藪原劇場 ホラー

真田奈依

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1 ある日、森の中

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 あたしはおにいと、森をさまよっていた。泣きたいくらいお腹がすいていた。あたりは暗くなってきたし寒い。
「もう、歩けないよ」
 へとへとに疲れていた。
「あ、明かりだ」
 お兄が指さすほうを見ると、森の奥に明かりが見えた。明かりを頼りに、二人で道のような細い道を歩いた。木でできた古びた看板が立っていて、その先は開けた場所になっていた。看板には[ペンション しらかば荘]と書いてあった。
 奥に一軒の建物があった。ペンションのようだが、看板と同じように古びていて、暗がりの中に佇むそれは、まるでお化け屋敷のようだった。営業しているのだろうか。
 食べ物とだんがほしかった。明かりがあるということは、人がいるに違いない。
「こんばんは、こんばんは」
 お兄がドアをノックした。誰もいないのだろうか。
 しばらくして声がした。
「どなた?」
 おばあさんらしき声がした。
「行くところがなくて、困っています。僕と妹に食べ物を分けてもらえませんか。代りに働きますから」
 お兄がそう言うと、ドアが開いた。
「あらまぁ」
 あたしたちを見たおばあさんが声を上げた。あたしも声を出しそうになった。だっておばあさんはしわしわで、まるで魔女みたいなんだもん。怖い。
「まあまあ、そんな薄着で。かわいそうに寒かったでしょう。さぁ、中にお入りなさい」
 おばあさんの声は優しかった。笑顔であたしたちを、暖炉の前に座らせてくれた。
「少しだけ待っててね。おいしいごはんを用意してあげるからね」
 おばあさんは、キノコとベーコンのスープと、パンと甘く煮たりんごをテーブルに用意した。食べても大丈夫だろうか。
 だけどお腹がすいてたまらない。あとのことは、あとで考えることにした。
「おいしい。こんなおいしいごはん、食べたことない」
 心からそう思った。あたしたちは、お腹いっぱい食べた。ひと心地ついた。
「あなたたち、行くところがないって言っていたけど、どういうことなの。
 話によっては、力になれるかもしれないから、聞かせてもらえる?」
「ぼくたち、捨てられたんです。食べる物がないから、新しいお母さんは、ぼくたちが邪魔なんだ」
「何てことなの。いくら自分の子どもじゃないからってあんまりだわ。
 そうなの。
 よかったらここで暮らしたらどうかしら。ここには畑で採れた野菜があるし、はちみつもあるから、食べ物に困ることはないわ」
「おばあさんはここに一人で住んでるの?」
 お兄が聞いた。
「そうよ」
「寂しくないの?」
「寂しいわね。
 だから、あなたたちが一緒にいてくれたら……」
 ここで畑仕事をしながら、自給自足の生活をするのも悪くないと思った。だけど、眠くて考えたくない。
 おばあさんは、あたしたちをふかふかの温かいベッドに寝かせてくれた。だけど、このおばあさん、本当にいい人なのかな。


 ぐっすり眠った次の日、あたしは幸せな気分で目が覚めた。おばあさんが用意してくれた朝ごはんを食べて、あたしはおばあさんの仕事を手伝った。
 だけどおばあさんは本当は悪い魔女で、そのうち本性を表すんじゃないかな。それが心配だった。




