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変わる関係、終わりの鐘

この関係が……ずっと続いていくと思っていた私は……

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 早朝、私は母上に呼び出された。まだ日も上がらないような夜とも朝とも言えない時間帯である。そんな時間であった事と母上の鬼の形相に私は背筋が冷えて非常に嫌な予感がしたのだ。

「エルヴィス……ヒナトをお起こしてお父さんの元へ来なさい。屋敷の会議室ね」

「はい……母上。こんな夜更けに何ですか?」

「……ヒナトと一緒に事の顛末を話します。ただ一言。あいつが帰って来た。名前を変えて、目を潜って、そして……帰って来たのよ」

 誰の事だろうか? 帰って来た? 

「母上……名前を伺っても……」

「今の名前は……エリーゼ・エーデンブルグ。名前言ってもわからないわね」

「……エーデンブルグと言いますとエーデンブルグ公の家名ですね。地方の領地主様ですね」

「ええ、そうね。なら……率直に言います。ヒナトの母親が帰って来たんです」

 私は母上の言葉に唖然となり。名前の意味。悪女、虐待糞女、この世で一番許さざるべき者だと一瞬で理解し、それが帰って来た事に驚きを隠せず目線を落とした。

「……帰って来たんですか。あの女」

「……ええ、それも。ヒナトを返して貰いにね」

「ヒナトを起こして来ます」

 私は顔を上げて、部屋から寝間着姿のまま。急いでヒナトの寝室へ走り出した。





 ヒナトを起し、ヒナトの母が帰って来たことを伝えた。父上、母上の待つ会議室へ向かう前にエーデンブルグ地方を二人で確認し合った。エーデンブルグ地方は王国から北東側の山を何個も越えた先にある領地である。王国から、そこを治める事を許されたエーデンブルグ公が治める土地であり。我々、商人に取っては……普通に知っている場所であり。田舎と言う訳でもなくなかなか発展している都市もある場所である。

 そんな場所で……ヒナトの母の名前から察するに公の妻。正妻かはわからないが何か関係があることだろう。あと商人家の私が知っている事はあとは小さな噂ぐらいである。

「兄上……エーデンブルグ領から。編入する『聖女』と言われる女性が学園に入る噂がありましたね」

「ヒナトも知ってたのね。私は……何故かすごくすごく嫌な予感がして……背筋が冷えるわ」

「同じです。『聖女』エミーリア・エーデンブルグ嬢が到着したとも聞き。また、私の実母の名前がエーデンブルグなのが……どうも引っかかる」

「……そうね。母上は『帰って来た』と言ってました。もしや」

「はい、エーデンブルグ公の子を産み。エーデンブルグ公の妻になったのかもしれません」

 ヒナトと私は色々な憶測を立てながら、別宅から移動し。父上母上の待つ屋敷に顔を出す。メイドが一人、灯りを照らして待っておりそのまま会議室へと灯してくれる。

 会議室へと踏み込むと凍った空気に、頬が赤く腫れた父上が母上に睨まれている。堂々する父上に肝が据わったその姿勢に胸がざわつく。

 そう、家族会議がすでに始まっていたのだ。

「来たわね。二人とも」

「母上……そんな鬼の形相で何がございました?」

 ヒナトは昔より大分、胆力がついた。母上が怒っていても自身に向いていない事を知るなら全く意に介さない。そんな姿に大きくなったなぁ~と私は染々した。兄上として鼻が高い。

「エルヴィス。こっちを見なさい。不安でしょうが落ち着きなさい」

「は、はい」

「不安なのはわかってます。私は大丈夫ですよ、兄上」

 『ヒナト、母上ごめんなさい。全くそういう事じゃなかったんですよ』と心で謝りながら私は母上を見つめる。不安はあるが、そこまで揺れるような事は無いはずだ。

「では、この糞父上からの言葉ではダメなので言います。ヒナトは借金の担保だったんです」

「「……」」

 母上の言葉を私たちは待つ。驚くが……意見を言うにはまだ早い。耐えろと念じながら拳を固める。

「エリーゼの糞女に路銀を渡し、遠くへ行けるように莫大な資金をあげたようね。でっ……その資金でエーデンブルグ領地に流れ、あそこでエーデンブルグ公の妻となった。まだここまでは別にいいわ、他人の人生なんだもの……だけどね」

 母上が父上を掴む。

「……借金返したら。ヒナトを返す契約結んでるんじゃないわよ」

 それに対して父上は……目を閉じて抵抗の意思を見せなかった。

「……それは俺に非がある。あの女にそれが出来るとその当時は考えなかった。だが、奴はエーデンブルグ公を説得し多額の金を俺に寄越した。息子を返せとな」

「返すのあなたは!!」

「……エーデンブルグ領地で商売してる仲間がいる。それに契約は絶対だ。それに、あいつは俺に息子を奪われたと言い、エーデンブルグ領地ではそれが信じられており悲劇として話題になった」

「あなたは息子と仲間と商売を天秤にかけて息子を売ると言うことね」

「……落ち着いて状況を聞け。エーデンブルグ公に息子がいない。『聖女』と言われる癒し手の娘の婚姻に沢山話も上がっている。そして……ちょうどそこにヒナトの噂もあり、目をつけられた。政治さえ混じっており。残念だが後手となった」

「くっ……!! あなたも知ってるでしょう!! あの女は!!」

「……心変わりしていると思われる。残念だが『借金で子供を奪われた母は息子を返して貰いに頑張っている』と言う美談は広まりつつあり。昔から俺への風当たりは強いため。難しくなっている」

 父上は状況を説明し、手はないと言う。元々、父上は嫌われている金持ちの商売人。悪評は広まりやすいし悪評通りの事もやっていただろう。状況は……本当に悪かった。

「……嫌です。俺は断固として兄として言います。あの母親の元へは行かせるべきではない。虐待した日々などを謝ろうと金で売っている親の元へ返すのはヒナトの心情にもよくない。今、やっと!! 元気になったと言うのに!!」

 私は母上と父上に近づき自分の意見を述べる。父上は首を振り、母上と共に手を考えようとする。だが……その行為も様子をみていた弟に遮られた。

「父上。わかりました。ショックもありましたが……父上や母上。それに兄上たちの私を心配してくれてありがとうございます。実母の所へ向かいます。これは私自身で解決しなければいけないことのようです。この家に迷惑をかねないために」

「……ヒナト。ヒナト!! あの母はあなたにどれだけの仕打ちを!!」

 私はヒナトに掴みかかる。激情を愛しい弟に向けてしまう。

「兄上。心配していただきありがとうございます。大丈夫、兄上と共に歩んだ結果。実母と対面しても落ち着いて居られるだろうと思います。兄上がここまで怒ってくれる事は嬉しいです」

「ヒナト!! くっ……その目……」

 私はヒナトの瞳をみる。昔の何も感じていない、恐れもあった目は今は立派な男の瞳となり、怒りを見せる私を鏡のように映す。覚悟を感じとり、唇を噛み。悔しさが滲む。

「私を……納得出来るほど。強くはなかったようですね!!」

 掴んだ手を離し、何処へも投げれない怒りを私は抑え込み。ゆっくりと部屋を後にする。

「兄上?」

「……ヒナト。あなたなら立派な騎士になれる。しっかりと恥のないよう頑張りなさい。私は……落ち着くまで部屋に居るから。一人にして……」

「……兄上」

 唐突な別れではない。別れではない。別に死ぬわけでもない。ヒナトが元の親の元へ行くだけで会えない訳でもない。だが……私の瞳は熱く。小さな水滴を溢すこの理由がわからないまま。自室に逃げ込んだのだった。

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