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喜与恵と宝珠の視点

おれんって

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私が、満月百合の話を詳しく聞いたのは二条さんからだった。

それから、三日月では子供を連れて来る事はなくなった。

もし、連れてくるなら集まりに強制参加させる事になったのだ。

あの日、満月百合は欲しいものがあって神社から離れたのだった。

「百合を傷つけるようなやつとは、おれんと思ったんや。せっかく、百合にも愛する人が出来たんや!今年で、5年目になる。百合には、幸せになって欲しいねん。だから、百合の傷を抉るようなやつとはおれんって…。」

「そう思って、別れたのに…。引きずってる自分が嫌なんだね。みなちゃん」

喜与恵の言葉に、湊は泣いている。

「何で、体も心もまだあいつがおるん?何で、俺から消えてくれんのかな?一週間前にも、電話かかってきてん。彼氏出来たって!そいつとしてる声、律儀に聞かせてきてな!切ったけどな。せやけど、その声を少し聞いただけで、俺の胸がドキドキして。あいつに、抱かれたくなって。気色悪いねん。ずっと、自分が…。」

「みなちゃん」

喜与恵は、湊の手を握りしめる。

「俺は、あの日から百合を傷つけるやつは大嫌いやし、許さへん。それやのに、あいつを嫌いになりきれへん。俺が嫌いや。」

湊は、ボロボロ泣き出した。

「きよちゃん、宝珠。なんで、まだあいつがいるんやろか?俺を惨めにさせて、百合を傷つけた。そんなやつを、なんでまだ忘れられへんのやろか?あいつの声に、何で全身が反応するんやろか?ホンマに嫌やねん。忘れたいねん。もう、解放されたい。こんな気持ちから…。」

喜与恵は、湊を抱き締めてる。

苦手だと言いながらも、喜与恵も百合を嫌いじゃない。

そして、百合の為を思う、湊は好きなのがわかる。

「きよちゃん、俺最低よな!百合の兄貴として最低よな」

「ううん」

「豊澄がいなくなったんも、百合には堪えとったときやったんや!あの事件の時。百合にとって豊澄は、俺より歳が近い相手やったから。」

「豊澄の為に、神社から離れたのか?」

私の言葉に、湊は頷いた。

「何か、買いたいもんがあったらしい。豊澄の為に…。それが、狙われとるやなんてしらんかった。」

ビリビリの服で、足を引きずって帰宅した、満月百合のビジョンを見たのは二条さんだった。

満月百合には、足の障害が残った。

犯人は、蹴飛ばして暴れる百合の右足を何度も何度も木刀で殴り付けたのだ。

百合は、足の痛みも感覚もなくなった右足を引きずりながら帰宅している所を見つけられた。

七時になっても帰宅しない満月百合を、皆が能力を全開にして探したのだ。

一番最初に百合を見つけたのが、二条さんだった。

二条さんのビジョンを通して犯人達を見つけていた、三日月と満月は、犯人を怒鳴り付けに行った。

その後、警察に被害届を出し、犯人は逮捕された。

百合に、沢山の傷を残した犯人が今ものうのうと生きて幸せになってると思うだけで…

いまだに、私達は怒りがこみ上げてくる。

「百合は、一生苦しむんや。そんな十字架を背負って生きる運命なんやな。あの日に戻れるなら神社におれってゆうてたな。」

「私も引き留めなかったから…。あの日、楽しそうに神社を出て行く百合ちゃんを忘れられない。」

「きよちゃんのせいやないよ。向こうの、神社の主(かみ)に聞いたら、豊澄がいなくなって百合の妖艶さが暴走したせいちゃうかって話しやった。まあ、万珠さんが引き金やったんやろ。豊澄の事。せやけど、怨んでへんで。誰かを怨んだところで、百合の事なかった事になるわけやないから」

喜与恵は、湊に向き合って泣いている。

「ごめんね。それでも、守ってあげたかった。」

「私も、あの日は遅れて参加していたから…。もっと早く行くべきだった。」

「全ては、決まっていた事やったんや!あの日やなくて、かえるんやったら豊澄を助けなアカンやろ?そんなん無理やんか!だから、今さらゆうたってしゃーないんやで!」

私は、湊と百合の強さを知っている。

喜与恵だって、湊に苦手意識はあるものの、百合の事は嫌いではない。

満月家(まんげつけ)は、代々、美しさと妖艶な色気がある家系だ。だから、こそ暴走させてはならないと言われていた。


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