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極悪令嬢に堕ちる

老人会

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 私が案内されたのは一室の面会室だった。魔法使いのセシル君の大祖父はここを『本家』と言い。食器を操り紅茶を淹れてくれる。椅子に座り準備をするなかで彼は話をする。

「婚約破棄の件。受理されたよ。私の権限とブルーライト家の者たちの声でね。セシル君にもその旨を伝えるだろう」

「ありがとうございます……ワガママを受け入れくださり」

「ふむ。お礼の言葉かい? 君を見くびって嵌めた相手に」

「不義理のケジメをつけなければいけないのは私の方です。軽はずみの告白を了承したのです。それを私の意思で破棄を一歩的に言うのは信用に傷をつけますし、申し訳ない事です」

「確かに……だが。それももう終わった話であり。異常な君はその枠に収まらないだろう」

 お湯をポットに淹れ紅茶の香りが部屋に満ちる。『ミルクいるかい?』との声に『気分はストレートです』と答え、スッと机にカップが飛んで来る。

「君は妖精が見えてないね。その魔法を扱うのに……いや、自身の力で制限しているように見えるね」

「見ようと思えば見えるのでしょうね。でも、見る必要はないと思います」

「それは君の意見だ。妖精も意識があり、見てもらいたいと思う子もいる。例えばそのコップを持って来た子もその一人だ。イタズラに割ったり、動かしたりする」

 ああ、この人は何処か説明したりするのが好きな人なのだろうと思う。セシル君の説明したがりがよく似ていた。親族らしいと言える。

「ふふ、セシル君によく似てますね」

「そうかい。それは嬉しいね。期待しているんだ。だからこそ、君のような女性はいいとも思い。そして……ダメになったよ。我が家は男尊する。家の主は老人会所属であり、尚且つ男性でなければいけないのだ」

「婚約破棄の理由は……私が老人会所属になったからですか?」

「もちろん。セシル君が君を越えていたら良かったがそうなると先に老人会へ入った君が家主になり、ブルーライト家は君の物になってしまう」

「納得です。そうですよね……妬まれる」

「ああ、大人はそうそう簡単にプライドを捨てきれない。昔の私もそうだった」

 魔法を重視する家なら尚更だろう。そして私のような若く新参者は非常に妬まれやすく嫌われやすい。老人会参加でこれからもっと増えるだろう。

「今はどうなのですか?」

「老人会入るとそんなことを考えなくなる。他のプライドは捨てないといけない。人とは違うことを認め。化け物であることを認め。そして……自分を律する。老人会には老人会のルールがある」

「……老人会入ると力はあっても縛られるのですか?」

「老人会は相互監視する魔法使いの集まりだよ。『世界を壊さない』『世界を護る』等のために」

 私はストレートの紅茶が酷く苦いように感じる。非常にスケールの大きい話に眉を歪ませた。

「君は……魔法使いになって期間が短い。師事者もいなければ独学で学び取り。一人の先生として一人の魔法使いを育て上げた。素晴らしい才能の塊だよ」

「お褒めありがとうございます」

「うむ。あまり嬉しそうじゃないな。私の言葉は涙を流して喜ぶ魔法使いも多いのに」

「ごめんなさい。セシル君の大祖父のあなた様がどれだけ偉大かを私は知りません。ですので教えて欲しいです」

「残念、自慢話は苦手でね。噂で聞いた通り、非常に稀有な人物だ」

「どんな噂が流れているのか……」

「金持ちのお嬢さんが借金の肩持ち。一人の魔法使いを買ったと聞いている。それも……めんどくさい男性をね」

「男性を買った記憶はございません。女性を買った記憶はございます。ご注意を……私も同じようですが」

「ふむ。君もか……子供は出来るのだろうな? 興味がある。研究してみようか?」

「子供は出来ると思います。女性ですから」

 紅茶を飲み干す。なにかすぐに話が脱線するのを元に戻す。

「そういえば質問いいのでしょうか?」

「ああ、いいだろう。しかし、その前に君が老人会に入れた理由を説明させてもらおう」

「それも聞きたかったです。この炎が原因ですよね」

「もちろん。魔術体系の話をしたいが君が知りたい情報は違うだろう。そうだ、君の魔法は『危険』と『禁忌』に触れる魔法だ。危険な理由を言う。この都市を焦土にする事が出来る『火』の魔法最上位。『禁忌・抹消魔法』に一番近く、一番触れる事が出来る。この魔法は本来、魔法ではない。能力の類いであり……模倣はあれど再現は容易くなく」

