藪原劇場 ホラー

真田奈依

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2 混ぜるな危険

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 私は職場に入った派遣社員の藪原恵巳やぶはらえみにやさしく接した。親しくなり、仕事帰りに家に招き、夕食でもてなした。
「さあ、食べて、食べて」
 テーブルに並べた、焼きそばとフライドチキンとグリーンサラダを、ビールと共に勧めた。
 いつもより夫が早く帰って来た。
 夫はピザトーストを作ってくれて、一緒にビールを飲んだ。
「手早くおいしい料理をつくる旦那様って素敵ですね」
 恵巳と楽しい時間を過ごした。


「幸せだなぁ」
 恵巳が帰ったあと、2人で後片づけしながら、つぶやく私。
 子どもはいないけれど、仲のいい夫婦。申し分ないベターハーフの夫。満ち足りた生活。



 翌朝、先に目を覚ましていた夫が、ベッドでにこにこしていた。
「おはよう」
「おはよう」
 笑顔で応えた。幸せな日常。
 大好物のいちごをテーブルに置き、朝食が準備できた。恵巳からメールが届いていたことに気づいた。お礼のメールかな。


 何通も来ているのに違和感を覚えた。メールが50通ほど連投されていた。
 家のインテリアのセンスが悪いとか、台所のシンクに水滴があった、掃除が行き届いていないとか、そういうメールだった。
 わけがわからない。昨夜あんなに楽しそうにしていたのに、中傷していた。気分が悪くなって、食欲がなくなった。いちごさえ喉を通らない。
 それから何度も、電話、手紙、メールで私をダメな妻とこきおろしてきた。
 恵巳にとって私は恩人と言っても過言ではない。それなのに、こんな仕打ちをするなんて。


 理由が分かってきた。恵巳は夫が私と離婚して、自分と一緒になることを望んでいた。邪魔な私に嫌がらせをするようになったのだ。
 まさかそんな人だったとは。
「子どもができないんじゃ、あんたは女として妻として失格ね」
 こういうひどいことを言う人に私は、仕事をていねいに教え、深刻なミスをフォローして、クビにならないように助けたりしてきた。
 そして家に招いて、夫に引き合わせてしまった。
 関わったばかりに、幸せな人生をぶち壊されようとしていた。




 恵巳は事ある毎に、私を否定した。私を貶めることで、自分の方が「いい女」だとアピールした。
「素敵な彼と、全然釣り合ってないじゃない。彼にふさわしいのはあたしよ」「だらしない奥さんでかわいそう。彼はあたしと一緒になったほうが幸せになれるの」恵巳は、夫が私と別れて結婚したがっていると言う。夫の子どもを妊娠したと言う。夫は否定する。夫が恵巳のような鶏ガラのような女を相手にするとは思えない。だけど、信じきれない。

 夫は恵巳に、はっきり否定した。それでも恵巳は、自分こそが夫にふさわしいと言って、私をさいなむ。夫婦仲を引き裂こうとする。
 私を妻の地位から引きずり下ろそうとしている、恵巳の度重なる嫌がらせ。猫の死骸を郵送したり、“呪い”の文字の手紙、全て記入され、提出するばかりの離婚届を送りつけて来た。
 執拗な仕打ち。眠れなくなった。憔悴した姿。これじゃあ恵巳の思う壺。


 地獄のような日々に私は耐えかねる。いっそ離婚してしまおうかと考えるようになる。だけど、夫への愛情はある。夫は私のベターハーフ。それを恵巳に奪われるのはしゃくに障る。
 最愛の夫と別れてどうやって生きていけるだろう。この先一人で生きていくのか。でもそれでは寂しすぎる。
 新しいパートナーを探さなければならない。だけど、ベターハーフの夫のような人と出会って、一緒になれる保証はない。新しいパートナーとうまくいく保証だってない。
 一人で生きるのも、新しいパートナーを探すのも大変。そんな思いをしながら生きるのは辛い。絶望した。
 辛い思いをしてまで生きていたってしょうがない。死を覚悟した。死んだら化けて出られるだろうか。



 死んだ祖母が現れた。祖母はなにも言わないけれど、死んではいけないと言っているように思えた。私は死ぬのを踏み止まった。それは生に執着がある自分が見た幻覚だろうか。
 祖母は、小さい頃の私が、怪奇特集のTVの幽霊を怖がっていると、「本当に怖いのは、生きている人間だ」と言ったことがあった。
 その頃は意味が分からなかったが、今なら分かる。




 世間一般の常識や道徳を一切無視し、自身の身勝手な感情や欲望の赴くままに独善的な論理を振りかざし、他者を徹底的に攻撃し、生きているのが辛くなるほど人を追い詰め続ける恵巳。恐ろしい女だ。
 死ぬのはやめた。だけどこれからも嫌がらせが続くかと思うと辛い。
 誹謗中傷で自殺に追い込む人間は、本当に怖い。
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