45 / 57
一章
三十五話 ラルフィールの歌
しおりを挟む
天を仰いだ。そよ風がぬれた頬を撫ぜていく。風の音に、アイゼの命の余韻が溶けていく。
アイゼは体を捨てる。
魂となる――
『還してあげなさい』
――いつものように。
――うん。
ラルの世界は広く、遠く、無音となった。
体の重心が上がっていく。同時に、天上からラルの体に力が降り積もっていく。
それは光だった。
ラルは目を開いた。あたりに光が浮き、散っている。地面からたえず光は上がり、天上からは降り注いだ。そうして彼らは、一面、一枚の光となる。そうして光はラルとアイゼを包んだ。
光に何もかもが、のまれていく。その中で、ただひとつ、ゆれるもの――ひときわ明るい小さな光の玉が、点となり、跳ね合い、やがて線となった。
揺れ、波となる光の線を追うように、ラルは口を開いた。
ラルの唇から音がこぼれ落ちる。
天に点が打たれるとき、舌を動かす。生まれた音は、光の内に溶け、より大きな波となり、反響し、ラルの元へ返ってくる。何度も反響する音を、今なお打たれる点を追い御ながら、心のどこかでつかまえる。
それは、何度も繰り返してきた響きだった。ウォーロウ、ワーフ、ルス、デァ――森の生き物達に――ラルがそれを悟ったとき、光の点は消えた。ラルにはもう、わかっていた。
「魂送りだ」
つぶやいたのは誰の声だろう。おそらく知っているのに、ラルの中にその答えはとどまらなかった。ラルは舌をふるわせ、節にのせ、音を発し続けた。
ラルが音を発するたびに、ラルの唇から、地面から、光があふれる。それは、絡み合い、のぼり、光の束となり、はじけて天に散っていく。それを何度も繰り返し、空の彼方上へと続く光が、天と地をつなぐ頃、アイゼの体が光り出す。
それは優しく、あたたかな光だった。体からあふれ出て、胸の中心へと集まり、山なりになる。山はどんどん高くなり、上へと上がっていく。次第に、足もとと頭から、光が引いていき、光は胸元へ集まりきる。
すると、大きな光の山がくびれ、ふわふわと胸の上でゆれ――
途切れる――それは、魂の離脱だった。
アイゼの体から離れ、光の玉となり、ゆっくりと天上へと昇りだした。光の道を昇るように、ゆっくり、ゆっくりと。
何度も見た光景。この瞬間は、ラルの目からひとりでに涙がこぼれる。しかし、ラルは音を発し続けた。
アイゼ、ありがとう――
アイゼへの言葉があふれた。言葉は薄紅色の細い光となり、アイゼの魂を慰撫し、消えていった。アイゼの魂は、上がっていく。
涙はずっと止まらない。それでも、音は止めない。アイゼの魂が、天に昇れるように――
止まるわけにはいかない。これが、唯一、ラルに出来ることだから。誰の力でもなく、ラルに出来ること、ラルの責任と――ただ一つの自由だから。
あたりの光が、ひときわ強くなった。魂の上昇が、速まったのだ。力を得て、魂は天に向かいひたすらに上がっていく。皆、何も言わなかった――言えなかった。
ラルの音は高く上がり、息もつかぬ速さへと引っ張り上げられていった――どこまでその音が進むか、自分でもわからない状態になり、ラルの世界はだんだんと白くなっていく。
あと少し、あとすこしで、アイゼの魂は天に昇る――
――その時だった。
音が鳴る。それは、無数の銀の輪を打ち鳴らしたような音だった。
次いで降ってきたのは、ラルの出す音と違う節の音。それが、波となり、渦を巻くように、天上よりたえず降ってくる。
その声を、ラルは知っていた。ひかれるように、ラルの音は知らず、その音に重なり出していた。
彼の音が、ラルの音となる。
音はまた新たな光の波となり、帯となり、天上から降りてくる。ラルの光の中を周り、重なり、組まれ、とけ込んでいく。そうして、アイゼの魂を、そっとすくい上げる。ラルは音を出し続ける。おそれはなかった。
