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こんな人いました5 モンスター大家
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千江子さんは親から相続したアパートの大家だった。
千江子さんの職業はヤクザ……。もとい、薬剤師。だが、ヤクザかと思うような言動をする人だった。
本人からは公務員だと聞いたことがある。公務員は副業ができないのでは? 抜け道があるのかもしれない。
心も体もギスギスしていて、『鷹の爪団』というアニメに登場するキツイ大家に似ていた。くぼんで陰険そうな目つき。痩せて頬骨の出た醜い顔。不機嫌そうな口。言うことといえば文句ばかり。入居者に因縁をつけて文句を言うパワハラ大家。
鼻柱が強く、年上男性の入居者の村井さんが相手でも恫喝する。村井さんが自分の駐車スペースに親類から借りた車を一回停めただけなのに、車の所有者に罰として敷地内の草取りを一か月間毎日しろとねじ込んだ。
私は50cmさえあれば車の方向転換できたスペースに、千江子さんに古タイヤを置かれたため毎日の車の出し入れに不自由するようになった。
ダメもとで要望を管理会社を通して伝えてもらったら、「気に入らないなら退去しろ!」と怒鳴られたこともあった。
千江子さんが入居者を一方的に怒鳴り散らしていている声がしょっちゅう聞こえた。暴言を吐いていた。
以前『嫌われる勇気』という本が話題になった。嫌われることを恐れないのはいいことのようだが、千江子さんのようにわざわざ嫌われるようなことをしなくてもいいと思う。
何かあったら連絡するようにと、千江子さんにメールアドレスを教えられた時は、その場で「テスト」とメールを送った。
「これじゃ、誰から来たか分からないでしょう!」
名前を入れないのは非常識だとケチをつけられた。こちらが好意的に接した直後にきついことを返す理不尽さ。文句を言うために理由を探しているのだろうか。理由がなくても因縁をつけてくる気がする。
私だって目の前でのやり取りでなければちゃんとする。そう説明しようとしたがやめた。千江子さんの性格を知っていたから。
他人の言い分には聞く耳を持たず、自分の意見ばかりを強く主張する人。威圧的で一方的。
寒さ厳しい1月下旬に千江子さんから「相談」があると言われた。文句しか言わない人だったから、何を言われるのかと身構えた。
アパートが古くなって、借家人に何かあっては大変だから建替えたいので、3月までに立退いてほしいとのことだった。
確かに古くはあるが、もっと古いアパートはいくらでもあった。どこも傷んではいないから、まだまだ住めると思っていたのに、人生設計ってままならない。
「あたしもいつまで生きていられるかわからないし、今のうちに古いアパートを整理しておかないとね」
憎まれっ子世に憚るという言葉が浮かんだが、リアクションしなかった。
千江子さんは3月に定年退職する。収入を増やすための建替えであることが見え見えだった。世帯数を増やし高い家賃の取れる新しいアパートにして。
前々からは感じていたが、古いアパートに住んでいるというだけで入居者を見下していたことが、話の流れではっきりした。
借家法三条によれば、貸主が家屋の賃貸借契約を解約したければ、六ヵ月前に申入れしなければならないことになっている。だが、千江子さんはそういう話の通じる相手ではなかった。そんなことを言おうものなら、逆上して追い出そうとするだろう。「相談」とは言われたが、断ることはできない。従うしかない。
住み続ければ嫌がらせをされ、針の筵のような思いをすることになる。
不動産業者の繫忙期で、家さがしは難しかった。家賃の高いところはいくらでもあるけれど、家賃は抑えたい。
大家の都合での転居なら立ち退き料を出してくれそうなものだが、そんなことを言おうものなら「退去時にすることになっているハウスクリーニングも障子の張替えも、畳の表替えもしないで済むだけましだと思え!」と怒鳴られるのがオチだ。
千江子さんは立退き料を出すことも、家賃を日割りにすることもなく、借家人たちを寒空の下に追い出した。
確かに大家は、お人好しじゃできない商売なのだろう。慈善事業でやっているわけではないから、借家人がどうなろうと知ったことではないのだ。
部屋を貸して恨まれるなんて因果な商売だと思うけど、恨まれるようなことをしてきたのだから仕方ない。いい大家さんなんて、フィクションの存在なのだろうか。
千江子は退職金をつぎ込んでアパートを建替えたが、建築費、材料費が暴騰したためかなりの借金をするはめになった。
アパート市場は飽和していた。そのため入居者はいなかった。アパートを新しくすれば家賃収入が増えるという浅知恵で投資したものの、損失を招いた。
元々跡取り娘だった千江子が嫁入りしたのは、嫁ぎ先の財産や不動産がいずれ自分のものになる見込みからだった。だが自分の退職金も建替えたアパートも、固定資産税と借金のために失い、千江子は夫や息子から縁を切られ、家を出された。
