姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

二十四話 姫様2

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「姫様のこの度のご温情まことに痛み入ります。また、このようなありがたいお役目をいただき、この上ない喜びにございます。これから、心よりお仕えさせていただきます」

 ジェイミは、「姫」の部屋で、許されたこと、そしてこれから側仕えをさせていただくことへのお礼と挨拶にひれ伏していた。暗い部屋の中で、ただ自分を抑えることで精一杯だった。
 相手は黙っていた。しかし無関心な、冷たい沈黙ではなかった。代わりに、自分の側に近寄ってきていたのだ。自分の前で膝をつくのがわかった。

「顔をあげて」

 顔を上げると、あの夜と変わらぬ、おそろしく美しい顔と相対した。

「ジェイミ。ラルのせいで、本当にごめんなさい。あなたが助かって本当によかった」

 そして、自分の頬に触れて、そう言った。その声も顔も、悲しさと、安堵に満ちあふれていた。

「ジェイミ」
「何でしょう」

 女の呼びかけに、衣服を着付けながらジェイミは答える。女――姫が、ジェイミの方を振り返った。白い下着の上に、穏やかな薄青のシンプルなドレスがいっさいのしわなく体にまとわれていく。細い。それでいてまろい。背の紐をしめながら思う。以前はゆったりとした衣を着ていたからわからなかった。肌も吸い込まれるように白かった。

「ここの生き物は、皆こうして衣を着せてもらうの?」
「身分の高い者は、そうですね」

 ジェイミには、質問の意図がいまいち掴めなかった。この女は、ずっとそうしてきただろうに、何を改まって聞くのか。

「ジェイミは自分で着る?」

 確かめるような響きを持っていたが、ジェイミにはいささか皮肉に聞こえた。当たり前だろう、お前には俺がどう見えている?

「はい」

 冷静に返すと、姫は「そっか」と、考えるように頷いた。

「いいな。ラルも、本当は一人で着たい」
「――何故です?」

 ジェイミは思わず尋ねていた。皮肉へのいらだちより、好奇心が先に勝った。着替えをさせられるのをいやがる貴人がいるとは。
 召使いが疑問を呈すなど、不興を買うかと思ったが、姫は素直な声で「あのね」と話し出した。

「ラル、自分以外に体を見られるの、恥ずかしい。体を任せるのも、落ち着かないの」

 妙に気になる言葉だった。貴人でも、貴人の振る舞いに慣れぬものもいるのか? しかしジェイミ自身、誰かに自分の着替えなどされたくない気持ちがある。どうにも姫の言葉が、自分の嗜好に重なった。姫の言う感覚はまるで、今までずっと自分で着替えをしてきたみたいな感覚だ。

「そうですか」
「うん」

 しばしの沈黙がおりる。ジェイミの胸は、姫に向けた言葉でいっぱいだった。そんなことは許されないし、いつもならそんな気さえ起こさないように気を引き締めているのに、自分はどうしたのだろう。ドレスの形を整えながら、ジェイミは己自身にわずかに動揺していた。

「でも、慣れないといけない。ラルがいやがると、皆によくないの、わかってる」

 姫が、ぽつりと、しかしはっきりと言葉にした。ジェイミは行程を終えて姫から、そっと体を離した。姫は、自分の体を見下ろして、身につけているドレスを確認した。くるりと身を翻した拍子に、ドレスがふわりと揺れた。

「きれい。ありがとう」

 それから、にこりと笑って、ジェイミに礼を言った。ジェイミはただそれに頭を下げた。
 ――調子の狂う女だ。ただこちらは仕事をこなしただけだ。獣人の仕事に礼を言う貴人など、いない。それに、もっといい衣服を普段まとえる身分だろうに。
 どうにも、不思議な光が、この女からは差していた。ジェイミはその光に当てられると、どうも錯覚を起こす。それが、たまらなくいやだった。
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