薮原なこと

真田奈依

文字の大きさ
5 / 15

第五話 大きな音でアピール

しおりを挟む
 薮原恵巳は、職場でとにかく音が大きかった。
 出勤したその瞬間から、足音が鳴り響く。
 ガッ、ガッ、ガッ、ガツン!
 靴音は廊下に反響し、静かな図書館の開館前とは思えない騒がしさだ。
「おはよ~ございま~すっ!!」
 開館前の静寂を切り裂くような声。
 同僚はビクッと肩を跳ねさせながら、(もっと普通に挨拶できないの……?)と内心でため息をつく。

 薮原は、意図的に音を立てているのだ。
 誰からも頼まれていないのに、返却本をわざとバサッと音を立てて置き直し、資料の山を抱えたふりをしては、
「いや~、今日も仕事が多くて大変だわぁ~!」と、聞こえよがしに大声でつぶやく。
 だが、その資料の山は実際には中身の薄い冊子や、誰の担当でもない広報紙ばかり。
 同僚には見抜かれていた。
「……あれ、ただ持って歩いてるだけだよね?」
「仕事してるように見せたいだけだよ」
 彼女が通り過ぎると、周囲には風圧すら感じるようだった。
 ガタガタッ! バサバサッ! ドォン!
 棚に本を戻す音、返却箱の蓋を上げる音、コピー機のボタンを押す音まで、大げさに響く。
 まるで「あたしは働いてますよ!」という効果音を自分で鳴らしているようだった。
 だが、その実態は――。 同僚からはこう見られていた。
「仕事できないのに、音だけは一人前」
「怠け者ほど音を立てるって本当なんだ……」
 彼らはとうに気付いていた。
 薮原恵巳は仕事ができないのに、できるフリだけは誰よりも上手いことに。

 彼女の有能アピールはあまりにわざとらしく、やがて職場にはこんな言葉が生まれた。
「音だけ派手に立てて仕事してますアピールするのは、“薮原なこと”だよね」
 その言い回しは次第に浸透し、「あの人、今日ちょっと薮原ってる」などと冗談交じりに使われるほどになった。
 もちろん、薮原本人は全く気づいていない。
 むしろ、(あたし、誰よりも働いてるの、みんな気付いてるよね?)と本気で思っていた。


  ある日のこと、薮原はいつも以上に“音”を強めていた。
 ガタガタッ!
 ――返却本のブックトラックをわざと揺らす。
 バサバサッ!
 ――資料をめくる音が、他の職員の背中に刺さる。
 ドォンッ!
 ――棚に本を戻しただけなのに、落としたかのような衝撃音。
 同僚は思わず顔をしかめた。
(ここ、図書館なんだけど……?)
 ついにその騒音は利用者の耳にも届いた。
 ふいに、閲覧席にいた高齢男性が眉をひそめ、静かな声で――しかし強い口調で注意した。
「あんた、うるさいよ。ここは図書館なんだから」
 その瞬間、空気が止まった。
 同僚は心の中で拍手喝采しつつ、しかし顔は平静を保つ。

 薮原の契約は、更新されることなく半年で終わった。
 もちろん理由は言われなかったが、誰もが知っていた。
 それもまた――
“薮原な結末” と呼べるものだった。
 契約終了。
 それは“体よく追い払われた”に等しかった。
 薮原恵巳は退職する日も――
 ガタガタッ! バサバサッ! ドォン!
 と、うるさく荷物をまとめて帰っていった。
 その音が図書館から完全に消えた時、同僚たちはようやく深く安堵の息を吐いた。

 職場は静かになった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...