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悪役令嬢になる前の兄上
集まりに誘われる兄上
しおりを挟むエルヴィスはバーディス嬢に連れられ舞踏会に顔を出す。馬車を用意し、迎えに来てくれたのだ。バーディスとしては生まれて初めて心を許せる友達を迎えに行きたかったのだ。
そして、正門に立つエルヴィスの目の前に馬車を止め。雇われた護衛の衛兵だろう人物がエルヴィスの前に立ち頭を下げる。それに伴い馬車の扉が開かれバーディスが手招きする。
「エルヴィス。お迎えに参りましたわ」
「ありがとうございます。バーディス嬢」
エルヴィスがマントを翻し、堂々と歩き出す。威風堂々とし、剣を持っているため衛兵の従者は令嬢のお手を拝借し転けないように配慮をするのをつい怠ってしまう。
だが、それも衛兵は気付かない。変わった令嬢の姿に驚きが大きかったのだ。一人で馬車に上がったエルヴィスがあまりにも令嬢らしくない出で立ち故に。
「……エルヴィス、こんばんは」
「ええ、こんばんは。今日、お誘いありがとうございます。バーディスお嬢様」
「え、ええ。ええ、ええ。うん、そうね」
馬車に乗ったエルヴィスはバーディスの対面に座る。エルヴィスは心の中で馬車の装飾などから家の資産を割り出し、本当に大名家だと感じ。バーディスはいつもの雰囲気と違うギャップにドキッとさせられてしまった事に困惑した。
「馬車を出して……あと粗相をごめんなさい。しっかりと令嬢に手を出して支えなさいと注意しておきます」
馬車が動き出す。屋敷に向けて隙間のない石畳を蹴り出し、二人の令嬢に動き出した振動を伝えた。夜が暮れる空に馬車の中は魔力のカンテラが揺れて二人を照らす。
「いえいえ、私が要らないと思ったのです。それを行っただけですのでご安心を」
「……エルヴィスよね?」
「如何にも。エルヴィス・ヴェニスでございます。お嬢様」
「いえ、口調。口調よ……口調変よ」
「今日は外行きの仮面をつけさせていただきます。バーディスお嬢様が嫌と言うのでしたら……」
「いいえ。それも面白いと思うわ。エルヴィス、今日はそれで行きなさい」
「はい、お嬢様」
エルヴィスが少し首を傾げて微笑むように優しく返事をする。バーディスは顔を背けて窓を開けて熱を下げる。その姿にエルヴィスが口元に手を当てて品よく笑う。
「……エルヴィス。私で楽しんでるでしょ」
「ええ、こうすればどうなるだろうかと思っていました。かわいい反応を見れて非常にバーディス嬢が気になります」
「うぐ……かわいい顔して!! そっちのけはないわよ!!」
「……バーディスお嬢様。一応男でしたよ」
「はぁはぁ……落ち着いた。そうでしたわね。そうでしたわね!!」
バーディスの叫びが馬車から漏れ、従者たちは笑顔になる。あのバーディスお嬢様が笑われていると嬉しそうに手綱を持ち、頷きながら夜を走る。
*
ハルトはバーディスがエルヴィスを舞踏会に呼んでいるのを知っており、母上の伝で参加する事が出来た。ヒナトを誘おうかとも思っていた舞踏会は理由があって彼は黙ることにしたのだ。嘘もついている参加しないと。
そう、彼の目的はエルヴィスだった。
「……」
舞踏会、先に入場し隠れながら端で様子を伺っていたハルト。多くの赤い髪を持つ者や染めている者が誘い。面会し、縁を深くしようとする関係や、新たな縁を作る場。その場に多くの令嬢も来るなかで彼も声をかけられ対応する中で空気が変わるのを感じる。
そう、エルヴィスが顔を出してから雰囲気が変わったのだ。いや、バーディス嬢がエルヴィスを従者にしている故に目立つのである。
バーディス嬢がご飯を取る皿を持ってあげたり、目線を回して会場の雰囲気を読み、バーディスの耳元にこそこそと伝えたりなど。非常に立派な従者を演じていたのだ。そんなバーディス嬢は多くの令嬢に囲まれ、バーディス嬢と一緒にエルヴィスが話をし……談笑が続いていた。
殿方と言えば、バーディス嬢、エルヴィス嬢に会話を出来る機会を伺っている。
「……バーディスは元々、気が強く。こういう会では上辺でしか談笑しないが。エルヴィスがいるからか」
