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嘘つきは初恋の始まり③

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「あなたは……どうして、私を『見つけた』の?」

 海辺の世界に彼女は立っていた。静かに悲しい表情のまま俺を見つめる。

「オブリビオン……」

「ヒカリ、私の怪人名を知っているのね。なら、消さないと行けない。『あなたがヒーロー』だから」

「待ってくれ、君を教えてほしい。怪人だった君を俺は知らないんだ」

「知らないでいい。ヒーローは怪人を殺す必要がある」

 問題無用の精神攻撃。見つめている彼女は泣いている。なぜ泣いているかも、彼女が誰かもわからない。

「つ、えっとここは何処だ。ああ、オブリビオン……君を教えてほしい。怪人だった君を俺は知らないんだ」

「つぅ!?」

 彼女はなんで泣いているかがわからない。しかし、知りたいと言う気持ちが湧き上がる。

「君を教えてほしい。怪人だった君を俺は知らないんだ」

「君を教えてほしい。怪人だった君を俺は知らないんだ」

「君を教えてほしい。怪人だった君を俺は知らないんだ」

「どうして、消しても消しても消しても……問いかけが終わらないの!?」

 俺は彼女に近づく。彼女は海に逃げようとするが手を掴んだ。そして、手に剣を突き刺す。

「これで逃げられない」





 私は思い出されていた。極小さく、存在を忘却させていたのにも関わらず。私はここに確かに存在を示す。

 全て消すことは出来なかった。いや、全て消すと齟齬以上に親友の兄の消失。ヒカリのヒーロー活動支障。多くの都合のいい結果を失う事になってしまう。しかし、対峙して初めて知ることもある。

「つぅうううう!?」

 怪人相手に油断もしない事を。手を握られた場所に剣が縫い付けるように刺さり、激痛と共に離れる事ができなくなる。攻撃を無くす事も出来る。しかし、5回目の痛みで体に限界が来たのだ。ヒーローとしての動き方を体が覚えているために起きるバグ。

「これで逃げられない。では、問うよ。オブリビオン……いや、ヒム。ごめん、ずっと辛かっただろう」

「……うぷ」

 記憶を食べる。しかし、お腹がいっぱいで吐いてしまう。ドラゴンもマインドもファーフルも、全員が「忘れてたまるか」との意識で記憶を量産し続けていた。忘れた瞬間から、新しい記憶を生む。私のキャパを超えて行く方法に私の初めての弱点を知った。特にマインドの意識共有は恐ろしいほどに有効である。

「ヒム、もう一度やり直し出来ないのか? 俺は君を『半分』知らなかった。オブリビオンとして」

「ヒーローなのに無理。わかる? 私はあなた達が探している怪人でもある。だから、迷惑かけるの」

「じゃぁ質問変えよう。どうして自分を忘却しなかった? 君なら出来ただろう? 未来も過去も思い通りに出来る筈だ。全て消える事が出来た」

「……親友が一人ぼっちになる」

 痛い所を聞かれている。聞かれてしまっている。しかし、嘘では納得しないだろう。彼は。

「親友以外に、俺の事は『嫌いだったんだろう』」

「はぁ? 嫌いなわけないじゃん!! 何見てきたの!! 記憶戻っている振りだったの!! ばっか嫌いなわけ……」

「そこまで反応するのは予想外だけど。でも確信した、忘れたくないのは君の方だな。オブリビオンそれともヒムが。まぁ、もう忘れさせない」

 手の剣を抜き取り、捨てた後に私の首筋に痛みがある。攻撃されたようで身じろぐ。私のヒーロー像ではない彼が現れる。そう怒りだ。

「つぅ……」

「痛みは強い記憶になる。もしも、今度勝手な事をしたら。内側から剣が出るだろうな」

「ごめんなさい、そんなに怒らなくても」

「同じことされて君は怒らないのか?」

「覚悟してる」

「じゃぁ俺は覚悟しない。ヒーローになって見せる」

「………」





「見つけた」

 俺は目を開き、怪人の頭を叩いて起こす。車の中で居眠りしていた彼女たちは口揃えて文句を言った。

「痛いわね。手加減しなさいよ」

「怪人が何を。特にドラゴン」

「それもそうね、それよりも見つけたの?」

「ヒムと言う偽名を知らないか?」

「ヒムねぇ、何であの子こんな面倒な事をしたのかしら? 家出よね? ねぇマインド姉さん」

「ドラ、お父さんのメッセ返信してあげなさい」

「ちぇ、オブリビオン姉さん。家帰ったら説教だな」

 俺は違和感を持つ。口々に言う呼称の変化、それに伴う何か違和感を感じてマインド義姉の方を見る。

「マインド義姉さん」

「あなたに義姉と言われたくないです。まだ、結婚もしてないのでしょう。私はまだ認めてません。ええ」

「いじられてない?」

「……いじられてます。いえ、私が忘れないように操作した結果なのかも。でもこれ……そういう事ですね」

 彼女が免許を見せる。そこには藪の名前があり、俺も違和感の正体を知る。

「家にお邪魔します」

「ええ、毎日来てるでしょ」

 俺は実感のない記憶が溢れる。そして、隣のドラ義姉さんが俺の手を掴む。そのときに俺のスマホから連絡が届いた。

「ヒーロー協会全員へ『環境改変』が行われたので現環境を逐次報告をすること」

「嘘をついてねヒーロー」

「もちろん」

 俺はもう。ヒーローになれるだろう。



 
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