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3 割れ鍋に綴じ蓋
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秋晴れの下、今日も私たちは公園で会っていた。子どもたちは正彦さんと遊び、私といね美さんは温かい飲み物を飲みながらガールズトーク。子どもたち、本当によくなついている。
「で、再婚したら至瑠子さんは、専業主婦になってほしいって言われたわけ?」
「そのほうが、子育てに専念できるからって、正彦さんが言ってくれたの。再婚したら萌華をスイミングに通わせられるし、私もまたヨガ教室に行けるようになるわ」
「それはよかったこと。ところで結婚披露宴はするのかしら?」
「ええ、正彦さんは初婚だから……。その時はいね美さんには是非出席してくださいね」
いね美さんは仕事のシフトを変わってくれたり、子どもの面倒を見てくれたりして、本当によくしてくれている。
「それは楽しみね。いいんじゃない、子連れの披露宴っていうのも。また呼んでもらえるなんて光栄だわ」
最初の結婚の披露パーティーの時も、いね美さんを招待していた。
「正彦さんは社宅のマンションに住んでるんでしょ。結婚したら、引越すようになるのかしら?」
「そうね。単身者用の部屋だから、結婚したら会社が広いところを世話してくれるようなの。いね美さんを招待して、ホームパーティーしたいわ」
元夫はすでに再婚している。私の心は決まっていた。
いつもやさしい喋り方で、いつもあたたかい雰囲気の正彦さん。正彦さんと一緒に生きていきたい。
仕事から帰ってきた正彦さんを、私と萌華と容寛が出迎えて、みんなで揃って夕飯を食べて……。私は幸せな再婚を思い描く。
1ヵ月ぶりに会った正彦さんは、なんだか顔色がよくなかった。
「今日は至瑠子さんに話したいことがあるので、いね美さんに子どもたちと遊でいてもらっていいですか」
いね美さんにそう頼む正彦さん。話? もしかしてプロポーズ? いね美さんは子どもたちを遊具のあるほうに連れて行った。
「最近、忙しかったの?」
「うん。そうなんだ…………」
しばらく沈黙が続く。思い出の場所ではあるけれど、プロポーズする場所にしてはムードがない。だけど、どんなプロポーズでも、正彦さんがしてくれたなら私はうれしい。
僕がシングルマザーとつき合っていることを知ると、ほとんどの人が驚く。結婚を考えていると知ったら、もっと驚くだろう。
僕が結婚するなら、至瑠子さん以外考えられない。明るい笑顔の至瑠子さんを支えていくことに生きがいを感じる。萌華ちゃんや容寛君のためにできることがある。それができるのはうれしい。
人事部長から呼び出された。業務縮小のための突然のリストラだった。
「困ります。実は結婚を考えている女性がいるんです。仕事を失うわけにはいかないのですが」
「家庭を持つ前でよかったよ。君は有能だし、まだ若い。新しい仕事はすぐに見つかるよ」
僕がリストラの対象になったのは、僕に問題があったからではなく、独身で、養う家族の心配がないからだった。割に合わない。
リストラが覆る見込みはなかった。在職中に仕事を探す。
離職とともに、社宅のマンションを退去しなければならない。無職で部屋を借りるのは難しいらしいので、住むところも探さなくては。
いね美が至瑠子たちのいるテーブルを見ると、正彦の姿はなかった。うなだれてベンチに座っている至瑠子。子どもたちを連れてそばに行く。
「正彦さん、帰ったの?」
いね美に聞かれ、顔を向けた至瑠子。プロポーズされたような顔ではなかった。
「どうしたの?」
「───別れることにしたの」
「正彦さんから言われたの?」
「いいえ、私から……」
至瑠子は、正彦がリストラされ、再就職もできていないことを話し始めた。
「リストラされたってことは、社宅のマンションも退去したってことよね」
「今、ネットカフェにいるんですって。アパートを借りることにしていたけど、社宅を退去する直前に、賃貸契約がだめになって」
「別れることはないじゃない」
「どうして?」
「これで釣り合いが取れるようになったんじゃない。無職の男と年上のシングルマザー。お似合いの割れ鍋に綴じ蓋カップル!