今住んでいるのは、自分が取り壊したアパートよりもずっとボロだった。寄る辺ない借家人の立場になった千江子は、大家だったころ自分が借家人たちにしていたのと同じ非情な仕打ちを受けるのだった。
千江子さんの職業はヤクザ……。もとい、薬剤師。だが、ヤクザかと思うような言動をする人だった。
本人からは公務員だと聞いたことがある。公務員は副業ができないのでは? 抜け道があるのかもしれない。
心も体もギスギスしていて、『鷹の爪団』というアニメに登場するキツイ大家に似ていた。くぼんで陰険そうな目つき。痩せて頬骨の出た醜い顔。不機嫌そうな口。言うことといえば文句ばかり。入居者に因縁をつけて文句を言うパワハラ大家。
鼻柱が強く、年上男性の入居者の村井さんが相手でも恫喝する。村井さんが自分の駐車スペースに親類から借りた車を一回停めただけなのに、車の所有者に罰として敷地内の草取りを一か月間毎日しろとねじ込んだ。
私は50cmさえあれば車の方向転換できたスペースに、千江子さんに古タイヤを置かれたため毎日の車の出し入れに不自由するようになった。
ダメもとで要望を管理会社を通して伝えてもらったら、「気に入らないなら退去しろ!」と怒鳴られたこともあった。
千江子さんが入居者を一方的に怒鳴り散らしていている声がしょっちゅう聞こえた。暴言を吐いていた。
以前『嫌われる勇気』という本が話題になった。嫌われることを恐れないのはいいことのようだが、千江子さんのようにわざわざ嫌われるようなことをしなくてもいいと思う。
何かあったら連絡するようにと、千江子さんにメールアドレスを教えられた時は、その場で「テスト」とメールを送った。
「これじゃ、誰から来たか分からないでしょう!」
名前を入れないのは非常識だとケチをつけられた。こちらが好意的に接した直後にきついことを返す理不尽さ。文句を言うために理由を探しているのだろうか。理由がなくても因縁をつけてくる気がする。
私だって目の前でのやり取りでなければちゃんとする。そう説明しようとしたがやめた。千江子さんの性格を知っていたから。
他人の言い分には聞く耳を持たず、自分の意見ばかりを強く主張する人。威圧的で一方的。
寒さ厳しい1月下旬に千江子さんから「相談」があると言われた。文句しか言わない人だったから、何を言われるのかと身構えた。
アパートが古くなって、借家人に何かあっては大変だから建替えたいので、3月までに立退いてほしいとのことだった。
確かに古くはあるが、もっと古いアパートはいくらでもあった。どこも傷んではいないから、まだまだ住めると思っていたのに、人生設計ってままならない。
「あたしもいつまで生きていられるかわからないし、今のうちに古いアパートを整理しておかないとね」
憎まれっ子世に憚るという言葉が浮かんだが、リアクションしなかった。
千江子さんは3月に定年退職する。収入を増やすための建替えであることが見え見えだった。世帯数を増やし高い家賃の取れる新しいアパートにして。
前々からは感じていたが、古いアパートに住んでいるというだけで入居者を見下していたことが、話の流れではっきりした。
借家法三条によれば、貸主が家屋の賃貸借契約を解約したければ、六ヵ月前に申入れしなければならないことになっている。だが、千江子さんはそういう話の通じる相手ではなかった。そんなことを言おうものなら、逆上して追い出そうとするだろう。「相談」とは言われたが、断ることはできない。従うしかない。
住み続ければ嫌がらせをされ、針の筵のような思いをすることになる。
不動産業者の繫忙期で、家さがしは難しかった。家賃の高いところはいくらでもあるけれど、家賃は抑えたい。
大家の都合での転居なら立ち退き料を出してくれそうなものだが、そんなことを言おうものなら「退去時にすることになっているハウスクリーニングも障子の張替えも、畳の表替えもしないで済むだけましだと思え!」と怒鳴られるのがオチだ。
千江子さんは立退き料を出すことも、家賃を日割りにすることもなく、借家人たちを寒空の下に追い出した。
確かに大家は、お人好しじゃできない商売なのだろう。慈善事業でやっているわけではないから、借家人がどうなろうと知ったことではないのだ。
部屋を貸して恨まれるなんて因果な商売だと思うけど、恨まれるようなことをしてきたのだから仕方ない。いい大家さんなんて、フィクションの存在なのだろうか。
千江子は退職金をつぎ込んでアパートを建替えたが、建築費、材料費が暴騰したためかなりの借金をするはめになった。
アパート市場は飽和していた。そのため入居者はいなかった。アパートを新しくすれば家賃収入が増えるという浅知恵で投資したものの、損失を招いた。
元々跡取り娘だった千江子が嫁入りしたのは、嫁ぎ先の財産や不動産がいずれ自分のものになる見込みからだった。だが自分の退職金も建替えたアパートも、固定資産税と借金のために失い、千江子は夫や息子から縁を切られ、家を出された。
今住んでいるのは、自分が取り壊したアパートよりもずっとボロだった。寄る辺ない借家人の立場になった千江子は、大家だったころ自分が借家人たちにしていたのと同じ非情な仕打ちを受けるのだった。
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