こんな人いました3 ケチの計一

真田奈依

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こんな人いました3 ケチの計一

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「一千万円使えるようになったら、みんなをハワイに連れて行く」
 公民館の事務室での午後の休憩中だった。私が買い置きしているコーヒーを飲み、清掃員の孝恵さんが買ってきたバウムクーヘンを食べながら話す計一けいいちさん。  
 計一さんの独身の叔父が、養子を迎えたものの不仲のため、計一さんに看取ってもらう約束で一千万円を遺したそうだ。そのことは養子に内緒だった。そのためか、今はお金を動かせない事情があるようだ。
 70代半ばで私の親と同年代の計一さんは、午前はシルバー人材センターの仕事をして、午後は公民館の管理人というダブルワークしている。
 とはいえタバコを喫うためにしょっちゅう事務室を留守にし、いても居眠りしているか、テレビを観ているかの不良管理人。
 今日もシルバー人材センターに頼まれた草刈りの仕事を終えてから公民館に来た。
「暑い中、大変でしたね」
 とねぎらうと、
「俺はクーラーの効いた乗用草刈り機だから快適だよ」
 と言った。計一さんはいつもとかいうシルバー人材センターが購入した乗用草刈り機を使っているのだと。でも炎天下で一般的な刈払機を使って草刈りしている他の人は大変だろうな。他の人も乗用草刈り機を使いたいと思っているのでは。

 その後日、
「大きなスイカをもらってさぁ」
 そのスイカは今、計一さんの家にある。なぜ今ここにはないスイカの話をするのだろう。計一さんはいつもそうだ。この前もたくさんズッキーニをもらったという話をした。
「ズッキーニを作ってる奴がいてね、出荷できないのを、飼料袋にいっぱい入れて、玄関に置いて行くんだよ。食いきれねえてぇの」
 ちょっと育ち過ぎたり形が規格に合わなくてもズッキーニに変わりはない。でも食べきれないと言いながらもおすそわけするわけでもない。くれないなら、言わなきゃいいのに。
 計一さんと同い年で、計一さんと交替で管理人をしている広喜さんは対照的だった。いろんな野菜をくれたり、お菓子をくれるので、私も時々ドリンク剤などでお返したり、チョコレートが好きな人なのでバレンタインデーとかにプレゼントしている。
 働く人同士でお菓子や飲み物をもらったりあげたりすることがあるが、計一さんが何かくれたことはなかった。休憩時間の飲み物やお茶菓子だって、私たちの誰かが用意したものをごちそうになるばかり。
 自分でも野菜も作っていて、食べきれない物を持っていたとしても、人には与えない人だった。
 そういうことが続いて、計一さんはケチなんだと思うようになった。

 お金を貯めることで金毒ごんどくという毒がたまってしまうらしい。金毒は人のために使わないとたまるらしい。そのことを知らないのだろう。
 定年退職してからもダブルワークしているくらいだから、お金は人より持っているはずなのだが、どれだけ貯め込みたいのだろう。
 出すことがとにかく嫌なケチだからというわけではないのだろうが、脂肪さえもためこみたいのかと思うような計一さんのお腹。

 時々、飲みに行こうと誘われることがあるが、こちらにはそんな気はない。だけどウザかったので、
「計一さんのおごりならいいですよ~」
 と冗談で言ったら、マジギレされた。これからは、相手にしない方がいいと思った。
 でも仕事で使っているパソコンを使いきれてなくて、しょっちゅう助けている。それなのに、お礼の言葉すらない。
 
 秋になった。
「飼料袋いっぱいにキウイをもらった。しゃます。食いきれねぇ」
 また計一さんはここにはないキウイフルーツの話を始めた。知人の庭で採れたものをもらったと言う。とは、持て余すという意味のようだ。
「ほしければやるよ」
 めずらしいこともあるものだと思った。わけてもらうことにした。
「明日持ってくるから」
 そう言ったにもかかわらず、持ってこなかった。案の定だった。楽しみだったが捕らぬ狸の皮算用になった。残念だったが、借りを作らなくてよかったのかもしれない。
 それから、柿をたくさんもらった、ほしければやると言う日もあったが、それも持ってくることはなかった。
 持っている物をひけらかしているのだろうか。むしろ、話しかけるきっかけにしているだけのような気もする。
その後も、多目に買ったおにぎりやキノコをくれると言ってきたが……



 自分だけが食べるための物を買いに車でコンビニに立ち寄った計一さんは、駐車場でもらい事故に遭った。
 車は廃車寸前の状態。体のほうは幸い目に見えた怪我はなかったが、相手の保険会社との交渉は計一さんの希望は通らず、計一さんにとっては大損のもらい事故だった。いろんな物をもらって喜んでいた計一さんが、ありがたくないものまでもらってしまったわけだ。金毒の影響かはわからないが。
 正負せいふの法則というものもある。何かを得ると、何かを失うという法則らしい。いいことがあったとき、ひとりじめせずおすそわけ、お福分けするのは、妬みを受けないためということよりも、正負の法則があるからなのかもしれない。
 大きな損を避けるために、おめでたいことがあったときなどに、おふるまい、お福分けするのは、そういう形で少し損をして、バランスを取っているのではないだろうか。
 得することが多い計一さんだったが、今回大きな損をしてしまった。

 ハワイに連れていくという話は最初から本気にはしてないが、一千万円のお金を自由に使えるようになったとしても、計一さんは私たちにお福分けで、鐚一文びたいちもん使うことはないだろうな。 
 一千万円あっても節約とダブルワークしているのは、家の建て替えのためかもしれない。

 ケチといえば、ディケンズの『クリスマス・キャロル』のスクルージが有名だが、スクルージのように、精霊たちが計一さんの前に現れて生き方を改めてさせてくれることはない。相変わらずのごうつくばり。
 ケチな人が最後にすごい物を贈ってくれたとか、多額の寄付をしたという物語もあるようだが、計一さんはそういうタイプのけちではない。自分以外に使うのが惜しいのだ。そういう人はお金に嫌われるんじゃないのかな。

 今日も計一さんは、午前中シルバー人材材センターの仕事を終え、公民館に来て事務室で居眠りをし、午後の休憩時間になったので、私が買い置きしているコーヒーを飲み、清掃員の孝恵さんが買ってきたポテトチップスを食べている。
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