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四肢を奪われた勇者、心を手に入れた人形だった悪魔

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 勇者の目は遠くを見ることが出来た。切り裂く剣筋を見通し、宝を見分けられる。

 勇者の鼻はよく効き、耳はよく聞こえて、毒や敵の臭いをかぎ分け、身の危険を耳で感じること、人の緊張など多くの物を感じとれた。

 勇者の両手は力強く。大きな剣を振り回し敵を屠り、大きな盾で全てを弾く。

 勇者の両足は稲妻の如くの速さで地面を滑り、千里を踏破できる力があり、飛べば屋根を越えて飛び越えることが出来た。

 勇者の舌、声は多くの呪文を発するために用いられ、多くの呪文に対応できる柔軟性があり、勇気を与えるほどにいい声でもあった。

 勇者の体はドラゴンからの爪を防げるほど頑丈で、切り取るには頑丈過ぎた。

 勇者の心臓は強い血量、異常な生命力の源を送る力があり、仲間を信じる心であった。優しく恋をしらない純情な意思を持ち、健全であり、そして疑いをしらない。故に誰も要らなかった。

 捨てる所がほとんどない。勇者の部位達であった。



 真っ暗だ。俺の世界は真っ暗。何も感じられない。ただ、一つを除いて。

「聞こえる?」

「……聞こえる」

「名前は確か、エクスさん。痛い所は?」

 綺麗な声が脳に響く。

「……ない」

 何も感じない何もわからない。

「自分が置かれてる状況はわかる?」

「……わかる」

 何も俺には残ってない。残りカスだけ。脳だけである。

「……じゃぁゆっくり目を開けて」

「目は……取られた」

「ある。私が作った」

 俺は恐る恐る目を開ける。そこには綺麗な金色の髪に特徴的な角が生えている、美麗な切れ目の女性が目を細めて慈しむように微笑みを向けていた。

 もしも、この世に聖女がいるなら彼女の事だろうかと思うほどに明るい世界が俺を甦らせた。





 目を見開いて数日後、俺は仲間にどうやら裏切られたらしい。記憶の欠落で俺は何があったかわからないが、金髪の娘は説明してくれた。ただ、数日間たった今の状況は変だと思う。目の前にスープを掬ったスプーンを持った女性が俺に向けているこの状況に苦難の表情を向ける。

「……あーん」

「んぐ」

 そう、魔族の姫だろうお方に俺は生かされている。四肢など多くの物を失ったが俺は生きており、甲斐甲斐しく世話を彼女が焼いている。名前は教えて貰えず。俺は彼女を姫と呼称していた。

「美味しい?」

「……」

「恥ずかしい?」

「大きい大人が情けなくて」

「そうは言うけど。四肢もないのでどうしても食べれないでしょう。トイレも一人で出来ない。赤子同然です」

「……なんで、俺を助けた?」

「困っている人を助けたいだけ。いいえ、あなたは大きい価値のある人。義手義足をドワーフ族に頼んでる。だから……生きて」

 俺の模造品の瞳に映る魔族の娘は人生の誰よりも美しい姿を見せる。人のような姿で美麗な姫に俺は生かされていた。

「本読んであげましょう」

「……」

「本って楽しいですね」

「……」

「こう、人の心。考え、歴史。詰まっています。想いが」

「姫は本当に魔族か?」

「はい。荒れ狂い、気品も知性もない魔族です。イメージ通りですね」

 皮肉な言い回しで彼女はクスクス笑う。幸福そうに。







 1ヶ月が立ち。おれは義手義足を用意してもらい初めて装着した。ベットの縁に座り、姫が手をたたく。

「さぁ!! 立ってみてください!!」

「……わかった……ぐっ!!」

 立とうとした時に四肢に激痛が走る。ゆっくりと立ち上がれた。しかし、気を抜くとすぐに倒れそうになり……前に姫を押すような状況になる。姫を倒すかと心配したが、その体には似つかわしくない力でビクともせずにそのまま俺を抱き締めた。姫の体は女性らしい柔らかく、受け止めるような暖かさがあり、俺は癒されている自覚がある。

「立てた!! すごい!! エクスはすごい……これで多くの患者にも希望が生まれるね。四肢を失った人にオススメできる」

 受け止められたまま、彼女は抱き締め続けた。俺は疑問をここでやっと口に出せた。

「姫は何でこんなにも俺に施しをくださるのですか?」

「……」

 唐突な質問に姫の瞳が俺の顔を覗く。

「姫?」

「人は多くの物を貰った時に不安になって邪推する。何か絶対にあると疑う。対価を知ろうとする」

 説教だろうか。

「……すいません」

「いいの。その感情も教えくれてありがとう。私は欲しいの……あなたが。一目惚れだった。多くを知ってる私はあなたの事が好きで愛している。だから、欲しいの……あなたの愛が……だから私は施してる。愛という対価が欲しいから。これで満足?」

「あっ……えっと……」

 恥ずかしげもなく「愛してる」と言われ俺は動揺し、返しの言葉が思い付かない。好意が重く熱い事は数日間でわかってる。

「私は今、すごくすごく……ドキドキしてる。エクスと抱き合ってるから。でも、それと同時に心地いいの、すごく。エクス、愛してる」

「俺はただ何も姫に、男として立派なカッコいい物を見せれてないですが?」

「いいえ、私はあなたから確かに『貰った』。だから、気にしないで。でも、それでも、もっとあげたいと感謝を示したいとあなたが願ってくれるなら。しっかりと立って、剣を振り、立派な勇者として生き返ってほしい」

「……わかりました。姫」

 皮肉な物だった。生まれた故郷の誰よりも彼女の行為が美しく思えたのだから。





「エクス」

「姫……」

 朝、俺は姫を起こされる。何ヵ月にも及ぶ一人で起きれない不自由さを俺は鬱陶しく考える。揺りかごのようなベットの上でただただ俺は覗き込む女性を見ていた。綺麗な金色の髪に特徴的な角が生えている。美麗な切れ目の女性。彼女は未だに名前を教えてはくれない。

「おはよう、勇者さん。お母さんですよぉ」

「悪い冗談だ。義手義足を持ってきてくれ」

「ふふ、元気そうでなにより、なにより」

「……」

「そう怒らないで。冗談じゃない……」

「……おはよう」

「うん」

 満面の笑みで彼女は俺の義肢をくっつける。つけ終わるとそのまま俺は立ち上がり、両手を広げて待っている姫を抱き締めて、満足しただろうと空気を読んで離れる。

「新装備の調子は? ドワーフのおいちゃんが知りたがってる」

「無難かな……」

「『いい仕事した』て言わない?」

「まだ、剣を振ってないからわからない。家事もしてみないと」

「確かにそうね。なら朝食にしましょう。今日はその義手を使って食べられると思う」

「なら、俺が台所に……」

「残念、もう作った」

 俺を拾った姫は金持ちである。そして悪魔である。記憶曖昧だが、俺は『捨てられて』いたそうだ。そんなのをずっと甲斐甲斐しく世話をしている。

「なぁ、そろそろ……あの日に何があったか教えて欲しい。記憶処理を解いてくれ」

「大丈夫?」

 彼女は優しい。気にしてくれるようだ。その記憶は痛いと言うように注意を示す。

「大丈夫」

「それじゃぁ……状況を教えてあげる。すると鍵が外れて思い出す」

 話を朝食中に聞いていき思い出す。俺は暗殺者だった。敵国の王を殺すための精鋭の一人として用意された勇者だった。仲間と共に魔王を討ち取り、混乱を生み出した。苦節を共にした仲間達との最後。生き延びた状態で魔族の都市で魔族に扮した姿で身を隠していた。

 そして、宿内で俺は意識を失う。仲間によって……そして起きたときには姫様の笑顔があったわけだ。

「私が拾った所は部屋の真ん中だった。暗殺者が潜伏していると聞いて向かった。そこであなたを拾いました」

「……何も見えなかった聞こえていなかった」

「そうですよね。耳、目、鼻、舌、声、腕、足……それらを切り取られてました。部屋で行った事がわかる魔方陣。そして……禁法。状況から殺されたと思いましたが……体だけは丈夫で無事だった。あなたは生きていた」

「……ありがとう」

「うん!! 気にしなくていいわ!! その分は働いてもらいますから」

 死にかけの肉を拾ってくれた。理由はどうあれ、感謝しかない。

「でっ……俺は君に何をすればいい?」

「私には許せない者がいる。魔王を殺した者たちです。許してはならない」

「復讐……」

「そうです。今、国は大きい恥を被った。たった数人によって王を暗殺。殺されたのです。故に実行犯も今までわからず。いまは国内の派閥争いが起きて内紛でぐちゃぐちゃ。多くの国民を危ない目に合わせています。派閥争いを納めるためには絶対な一強の力がいる。『復讐者』を狩れば魔王の仇討ちとして大義名分と実力で私が一番となれる。だが……敵はなかなか強いと予想される。すでに国外へ逃れた。それにあなたが目覚め、手足を用意するのに半年以上はかかってます」

「……すまない。俺はその復讐の対象にはならなかったのか?」

「私は無知で、敵国潜入にはあなたが必要です。それよりもあなたは既に多くの罰を受けたでしょう。四肢切断に血さえ抜かれ、残りカスだけになるまで絞られた。その行為は壮絶です。生き地獄で拷問です。悪です。逆に問います。あなたは仲間を恨まないのですか?」

 俺はその問いに複雑な表情を浮かべる。そう、苦しい。裏切られたとも思える。しかし、燃えるような復讐心はない。疑問のが強い。

「なんでそんな事をしたんだと気になる。俺に何か恨みでもあったのかとか……複雑な心境で……」

「……村……帰れなかったですもんね。待ってる人が居たんですよね?」

「そうだな。でも、殺される覚悟はしていた」

 俺も味方だと思った仲間に裏切られると思わなかった。非常に非常に……悔しいとかより悲しい方が強い。だから……まだ。整理がついていない。

「うん……そうですよね。ああ、ごめんなさい」

 俺の体に暖かい感触が触れる。姫の温もりが俺の体に染み渡る。

「記憶ないでしょうが……四肢を切り出される痛みはあったようです。声と舌を先に奪ったのは悪意しかない……ひどい話ですね」

「姫様、ありがとう。少し楽になった」

「うん、そういえば名前を伝えていませんでしたね」

「ルルさん?」

「……ごめんなさい、それは偽名です。あなたに言えない名前です」

 姫は寂しそうに眉を潜め、俺から離れて「くるっ」と回る。

「ですが、ここではない世界でなら私は全て語る事が出来ます。勇者エクス。私をあなたの故郷へと導いてはくれませんか?」

 それは仲間だった者たちに復讐の旅を行う事も意味を表す。だが……俺は躊躇なく頷いた。自分の即答に驚き、言葉でも示す。

「もちろんです。姫さま」

 助けてくれた恩と彼女を知りたいと言う欲と仲間に問いただすために。俺は出会った悪魔と復讐を誓う。


§



 私が「魔王を倒した者が潜伏している」と言う報告で入った時に私は何も感じなかった。白い鎧を着こんだ私は魔族の命令により赴いた部屋の中央でそれを見つけた。

 床に飛び散った血、黒い血で書かれた魔方陣。赤いベッド、魔方陣の中心にある肉の塊。

 無感情な私は肉の塊に近付く。目鼻がない、四肢もない。それは人間の成れの果てだと気づく。拷問されたような状態であり「死体が転がってる」と聞いてた私は「これのことか」と納得して近づいた。それがまだ生きている事に気が付くのは肉が鼓動していたからだ。