「おっほん」

 私はわざとらしい咳払いをする。ハッと彼も同じように咳払いをして話を切った。

「すまない。簡単に言うと危ない魔法なのだ。この世界の神話で一度都市を消し飛ばしている。そして、老人会はそれを知っている。全く同じ魔法なのも」

 私は自分の手を見る。そんな魔法なのかと疑うのだ。そんな事が出来るとは思えない。

「成長する炎。魔法は一瞬を生み出す。疑問に思うだろうが君は気付くだろう。そして律してほしい。世界を壊さないために」

「わかりました……ふふふ。『力』ですねこれは」

 面白いと私は微笑んだ。『聖女』が癒す力なら私の力は壊す力なのだと。これで、何とかあの女の前でも自信を持って胸を張って歩けるだろう。

「君には正しい魔法使いであって欲しいがね。刺客になりたくないからね。刺客に」

「老人会同士殺し合いあるのですね」

「君にも参加してもらうかもしれないから、今のうちに覚悟をすればいい。殺しの経験は?」

 私は指を立たせて数えていく。そして親指を立てた時に首を振った。

「お金の貸し借りの家は大変です」

「では、呼びやすいな。本当に若いのに経験はしっかりしている。君が彼を育てたのも納得だ。残念ながら試験は負けたがね」

「負けてもらわないと困るんですね。老人会では」

「もちろん。君みたいなのは居ないに越したことはない」

 私は納得をする。老人会とは魔法使いの最上実力者が律するために組織している相互監視するための場だと。魔法使いが表へ出ない理由は彼が厳しく監視し間引いて居るからなのだろう。魔法使いは力を持つために。魔法使いたちはあえて裏に隠れているのだ。ふと、セシル君の説明を思い出す。

「戦争したら徴兵は……嘘ですか?」

「もちろん、老人会で世界を何回壊す事が出来るか。魔法使いを探す方法ですよ。しかし、それは老人会だけだ。戦争の中でも魔法使いは出る。しかし、老人会は居ないだけだ。老人会から参加命令あるまで徴兵拒否しなさい。殺されるよ」

「はい……世界を裏から支配してそうですね」

「残念だが。支配はしてない。裏から支えているだけ……」

「あの、結構ヤバイ情報ありますが……大丈夫なのですか? こんな若い私にお話ししても」

「守秘義務はある。裏で頭をいじる事もする。だが、老人会所属なのだから。知らなければならない。君の手にあるだろう? 刻印が」

 ブルーライトの家主が手の甲を見せる。ゆっくりと黒い刻印が浮き上がりそこには水の女神が描かれていた。私は同じように右手を見る。

「老人会は女神の加護が介在する。世界を任されるからだろう。水の魔法使い故に私は水の女神だ。そして……君のはあまり知られてない神だろう。腕輪を壊した瞬間に刻まれる。選ばれるのだよ」

 私は右手を見つめ、魔力を流すと刻印が浮き上がり……眉を動かす。見たこともない刻印の絵。私の知る女神の絵ではなかった。角が描かれており、鏡写しのように半分で横の顔がえががれている。装飾のように羽根もあり、太陽や炎もあり。木の枝も剣も沢山の絵が書かれ浮かび上がり。纏まりを感じさせなかった。

「これは……悪魔ですか?」

「老人会でも存在を秘匿する者です。私でさえ教えていただけない禁忌です。オールドエルダーズ。最初の老人たちだけの知る最高の機密事項です。わかることは『悪魔』だと言うだけです」

「……ますます。私は堕ちているのですね」

「ええ、堕ちている。ですが、そうとも言えないと思います。古い老人会からはね」

 私はありがたかたいなと刻印を撫でる。刻印は熱を持ち、肌に暖かさをもたらせる。そして……覚悟を貫く事を決めた。女神は私の愛の慟哭を無理と匙を投げた。拾ったのはこの悪魔だ。背中を教えてくれるとそんな気もする。

「そういえば君に聞かなければならない。老人会への報告しなくちゃいけない。君が今、一番欲しいと思う物を……何のために魔力を使うかを。それを弱味、危険な思想かも考えるために」

「では、老人会の皆様にお伝えください」

「……ん、よかろう。歴戦の魔法使いどの」

 彼はペンと紙をとった。そして私は説明する。

「私は奪われたこの世で一番愛する弟を手に入れるために魔法使いの力を欲し、行使します」

「わかった。その者の名前を」

 私はいとおしく狂おしい弟の名前を叫んだのだった。
 




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