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美矢が、好き[晴海の視点]

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華は、俺を見つめてる。

「晴海、寝ないの?」

「眠くないから」

「寝ないと、身体によくないよ」

「心配しないで」

華は、それ以上何も話さなかった。

俺は、ボッーとしてた。

右手の感覚が、すぐ戻る気がしていたのに…

まだ、復活していない。

俺、また失うのか?

安西さんも失う。

料理も失う。

もう、生きていたくない。

コンコン

扉がノックされた。

華が出ていった。

しばらくして、現れたのは、シュッとしてない安西さんだった。

嬉しくて、顔が緩むのを感じた。

俺の為に、安西さんは必死できてくれたのを感じた。

もっと、美矢を感じたい。

もっと、美矢に触(ふ)れたい。

美矢を失ったら、生きていけないのを全身で感じた。

晴海って言われる度に、胸が踊り出すのを感じた。

美矢の手にキスをし続けた。

放したくない。

「生きていてよかった」と言ってくれた時、美矢は愛する人をこれ以上失いたくないのがわかった。

涙がとめどなく流れてくるのが、見える。

(美咲さん、言いづらいのですが…。右目の視力は、ほとんど回復しない可能性があります。)

(車の運転好きなんです)

(残念ながら、もう無理ですね。右目がどこまで回復するかわかりませんが…。ほぼ、見えないと思っていただけたらと思います。)

今朝、先生が言った言葉だった。

月(るい)君に、嘘をついて自分を励まそうとした。

目が見えなくたって、どうって事ないじゃないか

今、こうして美矢に触(ふ)れられてるならいいじゃないか

なのに、何でだろう

辛くて、苦しくて、堪らないんだ。

「美矢、右目がね。ほとんど見えなくなるだろうって言われてね。何でこんなに辛いのかな…」

美矢は、俺の目をガーゼの上から優しく触(ふ)れた。

「見え方が変われば、世界がかわる。僕もわかるよ。半分欠けた世界にいる。両目で、晴海を見る事ができたら幸せだと思う。きっと、晴海もこの2つの目でもっとたくさんの世界を見たかったんだろう。」

「美矢、もう車を運転出来ないんだ。俺、大好きだった。ドライブ…。だけど、出来ない。」

「僕が出来たらよかったね。晴海を連れていける。晴海の目のかわりができる。」

美矢は、何かを決心したような顔をした。

「晴海、手術を受けるよ。僕が、晴海を連れていけるようにするよ。ドライブに行けるようにするよ。」

「いいんだ。隣に乗ってるのと、運転してるのは違うんだ。」

「わかってる。僕も、車に乗っていたから…」

美矢に酷い事を言ってしまって、俯いた。

「大丈夫。傷ついてないよ。晴海、半分欠けた世界で二人で生きて行こう。僕は、このままでもいいんだ。晴海と一緒にいれるなら、他に何もいらない」

「美矢……ハァーアー。ごめん」

「あくびでたの?」

「うん」

「眠っていいよ」

俺は、横になった。

さっきまで、一ミリも眠たくなかったのに何でかな?

すごく眠たい。

「美矢は、俺の睡眠薬(くすり)だね。はぁーあ。」

「寝るまで傍にいるから」

「美矢、ガーゼがとれた世界が怖い」

「大丈夫、僕がいるから」

美矢は、俺の頬を撫でてくれる。

「美矢、怖いよ。」

彼の望みが叶った。

両目だったら、俺は、生きていなかったのがハッキリわかる。

「大丈夫、ゆっくり休んで」

美矢が、おでこを撫でてくれる。

身体中の痛みが、美矢がきてからひいたのを俺は、知ってる。

目を瞑るのが、怖い。

次に、目覚めた時に彼がいたら…

そんな気持ちを拭ってくれる程、美矢の手は暖かい。

指輪がついていないのに気づいてた。

いつ、外したのだろうか?

「お守りをあげる」

美矢は、俺の左手に何かを握りしめさせた。

「目覚めたら、見て」

そう言って笑って、キスをしてくれた。

紙と何かヒンヤリとした感覚。

「晴海、目だけじゃないよ。嗅覚、味覚、触覚、聴覚。その全てで、僕を愛して欲しい」

耳元に美矢の息があたる。

柔らかい匂い

唇の感覚

絡められた舌の味。

「おやすみ」

俺は、身体中を駆け巡る穏やかな気持ちにゆっくりと目を閉じた。




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