「…………誰か………」

 頭に響く男の声に驚かず、黙々と問いに答える。

「はい、私です」

「そこに誰か……居るのか?」

「はい、居ます。あなたは誰ですか? 私は魔族の……」

 私は身分を明かし、声の主と会話しながら情報を集めようと考える。魔方陣を調べながら、これがどういう物かと感覚で判断した。

「俺はエクス……お前は四天王か……頼む殺してくれ……苦しい」

 肉塊は「エクス」と言う。魔方陣、血まみれのベッド、残留思念から。ここで何が行われたかを私は知る。それは、手術が行われた。それも、残留思念に悲鳴が残っており、このままだとこの肉塊が地縛霊として悪霊になるだろうことは想像できた。対応が迫られる。

 だが、私はそんなのは気にしなかった。そんな事よりも残留した声に私は一つだけ一つだけ聞き逃せない物があった。その声は勇者の仲間の声だ。

「エクスの体を移植すれば……生き残れる。『手に入る』んだ、だから……頑張った。神は許してくれる」

 懺悔のような、それでいて仲間を使って生きようとする声。「手に入る」と言う言葉に私は鎧を脱ぎ肉塊に近付いた。そのまま肉塊の胸に触れる。

「………」

 息を引き取りそうな肉塊に私はそのまま胸に手を突っ込んだ。そして……赤い赤い暖かい物を握り引き抜き……優しく自分の胸で抱く。そのまま、生まれて初めて感じる痛みと苦痛に涙を流したのだった。

「ああ、これが私の欲しかった物。私が無かった物」

 魔王が与えてくれなかった物が、金ではない褒美がそこにはあった。





 目は宝石、四肢は黒い鋼の黒い義手義足。耳はなく、喉もない。鼻は作り物。舌もない。

 そんな俺の意志疎通は脳から直接言葉を送ること。そんな力が俺に備わっていた。だからこそ、姫とは意志疎通が出来た。故に直接、四肢の痛みを口にする事が出来た。

「つっ!?」

「……エクス。痛む?」

「ああ、ないはずの足が少し」

「少し? どうみても激痛。心配させないための強がりは……不安なるから、やめて」

「ごめんなさい」

「敬語も」

「ごめん」

「うん、何処が痛む?」

「右足」

 俺がそう言うと、右義足を撫でる。優しく姫が撫でると何故か痛みが引いた。

「ありがとう。痛み引いた」

「うん、良かった。痛む理由……きっと体は覚えてるのね。切り刻まれた時の事を」

「覚えがない」

「私が治療のため忘れさせてる。鎮痛剤なんて部屋に無かったからたぶん痛かったはず。それにあなたは選ばれた異端者。生命力が違い過ぎて生きてる」

「神の施し……」

「聖職者だったんだ」

「皆がそうだ。知ってるのか?」

「知ってる。人間のその力に我らは恐れ、それを敬い、時にそれに従っていた。『不平等の強さは神が与えた』と……言い訳する」 

「言い訳……」

「そうじゃないと納得できない事を奇跡、魔法と言う」

「姫は……復讐できるほどに魔法は得意?」

 俺は義手の拳を固める。貰った手足で何処まで出来るかわからないがやることは孤立無縁の暗殺になる。そして、俺は姫を殺されたくない。そう思うだけで仲間……より、天秤をかけて彼女のが重いと考える。

「魔法は得意。今は奇跡も出来る。戦う事は誰よりも得意なの……ごめんなさい」

「なんで謝る?」

「……いいえ。なんでもない」

 姫はそう言うと俺から離れる。少し顔が赤い。恥ずかしがっていた。

「照れることでもないと思う。俺は好きだ。強い人は」

「……そ、そう。仲間の女性は非力だったでしょ?」

「前線で戦うような人ではなかったかな? でも、隣に立てないから結構、気をつかう。護る必要があるから」

「なら、私は気を使わなくていいからね?」

「仲間より気をつかうぞ。絶対に」

「どうして?」

「俺に与えた恩より、姫にはもっと幸せになってほしい。正直、復讐をやめてほしいさえある。死なないでほしい。俺だけで行くことも考えるから」

「エクス、ああエクス。うれしい……ありがとう。だけど……復讐はする。絶対に……許せない。絶対に私は許せない」

 俺より復讐心が強いんじゃないかと思うぐらいに部屋に殺気が満ちる。

「何故、姫がそこまで復讐をしたかるがわからない。その殺気は重い。魔王にそこまでの恩が?」

「魔王は私を作った父親です。この前、言った事もあります。隠してましたけど、エクスを信じてる。私は魔王が父親だ。何の思い出もないけど」

「……ああ。それは立派な理由だな」

 俺は納得する。何も思い出もないなんて「嘘だろう」と思うのだった。





 エクスは私の話を信じてくれた。信じてくれた。それが嬉しくもあり、悲しくもあり、嘘をついた罪を重ねた事を苦しくも思う。

 魔王は確かに私を作った。父親で間違いではない。だが、作った理由も父親と子としての思い出も全て他とは違う。

 私は作られた。戦闘用に育成された悪魔なのだ。思い出なんて命令と報告と間違った報酬のみ。報酬に文句を言わず、反抗せず、絶対に刃向かう事のない武器。それが私である。

 だが、今の私なら。父親と思い出作りが出来たのではないかとも思う。たらればのお話ではあるのだけど。今はそう思う。


§



 ワイバーンと言う生き物がいる。迷惑な生き物であり、多くの人を食べて来たドラゴンと同じ魔物だ。俺はそんなワイバーンの背に乗り、姫と国境を容易く越えた。

 仲間と苦労した道のりを容易く乗り越えた瞬間を目の当たりにし、真の名のある魔族の恐ろしさを垣間見た。森の中でワイバーンを解放し、おろした荷物を俺は背負う。僧侶の服を着た姫とともに進み、人間の踏みかためた道に出た。懐かしい道にあの苦難の日々を思い起こさせる。国境を越えた後から姫はワイバーンの旅で喋っていたのがさらに饒舌になる。

「ワイバーンの旅は楽しかった。空や山々があんなにも綺麗なんて……知らなかった。絵に残したい程に」

「日頃は魔物に怯えてるから、確かにそんなに気にもしなかったな俺も」

「今、見れば海もきっと綺麗なのかな?」

「どうだろう、磯の臭いは強烈だったな」

「思い出せる?」

「思い出せる。鼻がなくても」

 姫はずっと俺に語りかける。ずっとずっと、復讐するような泥々した感情なんか見せず。どこか無邪気に楽しんでいた。

「……鼻、取り戻したら。海行きたい?」

 期待する目だが俺は首を振る。

「俺はべつにいいかな」

「……そっか」

「ただ、姫が行きたいならお供します」

「……じゃぁ。終わったら……海辺の街へ行こうかな。行けたらいいな……」

「……」

 俺は答えれない。死ぬかもしれないと思う故に。姫も含んだ言い方だった。

「その未来を語るのは……辛いぞ」

「そうなんだ。私……バカだから。死ぬなんて考えてない。絶対、エクスだけは生き残させる」

「そろそろいいかな。国境を過ぎた。何故、姫はそんなに俺に優しいんだ? 答えてもらう」

「姫と言わないで。誰も教えてない事を言います。私は人間には『白鎧』と言われてる。あなたたちとも一回だけ戦ったことがある」

 俺は驚かず、魔王の傘下の四天王の事を思い出す。白い大きな大きな鎧に戦斧を武器を持つ化物だった覚えがあった。ただ姫とは知らなかった。不死身の化物とは似ても似つかない姿に困惑する。

「……驚かないね」

 いいや、驚いた。鎧は大きい人間が入ってると思っていたから。だが、俺はカッコつける。

「察してた。異様な力に……この義手も鎧の応用か」

「その通り。私は運命と思っている。拾った私は私の鎧に入れてエクスを延命をした。そのまま私は鎧を脱いだ。名前はシュヴァリエ。白鎧のシュヴァリエです。姫ではないです」

「魔王に忠誠を誓った。紋章持ちの騎士様だったか」

「実際は違う。無感情で無関心でただただ全てを潰す、冷たい生きた鎧だった。絶対の命令で魔王に従う者です。それも使い捨て」

「本当に?」

「本当に……裏切らない私兵です」

 俺は戦った時を思い出すが、あまりの違いに困惑する。

「嘘じゃないよな?」

「嘘じゃないよ。私は確かにあの白い化物だった。だけどさ、知ったんだ。鎧では感じれない人肌の暖かさを。エクスに教えてもらった。今は鎧は嫌いで着たくない」

「傷がつくから着こんでほしい」

「……やだ、エクスと触れたい」

 姫は俺の義手を握る。俺は非常に義手であることに悲しい気持ちが浮かぶ。

「エクスの手ってどんなのだろう?」

「……あまり気持ちいいものじゃないと思う。ゴツゴツした男の手さ」

「期待せずにする。絶対返して貰おう。それで……私に触れてほしい」

 俺はうなずき、強く握り返した。





 私は白鎧。作られた魔族。都合のいいように作られた魔族。だから……多くの事を望んだ。

「エクス、私の腕の中で寝ていいからね」

「四肢外されて逃げれないが?」

「そう、逃がさない」

「魔物がでたらどうする。魔物が」

「防御術は張ってる。それに……何かあれば魔物は殺す」

「勇猛果敢な姫様で」

「エクス……復讐し終わったら何がしたい?」

「俺は考えない派かな、死ぬのが怖くなる。姫は?」

「……夢なら」

「夢なら?」

「今はエクスの体を元通りにしたい……全部。そして世界を見たい。私は世界を知らない」

「白鎧の時も見れたのではなかったのか?」

「白鎧の時に見た光景を今の私で知りたい」

「……姫、白鎧の時は感情が無かったのか?」

「無かった。本当に無かった」

「やっぱそうか」

 エクスのその含んだ言い方はその言葉の奥に、過去に私が暴れた事件を思い出しているのだろう。多くの人間を無感情に屠って来た。彼らにも今の私のように大切な人が居たのかもしれない。

「……もっと早く。手に入れたかった」

「そうしたら俺が死ぬから困るな」

「そうだね」

 彼が居ないと私も居なかった。どうやっても無理だった。

「エクスは夢……あった?」

「過去はほんの少しあった。仲間の一人が綺麗でな……好意があったけど。黙ってた、終わったら言うつもりだった。そんだけ……イテテテテ」

 私は彼の頬をつねる。この感情はきっと嫉妬だろう。

「詳しく話して。特徴も」

「ええ……」

「敵を知ること大事でしょう?」

「わかった。眠って起きてから、歩きながらで……時間はいっぱいある」

「はぐらかしたぁ……もう」

 私は動けない彼を唇を奪う。

「……忘れないで。私はもっと強い好意があるから」

「姫……知ってる」

 これは甘い感情だ。



§


 王直属の魔法使いとして地位を得た私に仲間から連絡が来る。

「不味いことになった……本当に不味いことになった」

 私は勇者が生きていると知り慌てて皆を集めた。非常に強い焦燥感とともに王国の一室に仲間だった人たちを集める。久しぶりに顔を見合わせた者もいるなかで私、ゾディアックは声を出し注意を促す。