アイゼは体を捨てる。
魂となる――
『還してあげなさい』
――いつものように。
――うん。
ラルの世界は広く、遠く、無音となった。
体の重心が上がっていく。同時に、天上からラルの体に力が降り積もっていく。
それは光だった。
ラルは目を開いた。あたりに光が浮き、散っている。地面からたえず光は上がり、天上からは降り注いだ。そうして彼らは、一面、一枚の光となる。そうして光はラルとアイゼを包んだ。
光に何もかもが、のまれていく。その中で、ただひとつ、ゆれるもの――ひときわ明るい小さな光の玉が、点となり、跳ね合い、やがて線となった。
揺れ、波となる光の線を追うように、ラルは口を開いた。
ラルの唇から音がこぼれ落ちる。
天に点が打たれるとき、舌を動かす。生まれた音は、光の内に溶け、より大きな波となり、反響し、ラルの元へ返ってくる。何度も反響する音を、今なお打たれる点を追い御ながら、心のどこかでつかまえる。
それは、何度も繰り返してきた響きだった。ウォーロウ、ワーフ、ルス、デァ――森の生き物達に――ラルがそれを悟ったとき、光の点は消えた。ラルにはもう、わかっていた。
「魂送りだ」
つぶやいたのは誰の声だろう。おそらく知っているのに、ラルの中にその答えはとどまらなかった。ラルは舌をふるわせ、節にのせ、音を発し続けた。
ラルが音を発するたびに、ラルの唇から、地面から、光があふれる。それは、絡み合い、のぼり、光の束となり、はじけて天に散っていく。それを何度も繰り返し、空の彼方上へと続く光が、天と地をつなぐ頃、アイゼの体が光り出す。
それは優しく、あたたかな光だった。体からあふれ出て、胸の中心へと集まり、山なりになる。山はどんどん高くなり、上へと上がっていく。次第に、足もとと頭から、光が引いていき、光は胸元へ集まりきる。
すると、大きな光の山がくびれ、ふわふわと胸の上でゆれ――
途切れる――それは、魂の離脱だった。
アイゼの体から離れ、光の玉となり、ゆっくりと天上へと昇りだした。光の道を昇るように、ゆっくり、ゆっくりと。
何度も見た光景。この瞬間は、ラルの目からひとりでに涙がこぼれる。しかし、ラルは音を発し続けた。
アイゼ、ありがとう――
アイゼへの言葉があふれた。言葉は薄紅色の細い光となり、アイゼの魂を慰撫し、消えていった。アイゼの魂は、上がっていく。
涙はずっと止まらない。それでも、音は止めない。アイゼの魂が、天に昇れるように――
止まるわけにはいかない。これが、唯一、ラルに出来ることだから。誰の力でもなく、ラルに出来ること、ラルの責任と――ただ一つの自由だから。
あたりの光が、ひときわ強くなった。魂の上昇が、速まったのだ。力を得て、魂は天に向かいひたすらに上がっていく。皆、何も言わなかった――言えなかった。
ラルの音は高く上がり、息もつかぬ速さへと引っ張り上げられていった――どこまでその音が進むか、自分でもわからない状態になり、ラルの世界はだんだんと白くなっていく。
あと少し、あとすこしで、アイゼの魂は天に昇る――
――その時だった。
音が鳴る。それは、無数の銀の輪を打ち鳴らしたような音だった。
次いで降ってきたのは、ラルの出す音と違う節の音。それが、波となり、渦を巻くように、天上よりたえず降ってくる。
その声を、ラルは知っていた。ひかれるように、ラルの音は知らず、その音に重なり出していた。
彼の音が、ラルの音となる。
音はまた新たな光の波となり、帯となり、天上から降りてくる。ラルの光の中を周り、重なり、組まれ、とけ込んでいく。そうして、アイゼの魂を、そっとすくい上げる。ラルは音を出し続ける。おそれはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる