姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

一話 ドミナンの邸にて

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 鳥の鳴く声が聞こえる。ラルの知らない音だった。ただ、鳥の出す音だと、そのリズムでわかった。目を瞑っているのに、鳥の影が見える気がした。

「……う」

 なんだか違和感がある。身体にふれる寝床の感触が違う。布の感触はするが、地面から遠く柔らかい。何より、異様に明るいのだ。自分は目をつむっているのに。
 ラルは、身じろぎして反覚醒の状態から意識を覚まし、閉じていた瞼を開いた。――が、またすぐに瞼を閉じた。
 痛い。
 目を開いた瞬間、感じた事はそれだった。ただ目を開いたら、一面の白が、ラルの視界を埋め尽くした。焼ける様な白だと思った。痛くて、目が開けられない。閉じた上から手で押さえて、寝台に顔を伏して目を守った。目から勝手に涙が溢れてくる。涙が布に吸い込まれていく。砂が入ったときのように痛くて、乾いて、拍動を打った。
 ここはどこだろう。
 衝撃から未だ立ち直れずに、混乱した状態のまま、ラルは考えた。高い鳥の声がしたから、おそらく朝だろうとあたりをつける。ネヴァエスタの森の鳥は、朝に高く、夜に低く鳴く。昨日は、どうしたんだろうか、なんだか頭に霞がかかったようで、思い出すのに時間がかかる。体もあちこち、ひどく痛かった。

(痛い、だるい。熱かな。シルヴァスはどこに……)

 早く、朝ご飯を作ってあげなくちゃ。
 そこまで考えて、ようやくラルの思考に昨日の記憶が追いついてきた。それに捕まったのは一瞬で、昨夜の事が、吹き出すようによみがえる。
 いつもと違う顔をしていたシルヴァス。いつもと、少し違うシルヴァスの目覚めに、突如現れた、自分たちと同じ姿をした生き物達。
 そして――赤に染まったシルヴァス。

「あ……っ」

 思い出したとたん、体が震えだした。震えを止めようと、体を抱きしめる。それでも、止まらなかった。シルヴァスは大丈夫だろうか。それを確かめようとして、戻ろうとしたのに、何度も阻まれた。シルヴァスを赤く染めた生き物に。あの生き物だけじゃない、他にも似た格好、似た銀の棒を持った者達が、ラルを阻んだのだ。
 ラルを、「王国の姫だ」といい、そして、

「ちがう」

 ラルは自らの身体を、より強く力を込めて抱いた。
 ――そして、あの男達は、ラルにこう言ったのだ。シルヴァスは、「罪人」である、と。その話を聞いてから、とうとう混乱を極めたラルが暴れた折り、首に何か衝撃が走って――それを最後に、ラルの記憶はとぎれている。

「違う。シルヴァスは悪くない……」

 昨日は、とにかく混乱して、気持ちもまとまらなかった。今だって、そうだ。けれど、ラルの中でそれでも変わらず動かないのは、シルヴァスを信じる気持ちだ。
 だから確かめる様に、そう口にした。それは、ラルの決意だった。音にして、そして形を確かめる。

『考えて音になさい。大切な言葉ほど』
 
ふわふわと言葉を作る癖のあるラルに、シルヴァスはたびたびこう言った。その意味が、少しだけ、わかった気がする。だから大切に言葉にした。

「お目覚めですか」

 そのとき、不意にラル以外の声が、ラルに向けて飛んできた。驚いて、ラルはびくりと体をふるわした。昨日の、朱金の髪の男――アーグゥイッシュの姿が、脳裏に浮かぶ。あの生き物は、いやだ。覚えたばかりの恐怖をうまく言葉にできず、拒絶の言葉で線を引く。息が勝手に震え、弾んでいるのがわかった。
 ちょうどラルの左斜め向こうから届いた音は、アーグゥイッシュのそれと比べて音の質が高く、素朴なものであることに、ラルは気づかなかった。声の主は、少し向こうでラルの反応を窺っていたようだったが、ラルの様子がおかしいのに気づいたのか、意を決してという風で行動を起こした。

「失礼します」
「ヒッ!」

 喉がなったのは反射だった。音が近づいてきたことを察して、勝手にラルの体の方が反応した。身体が飛び上がり、ふるえる――反射的に目を開いてしまい、痛みに慌ててまた顔を伏せる。ラル自身、自分の反応に驚いていた。

「す、すみま、あっ――申し訳ありません!」

 しかし、音の主の驚きはラル以上だったようで、歩み寄ろうとした身をがばりと伏せ、平伏した。目を固く閉じ、寝台の布に顔を伏しつけているのでラルには見えないが、その大げさなまでの身振りが、ラルの緊張した耳に届いた。ラルは、その声の主の反応に疑問を抱いた。

「きのうのと違う……?」

 ラルは、ここでようやく、今の音の主がアーグゥイッシュらのものと違うことに気づいた。

「えっ? あ、……――はっ! も、もうしおくれました! お、――わ、わたくし、アイゼと申します。こ、これから、姫様のそばのお世話を、させていただきたく……!」

 しかし、声の主――アイゼは、ラルの様子に気づくことなく、ただ挨拶を忘れていたと思いだし、あわてて言葉を紡ぎ始めていた。ぽんぽんと弾む声は、生命力に溢れている。そして、同時に、ひどく緊張していた。その矛盾したこわばりが引っかかりながらも、アイゼの言葉を受け取り、また新たに起きた疑問を口にする。

「世話……?」

 そう、世話とはどういうことだろうか。自分はもう十六になるのだ、自分の身の回りの事は自分でできる、そう思って口にした。

「え! あっ、わ、わたくしのようなものが、あの、姫様の様な、高貴なお方をお世話させていただけるのは、ま、誠に光栄至極であります。わたくしのような、その……いやしい、ものでは……姫様がきっと不服にお思いになるのも、十分に承知しております。で、ですが、精一杯つとめさせて、いただきますゆえ……」

 だが、アイゼはラルの問いを、そのようにはとらなかったようで、単純に言葉が足りないと思ったのか、もう一度言葉を重ねてきた。その必死な様子と、明朗な本来の音の性質との矛盾、そして、アイゼの並べる大仰な言葉が自分に向けられているものだ、という現状の異様さに、とっさにラルは

「い、いらない……」

 と断ってしまったのである。
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