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第五話 大きな音でアピール
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薮原恵巳は、職場でとにかく音が大きかった。
出勤したその瞬間から、足音が鳴り響く。
ガッ、ガッ、ガッ、ガツン!
靴音は廊下に反響し、静かな図書館の開館前とは思えない騒がしさだ。
「おはよ~ございま~すっ!!」
開館前の静寂を切り裂くような声。
同僚はビクッと肩を跳ねさせながら、(もっと普通に挨拶できないの……?)と内心でため息をつく。
薮原は、意図的に音を立てているのだ。
誰からも頼まれていないのに、返却本をわざとバサッと音を立てて置き直し、資料の山を抱えたふりをしては、
「いや~、今日も仕事が多くて大変だわぁ~!」と、聞こえよがしに大声でつぶやく。
だが、その資料の山は実際には中身の薄い冊子や、誰の担当でもない広報紙ばかり。
同僚には見抜かれていた。
「……あれ、ただ持って歩いてるだけだよね?」
「仕事してるように見せたいだけだよ」
彼女が通り過ぎると、周囲には風圧すら感じるようだった。
ガタガタッ! バサバサッ! ドォン!
棚に本を戻す音、返却箱の蓋を上げる音、コピー機のボタンを押す音まで、大げさに響く。
まるで「あたしは働いてますよ!」という効果音を自分で鳴らしているようだった。
だが、その実態は――。 同僚からはこう見られていた。
「仕事できないのに、音だけは一人前」
「怠け者ほど音を立てるって本当なんだ……」
彼らはとうに気付いていた。
薮原恵巳は仕事ができないのに、できるフリだけは誰よりも上手いことに。
彼女の有能アピールはあまりにわざとらしく、やがて職場にはこんな言葉が生まれた。
「音だけ派手に立てて仕事してますアピールするのは、“薮原なこと”だよね」
その言い回しは次第に浸透し、「あの人、今日ちょっと薮原ってる」などと冗談交じりに使われるほどになった。
もちろん、薮原本人は全く気づいていない。
むしろ、(あたし、誰よりも働いてるの、みんな気付いてるよね?)と本気で思っていた。
ある日のこと、薮原はいつも以上に“音”を強めていた。
ガタガタッ!
――返却本のブックトラックをわざと揺らす。
バサバサッ!
――資料をめくる音が、他の職員の背中に刺さる。
ドォンッ!
――棚に本を戻しただけなのに、落としたかのような衝撃音。
同僚は思わず顔をしかめた。
(ここ、図書館なんだけど……?)
ついにその騒音は利用者の耳にも届いた。
ふいに、閲覧席にいた高齢男性が眉をひそめ、静かな声で――しかし強い口調で注意した。
「あんた、うるさいよ。ここは図書館なんだから」
その瞬間、空気が止まった。
同僚は心の中で拍手喝采しつつ、しかし顔は平静を保つ。
薮原の契約は、更新されることなく半年で終わった。
もちろん理由は言われなかったが、誰もが知っていた。
それもまた――
“薮原な結末” と呼べるものだった。
契約終了。
それは“体よく追い払われた”に等しかった。
薮原恵巳は退職する日も――
ガタガタッ! バサバサッ! ドォン!
と、うるさく荷物をまとめて帰っていった。
その音が図書館から完全に消えた時、同僚たちはようやく深く安堵の息を吐いた。
職場は静かになった。
出勤したその瞬間から、足音が鳴り響く。
ガッ、ガッ、ガッ、ガツン!
靴音は廊下に反響し、静かな図書館の開館前とは思えない騒がしさだ。
「おはよ~ございま~すっ!!」
開館前の静寂を切り裂くような声。
同僚はビクッと肩を跳ねさせながら、(もっと普通に挨拶できないの……?)と内心でため息をつく。
薮原は、意図的に音を立てているのだ。
誰からも頼まれていないのに、返却本をわざとバサッと音を立てて置き直し、資料の山を抱えたふりをしては、
「いや~、今日も仕事が多くて大変だわぁ~!」と、聞こえよがしに大声でつぶやく。
だが、その資料の山は実際には中身の薄い冊子や、誰の担当でもない広報紙ばかり。
同僚には見抜かれていた。
「……あれ、ただ持って歩いてるだけだよね?」
「仕事してるように見せたいだけだよ」
彼女が通り過ぎると、周囲には風圧すら感じるようだった。
ガタガタッ! バサバサッ! ドォン!
棚に本を戻す音、返却箱の蓋を上げる音、コピー機のボタンを押す音まで、大げさに響く。
まるで「あたしは働いてますよ!」という効果音を自分で鳴らしているようだった。
だが、その実態は――。 同僚からはこう見られていた。
「仕事できないのに、音だけは一人前」
「怠け者ほど音を立てるって本当なんだ……」
彼らはとうに気付いていた。
薮原恵巳は仕事ができないのに、できるフリだけは誰よりも上手いことに。
彼女の有能アピールはあまりにわざとらしく、やがて職場にはこんな言葉が生まれた。
「音だけ派手に立てて仕事してますアピールするのは、“薮原なこと”だよね」
その言い回しは次第に浸透し、「あの人、今日ちょっと薮原ってる」などと冗談交じりに使われるほどになった。
もちろん、薮原本人は全く気づいていない。
むしろ、(あたし、誰よりも働いてるの、みんな気付いてるよね?)と本気で思っていた。
ある日のこと、薮原はいつも以上に“音”を強めていた。
ガタガタッ!
――返却本のブックトラックをわざと揺らす。
バサバサッ!
――資料をめくる音が、他の職員の背中に刺さる。
ドォンッ!
――棚に本を戻しただけなのに、落としたかのような衝撃音。
同僚は思わず顔をしかめた。
(ここ、図書館なんだけど……?)
ついにその騒音は利用者の耳にも届いた。
ふいに、閲覧席にいた高齢男性が眉をひそめ、静かな声で――しかし強い口調で注意した。
「あんた、うるさいよ。ここは図書館なんだから」
その瞬間、空気が止まった。
同僚は心の中で拍手喝采しつつ、しかし顔は平静を保つ。
薮原の契約は、更新されることなく半年で終わった。
もちろん理由は言われなかったが、誰もが知っていた。
それもまた――
“薮原な結末” と呼べるものだった。
契約終了。
それは“体よく追い払われた”に等しかった。
薮原恵巳は退職する日も――
ガタガタッ! バサバサッ! ドォン!
と、うるさく荷物をまとめて帰っていった。
その音が図書館から完全に消えた時、同僚たちはようやく深く安堵の息を吐いた。
職場は静かになった。
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