25 / 57
一章
十五話 罰
しおりを挟む
「ジェイミは、オレの友達なんです。死んでほしくない」
涙をこぼしながら、必死に言葉をつむぐアイゼを、ラルは見つめた。胸がどうしようもなく痛かった。
眠れない夜だった。考えることがありすぎた。シルヴァスのこと、先のジェイミのこと――あの銀色の衣を着た生き物は、どうしてジェイミのせいにして、ジェイミをぶったのだろう。――やっぱり、ここの群は信じられない。信じてはいけない気がする。
それでも、シルヴァスに会えるかもしれない、その誘惑を退けるのは難しかった。でも、自分で何とかしなくてはいけないのだ。何とか逃げ出さないと。
それには……そうして、もう一度、ラルの思考はジェイミへと戻ってくる。
ジェイミのことは、自分のせいな気がするからだった。あの群の生き物達はひどいが、ラルが部屋から出ていったことを、あの生き物はジェイミのせいにした。それはつまり……ラルが出て行ったせいで、ジェイミはぶたれたのだ。
そこで、もう一つ気にかかったのが、「罰」という言葉だった。アルマという生き物が、アイゼという生き物に「罰」を与えると言った。それは、ラルのために与える、というように言っていたように思う。
何故ラルの為に? アイゼとラルは、何も関係ないはずだ。それに罰とは何だろう。いやな響きで、あのときは意味も聞かずに拒絶してしまったが――聞かなかったことを後悔した。
何が起こっているんだろう。今まで、こんなことなかった。ラルの預かり知らないところで、何かが起こっている。ラルの為だといって、ラルの知らないことをする。
わからない。何も知らないラルには、答えの出しようがなかった。目を覆って、息をついた。小さく細い息を吐き出す。シルヴァスのよく出していた音だ。無意識に飛び出した音だったが、ラルの心を慰め、また悲しくさせた。
――シルヴァス、今、どうしている? どうか無事でいて。
今すぐシルヴァスの元へ行きたい。けれど。
(ジェイミのことは、ラルのせい)
ぐるぐると回る思考は、そこに戻ってくる。ジェイミのことが心配だった。罰のことも。
わからないことを、少しでも知っていかねばならない。それが、疲れ果てた意識の気絶するようにとぎれる寸前、ラルが出した結論だった。
朝が来ると、また明るくなる。戸板で覆われている為に目は開けることが出来るが、それでもまぶしい。ラルはすぐに目が覚めた。
外衣を脱いで、風にはためかせていると、召使頭のアルマがやってきた。慌ててラルは衣を身にまとった。アルマはというと、ずっと平伏しており、ラルの焦りなど気づいていないようだった。アルマはひたすらに恐縮していた。
「おはようございます。私、アイゼに代わり、今日からお世話をさせていただきます。アルマと申します。お召し替えの用意をしてまいりました」
聞いた音だった。昨日、罰の話をした生き物の声だ。昨日は姿を見られなかったが、ラルはアルマの姿をじっと見つめた。
「どうして寝てるの?」
「は、それは、姫様の御前であるからです」
「ごぜん? 起きて」
「かたじけのうございます」
アルマはしずしずと起きあがると、外に合図を送った。ラルのための衣服を持ち、数人の召使が入ってくる。衣服を掲げるように礼をした。
「では、お召し替えをさせていただきます」
アルマは改めて礼を取り、ラルを取り巻いた。顔を見て、ラルは驚く。皆怪我をしている。
「怪我してる」
ラルのつぶやきを、聞き取ったようだった。アルマの動きに、わずかに動揺が走った。その時に感じたものに、ラルもまた反応した。アルマはすぐにそれを隠した。そうして、「失礼いたします」と、ラルの衣に手をかけた。
「えっ?」
衣を脱がされそうになり、とっさにラルは、身体を抱き、かわした。アルマは、見る間に蒼白になり、平伏した。
「申し訳ありません!」
「なに? 何で謝るの? どうして脱がすの?」
「申し訳ありません!」
「謝らないで、教えて、今の何?」
ラルは膝をついて、アルマに触れた。アルマは、身体を跳ねさせた。身体の震えを抑えようとしているようだが、それがどうにもうまくいっていない。
様子がおかしい。困ってしまって、ラルは周りの召使を見たが、彼らも一様に平伏していた。
「失礼いたします――姫、どうされましたか」
その時、エレンヒルが入ってきた。アルマの震えが、ひどくなった。ラルは背をさすってやった。しかし、よけいにひどくなるので、手を離した。その動きを、エレンヒルは、さめた視線を寄越したがすぐにかき消し、微笑し、ラルの側に控え、ひざまずいた。
「わからない。ずっと謝ってるの」
ラルの言葉を聞き、エレンヒルはアルマを見た。一瞥したにすぎなかったが、確固たる意味がこめられていた。それを汲み取ったアルマが、話し始めた。
「お、お召し替えをと思ったのです」
「それで何故謝っている?」
冷たい、という温度さえない声だった。アルマは必死の様子だった。
「姫様が驚かれたので、わ、私が不作法をしたのだと思いまして次第です」
