上 下
4 / 94
取材一日目

何不自由ない幽体

しおりを挟む
「続けても、いいですか?」

「はい、お願いします。」

私は、宮部さんにそう言うと次の幽体の、話をする。

.
.
.
.
.


私が、彼女に出会ったのは、MOON先生として活動して三年目のある日だった。

『三日月先生』

家で、お酒を飲んでoffを楽しんでいた私の隣に座った。

ビックリする程、綺麗な顔をしていた。

「芸能人でしょうか?」

『いえ、違いますよ』

女優さんかと思った。

「あの、何故お亡くなりになられたのでしょうか?」

『気づいたら、飛び降りていました。』

「そうなのですか、こんなにも」

『愛されていますよね』

私は、頷いていた。

彼女の幽体からは、愛しか溢(あふ)れていなかった。

周りを囲んでいるオーラも、彼女自身からも…。

「何、不自由なかったのですよね?」

普段は、絶望や悲しみや憎しみを纏った幽体ばかりにしか会っていなかった私からしたら、恵まれた幽体で、こんなにも愛された幽体で、何故自分で自分を殺す必要があったのかわからなかった。

『別にいじめられてもいなかったのよ。友達は、男女関係なく凄く多かったのよ。両親も私を愛してくれていたし、姉と妹とも仲が良かった。彼も居たし。お金だって困っていなかったわ。それなのに、何故って思ってる?三日月先生』

「はい、思っています。」

私の言葉に彼女は、クスクスと笑った。

『三日月先生は、素直ね。何の不自由もなかったのよ。ただね、それはね。表面に見えてる事よね』

彼女は、私の手を握った。

「こんな、感情しかなかったのですか?」

私は、彼女を見つめて泣いていた。

人が、欲しいと思っているものを欲しがってももらえないものを、たくさん注がれているのに、彼女の心の中は死にたいしかなかった。

『何でかな?三日月先生』

死にたいが、溢(あふ)れて止まらない。

「心は、不自由だったのですね。」

『そうだったみたいですね。死んでから、知りました。』

彼女は、そう言って笑った。

「欲しがっていたものと、違ったのですね。」

私は、糸埜(いとの)から昔聞いた子育ての話を思い出した。

【宝珠、欲しがる形の愛を注ぐ事を見極めるのが大変だから…。子育ては、毎日大変なんだよ。妻、一人だけじゃ無理なんだよ。】

そう言って、みんなのお世話をしながら笑った糸埜を思い出した。この時に、糸埜に子供はいなかったけれど…。糸埜は、きちんとわかっていたのだと思った。

『三日月先生は、わかってくれますか?嬉しいです。』

「生ぬるかったのですね。穏やかな愛の中にいたせいで、やってくる人達も同じで、心が波を打たなかった。」

『どうやら、そうだったみたいです。三日月先生』

「貴女の形の愛を誰も見つけてくれなかったのですね。」

私は、彼女を見つめて泣いていた。

『私が欲しかった愛を、三日月先生は見つけてくれたのですね?』

彼女の名前は、三上麗(みかみうらら)。

「三上さんは、特別が欲しかったのですね。貴女だけの特別が…」

『そうなんです。私ね!私だけだよって、言われた事がなかったんですよ。皆平等、皆お揃い、そんな生活だったんです。彼もね、私が必要だってわけじゃなかった。ただ、私の見た目が好きなだけでね。中身なんて、興味がなかったの!連れて歩くのに丁度いい存在だったの。でも、それを言うとね。』

「贅沢な悩みねって言われたのですね?」

『そうなの。贅沢な悩みね。私なんかねー。うんざりだった。誰かの話しに大変ねー。そうなんだねーって相槌をうつの』

「三上さんが、こんなに苦しんでいるのを誰もわかってくれなかったんですね。言えば、ワガママだと言われたのですね」

『三日月先生は、私の話を聞いてくれる?』

「はい、どうぞ」

私は丸一日、三上麗の話を聞いた。

共感も相槌もせず、ただ手を繋いで聞いた。

『三日月先生、私、生きていたかったみたい。』

話終わると彼女は、ボロボロと泣いていた。

『死にたくなかったって、今わかった。ただ、こうやって黙って話を聞いてもらいたかっただけだって、今気づいた。三日月先生、死にたくなかったよ』


彼女は、私にしがみついて泣き続けた。

そして、彼女は、もう二度と会いに来ませんでした。

しおりを挟む

処理中です...