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喜与恵と宝珠の視点

ごめん

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私は、二体を止める。

「ごめん。着替える。嘘だから、気にしないで」

「嘘じゃないだろ?」

宝珠は、手を握ってくる。

「用意するよ」

「お洒落な所に行こうよ!子供連れが来ないとこ、ほら、喜与恵スーツ着てね」

私は、珈琲のお皿を下げる。

「気にしなくていいから」

お皿を洗う、私を後ろから宝珠は抱き締める。

「喜与恵、ずっと一緒にいるから。だから、惨めに感じたら言ってよ。いたくないとか、嫌だとか、帰りたいって言ってよ。そう言ったら、どっかに連れていくから…。だから、喜与恵。私に痛みを分けてよ。一人だけ辛い思いしなくていいんだよ。私が、全部受け止めるから…。だから、喜与恵。ちゃんと言ってよ」

宝珠の優しい所が、好き。

「迎えに行こうか。スーツ着て行く。村井さんのイタリアンに行こうよ。カジュアルじゃないし、個室もあるよ。」

「行った事あるの?」

「働いてすぐに、私の仕事決まったお祝いに皆で行ったの覚えてないんだね。」

「記憶がなかった時の事は、所々しか覚えてないんだよ。ごめん。でも、村井さんのイタリアンに行こうよ!ランチ食べに…。」

「うん」

私は、スーツに着替える。

「宝珠、ネクタイつけるよ。」

「ありがとう」

私は、宝珠にネクタイをつける。

「行こうか、喜与恵」

「うん」

手を差し出されて、繋ぐ。

これだけで、幸せ。

家を出て、並んで歩く。

宝珠は、助手席を開けてくれる。

「ありがとう」

「うん」

宝珠が、運転する姿を見てるのが好き。

結局、あの三年間をほとんど忘れてしまったんだね。

何だか、悲しい。

駅について、車を駐車場に停める。

「もう、来てるかも。来てたわ」

宝珠の言葉に、その姿を見た。

「もしかして、あれなの?」

「喜与恵、酷い言い方しないの」

「いや、いやいや。いやいや。」

「苦手だよね」

「うん」

その人は、宝珠を見つけて近づいてきた。

「宝ちゃん」

「珠理さん!!!」

「私も、今から宮部さんにインタビュー受けにきたんよ!」

「今、関西住みですか?」

「そうやねん。今は、関西にいるんよ。だから、新幹線一緒やった!キヨちゃんも、元気そうやね」

「珠理さん、お久しぶりです。」

「久しぶりやね!二人は、そういう関係なんやね。うちは、まだまだ独り身ですよ!」

「彼氏は?」

「あー。別れた、別れた。何や、年齢的にも親に孫見せたいとかつまらん事いいだしてな!」

珠理さんは、相変わらずのサバサバで本当に心が軽くなる。

「めんどいやん!だから、別れたんよ。今は、ザお一人やで!めっちゃ楽しいねん。キヨちゃん、普通になりたくて悶々しとるねんなぁ!あんまり深く考えたアカンで!クラゲみたいに、漂っときや!」

珠理さんは、私の背中をバンバンと叩く。

「もう、このオバはんとおらなアカンくてうんざりやったわ!宝珠遅いやん」

「ごめんね」

「あー。きよちゃん元気やった?まだ、俺の事怒っとん?」

「えっと」

「ファーストキスやったから、そーやないやん。あの日、ほー」

「あー。あー。えーと」

「どうしたの?喜与恵」

「う、ううん。何でもない。何でもない。」

「息できへんやんか!口押さえられたら」

「ごめん。」

珠理さんは、笑ってる。

「じゃあ、そろそろ!うちは宮部さんと10時に待ち合わせやから行くわ!」

「気をつけて」

「きよちゃん、ウジウジ考えたらアカンよ。悩まんでええねんで!子供が欲しいとかな!ええねん、ええねん。クラゲみたいに漂っときや!そんなんずっと考えてたら、拷問やで!わかったか?きよちゃん」

「うん、わかった。」

「って、言ってもきよちゃんは考えるんやろうけどな!宝ちゃん、あんたがしっかりせなアカンで!愛しとるんやったら守るんやで」

珠理さんは、宝珠の背中をバンバン叩いた。

「ほんなら、行くわ」

「いつまで、いるの?」

「あー。明日の昼には帰るねん。また、来るやん!時間出来たら!ほなね」

「じゃあね」

「気ぃつけや!珠理」

「あいよー」

希海ちゃんの運命をかえる珠理さんは、いなくなってしまった。

「きよちゃん、怒っとるん?なぁ、あの日のファーストキスやなかったから」

「だから、それは…」

「付き合ったのに、まだゆうてへんの?」

「何の話?」

「宝珠、あんな!きよちゃんがな!」

「あー、あー」

「歌おうとしてる?」

私は、一生懸命誤魔化す。
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