everything's no change

小槻みしろ

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everything's no change

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 飴を舐める。口に転がす。
 姉のうちへ何かが抜けて消えていく、そんな気がした。
 そうして空を見上げると、夕日は橙と黄色から、うすむらさきと紅のグラデーションにかわっていた。
 雲が、むらさきの空の肌の中で鱗のように、赤い。
 ちらちら、きらきらと生き物のようにけば立っていて、思わず足を止めた。
 耳の奥で音がする。どこか遠く、脳を音と一緒に影に置いてきたような、そんな気がした。まばたきと共に、うろこ雲がばらばらと落ちてくる錯覚にとらわれた。大きくまばたきするほどに落っこちていく気がした。
 何も言えなかった。言うこともなかった。
 ただもう少しここにいなければならない。あの空を見ていなければならない。茫然と空と顔を平行線に近づけながら、そんな気がした。
 姉は呆気なく死んだ。ドラマやドキュメンタリー番組の奇跡の回復なんてものは、大抵が嘘っぱちだとわかった。
 母は姉の顔を、優しく二度三度撫でた。
 母には、もう泣く気力はないと思っていた。母は、暗くおちくぼんだ瞳を濡らして、

「頑張ったね」

 と言った。手は震え、あとは言葉にならなかったようで、そのまま姉のそばにくずおれるように座り込んでいた。
 それから、ほぼ無意識のように立ち上がって、辺りを取り巻く、医者や看護師の人達にお辞儀をした。彼らは沈痛そうに頷いた。
 どこか慣れた心痛の表情だったけれど、彼らの顔を見て、「この人たちも年をとったんだな」という感慨が、何となく浮かんだ。
 姉といっとう親しくしていた看護師は、この間産休に入ったばかりだった。姉の名前をもらわれたらゾッとするな、と考えてすぐに「ありえない」と思った。
 その瞬間、姉のことを心底哀れに思った。
 姉はひとりで行ってしまったのだ。

 母は泣いた。もはやそれは、益体のない涙だった。泣いて泣いて、泣く先に残るものは何もないとはっきりわかる、そんな泣き方だった。
 見返りなんてもう求めようはなかった。それでも泣いた。私はそんな母を心から哀れみ、羨ましがった。
 自らの分身のようなわが子とはいえ、別の人間のためにそこまでの涙を、その涙でもう一度“産みかねぬ”という勢いで、身を削って流す――そんな芸当を、そこまで自分を他に持っていかれる生き方をしている母に、純心に感心したのであった。

「行ってきます」

 言葉は確認で、誰に向けたものでもなかった。
 ほぼ灰色となった髪をそのままに、母はぼんやりとリビングの椅子に座っていた。
 特別に声をかけるのは戸惑われた。肌は緑がかって白く、暗くかげり、頬はやつれ、唇はいつもうっすらと開いている。目だけ大きく開かれている。だというのに、どこも見てはいないのだ。目の下のしわとグラデーションになった黒い隈を見る。

 姉の葬式の日、

「納骨はせないかんよ」

 と伯母が言った。
ぼんやりと真っ黒な目をした母はそれを聞いていた。いつも無神経な野太さのある伯母の声が、私はずっと嫌いだった。

「お母さんを支えてあげないかんよ」

という言葉は、私の肩を掴んだ力と同じく強く、彼女にとってはそれが正義であることがわかった。
 葬式という一時的な意識で出来ているそれで以て、このときばかりこちらの内側に入り込もうとする伯母に、私はしらけた。
 母の肩を抱くことも丸く小さくなった背をさすることも私には出来ない。母も私の肩を抱かなかった。けれど、それでいいとも思った。
 私は言葉も温度も持っていない。
 父がいれば、そう思ったが、父はめっきり家を空け、仕事に明け暮れていた。

 環状線、めぐる。
 不意に電車がとても強く揺れたので、目を開いた。何やら一時停止をしていたらしい。私は目覚めていて、目を瞑っていただけだった。だから目を開いたのは、目覚めたからではなかった。
 目の前には見慣れた西高の制服、何となく私は視線を上げた。
 全く違う人だった。
 私はイヤホンを調節して、そっと目を閉じる。
 そうして電車はまたゆっくり動きだし、線路の上を進んでいった。 
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