛らしいし素直だし一生懸命だ。私に似ていないほうがいい――」

 子供を作る行為をしながら、そういえば子供のことは一切話し合っていなかったなとアルベルトは今更ながら気付いた。

「はいはい。陛下、そういうことは二人きりで話してくださっていいですよ。ほら、見つめあっている場合じゃないですね」

 ヴァレリー・マルクスは、視線が絡めば見つめあう二人を分断するように間に立ってそういった。

「はははっ、我々が心配することではありませんでしたな。申し訳ない――」

 話をふってしまった男は、笑いながら謝罪して下がっていった。

「王妃様、私の娘も妾妃にと望んでおりますが……」

 次は伯爵家の当主である男が娘を連れて来た。
 アラーナの地味な金の髪とは比べ物にならない輝くような黄金の髪が美しい珍しい菫色の瞳の少女は、アラーナより少しだけ歳下に見えた。
 思わず息を飲んで少女を見つめたアラーナは感嘆のため息をついた。

「なんて美しい」

 この少女なら国王であるアルベルトの横に並んでも全く見劣りしなくていいのではないかとアラーナは思った。

「ありがとうございます」

 それでもアルベルトの心がわりを全く心配はしていなかった。アルベルトが何か言いたげなのを頷きをもって答える。

「陛下は、大きなむっ」

 横からいつのまに戻ったきたのかシエラが手を伸ばし、アラーナの口元をふさいだ。

「王妃様……、少し休憩いたしましょう。お疲れでしょう」
「えっ、あっ……」

 シエラに引っ張られてアラーナはヴァレリー・マルクスを共に急遽退場となった。
 何を言おうとしたのかわかっていながら、アルベルトは敢えて止めなかったのだ。
 アルベルトは、確かにアラーナの大きくてフワフワした胸の虜となっていたのだから。

「陛下、娘を妾妃候補として――」

 王城へ上げて欲しいと願おうとした伯爵に、アルベルトは手でとめた。周りを見渡し、通る声で「王妃が決まった以上、妾妃を置くつもりはない。今いるミリアムも妾妃の称号は取り上げることが決まっている」と告げた。
 シンッと静まったホールに「私の治世の間に、今までの後宮という制度を解体することに決めた。最早、その役割などないに等しいからな」と爆弾発言をして騒がせることになったのだった。

「陛下、フライングはなしでお願いしますよ」

 宰相カシュー・ソダイが睨むのを笑いで返すアルベルトには余裕という名の貫禄がでていた。アラーナという王妃を得たアルベルトは、国王としての揺るぎないものを漂わせていた。そのことを諸外国の使者たちは認識したのだった。
 今日の舞踏会は紛うなき成功であるとカシュー・ソダイは後にヴァレリー・マルクスに告げたという。
 国内はアルベルトが成長し、宰相がしっかりと睨みをきかせていることもあり平穏であったが、隣国はそうとも言い難い。マリーナの嫁いだサランド王国とは不可侵協定が結ばれているが、隙を見せれば襲い掛かってくるのが反対の国である。その抑制にもなるだろうと宰相は思っている。


「シエラ、どうしたの? 私まだそんなに疲れていないわ」
「今、大きな胸って言おうとしたでしょう?」

 休憩室に入ったアラーナにリンが冷たい果実水を届ける。シエラはとても美しかった。

「シエラ、素敵ね青いドレスがとても似合っているわ」
「ええ。美容部員の腕は凄かったわ。ね、アラーナ。エレノラ達が会いたがっているわ」
「まぁ、ルイーザやヴィオラもいるのかしら?」

 アラーナが王城で暮らしていた時に友達になった三人だった。皆突然いなくなったアラーナを心配して手紙をくれた。ヴィオラはグラスエイトの近隣の令嬢だったことから、会いにも来てくれた。

「ええ、もちろんいるわ」

 エレノラとヴィオラはあの後で結婚して、アラーナにも招待状をくれたのだが、アラーナは自分が行くと迷惑になるんじゃないかと思って、心を込めた贈り物をしたためたのだった。

「会いたい――……」

 アラーナは三人の顔を思い浮かべて、心が浮き立つ気持ちになった。

「ヴァレリー・マルクス様、会場に場を移してもよろしいですか?」

 扉の前に立つ彼に尋ねると、「もちろん」と了解がでた。

「アラーナ、言っておくけど。アルベルト様は、別に大きな胸が好きなわけじゃないのよ。あの時は、アラーナに非がないということを強調し過ぎてあんなことを言っただけで」
「でも、私の大きくなった胸をアルベルト様は嬉しそうに――」

 シエラがまたもやアラーナの口をふさぎ、変な笑いを浮かべてヴァレリー・マルクスを見た。

「何も聞いてませんよ」

 今更それくらいで照れたりする人物ではないと知っているが、一応シエラも気をつかったのだ。

「アラーナ、多分アルベルト様は、貴女の胸が育ってなくても同じようにすると思うわ。だって、アルベルト様が好きなのは、貴女の身体だけじゃなくて、貴女の全てなんだもの――」

 アラーナは、目からうろこが落ちた気分だった。

「気付かなかったわ――……」
「もう、馬鹿ね。だからもう胸のことは忘れなさいね」

 アラーナは、やっと本心から頷くことが出来た。

「ありがとう、シエラ」

 大好きな姉のような存在であるシエラに、再び救われたような気がしたアラーナだった。



 三人とは、同年代の貴婦人達が集まっているあたりで会うことになった。
 王妃であるアラーナと親しいということを周りが知れば、三人にアラーナのことを尋ねる人間が増えるだろうし、それはアラーナを大事に想っている三人からアラーナの人となりを聞く人が増えるということだからだ。
 アラーナは知らないことだが、若い貴族の夫人の中で彼女たちは社交界の中でも抜きんでていた。夫の位もそうだが、何より人柄に魅かれて人が集まってくるのである。

「アラーナ様!」

 ヴィオラがアラーナの姿を見るなり泣き出してしまったのが最初のハプニングであった。

「ヴィオラ、アラーナ様が驚いていらっしゃるじゃないの」

 慰めるエレノラと、腰を折って深く挨拶するルイーザにアラーナは、「また会えて嬉しいわ」と喜びにあふれた微笑むを浮かべた。

「アラーナ様、しばらくお会いしないうちに――……、成長なさいましたね」

 アラーナを上から下まで眺めて、ルイーザが息を飲んだ。

「身長はそれほど伸びていないのだけれど」
「いいえ、身体ももちろんですけど、雰囲気が前とは違いますわ。王妃となられるのに相応しいとお見受けいたしました」

 そこに立っているだけで華を背負う雅さは、あの頃のアラーナにはなかったものだ。

「そういってもらえると、嬉しいわ」
「もう! やっぱり我慢なんてできないわ! アラーナ様、可愛い――!」

 少し背の低いエラノラが、アラーナに飛びついた。
 あまりに突然だったので、シエラも反応出来なかったし、ヴァレリー・マルクスは止めるつもりもなかった。

「エラノラったら、貴女こそ可愛いわ。駄目よ、くすぐったいわ」

 ギュッと抱き着いてきたエラノラの頬に涙があって、アラーナは優しく涙を拭って「泣き虫さんね」と抱き寄せた。負けじとヴィオラが抱き着こうとするのをやっと我に返ったシエラが止め、アラーナのドレスを濡らそうとするエラノラをルイーザがはがそうとして、その場は、普段とは違った舞踏会の有様だった。

 それでも、そんな風に若手の中でも抜きんでていた三人が一様に慕っているアラーナという女性を、社交界は王妃として受け入れるのに十分な出来事であった。
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