エリートサラリーマンが今や住所不定の無職! 立派な鍋が割れちゃった」
「ひどい!! あんまりだわ」
いね美さんは私たち母子のために、いろいろ尽くしてくれている人だけど、こんな事を言うなんて。割れ鍋に綴じ蓋だなんて。
「この際だから、さっさと入籍して一緒に暮らせばいいじゃない、お互いに」
ありえない。無職の男と再婚だなんて、ありえない。そんな再婚はしたくない。
あぁ、嫌な気分。いね美さんに嫌な感情を持ってしまう。私には無職の男のような相手がふさわしいと思われていたのね。
いね美さんは今までずいぶん助けてくれたけど、そういう嫌な所もある。婚活に励んでも、玉の輿は難しいと思う。言えないけど。
未だ再就職ができない。人生ままならない。
「あ、正彦君だ!」
萌華ちゃんの声。ハローワークに行った帰り、至瑠子さん母子に出会った。こっちに来ようとする萌華ちゃんの手を引いて遠ざかる至瑠子さん。萌華ちゃんは振り返りながら、悲しそうな顔でこっちを見ている。
家族になりたかった。いいかげんな気持ちじゃなかった。でも今の無職の僕には、至瑠子さんと結婚する資格はない。萌華ちゃんと容寛君の家族になる資格はない。
仕事が見つかったら受け入れてくれますか。それとも至瑠子さん、あなたは僕が一流企業の社員だから結婚したかったのですか。
ほうれん草を茹でるためにアルマイトの大鍋を手にした。まるで破れ鍋のようにイケてない。こんな鍋は私にふさわしくない。捨てなくちゃ。別の鍋を使う。
正彦さんが無職になったと知ったとたん、一気に愛情が冷めた。自分の打算さに驚く。
だけど、無職の男と再婚したら、苦労するだけじゃないの。
割れ鍋に綴じ蓋なんてまっぴら。人からそんなふうに見られる再婚なんてしたくない。タカ・ノゾミさんは、男性から選ばれることが幸せに生きるための極意って言っていたけど、割れ鍋のような男に選ばれてうれしいかしら。無職の男に求められても困るわ。
私は幸せになれる再婚がしたいの。人がうらやむ再婚を。それが叶わないなら、シングルマザーのほうがまだまし。
離婚する時、女手一つで子どもたちを育てる覚悟をしたんじゃない。一生をシングルマザーとして送るのは寂しいけれど、相手が無職でも何でもいいから、再婚したいわけじゃないわ。
再婚相手に幸せにしてもらおうとするのはやめよう。再婚しなきゃ幸せになれないわけじゃないし。
シングルマザーとして、仕事と家事と育児に専念した。
「で、再婚したら至瑠子さんは、専業主婦になってほしいって言われたわけ?」
「そのほうが、子育てに専念できるからって、正彦さんが言ってくれたの。再婚したら萌華をスイミングに通わせられるし、私もまたヨガ教室に行けるようになるわ」
「それはよかったこと。ところで結婚披露宴はするのかしら?」
「ええ、正彦さんは初婚だから……。その時はいね美さんには是非出席してくださいね」
いね美さんは仕事のシフトを変わってくれたり、子どもの面倒を見てくれたりして、本当によくしてくれている。
「それは楽しみね。いいんじゃない、子連れの披露宴っていうのも。また呼んでもらえるなんて光栄だわ」
最初の結婚の披露パーティーの時も、いね美さんを招待していた。
「正彦さんは社宅のマンションに住んでるんでしょ。結婚したら、引越すようになるのかしら?」
「そうね。単身者用の部屋だから、結婚したら会社が広いところを世話してくれるようなの。いね美さんを招待して、ホームパーティーしたいわ」
元夫はすでに再婚している。私の心は決まっていた。
いつもやさしい喋り方で、いつもあたたかい雰囲気の正彦さん。正彦さんと一緒に生きていきたい。
仕事から帰ってきた正彦さんを、私と萌華と容寛が出迎えて、みんなで揃って夕飯を食べて……。私は幸せな再婚を思い描く。
1ヵ月ぶりに会った正彦さんは、なんだか顔色がよくなかった。
「今日は至瑠子さんに話したいことがあるので、いね美さんに子どもたちと遊でいてもらっていいですか」
いね美さんにそう頼む正彦さん。話? もしかしてプロポーズ? いね美さんは子どもたちを遊具のあるほうに連れて行った。
「最近、忙しかったの?」
「うん。そうなんだ…………」
しばらく沈黙が続く。思い出の場所ではあるけれど、プロポーズする場所にしてはムードがない。だけど、どんなプロポーズでも、正彦さんがしてくれたなら私はうれしい。