「勇者エクスが生きてる。それも……国に入ってる」

 一言で仲間たちは恐ろしい事を聞いた故に罵声が飛び交う。「ばかな」「本当に?」「あんな状態から、どうやって……」等々。4人の仲間がそれぞれ反応を示す。そのうち一人は情報元であり、だらしなく足を机に置く女性が口を開く。エリスと言う狩人のガサツな女である。

「エリス、だらしないぞ」

「……ああ、情報あげねぇぞ。私が見た事をな。いるだろ? 情報が」

「皆さん、エリスが私に教えてくださいました。エリスさん。皆を集めたので説明お願いします」

「ああ、いいよ。あのな……エクスが生きてるのは本当だ。証拠にエクスの見ている光景が私の目に映るんだ。そして私もその常時を確認した。都市に近付いている事、街道を歩いてる事。もう一人仲間を連れて隠れながら進んでいる事をな」

「目に映った。エリスの勇者の瞳ならそうなんでしょう」

「ああ、そう。エクスの瞳が私に見せている。わざわざな」

 皆がざわつきつつ、私は喉を撫でる。彼女はエクスの目を移植し、そこから女神の加護を得て生きながらえた。そして私は声と舌、鼻を貰った。他に騎士長バルトは両腕をもらい。耳を教会の女若老メル。秘盗長ランブは両足をそれぞれ貰っている。皆が移植し女神の加護の生命力であの苦難を生きながらえた。

 魔王との戦いに負傷した者は皆が勇者の生命力に生かされた。そして勇者が持ち得た女神の祝福の力を手にもした。

 私の恩恵は魔法以外に神の奇跡も扱う事の出来る大魔法使いに。戦士長は両腕の力で王国一の力を。若老は長老以上に信者の声を拾い。秘密を盗むランブは誰よりも速く走れ、エリスはその弓の技術に勇者の目によって多くの政敵を暗殺した。

 そう、私たちは勇者のお陰で生きて成功を収めている。魔王を倒した英雄としても国を牛耳れる立場の者に手が届くまでに力を手にした。

「……エクスは生きているのですね。エリス」

「ええ、生きているわ。よかったじゃない、ソル。それに……ランブ、バルト。仲間が生きてたわ」

「はん……そうだな」

「……ああ、そうですね」

「……エクス」

 三者違う反応を見せる。特にソルの美形な表情は安堵と悲壮感が漂い。ランブとバルトは憎々しい表情を浮かべる。エリスに至ってはどうでも良さげにしながらも唇を噛んでいた。空気が重いが仕方がない。だれがだれに好意を持っているかわかる。

「あーあ、聖女が色恋ボケに戻っちゃう戻っちゃう。よかったね。死んでなくて」

「…………」

 ソルはつらそうに顔を伏せる。

「エリス!! あなたって人は!! ソルさん……申し訳ないですが……ソルさんの思うような彼ではなくなったかもしれません。ゾンビや死霊術かもしれません」

「はい、私は席を外します……覚悟しております。裁きを」

 彼女はそのまま、部屋を去っていく。そして、残された私たちは本題に移る。彼女は最後まで移植を嫌がっていた。奇跡を扱えるようになった私たちが無理やりに移植した。

「あいつの目的は復讐か?」

「バルト、それはどうかわからない」

「復讐だよ。私は見た。もう一人の女性がそそのかしてる。復讐をする事を」

 空気が重くなり罪の意識が沸き上がる。

「だけど、仕方がなかったじゃん。皆、死にかけで……奪った部屋で生きるために必死だった」

「そうだ。勇者はそれを容認した」

「……………はぁ」

「何だ。ランブ」

「容認なんて嘘つくな。事実は変わらない」

「そうです。私たちは勇者を犠牲にした。神の囁きによって生き残れる方法を聞いたんです。事実、勇者も重症だった……だから彼は聖者として。私たちを救ってくれた」

「やめよう、建前なんて。俺たちは勇者を『殺した』筈だった。それも……国王の命令で」

「そうだな。命令だった」

 そう、私は驚いた。ランブとバルトは密命で勇者を始末する命令を受けていたのだ。何故なら英雄、人気を持ち、国王を脅かす存在に成長するかもしれないのだ。反乱の首謀者へと成長する可能性を摘んだわけである。ランブが続いて喋り出す。

「それに……国王には報告した。『戦死した』と……まぁ国王にもう一度報告に上がるがな。今度は『必ず殺す』と」

「国王は勇者を迎えると思うか? エリス」

「迎えるわけないじゃん、死んでほしいんだから。バルト」

 迎える必要なんてない。都合のいい死だ。英雄として尊敬と信仰の対象になっていればよかった。ランブが愚痴る。俺の言いたい事を含んで。

「死んでなきゃいけないんだ。奴は……」

「皆の総意はわかりました。しかし、表だって動くことは出来ません。彼は敵の親玉を倒した『英雄』なのですから。戦士長バルト。魔国への出兵は見送りですね」

「ああ、見送りだな」

 私は大きくため息を吐きながら、エクスを考える。エクスなら「どうするか」と考えながらも、袂を分かった結果は覆らない。そんな時に喉に違和感を感じ口が勝手に開く。

「俺がどうするか……知りたいか?」

「「「エクス!?」」」

「……!?」

 私はエクスの声に驚き、喉に触れる。エクスの声が部屋に響き我々は席を立つ。私は喉に異様な魔力を感じ……目を閉じた。

「何処にいる!! エクス!!」

「近くだ。それにエリスの目でお前たちが見えている」

「エリス目を閉じろ!!」

「ん!!」

 エリスは目を閉じる。魔力の繋がりがあり、非常に不味いと考えた。

「……地獄から這い上がって来た。問う、何故……俺を殺そうとした……仲間じゃなかったのか?」

 答えは言えない。

「俺一人の勘違いだったのか?」

 誰も答えない。だから私だけは溢した。

「……生き残りたかった。どうしても、生きたかった」

「……そうか……わかった」

 沈黙後。喉にあった違和感の魔力がなくなり私は急いで呪文を囁く。そして……彼が何処にいるかを逆探知で知る。

「エクスの場所がわかりました。東門の先、街道の途中での野営場所からです」

「でかした。さすが王宮付き魔法使い。騎士を出そう」

 バルトはそう言いながら部屋を出る。残された私はランブを見つめた。

「国王に上申する。暗殺すると」

「わかった。私も、援護の手筈をしよう。エリスは?」

「……私は……私は……迎えてあげるべきでしょ……と思う。やっぱりおかしい……仲間だったんだ」

 俺は怒鳴る。

「お前!! 今更!!」

「そりゃ!! 助からないかと思ったから!! でもさ!! 生きてるんだよ!! ゾディアック!!」

 にらみ合い、それにランブが悪態をついた。

「……女どもはいつも奴の肩を持つな。やれやれ、それが気に喰わないから二人に殺されたんだぞ」

「はん!? そりゃ……優しかったもんね。ソルだって!! 逢いたい筈だ!!」

「ソルには……死んだと伝えておけ。エリス」

「おかしいよ!! やっぱり!!」

「……じゃぁ、お前が説得して一緒に逃げるか? バルトを敵にして、私も敵にして。ランブ、王国を敵にして」

「くっ……説得して隠居させる。私が」

「じゃぁ、魔族の女はどうする?」

「……殺す」

「わかった。それなら手を退こう。だが、バルトと私よりに先に出来るならな」

 私は怒りが湧く。庇おうとする彼女を侮蔑して。

「……エリス。国王の命令は絶対だ。惚れたからと言ってなにも出来ないぞ」

「ランブ……くっ……ああそうだな。私はもう庇おうとするのもおこがましいんだ。結局、私はな……畜生。奈落に堕ちやがれ、私と一緒にな」

 エリスも部屋を出る。捨て台詞とともに。そして私は魔法で魔力鳥を生み伝言を飛ばす。部下の魔法使いたちに向けて。





 携帯食料を姫に渡すとき姫と目線が合う。切り開かれた野営所で休む中での事だ。きれいな瞳は宝石のように焚き火で輝く。

「ごめんなさい……エクス。私はやらかしました」

「いきなり、何をですか? おねしょですか?」

「違う!! そんなはしたない事はしないです……ばか」

「ははは。そうですね。では、何ですか?」

「ゾディアックの喉を借りてエクスの仲間に啖呵切りました。逆にここにいることがバレました。逆探知です」

「ゾディアック、1年ぶりの懐かしい名前だな。それよりも俺の喉をって……そんな事できるのか?」

「奇跡です。魔法とは違い……エクスの体は全員に繋がっています。エクスの目はエリス、耳はソル、両腕はバルト、両足はランブ、喉や舌などはゾディアックです」

「弓の名手に目を。神の使いに耳を。戦士には手を。斥候には足を。魔法使いには声か」

「はい。必要な場所で神の力を手に入れたようです。ただ私を知る人はいませんでした」

「白鎧のシュヴァリエ。魔界にも知らないのが多いのでは? 絶対に中身と大きさ違いすぎる」

「そうですね。知っているのはエクスだけでしょう。私を深く知っているのはエクスだけ。ふふふ」

「喜ぶんじゃない……恥ずかしくなる」

 あの巨大な鎧の中にこんな子が居るとは思いもよらないだろう。ミスリードを彼女は誘う。

「だって……うれしいです。私を知ってるだけでどうしてこんなにうれしいのでしょう?」

「ああ、姫……くぅ」

 素直な純情な想いに俺が照れる理由には十分だった。好意があると知っているからこそ余計に慣れない。

「照れてますね。恥ずかしい事なんですか?」

「俺を深く知っているのは君だけだ……」

「あっ……えっと…………はい。深く知っております、勇者様」

「気持ちわかったか? 姫」

「は、はい……でも……あたたかいです」

 シュヴァリエはそう言いながら俺の隣へと移動し俺の体の残っている生身に触れる。俺は一つ……復讐を諦めて何処か彼女を連れて行くべきじゃないかと疑問が沸き上がり……そして……静かに寝息を立てる姫に対して非常に悩むのだった。このままでいいのかと。



§




 生き返った勇者を殺す理由は俺に無かった。英雄だから。だが、そんな理由は後からでも『偽装』は出来る。ゾンビだったと言えばいい。私は宝球にうつる映像を覗き込みながら当て馬として向かった戦士長バルトに期待した。戦士長バルトは勇者の剣だった聖剣レーヴァテインと宝剣グラムを腰に携えて馬で移動する。

 小隊を組み、駆ける姿は異様に周りの目を奪い。何事かと驚かせた。

「どけ!! 切り殺されたくなければな!!」

 暴れん坊な奴のことで、非常に荒々しい。だが、鬼気迫るそれは私にとっても好都合だった。私自身の手を汚さずに始末してくれそうだ。そうこうしてるうちにマントとフードで身を隠している彼に出くわす。

 当たり前だが、身なりは他と変わらない。だが……私らはわかる。同じ勇者の体を持ち、繋がっているから。そんな彼に対してバルトはナイフを抜いて投げつける。もちろん彼はしっかりと飛んで避けてフードが外れる。

