おいで、イカロス

小槻みしろ

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半身

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 それは、いつもと同じ帰り道のはずだった。
 荷運びを終えた四翼達が、野鳥の群に襲われた。野鳥達はこの時をずっとはかっていたようで、迷いなく、四翼達を攻撃した。
 皆必死で追い払い、逃げては、村へと帰った。
 しかし、このことで、ジュンとトゥが重傷を負った。対翼が炎を持ち、追い払って、ようやくの救出だった。二人とも、翼をちぎられ、背中を深くえぐられていた。
 四翼の背中の対翼の種子は、野鳥や野犬の好物だった。
 二人の背の種子はすでに奪われていた。とりわけジュンは重傷で、ずっとひどい熱にうなされて、もうなにもわからないようだった。

「ジュンはもうだめだ。もって一晩、せめて楽にいかせてやれ。トゥは、助かったならば、引退したものと一緒に、家仕事に回ってもらう」

 村長の精一杯の温情だった。
 ジュリは泣いた。からだが千切れんばかりに泣いて、ジュンの手にすがった。ジュンは、手を握り返すことさえ、もはやできないようだった。
 ニアは、トゥの背を見ていた。布の巻かれた背は、赤い血がじっとりとにじんでいた。青ざめた顔で、トゥは、ニアを見上げた。そうして、唇をわずかにゆがめた。笑ったのだと、ニアにはわかった。ニアが手を握ると、汗が浮いて、冷たかった。その時、ニアは自分の心臓が、杭で打たれたような心地がした。体がふるえだして、止まらなかった。
 夜が明ける前に、ジュンは息を引き取った。ジュンの土気色の死に顔を、朝日が照らしていた。ジュリは呆然と、昨晩と同じ姿勢でその手を握っていた。それは、さらに一日明けても変わらなかった。
 アンリとユニが、ジュンの遺体を担ぎ上げた。二人は、荷運びをしてきた後だった。ジュリは、遺体を追いかけたが、アンリとユニは速かった。ユニの腕には、あの日の火ぶくれのあとがあった。

「いつまでそうしているの」
「お前は、生きていくのだから、そろそろ義務を果たせ」

 ジュリは、必死で二人の後を追いかけた。しかし、すでに遅く、北の断崖から、ジュンの遺体は投げ捨てられた。
 ゆっくりと落ちていくジュンに、ユニとアンリが一礼をした所で、ジュリは北の崖の縁に縋った。声にならない声は、確かにジュンの名を呼んだ。

「四翼は楽でいいわね」

 ユニの言葉に、ジュリは叫んだ。己の肉体を裂くような、すさまじい叫びだった。ジュリはユニにつかみかかった。ユニは冷めた目で、ジュリを見た。

「お前にわかるものか! 半身で生まれた私たちのことなど、わかるものか!」
「われらは、ひとりで生き、死ぬのみ。そんなこともわからないお前たちが、われらと同じ対翼になる夢を見る。この屈辱は、お前にはわからないでしょうね」
「うるさい! だまれ、だまれ!」

 ジュリは狂ったように叫ぶと、くずおれて泣いた。地面を割るような泣き叫びかただった。アンリは、ジュリをにらみ、それからジュリの脇を通り過ぎた。

「お前のような甘ったれの為に、それでも飛ばねばならない。私達こそ、あわれよ」

 アンリとユニは、ニアの脇を通り過ぎた。水をくみに来たのだった。ニアは、ジュリの背を見つめた。あれほどに強かったジュリが、小さくなってふるえている。その気持ちは、おそらく自分にしかわからない、そう思った。ジュリの左肩に生えた片翼が、悲しくわなないていた。
 ニアが小屋の中に戻ると、トゥは眠っていた。ニアはとっさに、トゥの口元に手をやった。息で湿りを帯びたのを確認すると、手を離した。トゥの前髪をなでて、額に濡れふきんをのせる。ニアはじっとトゥの眠り顔を見つめていた。トゥの顔を、こんなに見たのは、いつ以来であったろう。そんなことを考えた。
 トゥの頬に、滴が落ちた。ニアの涙だった。滴は横向きに伝っていった。ニアはそのことにも、何か無性にさみしく感じていた。
 ずっと不快だった。傍にいることも、二人でなければ飛べないことも、すべてトゥのせいだと思っていた。
 トゥともう飛べないとわかって今、ずっとトゥと飛んでいたかった自分に気づいた。トゥと飛んでいるとき、幸せで、だから不愉快だったのだ。そしてそれはきっと、トゥがこんなことにならなければ、一生わからない気持ちだった。そんな自分が怖かった。
 今の自分なら、あの時ちゃんとトゥの手を引いて逃げたのに、どうして、それが出来なかったのだろう。
 ニアは、トゥの手を握った。トゥは眠っている。きっともう二度と、間違えたりしない。
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