かさぶた

小槻みしろ

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かさぶた

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 A村の子供には、意思を持つかさぶたが体に張り付いている。一定の年齢に達すると剥がすための場所へと歩かされる。道がどこへ続くかはわからない。
 そして私はA村の人間で、今年その年齢に達した。

 とわこのかさぶたは、かさぶたの内が膿んで内臓の様になっている。緑の膿が溢れてくさいので、とわこは遠巻きにされている。時々苦しげに呻く声が聞こえる。でも、とわことかさぶたは声がとてもよく似ているから、どっちの声かわからない。とわこは自分のかさぶたが大嫌いだが大好きだ。

 あきらのかさぶたは、半分だけ剥がれている。だから残りが剥がれないようにと、あきらは必死で手入れをしている。私たちはみんなあきらを笑うけど、かさぶたたちは、みんなあきらのとりこだ。私たちのかさぶたの愚痴をよぶあきらを、私たちは最近嫌いになっている。

 さなのかさぶたは、巨大でしかも大きくなり続けている。さなのかさぶたはおどおどゆっくり話す。さなは子供たちのなかで一番かわいくて、本人もそれを知っている。だから不格好なかさぶたのことが大嫌いだ。でも、最近さなのいうことが、かさぶたそっくりになってきた。かさぶたも、むかしのさなみたいに時々早口で話す。

 ひめののかさぶたは、とにかく饒舌で、とわこのかさぶたの事が好きだ。だからとわこのかさぶたの面倒をよく見ている。私のかさぶたとは仲が悪い。ひめのは日に日に無口になっていっている。ひめののかわりに、かさぶたが全部話すからだ。

 私のかさぶたは、いい年なのにうるさいかさぶたを嫌っている。

「私らみたいなものは段々静かになって、肌からはがれるのを待つの」

 私のかさぶたの口癖だ。
 私のかさぶたは、確かにはなさない。声を出す代わりに私にしがみつく。時々かさぶたのつめが、私の筋肉まで食い込むから、私は痛くて正気を失ってしまう。そのたび、ひめのは私の心配をする。でも私は、私のかさぶたの前でひめのに何も話せなくなってきていた。だから大丈夫とだけ言う。ひめののかさぶたは、かわいそうにと私に言う。

 ひめのとは段々気まずくなっている。私はひめのが好き。私と私のかさぶたは、ひめののかさぶたが嫌い。ひめののかさぶたは私にやさしい。そしてひめのは私が好きで、ひめののかさぶたが一番好きだ。

 歩き始めてそれなりに時間が経ってくる。私たちはまだ歩いている。けれど剥がす場に着く前に、剥がれて去っていった子供たちも何人が出始めていた。剥がれて去っていく友人や仲間を、私たちは歩きながら目で追った。それをくりかえすたび、皆のこころは寂しさから嫉妬へと次第にかわっていく。私はただ寂しい、それだけだった。けれど、剥がれた肌はピンク色で、柔らかそうで、痛々しくて綺麗で、まぶしかった。

 ある時とおるが、群れを去るゆうやの背を蹴飛ばした。生まれたての肌についたカスレ傷は痛々しかった。ピンクの肌一面に、じんわりと血がにじんだ。
 ゆうやはおとなしくって泣き虫だ。だけどこの時、ゆうやは泣かずにとおるを一瞬だけ睨んだ。これにはみんなが驚いた。でも、ゆうやは、それから何も言わずに、ただ静かにとおるを見返した。ゆうやはとおるをもはや相手にしていなかった。違う人間みたいで、私はほんの少しぞっとした。去っていくゆうやに、かさぶたたちが、

「生意気だ、生意気だ」

 とはやし立てた。とおるも追いかけるように、

「そうだ生意気だ」

 と暴力的な声で叫んだ。でも、とおるには、ゆうやの背を追うことは出来なかった。

 「もうこんなのはいやだ」

 だいきは最近そう言って、よく怒る。行く先もわからないまま、ただ歩かされているのだから仕方はない。だから私たちは葉っぱを噛んで、おしゃべりをして、暇をつぶす。道の先は考えない。考えたからって着くわけでもなくて、ただ気が滅入るだけの行為だからだ。
 B村に生まれたかった。誰かが言った。B村の子供は一人ひとつの洞穴をふさぐ膜のような姿をしているらしい。巨大な蜘蛛の巣の中央にかかった獲物みたいに。時がくれば離れて飛んでいくことが出来るそうだ。私たちの様に歩かなくて済む。

「羨ましい」

 みんな口々にそう言った。そんな私たちに、

「最近の子は」

 とかさぶたは言う。

 ある日、だいきが、背にあるかさぶたを力いっぱいかきむしった。かさぶたは、

「痛い痛い」

 と泣いた。

「うるせえ」

 とだいきは叫んだ。だいきは取り出したナイフで、かさぶたを無理にはいだ。私はちょうどその瞬間を見た。かさぶたの悲鳴が今も鼓膜にこびりついている。
 気づけば、だいきの大きな背を覆っていたかさぶたは、真っ赤になって地面の上で力なくけいれんしていた。かさぶたからも血は出るのだと、この時私たちは知った。だいきの背からは血が噴き出して止まらなかった。みんなでだいきの手当てをしたけれど、血は止まらずに、熱も出て、結局だいきは道に置いていくことになった。

「ばかなことをしたもんだ」

 と私のかさぶたは言った。痛みの混ざった吐き気がした。だいきの血のすべて抜けた顔が、私の頭に何度もよぎる。

 それから、何度も日はのぼった。
 私はまだ歩いている。ひめのもまだ、歩いている。ひめののかさぶたは、どんどんうるさくなっている。かさぶたが大きくなっていると思っていたら、ひめのが小さくなっていることに、気付いた。私のかさぶたは最近、縁がかゆくなってきた。私の心が浮きたつほど、真ん中のかゆくない部分が筋肉の奥にまで食い込んだ。そのせいか、私は手足がしびれて上手く歩けないときがある。

 私のかさぶたの真ん中は、血がずっとにじんでいて膿んでいる。私はまだまだ歩かなければならない。出来る限り早く着きたいと願い始めている。でも、道の向こう側にはまだ何も見えていない。
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