「!?」

 フードが外れた瞬間、ソルのような金色の長い綺麗な髪に少し癖毛がある顔の整った女性が現れる。長いまつげに宝石のように綺麗な紫色の瞳がバルトを睨み付けた。勇者の従者である。間違えた。

「誰だ!!」

 馬からバルトは降り、10人の部下も同様に降りた。各々が武器を抜きながら、距離を取る。バルトに動揺が見えた。何故ならエクスを探さないのだ。私もおかしいと考える。

「私は………」

 彼女が言い淀む。淀んだ後にハッキリとした声でいい放つ。

「ソル」

「ソルだと!?」

 私の宝球に釘付けになる。ソルと言われた勇者の仲間である彼女と似ている所を探す。だが、髪色以外に同じような姉妹のような姿がない。バルトの部下も慌てて、ざわつく。全く別人なのに動揺する。

「落ち着け!! 聖女ソルと似ても似つかない。体も違うだろう。全くの偽物だ」

「英雄の偽物さんが偽物を語るなんて面白いですね」

「ははは、偽物だと? 魔王を倒した我々が?」

「ええ、仲間全員で英雄でしょう?」

「ああ、そうだな。美麗な女よ」

 私は一つ、気がつく。一人怪しい動きをする男がいた。私は大きく声をあげ伝える。

「バルト、後ろだ!!」

「なに!!」

 バルトが振り向き、直感なのか一人の男に近づき剣を振るった。地面を振動するような激しい剣圧に男は下がり、そして……マントがはだける。その姿は異常で四肢が黒い鋼の鎧で出来ており、鼻など、欠損した部位が造形物なのがわかるほど精巧に出来ていた。義手義足がまるで生きているかのように自然に動き。私はその技術に驚く。技術に気になりだし……そして「またか」と唇を噛む。

 いつだってエクスは私がほしい魔法、奇跡、聖女の好意を手にしていた。そして……今も新たな力を持っている。恵まれていることに嫉妬する。

「バルト、気をつけてください。彼は未知な力を持っています。今から遠隔魔法の準備します」

「わかってる」

 声の返事に私は席を立ち、準備を行う。彼を仕留めるために大魔法を用意した。






 俺は姫から距離を取ったバルトと正面で相対する。

「バルト、久しぶりだな」

「エクス……生きていたか」

「ああ……いきなり剣を抜くなんて酷いじゃないか。仲間だろ?」

「ああ、悪い悪い……ついつい血気盛んでな」

 懐かしい、悪友の笑い。本当に懐かしい。バカした思い出が胸を締め付ける。同じ女性を愛したのもあるし、同じく技を競いあった仲だ。だからこそ、憎いと感じた。

「どうして……帰って来たんだ……お前の目的はソルか?」

「俺にも事情がある。そこの姫が理由でもあるんだ。ただ、それに生き延びて故郷の土を踏むぐらい許してくれてもいいだろ?」

「……ならん。すまんがもう一度、死んでくれ。俺はこいつと決着をつける。お前らはその女を殺れ……自由にしていいぞ」

「バルト。その姫は……関係ないぞ」

 嘘だ。白鎧のシュヴァリエと言う名前を聞けば一瞬で全員にわかる。逆にシュヴァリエが同じように王を殺したり暴れまわったりするかもしれないと考えるだろう。それは大きい騒ぎになる。魔国が攻めて来たと。

「姫……姫なのか? 何処ぞの令嬢様か……だが。犯罪者として処罰する」

 俺はシュヴァリエに問いかける。彼女の頭の中に「本当に復讐するのか?」と自分自身に重ねる。本当に「復讐をしていいのか?」と自分に問う。

「エクス……あなたは手を貸さなくてもいい。私個人の復讐だから」

「ごめん、シュヴァリエ。君に自分を重ねた。俺もやる」

「気にしないでいいよ。さぁ、二人で人間の悪者になりましょう」

 彼女は優しい。「一緒に背負う」と彼女は決めており。きっと俺の仲間への怒りをそのまま受け取ってくれてるのだろう。頼もしい姫だ……本当に。

「今度こそ、約束の決着をつけよう。バルト」

「ああ、決着をつけよう。エクス」

 そう、あの過去で約束した。「生きて帰ったら決着をつけ、誰からソルに告白する」と。あの約束を今、果たそう。






「ゾディアック様、詠唱開始します」

 私は魔法使いに宝球を持たせ状況を確認しながら魔法の準備を行わせる。王宮の高い位置に用意した場所は空が見える庭園のような場所で数人が魔方陣に対して詠唱を初める。私が新たに開発した雷を落とす魔法だ。魔法と言うよりも奇跡である。

 実用は既に政敵が雨の日に失くなっている。悲しい事件であった。本当に悲しい天災だった。

「空が明けているのに使ってもよろしいのでしょうか?」

「国王の許可が出た。その者は危険分子と認められている」

「は、はい」

 魔法使いの部下は何も知らない。知らされていない。皆が待ち焦がれた英雄様が相手だということを。魔界に大打撃を与えた者だと。

「いつでも打てます」

「わかった。バルトに伝える」

 私は宝球に語りかけ、バルトは理解する。エクスと剣を振り合い、ぶつけ合う剣激で魔力の火花が散る。拮抗しているようでバルトが押しているように見える。ただ問題は……女の方である。ソルと言う女の方は騎士に囲まれているが、何者かわからない今。そちらに集中する。

「何者だ……この女」

 鎧も着ず。マントの下は青いドレスのような魔法衣装であり、胸当てさえついていない、胸を強調する軽装だ。皮のロングブーツに白いスカート。戦いに向かない衣装である。しかし、空気は重く。騎士たちは彼女を警戒する。彼女の声が宝球から響く。

「見ている。あなたへ……必ず行きます」

「魔法使いか」

 魔法使い。それも上級の術者だと伺える。だからこそわかる。後方で一撃必殺の魔法を詠唱し、それで相手を倒すのが得意な者だ。騎士もそれがわかっているのか動き出し、今かと身構え、心構えが出来て襲おうとした瞬間。女に動きがあった。女が手を上げ、呪文を詠唱した瞬間に彼女の手に大きい白い紋章が刻まれた体長に似合わない、人間が持つには大きい戦斧が握られる。柄の長さ、刃の大きさはその小柄に似つかわしくない大きさである。

「そ、その武器は!?」

 そして……その武器に私は見覚えがある。同じように武器を出した者を知る。同じような方法で出したのを直接見ている。

「白鎧シュヴァリエの戦斧!?」

 四天王の名前に魔法使いたちがざわつき。私は目標を変えさせる。一体どういう事がわからないが一瞬で危険度が上がる。白鎧のシュヴァリエに類する何者かに私は言い放つ。

「何者だ!!」

「白鎧の部下……ソル」

「四天王の部下か!!」

 私はその声と共に絶叫が響くのがわかった。戦斧を軽々とナイフを振るうように騎士に斬りかかり、騎士の鎧を凹ませて中身を砕き。鎧の継ぎ目にはそのまま寸断させる力があった。身の交わし方も美しく、そして柄の長さで騎士の剣が届かない。化物のような強さに圧倒される。

「狙い、白鎧!! 打て!!」

 私は全員絶命しただろう騎士を確認後に魔法を発動する。その瞬間に宝球が光で見えなくなり、遅れて衝撃音が鳴り響いた。晴天の霹靂は彼女に向けられた。







 俺はシュヴァリエの真上から一瞬で光が生まれ、一瞬で目の前が真っ白になる。そして……何が起きたかわからない中で叫ぶ。彼女の名前を。

「シュヴァリエ!!」

「……くっ……派手にやりやがったなゾディアック」

 目の前が光にやられ、一時休戦する。俺は目を見張る。倒れ絶命した騎士たちの中で片手で戦斧をもち。そして……ゆっくりおろした彼女と目線が合う。「私って強いでしょ」と言うような目に胸を撫で下ろす。戦斧で攻撃を防いだ事はわかった。というか何が起きたか俺にはわからない。一瞬の出来事だったからだ。俺が戦った時よりも強い気がする。

「決着ついたね。エクス」

「ああ、頼む」

 俺は頭の声に頷き、バルトに近づいて剣を振るう。バルトは慌てて応戦するが背後ががら空きになる。そしてシュヴァリエが笑みを浮かべて近寄って来るのが見えた。

「バルト……あなたに復讐に来ました。言い残した言葉はありますか? 言い残した懺悔はありますか? エクスさんに謝る事はありますか?」

「くっそ!! エクス!! 背後から攻撃させる気か!!」

 シュヴァリエに笑みが消える。怒りに満ちた目で身構え、そして……斧とともに近付く。

「味方を縛って拷問したお前にそれを言う資格はない!! 腕を返して!! エクスに!!」

 バルトの右腕が切り落とされる。鮮血が飛び、バルトが逃げようとする瞬間に今度は足を薙ぎ払われて歩けなくなる。そのまま、バルトは絶叫したかと思うと今度は左腕を落とした。バルトは勇敢な戦士ではあるが。あまりの一瞬での部位欠損は耐えられないのか絶叫する。シュヴァリエは頭を落とし介錯する。

 そのままシュヴァリエは斧の血を払い、何処かに斧をしまう。俺は剣をおさめて彼女に近付き一つ二つ質問した。

「大丈夫か? 怪我は?」

「……ない。ごめんなさい。あなたの復讐だったのに私が……つい、最後までやってしまいました」

「いや。姫が大丈夫ならいいさ」

 それに俺は防御に徹し、シュヴァリエが背後を取るのを待っていたし、攻撃に期待した。決着なんて言いながら俺はシュヴァリエに頼った。それは彼女もわかっている事だが、謝った。

「……ねぇ。エクス。名前、呼んじゃったね」

「ごめん。つい」

「いいよ。それより、腕と剣を拾おう。あなたの物だから」

 シュヴァリエは切り落とした血塗れた腕を拾い、リュックから取り出したミミックの道具箱に納める。俺はそれを見ながら……どうするのかと聞き出さずに亡骸に近づいた。

「バルト……俺はお前のその暑苦しい所好きだったのにな……すまん」

「なんで謝るの?」

「……幸せ者になってたんじゃないかなって」

「エクスはいい人すぎる」

「ああ、だから。四肢をもがれた」

 クスクスと俺は冗談で笑う。残念ながら、今はスカッとした気分である。晴天のように。





「白鎧のシュヴァリエ……」

 私は亡くなった魔法使いの弟子たちに目を向けながら、四天王の一人。仇討ちに来た者の名を溢す。エクスが何故彼女と一緒なのか、どういう経緯があったかはわからないが。昔の白鎧より遥かに強くなっていた。弟子たちは呪詛返しにより、死に。シュヴァリエはあの一瞬でそれを行った。まるで呪いをはね除けたように見える。

 それは白鎧の時には全く見せなかった魔法力であり、魔法を弾く。呪いを弾く。聖なる奇跡に類する術だった。そして……私は彼女に興味を持ち歯ぎしりをする。美しい魔法使いは国宝に類する。その遺体さえ……魔法具になる。

 それをエクスはまた手に入れたのだ。私を越えて。



§




 首都に着いた俺は宿を借りた。部屋でシュヴァリエが手術すると言い出した。それに頷き、彼女から薬を貰って眠りにつく。そして起きたときには俺は懐かしい腕があり、血が通っていた。