涙をこぼしながら、必死に言葉をつむぐアイゼを、ラルは見つめた。胸がどうしようもなく痛かった。
眠れない夜だった。考えることがありすぎた。シルヴァスのこと、先のジェイミのこと――あの銀色の衣を着た生き物は、どうしてジェイミのせいにして、ジェイミをぶったのだろう。――やっぱり、ここの群は信じられない。信じてはいけない気がする。
それでも、シルヴァスに会えるかもしれない、その誘惑を退けるのは難しかった。でも、自分で何とかしなくてはいけないのだ。何とか逃げ出さないと。
それには……そうして、もう一度、ラルの思考はジェイミへと戻ってくる。
ジェイミのことは、自分のせいな気がするからだった。あの群の生き物達はひどいが、ラルが部屋から出ていったことを、あの生き物はジェイミのせいにした。それはつまり……ラルが出て行ったせいで、ジェイミはぶたれたのだ。
そこで、もう一つ気にかかったのが、「罰」という言葉だった。アルマという生き物が、アイゼという生き物に「罰」を与えると言った。それは、ラルのために与える、というように言っていたように思う。
何故ラルの為に? アイゼとラルは、何も関係ないはずだ。それに罰とは何だろう。いやな響きで、あのときは意味も聞かずに拒絶してしまったが――聞かなかったことを後悔した。
何が起こっているんだろう。今まで、こんなことなかった。ラルの預かり知らないところで、何かが起こっている。ラルの為だといって、ラルの知らないことをする。
わからない。何も知らないラルには、答えの出しようがなかった。目を覆って、息をついた。小さく細い息を吐き出す。シルヴァスのよく出していた音だ。無意識に飛び出した音だったが、ラルの心を慰め、また悲しくさせた。
――シルヴァス、今、どうしている? どうか無事でいて。
今すぐシルヴァスの元へ行きたい。けれど。
(ジェイミのことは、ラルのせい)
ぐるぐると回る思考は、そこに戻ってくる。ジェイミのことが心配だった。罰のことも。
わからないことを、少しでも知っていかねばならない。それが、疲れ果てた意識の気絶するようにとぎれる寸前、ラルが出した結論だった。
朝が来ると、また明るくなる。戸板で覆われている為に目は開けることが出来るが、それでもまぶしい。ラルはすぐに目が覚めた。
外衣を脱いで、風にはためかせていると、召使頭のアルマがやってきた。慌ててラルは衣を身にまとった。アルマはというと、ずっと平伏しており、ラルの焦りなど気づいていないようだった。アルマはひたすらに恐縮していた。
「おはようございます。私、アイゼに代わり、今日からお世話をさせていただきます。アルマと申します。お召し替えの用意をしてまいりました」
聞いた音だった。昨日、罰の話をした生き物の声だ。昨日は姿を見られなかったが、ラルはアルマの姿をじっと見つめた。
「どうして寝てるの?」
「は、それは、姫様の御前であるからです」
「ごぜん? 起きて」
「かたじけのうございます」
アルマはしずしずと起きあがると、外に合図を送った。ラルのための衣服を持ち、数人の召使が入ってくる。衣服を掲げるように礼をした。
「では、お召し替えをさせていただきます」
アルマは改めて礼を取り、ラルを取り巻いた。顔を見て、ラルは驚く。皆怪我をしている。
「怪我してる」
ラルのつぶやきを、聞き取ったようだった。アルマの動きに、わずかに動揺が走った。その時に感じたものに、ラルもまた反応した。アルマはすぐにそれを隠した。そうして、「失礼いたします」と、ラルの衣に手をかけた。
「えっ?」
衣を脱がされそうになり、とっさにラルは、身体を抱き、かわした。アルマは、見る間に蒼白になり、平伏した。
「申し訳ありません!」
「なに? 何で謝るの? どうして脱がすの?」
「申し訳ありません!」
「謝らないで、教えて、今の何?」
ラルは膝をついて、アルマに触れた。アルマは、身体を跳ねさせた。身体の震えを抑えようとしているようだが、それがどうにもうまくいっていない。
様子がおかしい。困ってしまって、ラルは周りの召使を見たが、彼らも一様に平伏していた。
「失礼いたします――姫、どうされましたか」
その時、エレンヒルが入ってきた。アルマの震えが、ひどくなった。ラルは背をさすってやった。しかし、よけいにひどくなるので、手を離した。その動きを、エレンヒルは、さめた視線を寄越したがすぐにかき消し、微笑し、ラルの側に控え、ひざまずいた。
「わからない。ずっと謝ってるの」
ラルの言葉を聞き、エレンヒルはアルマを見た。一瞥したにすぎなかったが、確固たる意味がこめられていた。それを汲み取ったアルマが、話し始めた。
「お、お召し替えをと思ったのです」
「それで何故謝っている?」
冷たい、という温度さえない声だった。アルマは必死の様子だった。
「姫様が驚かれたので、わ、私が不作法をしたのだと思いまして次第です」
0
あなたにおすすめの小説
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる