断捨離さん2 婚前整理

真田奈依

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断捨離さん2 婚前整理

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 実家に暮らし、「推し活」のグッズであふれさせている部屋。公認のペンライト、うちわ、生写真、ポスター、CDにライブブルーレイ…。休みを取ってライブ参戦。小さな会社の事務員の多くはない給料のほとんどをつぎ込み、推し活に血道をあげている私。
「沼」だった。推しのことで悩み、推しのことで心配し、推しが人生のすべてだった。
 アイドルグループのメンバーのTAKA。嫌なことがあっても、グッズに囲まれ、「推し」を鑑賞していれば元気になれた。
 私にとって推し活は、心の支え、生きる糧だった。
 推し活仲間の布由ふゆちゃんとは情報交換をしたり、一緒にイベントに参加している。


 縁談があってお見合いし、強く望まれた。結婚したら今までのような推し活はできなくなる。だがもう24歳だし、「負け組」になるよりはましかと考えた。
 恋愛イコール結婚ではないこと、ハレた惚れただけでは結婚がうまくいかないことは知っている。いくら好きだからといって、推しと結婚できないことも。

 生まれ変わることにした。いいお嫁さんとして生きる覚悟をした。才長さいたけて、見目みめうるわしく、じょうのある……。
 いずれ子どももできるだろうし、舅姑と義妹も同居する広くもない嫁ぎ先に、大量のグッズを持ってはいけない。だからといって、部屋を今のままにして嫁ぐわけにはいかないと思った。実家は、いずれ弟も結婚して住むところだから。
 結婚という人生の節目を前に、人生を見つめなおし、オタ卒することにした。いつまでもアイドルにうつつを抜かしてはいられない。地に足をつける時がきたのだ。



「わらしべ長者」という昔ばなしでは、貧しい男の夢に観音さまが出てきて、お堂を出て初めにつかんだものを、けっして捨てないようにとお告げをした。だが男は、最初に手にしたわらしべを手放した。それで長者になれた。わらしべを手放さなければ、幸せは手に入らなかった。何かを得るためには、何かを失わなくてはならないということか。執着を手放した途端に、人生が一気に好転し始めたのだ。


 何かを手に入れる時は、何かを手放す。
 だが、嫁をもらう男は何も手放さないように思える。今住んでいる家に嫁が増えるだけ。社会的に一人前と見られる肩書きを得、食欲と性欲を満たしてくれる嫁を得て、生活パターンも変わらない。
 嫁は、家族と別れ、友だちとも別れ、仕事を辞め、愛着のあるいろんな物を整理し、家を出て、それまでの生活を手放して新しい場所へ嫁ぐのだ。勇気のいることだ。
 そういえば、今までご飯を食べていた茶碗を、嫁ぐ日に割って家を出るという話をTVか何かで聞いたことがある。すでに結婚している友だちに聞いたけど、そんなことをした人はいなかったから、一般的な風習ではないかもしれない。実家に来た時は、「お客様」という意味らしい。もう家族ではないっていうこと。
 花嫁衣装が白いのは、死装束だからと聞いたことがある。嫁ぐのは、生まれ変わって新たな人生を歩むようなもの。
 マリー・アントワネットはフランスに嫁ぐ際、着ていた物をすべて脱がなければならなかったという。母国から何も持たずに嫁いだ。


 結婚し同居となると、今までのようにはいかない。休みのたびにライブ参戦し、部屋を推しグッズであふれさせてはいられない。
 片づけをしていると、グッズの納品書が出てきて、ふと手が止まった。写真集と公認ペンライトの納品書。先月ネットで購入した時は、まさかこんな展開になるとは思いもよらなかった。
 もう、グッズを買うこともないのだな……。納品書を捨てた。
 グッズに執着はあったが、潔く手放すことにした。推し活仲間の布由ちゃんにあげた。
 老いに備えるための整理のことを老前整理というらしいが、これは結婚前だから、「婚前整理」かな。
 生まれ変わる覚悟で、いろんな物を整理し手放して、新しい生活をする準備をした。




10月に見合いをし、12月に慌ただしく結納をした。
 年が明けて1月4日に、あちらのお母さんからうちの母へ断りの電話があった。一方的に縁談を進め、一方的に断ってきた。



 手放すといいいことがあるらしいが、いいことなんかなかった。
 私自身が捨てられてしまった。嫁ぎ先は、わずかな結納金で、息子の面倒を見てくれて、家事をやって、給料を入れてくれて、子どもを産み育てて、いずれは介護もしてくれる嫁を得ることになっていた。私はいいお嫁さんとして務める覚悟だった。だが、あちらは私をいらなくなった。

 理由は分からないが破談になった。縁がなかったと言うしかない。結納金を返してほしいと言ってきた。本来ならこちらが慰謝料をもらう立場なのだが、結納金を返して縁を切った。結婚に未練はなかった。



 手放したグッズが惜しいと思った。手放さなくてもいいものを手放してしまった。不要だから手放したわけではないから、よけいに惜しく感じる。
 でも、あげた物を返してほしいなんて私には言えない。結婚がダメになってしまったからグッズを返してなんて。



 グッズを手放した部屋は寒々しく片づいている。
「勝ち組」の肩書きをつかむためにグッズを手放した。手放せば心が軽くなるらしい。でも心は軽くない。むしろ落ち着かない。
 マリー・アントワネットは何も持たずに嫁いだけれど、結婚によって環境が変わるからこそ、愛用の物があることが、安らぎになり、心を幸せな気分にしてくれ、勇気づけてくれるのではないのか。そんな気がする。
 スヌーピーの話に出てくる、ライナスという男の子がいつも持っている毛布のように。
 推し活のグッズは気分が落ち着くものだった。
 


 結婚するために多くのもの───自分の家族や友だち、愛着のあるいろんな物、居場所やそれまでの生活───を手放して、それに代わるだけの素晴らしい人生を手に入れることができただろうか。「勝ち組」という肩書き以外に、私にはメリットがなかったのでは。
 何かを得るためには、何かを失わなくてはいけないらしいが、何かを失ったら、必ず何か得られるとは限らないのでは?
 手放すといいいことがあるらしいが、いいことなんかなんにもなかった。グッズを失っただけ。

 ───ああ。不実な男と結婚しないですんだのがいいことだったのかも。
 自分では何もしない男。結婚したとしても幸せになれなかったろう。
 結婚したかったわけではなかった。
 一人で生きるのは大変、老後が心配だからと言う仲人口なこうどぐちに乗って、私は結婚しようとしていた。


 人に勧められるままに、好きでもないもない男と結婚することは、本当にやりたいことではなかった。
 プロポーズもないのに結納と結婚式の日取りを決めようとした家だった。
 生まれ育った土地を離れ、親も友だちも知り合もいない遠い所にたった1人で嫁に行き、車を停めるスペースもない土地に建つ、広くもないむしろ狭い家に、舅姑とと同居するなんてぞっとする。条件が悪すぎる。
 うまくいかなかったろう。あちらから断られて、かえってよかった。
 何かを手放す覚悟をしたときは、必ずご褒美がくるらしい。今までの生活、推し活を手放す覚悟をした。でも手放さずに済んだ。それがご褒美か?
 自分の大事な人生を手放さずにすんだ。
 これからの人生を素敵なものにしていこう。


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