 綺麗にくっついた腕に我ながら人間離れした再生力に驚かされる。敵地でありながらでこれはすごい。

「気分はどう? エクス」

 シュヴァリエは満面の笑みで迎えてくれる。部屋はそんなに汚れてない。

「ああ、こう。人間じゃないみたいだ」

「……人間じゃないです。ゾンビみたいな物です。今のエクスは私のせいで不死です。私が簡単に体を繋げるくらい楽なんです。それはもう。不死者としか言いようがないです」

「そうか。そうだよな……化物か俺は」

「私と同じ、同じ魔族ですね。あっ、ごめんなさい。嫌ですよね」

 シュヴァリエが謝る。俺は腕を動かし彼女の頭を撫でる。

「気にしなくていい。外法でもなんでも生かそうとしてくれた。それに間違いはない」

「はい……その。エクスの手……これがエクスの本当の手なんですね」

 目を細めるシュヴァリエに俺は無性に腕を使いたくなる。そう、俺は腕の移植を二つ返事でお願いした理由があった。

「シュヴァリエ、もっと近くに」

「はい」

 俺は彼女を両腕で抱き締める。彼女が俺にしてくれたかのように強く強く。

「シュヴァリエ、ありがとう。そして……思い出させてくれてありがとう。人を抱ける嬉しさを思い出したよ」

「う、うん……」

 彼女には珍しい緊張した声音。

「嫌か?」

「違う。心臓が……痛むぐらいに跳ねて怖い」

「慣れような。これからもっと同じ事するから」

「う、うん。エクスがしたいなら……すればいいよ」

 シュヴァリエが目を閉じてスリスリと俺の体に顔を擦り付ける。愛おしいように気持ち良さそうに。

「エクス……あと4人だね」

「ああ、次は誰の所に行くべきかな」

「わかんない。お金あるから……隠れて故郷を味わって。最後だから」

「ああ、最後だから」

 シュヴァリエは本当に何でも俺のために考える。色々としてくれる。復讐もきっと、俺の怒りを汲んでくれての事だろう。だから願いたい。彼女を幸せになってほしいと。







 エクスの戻った腕は鍛えられており、すんなりと彼の元に戻った。全ての繊維が勝手に結びつくところから生命力の強さと異常者だと言うことを再確認する。何故、力の象徴である魔王が倒されたかを垣間見た。「神の寵愛を受けている」と言われても申し分のない奇跡の回復を見せる。

「何処へ行くんだ?」

「買い出し、ご飯まだでしょ?」

「俺も行く……ん!?」

 私は彼の唇に人差し指を当てる。

「病人は待っててください」

「しかし、腕はこのとおり」

 彼は腕を振り回す。だが、指先は動いていない。

「指先は?」

「……」

「黙ってないで」

「動かない。まだ痺れてる」

「剣を握れるまで潜伏しましょう」

「わかった。すまない……姫」

 私は笑みを浮かべて頷き、部屋を出た。そのまま、宿から表通りに出たあとに見られているのを察して裏道へと向かい。私の体はその瞬間に矢に貫かれる。

 油断した訳じゃない。ただ、相手が異常なほど隠密と目を持っていた故にわからなかった。そして私は倒れる。心臓を射ぬかれた……矢に触れながら待つ。そして一人の足音が聞こえる。

「あっけないわね。白鎧シュヴァリエ」

 女性の声に覚えがある。エリスだ。弓の狩人。そして、私が憎む一人。

「おら、顔見せて貰うぜ。白鎧」

 素行の悪い口調で私を蹴り、足で表に向けさせられる。そのまま私は目を明けたまま……ナイフでエリスの足を地面に串刺しにした。裏路地に彼女の悲鳴が上がった。私は立ち上がり矢尻ごと引き抜く。傷ついた胸に回復魔法を当て傷を塞いだ。そのまま距離を取って彼女にマーキングを施す。彼女が逃げてもいいように。

「……こんにちはエリスさん」

「な、な!? 心臓を抜いたぞ!! 何故生きてる!?」

「全て復讐が終わるまで私は不死です。会いたかったです。話したかったです。その目、返してください」

 エリスは足のナイフを引き抜き、壁に投げつけた。

「嫌よ……返さない。これは私の物……私の」

「何処か狙撃位置で様子をずっと伺っているのを知ってました。エクスから離れた私を仕留める自信も見受けられました。そして……その瞳には『恋慕』が備わっていました」

「何故!! あなたがそれを知ってる!!」

「知り得る情報が私にはあります。エクスは順位を着けた。あなたは2番……そうですよね」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 エリスが背中の弓を構え私に放つ。だが、狙いが正確なため予想ができ、私は少しズレるだけでかわす事が出来た。白鎧を着ていた時とは違い身軽である。

「お前に何がわかる!!」

「わかります。辛いでしょう、彼は彼女に恋い焦がれてます。私はあなたと同じ道を行きます。そして……裁かれます。そして……あなたは臆病だ。私を狙わず彼女を射ればよかった。『嫌われたくないから』と言ってソルをやらなかった」

「黙れ!! 次は外さない。その顔に叩き込んでやる」

「……あなたは苦しんだ。楽にしてあげます」

 私は駆ける。そして……近付き拳を彼女の顎に
入れる。そのまま、倒れそうになる彼女の胸ぐらを持ち、空いた手で目を抉る。

「あああああああああああ」

 癒着した神経を千切り。私はエクスの瞳を片方だけ手に入れた。手を離し、再度距離を取る。目を抑え血を流す彼女に問いかける。

「教えて……どうして殺す事をあなたは認めたの?」

「……くぅ……私は……私は見たくなかった。結ばれる二人を!! 応援なんて……できっこない」

 苦しみながら、吐露する言葉は血の涙となって堕ちる。嗚咽を交えながら……私は悩む。殺すかどうするかを考えた。同情が胸に湧き、罪悪感が浮き出し、エクスだったらするだろう事を考える。そして私は決める。エクスに与えた瞳の同型を私は小型のミミックから用意した。

「少し荒療治ですが……エリスさん我慢して」

 苦しみ、憎しみを吐露する彼女に私は再度近付き目を植え付ける。宝石の眼球がはめられ奇跡の祝詞を歌い上げて痛みを和らげる。

「……見えましたかエリス。片方だけ瞳は返して貰いました」

「あっ……何故……バルトのように殺さなかったの?」

「エクスさんの慈悲です。エクスは言葉足らずすぎるのです。何故、エクスさんが好意を打ち明けるのを保留にしていたかを教えます」

 私は非合法で知り得たエクスの感情、思いを伝える。

「エクスさんは悩んだ。あなたの事も好きだったから」

「………え」

「2番としても、エクスはずっと悩んだ。そして……棚上げした。決断出来なかったんです。そして最悪な結末が訪れた」

「はぁ……はぁ……」

 私は彼女のエクスを信じて待てなかった事を断ずる。胸を締め付けて苦しむ彼女を見ながら私は愉悦を覚えた。復讐は成したと。

「チャンスはあったんですよ。ですがそれはもうないです。時は戻せないし、エクスほど勇敢な者でも何もかも許せ慈しめる聖なる者ではない。片目だけ慈悲で残します。彼の面影を背負って生きろ。裏切り者」

 捨て台詞を吐き、私は彼女を後にする。彼女のうめく泣き声を背にし表通りに戻るのだった。そして……数時間後にエクスの片目はもう二度と手に入らない結末を迎えた私は彼女の事を『罪から逃げた弱者』と、高い所から落ちた亡骸に罵ったのだった。





 私は潜伏先の宿へと戻り、荷物を机に置いてエクスを見つめる。

「姫、おかえり」

「ただいまです。エクスさん」

「……彼女は?」

 彼は何かを察して問いかけてくる。私は静かに片目を取り出して彼に見せた。それを見た彼は少し寂しげな雰囲気を醸し出し、私の胸を締め付ける。

 ずるい、彼にそんな表情をさせられるなんてと嫉妬が生まれ。ああ、これが彼女の感じた感情なのだと学んだ。

 身を焦がす嫉妬の怨嗟が彼女を恐ろしい行いを手伝わせた。愛する人を目の前で解体するのをソルに見せるという事を。

「シュヴァリエ……何を苦しそうにしてるんだ?」

「……少し。胸が辛いです。嫉妬です」

「何処に嫉妬するのか不思議だな?」

「私も不思議です。でも……凄く辛い感情ですね」

「姫……俺には姫しか居ない……何処にも行きはしないよ」

「はい」

「さぁ早く返してくれ俺の瞳を」

 彼はそれ以上言わずに瞳を指差す。頷き彼に戻し、そして……祝詞を歌い上げる。繋がった瞳は宝石のような綺麗さはなかった。しかし、私の顔を映す綺麗なエクスの瞳だった。

「彼女が瞳を選んだ理由。わかる気がします」

「……俺にはわからない」

「私だけを見て欲しい。だけど……移植してしまったら。瞳に写せないのにね。ばかだね。エクスさん……彼女は」

「言わなくていい。俺はどうしたらよかったのかな」

「悩まなければよかった。二人に好意を伝え……我慢すれば丸く収まったのかもしれません。殺し合いに発展しなかったでしょう。でも……それはもしもです」

「……やり直したいな」

「私は絶対に嫌です」

「……」

「私はエクスに逢えなくなります。ずっとずっと白鎧の中で何も感じず。あたたかい血に飢えて殺し回ったでしょう」

「そうだな。姫に会えなくなる」

 エクスさんはそう言い、私の頬に触れる。

「自分の目で見る君は本当に綺麗な女性だな」

「…………はぅ」

 エクスさんは素直に口にするようになった。私は知っている。素直に正直に話すようになったことを。私は私が許せない非合法な方法で彼の成長を知るのだった。


§



 狙った復讐するべき者は暗闇を駆ける抜ける。俺はその逃げる者を義足で追い縋るが速さが違い。離され、そして見失った。見失い、諦めてシュヴァリエと合流する。今日の相手は元仲間。知っているからこそ厄介さは人一倍。

「逃げられた」

「……そうですか。厄介ですよね。戦う気がないけど監視をするため近くにいる。兵士を呼ばれてます」

「それが奴の強みだ。背後から奇襲する動きのいい陽動もかねての斥候。敵にまわして初めてわかる厄介な奴だ」

「それに移植したエクスの足が思う以上に速いです」

「昔の俺はあんなに速くなかった。どうしてだ?」

「競走薬、鍛え方、魂の同調。色々あると思います」

「……確かに丸薬を飲んでいた。ランブは足技もなかなかで苦労したなぁ」

 訓練の日々を思う。いい訓練相手だった。若干無口だが、察せるほどには口を開いてくれていた。

「思い出話するのは良いですけど。賞金首ハンターが向かって来ます。身を引きましょう」

「そうだな。こっちだ」

 俺は自身の覚えがある抜け道をたどり、身を隠せる家の切れ目に入り、シュヴァリエを抱き寄せて座る。そのままマントを被せて足音が過ぎ去るまで待ち、そして音が無くなった瞬間に身を晒す。ゆっくりと周囲を確認しながら裏路地に出た。暗い故に錯覚で壁と思われる場所で、昔にランブに教わった場所だ。