 しらかば荘。かつてにぎわったペンションも、今は訪れる人もなく、私一人。すっかり古びてしまったけれど、私は建物を修繕し、掃除をして大事にしている。
 今夜も冷えそうだ。日が暮れようとしている。そう思っていた時、ペンションのドアを叩く音がしたようだった。
気のせいだと思った。ここに人が来るなんて。だが確かに聞こえる。子どもの声がする。
「こんばんは、こんばんは」
 一体誰だろう。
「どなた?」
 子どもが来るような場所ではない。
「行くところがなくて、困っています。僕と妹に食べ物をわけてもらえませんか。代りに働きます」
 男の子の声が言う。
「あらまぁ」
 ドアを開いて思わず声が出た。
 継ぎのあてた半ズボンをはいた男の子とスカートをはいた女の子が、疲れ切った様子で立っていた。
「まあまあ、そんな薄着で。かわいそうに寒かったでしょう。さぁ、中にお入りなさい」
 笑顔で優しく声をかけて、二人を、暖炉の前に座らせた。
「少しだけ待っててね。おいしいごはんを用意してあげるからね」
 キノコとベーコンのスープと、パンと甘く煮たりんごを食べさせた。
「おいしい。こんなおいしいごはん、食べたことない」
 女の子がうれしそうに言う。お腹いっぱい食べてもらった。ひと心地ついた頃、聞いてみた。
「あなたたち、行くところがないって言っていたけど、どういうことなの。
 話によっては、力になれるかもしれないから、聞かせてもらえる?」
「ぼくたち、捨てられたんです。食べる物がないから、新しいお母さんは、ぼくたちが邪魔なんだ」
「何てことなの。いくら自分の子どもじゃないからってあんまりだわ」
 何て憐れな……。
「そうなの。
 よかったらここで暮らしたらどうかしら。ここには畑で採れた野菜があるし、はちみつもあるから、食べ物に困ることはないわ」
「おばあさんはここに一人で住んでるの?」
 男の子に聞かれた。
「そうよ」
「寂しくないの?」
「寂しいわね。
 だから、あなたたちが一緒にいてくれたら……」

 眠そうな子どもたちを、ふかふかの温かいベッドに寝かせた。

 ぐっすり眠れたようだ。元気に目覚め、用意した朝ごはんを食べた子どもたち。女の子は私の仕事を手伝ってくれた。男の子もたきぎ拾いをしてくれた。
 ここの暮らしを気に入って、いてくれるといい……




 あたしは、薪拾いをしているお兄のところにお弁当を持って行った。
「かったるいよな」
 お兄が言う。
「だよね。あたしも同感。ちょっとだけ自給自足の生活をするのもいいかな、なんて思ったけど、やっぱ合わないわ」
「いただくものいただいいて、ずらかるか」
「それなんだけど、あのばあさんけっこうな財宝を持ってるんだわ。それが分かったから、お兄に教えようと思ったの。
 あれだけあれば、面白おかしく暮らせるわよ。こんな所で暮らすなんてあたし嫌だよ」



 ばあさんがパンを作るって言うんで、あたしも手伝うことにした。
「パン作りって、楽しいね」
 こういう生き方も悪くないかな。
 かまどの火が真っ赤に燃えている。



「パン作りって、楽しいね」
 楽しそうにパン作りを手伝うエミイ。
 できたてのおいしいパンを、この子たちに食べさせたかった。



 あたしたちは森を歩いていた。手には財宝。ばあさんが困るんじゃないかって?困らないわよ。もうばあさんには、必要のないものなんだから。
「よその街に行って、面白おかしく生きるさ」
「もう村には戻らないよね」
「あったりめぇよ。村の連中はおれらを森に放逐したんだからな」
 あたしとお兄が森をさまよっていたのは、村の連中に放逐されたから。あたしたちが食べ物を盗んだり、弱い子供たちを痛めつけたり、邪魔な大人に毒を盛ったから、村の連中はあたしたちを森に追い立てた。
 そしたら財宝が手に入った。
「さっさと森を抜け出して街に行こう」



 かまどの火加減を見ようとのぞきこんだ時、衝撃があった。体がかまどの中に入ってしまった。
 エミイがうっかりぶつかったのかと思った。
「エミイ! 助けて」
 かまどの扉が閉められた。私は燃えるかまどに入れられたのだ。
 私を殺す気? あなたたちを助けたのに。こんな仕打ちをするの。
 ああ、なんて邪悪な。ああ、憎らしい……



 あたしたちは森を歩いていた。手には財宝。ばあさんが困るんじゃないかって?困らないわよ。もうばあさんには、必要のないものなんだから。




〔邪悪な兄妹が森の中 大きくなったら何になる? だけど、大きくなっても 邪悪は邪悪〕


「……あれ? この道、さっきも通らなかった?
 おかしいな、同じところを回っているようだ」
「気持ち悪いこと、言わないでよ。お兄」

 財宝があっても役にはたたなかった。二人は飢えたまま、森の中を永遠にさまようのだった。





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