ハルトは遠くでバーディスが元気に柔らかく会話が出来ているのはエルヴィスがたまに耳元で注意をしているからだと思う。バーディスに会話をする殿方は皆、彼女を避けていたため。会話をする機会をいまだに持っていないのもハルトは理解し、近くの様子を伺っている男性に声をかけた。
「……少しいいですか?」
「ああ、ハルト君。君も来ていたんだね……レッドライトのがやはり居心地いいかい?」
「ええ、緑に染める必要もないのでね。それで相談です。あの隣の桜色の令嬢はエルヴィスです。俺はあの令嬢に興味がある。バーディスお嬢様を護る騎士のようにバーディスが強く強く話しかけているので中々、厳しいと思います」
「……なるほど。君があの騎士を引っ張るのでしょう」
「その隙にどうぞ。挨拶ぐらいは出来るでしょう」
「ああ、では行こうか」
ハルトは知り合いの遠い血族の兄上に相談し、離れてエルヴィスに正面から近づく。エルヴィスもハルトの姿を見つけ、笑みを向けてバーディスに耳打ちをしてバーディスは頷く。
そのまま、他の令嬢に謝りながら……エルヴィスは窓を指差し。ハルトは理解して舞踏会の喧騒が遠くなる窓のテラスへと向かう。
テラスには他にナンパが成功した令嬢たち、殿方が談笑をする場であり。その一組となって二人はであう。
「こんばんは。ハルト君」
「こんばんは。エルヴィス」
「驚きました。舞踏会に来ているのですね。グリーンライト家でしょう」
「グリーンライト家だが、母上はレッドライトの令嬢だった。仲良くしようと言う政略結婚であり。母方の伝で参加してる」
「なるほどです。ありがとうございますハルト君」
「えっ?」
「気を使ってくれたのでしょう。質問攻め、中々激しくちょっと疲れていたのです」
「……そうなのか。わからなかった」
「顔には出しません。私を憧れ慕う瞳の令嬢にそんな申し訳ない表情出来ないでしょう」
「……」
とんだ。王子様だとハルトは思う。しかし、その行為は彼に興味を示すには十分だった。
「俺にはいい顔しないのか?」
「……ごめんなさい。気が抜けました。俺を知っていると言うことでつい」
エルヴィスが申し訳なさそうな表情をしまとめた髪を風に靡かせる。明かりで仄かに煌めく桜色の髪にハルトは綺麗と心で思いながら大きくため息を吐いた。
「いや、もうちょっと令嬢ぽいのを期待したのに」
「……俺はこれがいいなぁと思ったからこれで来ている。ハルト君は俺を女性と思うんだね」
「出会った時からずっと女性の姿だった」
「確かに……」
「だから。ちょっと男らしい話を聞きたいな……俺は」
「男らしい話か……実は騎士に憧れていた。男の子ぽくない?」
「騎士に? ヒナトと一緒か」
「ああ、ヒナトも俺も商家だけど。戒律を重んじる。騎士、騎士に類する人に憧れてたんだ。商品を護衛する騎士がかっこよくて……真似たもんだよ」
「今は? 騎士にも女性はいる」
「今は……残念ながらヴェニス家を継がないといけない。俺が継がないとヒナトが騎士になれないからな。実際、今日は満足しているんだ。夢であった騎士の真似事が出来ているようでね」
「……ヒナトの事。大切にし過ぎ……女にされたのだろう?」
「それは確かに怒るが……まぁ、戻ったとしても生活は変わらない。それにバーディス嬢と友達になれた。男なら絶対に無理だっただろう。男なら、それはもう婚約者しか関わる事がないからね」
「へぇ、そういう考えもあるのか? 女で生きると?」
「少し生活して気付いた。私は俺でエルヴィスだ。何も変わっちゃいない事をね。環境だけが変わった」
「……」
ハルトは手摺を掴み。エルヴィスを見つめた。そして……言葉を溢す。
「悩みがある……聞いてほしい」
「秘密にしよう。墓まで持っていく」
「そこまで重いものじゃない」
「顔はそう言ってないが……わかった。聞こう、ハルト君」
ハルトは知り合いの兄である令嬢に自身の胸の内を打ち明ける決意をするのだった。
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