「まけましたね」

「ああ、ランブに教わったのが役にたつな本当に」

「……信頼を得てたんですね」

「まぁうん。それより、表路地の宿を借りよう。騒ぎを起こされにくい筈だ」

「……今日はこれまでですね。暇な時間……ですね」

 シュヴァリエは含んだ言い方に俺は頷く。「敵地で何をやってるんだ」と言われそうだが、来るなら来て欲しいと考えている。追って逃げられるなら、罠にかけたい所だ。







 宿で暇な時間を潰す中。俺はふとシュヴァリエの事が気になった。彼女は俺と仲間をよく知るが俺は彼女をあまり知らない事に気がつく。

「シュヴァリエ……白鎧の時の君は戦った時は覚えてるがそれ以外を知らないんだけど。聞いてもいいものか?」

「仲間の情報も含むんですけど大丈夫です。もしかしたらエクスのお手伝いをするかもしれません」

「お手伝いとは?」

「故郷ではもう住めないでしょう。だから私から一筆用意しております。出発と同時に事の本意を四天王の3人に向けて送りました。もしも復讐成功の時はエクスを無罪放免してほしいと」

「裏切るのでは?」

「力を示せば認められる。そこから信用を得ていけます。簡単ですよ」

 魔族は本当に単純だ。単純だが、知恵がある。そういうことはわかる。魔族の町で買い物していたので知恵も知識も人間と変わらないことも。

「それで……気になるのは他の四天王だ。白、黒、赤、青と分けられていたかな?」

「そうです。白と黒は鎧の色。赤と青は魔法の性質です。肉体派、剣などを扱う力ある者は白と黒。魔法による炎と言う露骨な物は赤。青はその他と言うわけです」

「白と黒の違いは?」

「ないです。私が白になったのは魔王に都合のいい信用出来る兵士だったからです。私と黒騎士以外はいつも……喧嘩してました。ただ、好敵手として仲もいい。今ならわかります」

「どんな仲間たちだったんだ?」

「黒騎士は黒い鎧で怖い姿でした。畏怖を持っていましたが……いつも私に話しかけてました。気を引こうとしてたんですけど。昔の私は……それを読めずにいました」

「お、おう。それで?」

「鎧の中身を知りません」

「……赤も青も?」

「はい。赤と青の騎士は自分自身が最強の魔法使いであることを示すために色々な事をしてますが……法外は絶対しませんでした。意見求められましたが、昔の自分は魔法は方法であり興味ありませんでした。今ならきっと花火と言う魔法を評価したでしょう。氷像と言う芸術も評価したでしょう」

「その、なんだ。あまり仲良くなかったのか?」

「……私が……私が……無視、興味を示さなかっただけです……」

 シュヴァリエがちょこんと顔を伏せて、拳を作りため息を吐く。

「今の私なら……もっと皆さんを知れたのに……」

「シュヴァリエ。帰ってから、会えばいい。死んでないよな?」

 自分たちは接敵を極力避けた。城の防衛だった白鎧のシュヴァリエと黒鎧のガーガロスのみである。

「……ああ……えっと。倒されましたね。でも、わからないです。黒騎士さんも私と同じかもしれません」

「魔王だけ上手く殺れたのか本当に」

「そうです。誇ってください。素晴らしい暗殺者です」

「……大変な事になってるがな」

「それはこれ。あれはあれです。立派な力です」

 魔族の常識は本当に俺のとは違う。というよりは俺を全力で擁護している気さえする。

「ありがとう、シュヴァリエ」

「いいえ。私も、仲間に裏切られないようにします」

「ああ、声は奪われ。目は抉られ、四肢は千切られるものな」

「私に出会えますよ?」

「……それは良かった……ことかな」

 沈黙。俺はシュヴァリエを目を細めて見る。

「言った本人が照れてはなぁ」

「そ、そうですね。目を細めないでください。わ、わかってます。私も良かったです」

「……」

「……」

「ふふ」

「はははは」

 何も可笑しくない。何も可笑しくないが、胸が痒い。甘い甘い物を食べているようだ。

「あの、どうしましょうかランブさんを」

「別れて挟んで捕まえる事も出来るが……それよりもゾディアックに行くべきか?」

「……私に案があります」

「案が?」

「はい……それは非常に外道な方法なんですが……エクスはやってくれますか?」

「……姫の命令なら」

「聞いて……考えを改めてもいいです」

「わかった。聞こう」

 俺はその外道な方法を聞き。そして……やる事を決めるのだった。





 次の日の早朝。私は酷い方法を提案し受け入れた彼と、それを実行に移すために教会を訪れてソルを探しに来た。こっそり会おうと思い忍ぶ中で管理者を問いただし場所を聞くためになるべく人が少ないであろう朝に顔を出す。大聖堂前は工事により立ち入りが禁止されており、都合がよかった。

 だが、私はそこで異様な空気に包まれているのがわかった。視線や殺気が私たちを包んだ。

「罠でしょうか?」

「……罠でも行くしかない。向こうからのお出迎えなら楽だ」

 胸騒ぎがする中で閉じた教会の扉を開ける。中を覗くと私は息を飲んだ。金髪の聖女が一人でお祈りしているのだ。それにエクスも気が付き、そして……私は胸に手を当てて服を掴んで握りしめる。

「……どうやら。待っていたそうですね。私は外の公園で待ってます」

 エクスに肩を叩いて、私は空気を読むように身を引いた。エクスから離れ公園の噴水に顔を覗かせ涙を落とす。我慢した。私は我慢した。私は背後から迫る自身の殺意を我慢した。

 異常に苦しい胸の締め付けに私は唇を噛む。二人を逢わせる慈悲はあってもいいと正直思う。だが……

 私個人の感情はそんな優しさよりも憎々しさが勝り、これが嫉妬、独占欲だと理解する。

「はぁ……はぁ……」

 きっと、今はエクスとソルは愛の言葉を囁きあっているかも知れないと思うだけで辛い。

「……エリスさん。あなたの想い。今ならわかります。でも、私はそれでも。我慢してみせる」

 エクスのために私は二人の時間を用意する事を決めるのだ。私の心を今だけ殺して、好意を持った同士を邪魔しないようにする。



§



 俺はシュヴァリエに背中を押された状態で教会に足を踏み入れて気付かせるように足音を立ててソルに近付いた。綺麗な髪に「シュヴァリエと同じだな」と感想を抱きながら彼女の待ち続けた。一緒に神に祈るなんて事はしない。もう俺は信じない。

 天使は俺を助けなかった。救ったのは悪魔だ。悪魔のような天使とも思える。いや、区別するのは良くない。救ったのはシュヴァリエだ。故に信じる者は彼女だけ。

「……久しぶりだな。ソル」

「……久しぶりですね。エクスさん」

 祈りを捧げるのが終わっただろうと思い呼び掛ける。すると彼女は立ち上がらず、座ったまま振り返り、顔を上げる。涙に潤んだ瞳で見上げてくる。

「おかえりなさい、エクスさん」

「ああ、ただいま」

 少し恥ずかしい。だが、俺は頭を掻いて落ち着かせて彼女を見つめて話を始める。

「なぜ、護衛もつけずに一人でここに?」

「私は待っていました。エクスさんをここで……」

「ああ、そうか。危ないと思わなかったのか?」

「覚悟出来てます。殺されようと私は……」

 言い淀み、彼女は顔を伏せる。俺はその意味を察するほどに成長したようだし、口にすることも出来た。恥ずかしさは何処かへと消える。

「ソル……俺は君を好きだった。もしも、旅の終わりに生き残っていたら。俺は君にこの言葉を伝え……エリスにも伝え。そして……君を好ましく思う仲間のために身を引くことも考えた。だが、それは叶わなかった。ソル……君も俺を好きだったんだろう」

 彼女は顔を上げて驚いた表情のあとに一瞬緩み微笑み。そして……目を閉じて悲しい表情をする。

「はい、そうです。好きですエクスさん」

「わかった、ありがとう。それで、すまないが俺は体を取り戻そうとしている。逃げ回るランブを誘い出したいために君を餌にしようと思っているんだ。奴はどうやら君を好きでいるらしい」

「……」

 ソルは涙を浮かべる。それを嬉し涙ではない。

「……復讐ですか?」

「復讐だが、体を取り戻したい。大丈夫……耳は取らない」

「いえ、エクスさん。これを……」

 ソルが祈っていた手を開けるとそこには千切られた耳があり、俺は慌てて座ってソルの髪を掻き分ける。そこには耳がなく、当て布で止血している布が見えた。回復魔法で止血済みだろう。

「……ソル」

「エクスさん、私はエクスさんのお陰で今まで生きながらえました。でも、私は生きたくなかった。私は……皆を止められなかった。ごめんなさい……ごめんなさい」

 俺は声を伝えていない。だから気が付かなかった。自分で耳を千切っていたとは。しかし、これが彼女の罪滅ぼしなのだと納得し、彼女の手から耳を奪う。

「返して貰った。ソル……すまないがまだ役に立って貰うぞ」

「……」

 彼女は首を振らず、頷き。そして俺は一つだけ伝える。淡い期待を裏切るように。

「皆、お前を好きだった。皆が誰よりもと思うほど。君は綺麗だ。美人だ。しかし、それは過去の事だ。今でもないし、今は俺は仲間殺しの罪人だ。忘れろ」

 俺は立ち上がり、彼女に背を向ける。床に伏して泣く彼女を抱き締める事もせずに公園の待ち人へと向かった。教会の外の公園で一人、ベンチで待つ同じ金色だが少し揉み上げなどに癖毛がある子が空を見ていた。

 シュヴァリエは俺に気付くと立ち上がり、トテトテと近付き不安げに聞いてくる。

「……大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だった。耳も返して貰ったし、餌にもなるだろう」

「それだけ?」

「……それ以外に何が?」

「……」

 俺はシュヴァリエが俺たちの関係を知っているだろう事は知っていた。そしてそれを含めて彼女が聞きたい事を考えて教える。

「告白はあった。だが、俺は『好きだった』と答えただけ。それ以上はない。シュヴァリエ、準備しよう」

「はい……はい!!」

 シュヴァリエはわかりやすい反応を見せる。一瞬で元気になり、目を拭う。そして……今度は俺が聞く。

「何で目が腫れてるんだ?」

「大丈夫です。少しだけ寂しくて泣いてただけです。エクスの事で」

「……」

 俺はたまらず彼女を抱き締める。胸の奥から「可愛いじゃないか」と思わせる素振りに勝手に体が動き。その行為に驚かされ……そして……納得もする。

「えっと」

「……シュヴァリエ。ごめんな。気をつかわせて」

「はい。いいですよ。帰って来たんですから」

 俺はどうやら、本当に酷い男らしい。昔の女性と今の女性を天秤をかけて選んだのだから。





 私はソルと対面した。確かに目を見張るほど綺麗な人であるが、私よりも上と言われれば疑問を感じる。いやそれは、私自身が彼女を嫌いで嫌いで屑な心で見ているからに過ぎない。異常なほどに嫌悪感があるからそう思うのだろう。

