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安西の決意[月の視点]
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安西は、俺と星(ひかる)に話しかけた。
「少しだけ、時間あるかな?」
「なに?」
「二人に見せたいものが、あるんだ。」
「いいけど」
そう言われて、ロビーを抜けてタクシーに乗り込んだ。
「安西さんの家ですか?」
昨日も、星(ひかる)は行ってたんだよな。
「うん」
そう言って、タクシーで安西の家にやってきた。
俺達三人は、安西の家に上がる。
「こっちにきてくれ」
二つある部屋の一つに案内された。
「絵のアトリエか」
「そうだよ」
安西は、そう言ってスケッチブックを渡してきた。
「これは?」
「片手が使えなかった時の僕の絵だ」
キャンバスに書きかけの絵と明らかに違う。
「全然違いますね」
星(ひかる)の言葉に安西は頷いた。
「僕はね、左手で大胆な線を表現して右手で細かい線を描(えが)くんだ。色も同じようにつける。でも、この時は痺れや違和感で左手がうまく使えなかった。」
そう言いながら、別のキャンバスをこっちに見せた。
「その頃の作品は、今でも嫌いだよ」
ダークな色がつけられた作品。
安西の絶望が、よく理解出来た。
「どうして、これを俺達に見せてくれたんだ?」
安西は、俺と星(ひかる)を交互に見た。
「違う事でも、絶望を感じた事がある人間には、僕の気持ちがわかると思ってね」
そう言って笑った。
「晴海君を助けたいんだな」
安西は、首を横にふった。
「助けるなんて、偉そうな事は僕には言えないのにね。だけど、晴海の気持ちが手に取るようにわかる。コーヒーいれるよ」
俺達は、安西についていく。
安西は、コーヒーをいれてくれる。
「美樹君や霧人を失くした時は、まだ若かった。それに、両手も使えたから…。絵を描(えが)き続ける事で乗り越えられたんだ。」
安西は、コーヒーを俺達に渡した。
「里の時は、乗り越える事がなかなか出来なかった。連れて逝ってもらえなかった絶望と絵をうまく出来ない絶望に、うちひしがれる毎日だった。」
俺も星(ひかる)も安西に何も言えなかった。
「尊敬していた絵の先生が、安西君はまだ若いから大丈夫って根拠のない事を言うんだ。それが、僕をさらに苛立たせた。」
「安西でも、怒るんだな」
怒ってるイメージがなくて、そう言った。
「体が、不自由になって、好きな事が出来ないと人は苛立ちを覚えるんだ。出来ない自分に対する苛立ち。」
そう言って、安西は懐かしそうに目を細める。
「若い頃と違って、人生に基盤が出来て、夢が形になり動き始めた時の挫折は辛いものだよ。」
安西は、そう言ってコーヒーを飲んだ。
「安西君、描(えが)き続けていたら絶対に乗り越えられるから…。尊敬していた先生の言葉に、僕はガッカリした。あー。この人は夢が形になってからの挫折を経験した事がないんだって思ったんだ。」
さっきのスケッチブックを安西は捲った。
真っ黒で、グチャグチャな絵が描(えが)かれている。
「描(えが)いたって、描(えが)いたって、救われる事がなかった。ただ、ただ、苦痛で。見るのも嫌だった。でも、お金を生み出せるものが、僕にはこれしかなかった。だから、必死で食らいついて食らいついて生きていくしかなかった。会う度に、大丈夫だと言ってくる先生にいつの間にか会わなくなって言った。」
安西は、そう言いながら涙を流す。
「もう二度と自分の頭の中のキャンバスに描(えが)いてる作品を描(えが)けないのかと思うと、生きてる事なんて無意味だと思った。きっとこれが若い時なら、前に進みながら、形をかえながらも乗り越えていけたのだろうけど。だけど、基盤ができてきて、僕の絵はこういうものだと認知され始め、固い頭に変わっていた僕には…。乗り越えるなんて到底出来なかったんだよ。」
安西は、そう言ってスケッチブックをまた捲る。
さっきよりも、濃い黒で塗りつぶされていた。
