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第四話 人によって態度が違う
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「こんにちはぁ~! 今日も来てくださったんですねぇ! 嬉しいです~!」
薮原恵巳は、利用者には過剰なほど愛想がよかった。
頬が引きつりそうなほどにこりと笑い、声も一オクターブ上げ、語尾には必ずハートがついているような甘さを漂わせる。
初めて来館した利用者も、薮原のその接客に驚きつつも、「感じのいい職員だな」と受け取るのが普通だった。
しかし――同僚は違った。
カウンターの裏に回った瞬間、彼女の声は氷点下まで下がる。
「ねえ、そこ邪魔なんだけど。どいてくれない?」
「その返却、あとでいいでしょ? 今はあたし、利用者さんとお話してんの」
その横柄さは、まるで“いい人を演じた反動”が一気に吹き出したかのようで、周囲はその振れ幅に毎度のように目を回していた。
上司の前ではさらに別人になる。
「館長~、この前のご指導、本当に勉強になりましたぁ♡ またぜひお願いしますぅ」
猫なで声を通り越して、二重人格では、と同僚が首をひねるほどだ。
しかし上司はまんざらでもないらしく、「愛想がいい」と評価している。
そのことがまた、同僚のストレスに拍車をかけた。
もっとも――利用者に愛想がいいのであれば、同僚としては耐えられないほどの問題ではなかった。
だが、問題は別にあった。
薮原は、利用者によっても露骨に態度を変えていたのだ。
お手本のような笑顔で接する利用者がいる一方で、別の利用者には信じられないほどぞんざいな声色になる。
お気に入りの利用者には、友達に接するかのような距離で話す。
「え~! 昨日も来てくれたんですか? もう~嬉しい~!」
だが、気に入らない利用者には低い声で、
「……何ですか?」
「図書カード、ないんですか? 普通は持ってくるべきなんですけど?」
と、冷淡な態度を隠そうともしない。
ある日、利用者からクレームが入った。
「図書カードを忘れても貸出できるって聞いてたんですけど……
この前、薮原さんに『忘れていいものではない』って怒られて……」
本来なら、図書カードがなくても本人の確認で貸出はできる。
同僚が確認すると、薮原は肩をすくめて言った。
「でも~、忘れ癖ある人なんですよ? 一回くらい咎めないと」
同僚たちは言葉を失った。
別の日には、「予約がない時は継続して借りられますよ」と説明された本を、なぜか薮原に貸し渋られたという利用者も現れた。
「薮原さんに『できません』って断られて、途中までだったけど返しました……」
予約はなかった。つまり、薮原の“気分”でルールが上書きされていた。
その裏では、薮原はお気に入りの利用者に向かってこう言っていた。
「あたしって、利用者さんのこと考えてるタイプなんですよね~。」
同僚はカウンターの裏で頭を抱えた。
薮原の“自分だけの正義”は、完全に暴走していた。
そうして次第に、職場でひそひそ声が交わされるようになる。
「今日、また恵巳さんが“やった”らしいよ…」
「また誰かえこひいきしたんだって」
「人によって態度変えるの、極端すぎでしょ……」
やがて、同僚たちはある言葉を口にするようになった。
「それ、薮原なことじゃない?」
気に入った相手には過剰に愛想を振りまき、気に入らない相手には冷たく当たり――
人によって態度を変える。
その不安定さ、理不尽さを示す言葉として、いつしか職場では、薮原恵巳の名前がそのまま“言動のジャンル”になっていた。
薮原恵巳は、利用者には過剰なほど愛想がよかった。
頬が引きつりそうなほどにこりと笑い、声も一オクターブ上げ、語尾には必ずハートがついているような甘さを漂わせる。
初めて来館した利用者も、薮原のその接客に驚きつつも、「感じのいい職員だな」と受け取るのが普通だった。
しかし――同僚は違った。
カウンターの裏に回った瞬間、彼女の声は氷点下まで下がる。
「ねえ、そこ邪魔なんだけど。どいてくれない?」
「その返却、あとでいいでしょ? 今はあたし、利用者さんとお話してんの」
その横柄さは、まるで“いい人を演じた反動”が一気に吹き出したかのようで、周囲はその振れ幅に毎度のように目を回していた。
上司の前ではさらに別人になる。
「館長~、この前のご指導、本当に勉強になりましたぁ♡ またぜひお願いしますぅ」
猫なで声を通り越して、二重人格では、と同僚が首をひねるほどだ。
しかし上司はまんざらでもないらしく、「愛想がいい」と評価している。
そのことがまた、同僚のストレスに拍車をかけた。
もっとも――利用者に愛想がいいのであれば、同僚としては耐えられないほどの問題ではなかった。
だが、問題は別にあった。
薮原は、利用者によっても露骨に態度を変えていたのだ。
お手本のような笑顔で接する利用者がいる一方で、別の利用者には信じられないほどぞんざいな声色になる。
お気に入りの利用者には、友達に接するかのような距離で話す。
「え~! 昨日も来てくれたんですか? もう~嬉しい~!」
だが、気に入らない利用者には低い声で、
「……何ですか?」
「図書カード、ないんですか? 普通は持ってくるべきなんですけど?」
と、冷淡な態度を隠そうともしない。
ある日、利用者からクレームが入った。
「図書カードを忘れても貸出できるって聞いてたんですけど……
この前、薮原さんに『忘れていいものではない』って怒られて……」
本来なら、図書カードがなくても本人の確認で貸出はできる。
同僚が確認すると、薮原は肩をすくめて言った。
「でも~、忘れ癖ある人なんですよ? 一回くらい咎めないと」
同僚たちは言葉を失った。
別の日には、「予約がない時は継続して借りられますよ」と説明された本を、なぜか薮原に貸し渋られたという利用者も現れた。
「薮原さんに『できません』って断られて、途中までだったけど返しました……」
予約はなかった。つまり、薮原の“気分”でルールが上書きされていた。
その裏では、薮原はお気に入りの利用者に向かってこう言っていた。
「あたしって、利用者さんのこと考えてるタイプなんですよね~。」
同僚はカウンターの裏で頭を抱えた。
薮原の“自分だけの正義”は、完全に暴走していた。
そうして次第に、職場でひそひそ声が交わされるようになる。
「今日、また恵巳さんが“やった”らしいよ…」
「また誰かえこひいきしたんだって」
「人によって態度変えるの、極端すぎでしょ……」
やがて、同僚たちはある言葉を口にするようになった。
「それ、薮原なことじゃない?」
気に入った相手には過剰に愛想を振りまき、気に入らない相手には冷たく当たり――
人によって態度を変える。
その不安定さ、理不尽さを示す言葉として、いつしか職場では、薮原恵巳の名前がそのまま“言動のジャンル”になっていた。
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