「……お久しぶりです。白鎧のシュヴァリエです」

「……ソルです」

 ただ、そんな嫌悪感も。本人の声と涙痕を見たあとに引っ込む。女の醜い部分を見せず私は勝った事が伺え、戦う必要がないことがわかった。

「俺は今から、アイツを探す。アイツが男気があるなら……やってくるだろう。それまで姫はソルと居てくれ、アイツが来るようなら剣で人質に取る。以上でいいな?」

「はい、エクス。待っています。決着は私が手出しせずでいいですね?」

「今回はな」

「……わかりました」

 彼が教会を出たあと、沈黙が場を支配する。この気まずい空気の中でソルが口を開く。

「あなたはどうして彼の復讐を手伝うのですか?」

「魔王の仇」

「それは建前ですよね?」

 鋭い女性。そのとおりである。

「そう……私はエクスを心の底から愛しています。復讐も彼の強い意識からです」

「シュヴァリエさん……エクスさんを見てると……そこまで深い復讐心はないように思うんです……」

「……それはそうだと思います。でも、体は求めています。体は痛みを覚えてます。だから体は復讐をしようとします。それを止める事もできません」

「シュヴァリエさん……何か秘密を持っていますね」

「はい、最後に神の元で懺悔し。審判に身を任せる日が近々来ます。それまではエクスには秘密です」

「……シュヴァリエさん。ここの教会は取り壊すことになってます。それまでは立ち入り禁止にされており、鍵はその祭壇にございます。最後の日……審判の日はご利用ください」

「えっ……どうして? 私は……あなたの憎き……」

 ソルは首を振る。そして……涙を貯めた瞳で私に御礼の言葉を口にした。

「エクスさんを救い、エクスさんのための戦い、エクスさんにまた逢わせていただけました。私には何も出来なかったのに……私がやりたかった事を全て……ありがとうございます」

「…………」

 私はその聖女たる姿と潔さ、そして……何より愛する者の幸せを願う姿に感銘を受ける。

「はい、ソルさんもありがとう……私を認めてくれて。彼だけは絶対に幸せにします」

 心に新たな暖かさを手にし、私はその時を待つ。審判の日を。





§




 私は教会で様子を見ていた。帰って来たエクスの「ソルと言う聖女を処刑する」と言う嘘はランブに伝わったのか、一人の男が教会にやってくる。中心で迎え撃つエクスが剣を抜き、身構えた。

「そういう男気はあったか。ランブ」

 私はソルに斧を突き付けたままで教会に現れた男を眺める。皮の軽装な細身に足だけに鉄のブーツを履いており、腰には短刀が二振り用意されていた。如何にも暗殺者のような風貌であり、目はクマが出来ているのは「寝不足だからだろう」と思った。ずっと彼は私たちを監視していたのだ。

「エクス……お前は堕ちた」

「誰かさんが足を取るからだ」

 事実をのべて、ソルは目を閉じたまま手を合わせた。私は二人を見つめながら問う。

「私はどうしましょうか?」

「ソルを斬れ」

「やめろ!! お前ら……それは」

「ランブ……彼女は罪を認識した。お前はどうだ?」

「……俺は」

「エクス、ソルはこのまま部屋に入れる。時間を決めよう。5分でいいね。それで決着つくと思います。だから、そこの人に言っておきます。姫を救う勇者になれるチャンスですよ。愛してる女性を救う。逃げずにね」

 クマのついた目がドロッとした瞳となって私を睨む。汚れた眼に目を反らしソルをそのまま連れて去る。決着を見届けず私たちはただ、ただ……エクスが勝つのを待つのだ。

「あなたは仲間のために祈らないの?」

「私は……彼らも『相応の罰を受けるべきだ』と思ってます」

「そう、その気持ちわかる」

 エクスを殺そうとした仲間なのだから彼はもう彼女の敵である。故に彼は手にする事は出来ない。だから……ずっと遠くから眺めるしか出来なかったのだろう。しかし、彼はそれで良かったのかもしれないと思う。だからこそ、今の状況を変える事を嫌う。部屋のドアから彼らの様子を伺った。

「くっ……ランブ」

「……弱くなった」

 エクスがランブの足と投擲ナイフの猛攻を凌ぐが、ナイフによって首筋に傷を負う。軽症だが、膝をつく所から毒による効果だと判断する。致死性の毒だろうが、祝福されたエクス、不死性を持つ彼には効き目は薄いのだろう。

「昔なら、毒なんて効かなかっただろう」

「ランブ、あれは心配させないためのやせ我慢だ」

 エクスが勢いよく立ち上がり、歯を食い縛りながら剣を振ってランブに傷を少しつける。そのまま、義足でランブを蹴り飛ばして剣を納めた。決着がついた訳じゃない。しかし、エクスは追撃をやめる。不意にランブは悶絶した。卑怯な戦い方だが、それが変わった彼の戦い方だ。

「なぜ? あぐ!?」

「毒を使うのはお前だけじゃない。俺だって使う」

「ふぅ……ふぅ」

「逃げ足が早く致命傷は与えられない。だから……頼った。少しの傷でも浸透出来る毒を用意して、ただちょっと痺れるだけだ」

「それでも……勇者かよ」

「元勇者だ。今はただの暗殺者だ」

 エクスはそのまま彼の横に立ち、髪を掴んで首に刃をつけ切り裂く。鋭利な剣は一瞬で彼の命を刈り取り、呆気なく体が倒れる音が教会に響いた。隣で見ていたソルは目を閉じ顔を背け震える。「これだから女は……」と私は悪態をつきたくなったが飲み込み。エクスの元へ駆ける。

「そのまま、ベンチで横になって。手術します」

 私はミミックから、鋭利な道具と薬を持ち出す。今すぐに必要である。あの魔法使いが来る。

「敵が来る。シュヴァリエ」

「大丈夫、私が時間稼ぐから」

「シュヴァリエ……」

 私は彼に薬を渡す。昏睡させる麻酔であり、復活するのには時間を要する物。両足、耳と大がかりな手術が要る。

「わかった。ソルはどうする?」

「殺さないよ。『帰って欲しい』と願う」

「わかった」

 エクスはそう言いながら薬を服み、私の水筒の水で流し込んで横になる。そして……数十分後。彼は微睡み夢を見ない世界へ堕ちる。私は遺体の足を見ながら……彼の物だった足を股から切り離す作業に移ったのだった。






 手術は無事終わった。雑な繋げ方をしてもエクス自身の能力、生命力の強さで結びついていく。応急手当でも圧倒的な回復力を見せる異常な強さに、これがずっと相手に在ることの堪え難さが魔王が倒された理由だ、と私は知っている。

 勝てない、殺せない。そこにあるのは絶望だ。故に彼は四肢をもがれても生きていた。そして、もいだ四肢を繋いだ聖職者はここにいる。

「ソル……あなたより私のは下手くそな手術です。切った時にわかってます。本当にきれいに繋いでますよね……ソルの移植」

「私は……神の加護がございます」

「そうね」

 ソルは手伝わせなかった。それが罪滅ぼしの一つになってしまうと私は説き、「罪滅ぼしさえ許されないのが罪」と彼女を断罪した。故に見ている事しかしていない。

 私……一人で数時間を戦った。へとへとではあるが薬を服用し、回復させて教会の外へ向かう。

「どちらへ?」

「最後の一人がやってきます。私の魔法の防御壁を今、壊した。エクスを置いて裏から逃げなさい」

 ここが再度、戦場になる。私は大斧を引っ張り出し、嫌いな鎧。白い軽装鎧を身に纏い構えた。そして祈りを捧げた。最後の私を捧げる贖罪を行うために、彼のために最後のアイツを待つ。




§



 「エクスが起きる前に決着をつけたい」と思いながら待つこと数分。ローブ姿の男が一人、杖を持って現れた。膨大な魔力に魔王の力の片鱗を見て取り……私は察する。

「ゾディアック……魔王の魔力をその身に封印したな」

「白金鎧のシュヴァリエ。……魔王の傀儡が魔王亡き後勇者に肩入れするとはな。奴はモテる男だな」

「ソル……は教会に居ます」

「ここで戦うと彼女に害が及ぶか……。寝ているんだろう、エクスは」

「はい」

 嘘は言えない。ゾディアックは喉を撫でて感じている。エクスの状態を。そして私とも繋がっており、私の状態を知っている。

「なら、君と僕で戦えば済む話か……君には感謝してる。邪魔者を消してくれた事を。個人的な復讐に手を貸すのは何故なんだい? 僕で叶えられるなら聞こう」

「……恨みです」

「恨み?」

「夢や楽しい思い出が血で汚された。裏切られ事への悲しみ……泣き叫ばないとすまないのです」

 私は胸の内を話す。沸き上がる殺意を抑えながら場所を移すまでの我慢として。

「……魔王の? いや、君はそれを抱く意味はない筈だ。それとも……君のそれが囁くのかな」

「………」

 胸を指差して来るが私は答えない。

「エクスに惚れたか?」

「それは……本当にわかりません。心がないのでわからないです……でも、私はあなたを殺したいと思う」

 ガリガリと歯を鳴らす。我慢が辛い。

「……ここで戦うと本当に迷惑しかかからない。いい場所があります」

 ゾディアックが杖を地面に叩き、空間を歪ませる。この魔法に私は記憶があり……慌てて、数個の魔法具である指輪を取り出してバラけさせる。

「気付きましたか」

「魔王様が使われていた空間を隔離する魔法です。強制的に一騎討ちをするために編み出した魔法です」

「ええ、だからあなたはその指輪達を慌てて出した。一つ一つが魔法具でしょう」

「はい、隔離されたら。私の武器庫から私は道具を取り出せません。念のためにです」

「なるほど。では、先手を取りましょう」

 ゾディアックは杖を向ける。すると膨大な火球を詠唱無しで放ち、私はそれを指輪拾って投げる。指輪は壊れ魔法障壁で火を無効化する。転がってる指輪の数は適当に用意したのでわからない。だが、下級魔法には効果はしっかりあった。

「なるほど。即席の防御魔法が封じられている。では、もう一発」

 ゾディアックは今度は杖を振り、雷を飛ばす。私はそれを斧を避雷針にしようと当てるように振るが、それは刹那、地面の指輪を弾き。私の斧には一切当てずに指輪だけを私から遠ざけた。防御できないように。

「足元がお留守です」

「……雷の速さを操作出来るなんて」

「ええ、だから……こうすることも出来るんです」

「……え!?」

 私の背中に激痛が走る。頑丈な皮膚が焼け焦げる臭いがする。背後から雷を撃たれた。今さっきの雷が消えずに生きていたのだ。白金の鎧はよく通る。鎧が熱を持つ。

「このまま、心臓を焼きます。魔族に裁きを」

 私は距離があるが、斧を担ぎ上げて走ろうとする。だが……足がふらつく。力が入らずに唇を噛み締めた。

「結構、雷は当たれば弱点なんですね。麻痺してます」

 痺れがある。でも、それはすぐに収まった。だが、立て続けに雷が私の体を抜けていく。チャンスと見て……私を焦がそうと……心臓に直接ダメージを入れる。雷を操り、内臓から体を焼くつもりだ。

「ふぅ……ふぅ……」

 恐ろしい禁術だ。脳も焼けるだろう。そうすれば……こんな苦しい思いもしなくても済むのかと考えてしまう。だが、それは許されない。私は裁かれないといけないから。

「うぐぅ……」

 私の心臓は強く、強く鼓動し、焼かれた所から瞬時に回復していく。異常な回復力に私は死へ逃げる事が出来ない。

「……死ねば楽になるんです。苦しくなくなるんです。でも暖かいんです。胸の心が」

「いったい何を言って……お前!? その回復力は!!」

 私はゾディアックを睨み付ける。そして何度も何度も焼かれた結果、体に雷の耐性がついたようで、雷を纏うように体が進化する。強引に……戦いの中で。女神の祝福を勇者の力を聖女の力を見せつける。彼の知らない切り札を見せる。

 そしてゾディアックは魔法使い。防具は軽装であり、私の斧の一振で決着がつく。そう、私は最初からそうすればよかった。簡単に勝てる方法を復讐の念で我を忘れていた。頭が冷静になる。相手は魔王以下の雑魚である。

「くっ……我は大魔法使い。この空間はお前だけを残し……空間内を」

「遅いです」

ブォン!!