「だから僕は、晴海の傍にいてあげたい。晴海に絵を教えてあげたいと思ってる。」
安西は、立ち上がって冷蔵庫に行った。
「少しだけ、時間あるかな?」
「なに?」
「二人に見せたいものが、あるんだ。」
「いいけど」
そう言われて、ロビーを抜けてタクシーに乗り込んだ。
「安西さんの家ですか?」
昨日も、星(ひかる)は行ってたんだよな。
「うん」
そう言って、タクシーで安西の家にやってきた。
俺達三人は、安西の家に上がる。
「こっちにきてくれ」
二つある部屋の一つに案内された。
「絵のアトリエか」
「そうだよ」
安西は、そう言ってスケッチブックを渡してきた。
「これは?」
「片手が使えなかった時の僕の絵だ」
キャンバスに書きかけの絵と明らかに違う。
「全然違いますね」
星(ひかる)の言葉に安西は頷いた。
「僕はね、左手で大胆な線を表現して右手で細かい線を描(えが)くんだ。色も同じようにつける。でも、この時は痺れや違和感で左手がうまく使えなかった。」
そう言いながら、別のキャンバスをこっちに見せた。
「その頃の作品は、今でも嫌いだよ」
ダークな色がつけられた作品。
安西の絶望が、よく理解出来た。
「どうして、これを俺達に見せてくれたんだ?」
安西は、俺と星(ひかる)を交互に見た。
「違う事でも、絶望を感じた事がある人間には、僕の気持ちがわかると思ってね」
そう言って笑った。
「晴海君を助けたいんだな」
安西は、首を横にふった。
「助けるなんて、偉そうな事は僕には言えないのにね。だけど、晴海の気持ちが手に取るようにわかる。コーヒーいれるよ」
俺達は、安西についていく。
安西は、コーヒーをいれてくれる。
「美樹君や霧人を失くした時は、まだ若かった。それに、両手も使えたから…。絵を描(えが)き続ける事で乗り越えられたんだ。」
安西は、コーヒーを俺達に渡した。
「里の時は、乗り越える事がなかなか出来なかった。連れて逝ってもらえなかった絶望と絵をうまく出来ない絶望に、うちひしがれる毎日だった。」
俺も星(ひかる)も安西に何も言えなかった。
「尊敬していた絵の先生が、安西君はまだ若いから大丈夫って根拠のない事を言うんだ。それが、僕をさらに苛立たせた。」
「安西でも、怒るんだな」
怒ってるイメージがなくて、そう言った。
「体が、不自由になって、好きな事が出来ないと人は苛立ちを覚えるんだ。出来ない自分に対する苛立ち。」
そう言って、安西は懐かしそうに目を細める。
「若い頃と違って、人生に基盤が出来て、夢が形になり動き始めた時の挫折は辛いものだよ。」
安西は、そう言ってコーヒーを飲んだ。
「安西君、描(えが)き続けていたら絶対に乗り越えられるから…。尊敬していた先生の言葉に、僕はガッカリした。あー。この人は夢が形になってからの挫折を経験した事がないんだって思ったんだ。」
さっきのスケッチブックを安西は捲った。
真っ黒で、グチャグチャな絵が描(えが)かれている。
「描(えが)いたって、描(えが)いたって、救われる事がなかった。ただ、ただ、苦痛で。見るのも嫌だった。でも、お金を生み出せるものが、僕にはこれしかなかった。だから、必死で食らいついて食らいついて生きていくしかなかった。会う度に、大丈夫だと言ってくる先生にいつの間にか会わなくなって言った。」
安西は、そう言いながら涙を流す。
「もう二度と自分の頭の中のキャンバスに描(えが)いてる作品を描(えが)けないのかと思うと、生きてる事なんて無意味だと思った。きっとこれが若い時なら、前に進みながら、形をかえながらも乗り越えていけたのだろうけど。だけど、基盤ができてきて、僕の絵はこういうものだと認知され始め、固い頭に変わっていた僕には…。乗り越えるなんて到底出来なかったんだよ。」
安西は、そう言ってスケッチブックをまた捲る。
さっきよりも、濃い黒で塗りつぶされていた。
「だから僕は、晴海の傍にいてあげたい。晴海に絵を教えてあげたいと思ってる。」
安西は、立ち上がって冷蔵庫に行った。
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