僕がシングルマザーとつき合っていることを知ると、ほとんどの人が驚く。結婚を考えていると知ったら、もっと驚くだろう。
僕が結婚するなら、至瑠子さん以外考えられない。明るい笑顔の至瑠子さんを支えていくことに生きがいを感じる。萌華ちゃんや容寛君のためにできることがある。それができるのはうれしい。
人事部長から呼び出された。業務縮小のための突然のリストラだった。
「困ります。実は結婚を考えている女性がいるんです。仕事を失うわけにはいかないのですが」
「家庭を持つ前でよかったよ。君は有能だし、まだ若い。新しい仕事はすぐに見つかるよ」
僕がリストラの対象になったのは、僕に問題があったからではなく、独身で、養う家族の心配がないからだった。割に合わない。
リストラが覆る見込みはなかった。在職中に仕事を探す。
離職とともに、社宅のマンションを退去しなければならない。無職で部屋を借りるのは難しいらしいので、住むところも探さなくては。
いね美が至瑠子たちのいるテーブルを見ると、正彦の姿はなかった。うなだれてベンチに座っている至瑠子。子どもたちを連れてそばに行く。
「正彦さん、帰ったの?」
いね美に聞かれ、顔を向けた至瑠子。プロポーズされたような顔ではなかった。
「どうしたの?」
「───別れることにしたの」
「正彦さんから言われたの?」
「いいえ、私から……」
至瑠子は、正彦がリストラされ、再就職もできていないことを話し始めた。
「リストラされたってことは、社宅のマンションも退去したってことよね」
「今、ネットカフェにいるんですって。アパートを借りることにしていたけど、社宅を退去する直前に、賃貸契約がだめになって」
「別れることはないじゃない」
「どうして?」
「これで釣り合いが取れるようになったんじゃない。無職の男と年上のシングルマザー。お似合いの割れ鍋に綴じ蓋カップル!
エリートサラリーマンが今や住所不定の無職! 立派な鍋が割れちゃった」
「ひどい!! あんまりだわ」
いね美さんは私たち母子のために、いろいろ尽くしてくれている人だけど、こんな事を言うなんて。割れ鍋に綴じ蓋だなんて。
「この際だから、さっさと入籍して一緒に暮らせばいいじゃない、お互いに」
ありえない。無職の男と再婚だなんて、ありえない。そんな再婚はしたくない。
あぁ、嫌な気分。いね美さんに嫌な感情を持ってしまう。私には無職の男のような相手がふさわしいと思われていたのね。
いね美さんは今までずいぶん助けてくれたけど、そういう嫌な所もある。婚活に励んでも、玉の輿は難しいと思う。言えないけど。
未だ再就職ができない。人生ままならない。
「あ、正彦君だ!」
萌華ちゃんの声。ハローワークに行った帰り、至瑠子さん母子に出会った。こっちに来ようとする萌華ちゃんの手を引いて遠ざかる至瑠子さん。萌華ちゃんは振り返りながら、悲しそうな顔でこっちを見ている。
家族になりたかった。いいかげんな気持ちじゃなかった。でも今の無職の僕には、至瑠子さんと結婚する資格はない。萌華ちゃんと容寛君の家族になる資格はない。
仕事が見つかったら受け入れてくれますか。それとも至瑠子さん、あなたは僕が一流企業の社員だから結婚したかったのですか。
ほうれん草を茹でるためにアルマイトの大鍋を手にした。まるで破れ鍋のようにイケてない。こんな鍋は私にふさわしくない。捨てなくちゃ。別の鍋を使う。
正彦さんが無職になったと知ったとたん、一気に愛情が冷めた。自分の打算さに驚く。
だけど、無職の男と再婚したら、苦労するだけじゃないの。
割れ鍋に綴じ蓋なんてまっぴら。人からそんなふうに見られる再婚なんてしたくない。タカ・ノゾミさんは、男性から選ばれることが幸せに生きるための極意って言っていたけど、割れ鍋のような男に選ばれてうれしいかしら。無職の男に求められても困るわ。
私は幸せになれる再婚がしたいの。人がうらやむ再婚を。それが叶わないなら、シングルマザーのほうがまだまし。
離婚する時、女手一つで子どもたちを育てる覚悟をしたんじゃない。一生をシングルマザーとして送るのは寂しいけれど、相手が無職でも何でもいいから、再婚したいわけじゃないわ。
再婚相手に幸せにしてもらおうとするのはやめよう。再婚しなきゃ幸せになれないわけじゃないし。
シングルマザーとして、仕事と家事と育児に専念した。
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