 私は斧を振り回して投げつけ空間ごと切り裂く。ゾディアックは体を投げられた斧から避けようとするが間に合わず杖と胴体に斧先が触れる。そのまま私は斧に嵌めてある魔石を発動させて斧先と柄を左右逆に爆発させて回転の力を強化し、彼の胴体を分ける。

 魔法使いを護るように武器を投げて弾く勇者は居らず。ただ……普通にゾディアックは対応策を持たずに負ける。仲間がいない彼は仲間の大切さを忘れていた。力に溺れた愚か者である。

「がはぁ……体が、体がぁああああ」

 絶命はしていない。二つに分かたれた瞬間も生きている。何故なら、魔王と勇者の力のお陰だ。胴体二つを近付ければくっ付くだろう。だけどそんな事をさせない。近付いて大斧を呼び戻し、上半身に近づく。

「ま、待て!! 待ってくれ!!」

 上半身の方が這いずって逃げようとする。痛みはないのだろう。擬似的な不老不死に終わりを告げようと私は斧を振りかぶった。

「頼む。死にたくない!! 何でも聞くから!! 体も返す!! だから!!」

「エクスも同じ痛みを味わった。気の毒だけど許しはしない。神の元へ行けると思わないでください。何故なら復讐者たる私は……女神のものですから」

 斧を振り下ろし、頭の上を真っ二つに削り飛ばす。鼻と喉を傷つけないように。

「……終わりました」

 私は胸を抑える。復讐の大方は成った。後は残り1つの復讐を終えるだけである。世界は戻り、ミミックに血濡れた斧を仕舞い、汚れた鎧を着たまま。私は死骸から目的の物を削り取った。そして教会で寝ているエクスの元へ向かうのだった。





§




 暖かい……俺は夢を見ていた。「エクスはバカだなぁ」と言い。笑って笑って……皆が夢を語っていた。俺はそれが夢だとしっかりとわかる。もう、二度と来ないのが現実だと知っているからだ。しかし、そんな夢をみるほどにそのときの俺は楽しかったのだろう。

「……あ……終わったのか」

 目をゆっくり開けて声が出る。俺の声とそして……血の臭い。それから足の節々と舌が少し痺れる。喉の奥には懐かしい魔力を感じた。そう、体が全て感覚も懐かしく感じるほどにハッキリと脳に伝えてくるのだ。体が戻って来たことを。

「シュヴァリエ?」

 そして俺は……ベッドの上で彼女の名前を呼んだ。だが、応えは全く返ってこない。俺は立ち上がり、慌てて服と剣を携えて部屋を出る。どうやらここは教会のままだ。戦闘があった気配はない。あのまま寝ていたらしい。部屋を出て彼女を探す。

「……?」

 部屋を出ると変わった光景を目にする。教会の中央で目を閉じて祈りを捧げるシュヴァリエが居た。魔族が手を合わせて祈りを捧げてる光景に違和感を持ちながら俺は近づく。

「シュヴァリエ、おはよう。ゾディアックは……君が倒したんだな」

「……はい」

「何日間寝ていたんだ?」

「一日だけです」

「そうか……これで復讐は終わりか」

「……」

 シュヴァリエが祈りを止めて立ち上がる。そのまま彼女は首を振り、俺に視線を合わせた。

「まだ終わっておりません……エクス」

「終わってない? 誰が残ってるんだ? ソルか?」

 彼女はまたしても首を振った。そして、小さく囁くように口にする。

「シュヴァリエが残ってます。最後の復讐すべき者が」

「どういう事だ? 仲間殺しの責任を取るつもりか?」

「いいえ……私は……一つ……大きな物をエクスからいただきました。いいえ……奪いました」 

「俺が君に何を……あげたんだ?」

 シュヴァリエは両手を胸に当てて目を閉じる。そのままポツポツと言葉を溢す。

「心臓……を……私は移植しました。あなたの心臓を」

「えっ!?」 

「私は…………生きていたあなたの心臓を奪いました」

 シュヴァリエは胸から手を離し、俺の手に触れて胸の中心に引き寄せる。暖かく、力強い鼓動が手に伝わり、そして今こそ感じる強い繋がりも感じさせた。不死な理由も知る。俺に急所がない。だからこそ、本来知り得ない知識も力も能力も何もかも彼女は俺から貰っていたのだ。今までの違和感をこの瞬間に納得する。

「どうして……そんな事を」

「……私は」





 その日、私はある一室に入った。凄惨な部屋に私は何の感情もなく入った。そして……見つけた。生け贄になったエクスを。

 四肢や顔の部分は無く。それでも生きていた者に出会った。

 そして、私は魔法陣や部屋で何が起きたかを知り一つの渇望が沸き上がる。

 私は作られた道具だった。無感情で物事を考える生きたゴーレムと同じであり、ただ女だったのは使い物にならなくなったら、生け贄か生産者にされるだけの存在だった。

 故に渇望は……魔王に願ったのは「心が欲しい」と言う願いだ。

 そして私は魔王を倒された後に……足りない物を奪う部屋に入った。迷いは全くなかった。冷たい感情のまま、死にかけの物体に手を突っ込み心臓を抜き取った。抜き取った心臓は脈動し、そのまま私は自分の服を破って皮膚を裂いて胸に押し込んだ。まるで鎧に釜を入れるような感覚だ。

 入れた瞬間、私の体は釜に火を入れたかのように熱くなり。そして……多くの事を知る。エクスの思い出も全てが流れ込み。その知識で私の思い出も考えも全てに無感動じゃない色がつく。

 そして一番初めに沸いた感情は、目の前の死にかけの勇者が可哀想だという感情だった。心臓がなくなっても死ぬことが出来ないエクスに、私は自分の服を巻いて抱き寄せて……魔族でありながら祝詞を言葉にし、神の奇跡を願った。

 エクスの心臓が強く強く鼓動し、私の冷たいが生きている心臓と結びつき。離れていてもエクスの空虚な胸から全身へと力強く血を巡らせていた。

 それが私には奇跡だと感じさせる。女神が起こした奇跡だと。私は脱いだ鎧にエクスを入れてその場を後にする。そして自分の屋敷に戻り、看取り、エクスの容態が山場を越えた時……私を襲った感情は仲間への悲しみと怨嗟だった。

 それは強く私の心に入り、私に勇者の仲間だった者たちへの復讐を決意させた。

 そして同時に……同じ行為を自分がした事を私は知る。私の心がその証拠である。

 そう私は心が欲しくてエクスから奪ったのだ。復讐心も何もかも。彼から奪った。





 彼女は事の顛末を語る。そして……小さく震える声で謝る。

「ごめんなさい……私が最後に奪った結果……エクスは感情が薄くなってます。復讐心もなにもかも、だから。私は返さないといけません。奪った物だから」

「……」

「私の心臓とエクスの心臓は結びついてます。なので手で抜き取り、そのまま胸に押し込めばきっと……エクスは全てを取り戻します。燃えるような怨嗟も、若々しい考えも、未来を信じる心も」

「……」

「覚悟はしてます。その、ありがとうございました。初めて心に触れて……私は『生きている』と実感できました。世界がこんなに美しい事も、綺麗だけじゃなく、汚れている事も……鎧が冷たい事も……エクスが暖かい事も」

 少しづつ、少しづつ彼女の声がかすれ。嗚咽が混じる。顔を伏せて水滴が落ちていく。

「楽しかった事も、ご飯が美味しかった事も、不味かった事も、嬉しかった事も、嫌だった事も……ありがとうございます。そして…………」

 シュヴァリエは顔を上げて涙を浮かべた表情で笑みを向ける。

「こんなにも人を愛せる事も全部、ありがとうございました」

「……シュヴァリエ」

「早くしてください……覚悟が揺らいでしまいます。未練が生まれてしまいます」

 俺はシュヴァリエの暖かい涙に乾きを覚える。彼女の涙を指で拭いそれを口にする。すると乾きが少し癒え、シュヴァリエの感情や想い、心が胸にスッと入ってくる。まだ乾きがある。そう、俺は心が乾いていた。

「エクス?」

 拭った事が意外だったのだろう。だが涙はまだ流れる。故に求める。俺は心を埋めるように。彼女を掴み、直接涙を舐める。

「え、エクス!?」

 嫌がる素振りもない。断ろうともしない。身を委ねている。それもまた乾きを潤した。

「今、返して貰った。乾いていた胸に……心を」

「……?」

「死なないで済む方法がある。シュヴァリエ」

「その方法は?」

「目を閉じてくれれば」

「は、はい」

 言われた通り目を閉じた。俺は彼女の唇を奪う。もちろん、それは同意を得ていない。そして、深く味わった後にゆっくりと離れる。シュヴァリエは手で触れた部分を触り不思議そうな表情をしていた。

「俺の心を。今、返して貰った。それに、君の心も奪いもした。これでお相子だ」 

「…………」

 呆ける彼女に俺はもう一度、奪う。そして、彼女は俺の心を理解したのか腕をしっかりと回して身を委ねてくれる。離れた彼女の頬は赤く染まる。

「私……夢みたいです……こんなに心があるなんて。あああうわあああああん」

 俺はシュヴァリエから離れて背を向ける。泣き崩れる彼女に、照れを隠すように支度しようと促したのだった。渇いた心はもう満ちている。






 復讐は成った。そして……逆に変わった縁を手に入れた。悪魔の女性と恋仲になって冒険することになったのだ。俺たちは人間側のお尋ね者である。

「シュヴァリエ……何処へ逃げる?」

「そうですね。海を渡りたいです」 

「海の向こうは行った事ないな。行くの大変だろう?」

「冒険者は如何なる所へも挑戦します」

「……なるほど。ただ、体がまだ鈍っている」

「では、火山を見に行きます。ついでに四天王にご挨拶を」

「そっちも大変そうだ」

「はい、でも行きましょう」

 シュヴァリエは興味津々で地図を広げる。懐かしい冒険者としてのをワクワクした思い出を、シュヴァリエの心を通して思い出した。心が好奇心で飢えている。

「シュヴァリエ、ここからの冒険は大変だぞ」

「腕に自信があります。元四天王でした。それに回復魔法でエクスを支援できます。心臓は私が持ってますのでエクスは不死です。盾役です」

「いや。もうわかった……好きな所へ行こう」

 シュヴァリエの足は心に導かれる。如何なる困難も打ち破るほどにその心は鋼の如く強い。その足取りは行く先々での善行により、彼女は名のある冒険者となっていく。俺はその冒険の生き証人として同行し、多くの出会いと多くの別れがあり……、世界の危機を救うような上のお仕事からお使いのような下のお仕事までをこなす。

 いつしか、彼女が「聖女」と言われる日が来るまで。俺は昔心が空っぽだった姫に胸を貸し続けたのだった。
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