金の騎士の蕩ける花嫁教育 - ティアの冒険は束縛求愛つき -  

藤谷藍

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ミドルの街へ

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ぺとぺと、何か冷たいものがティアの頬を叩く。

う~ん、なあに、スウ?もう起きる時間なの?

寝ぼけたティアは、思わずわずらわしそうに腕を伸ばし、手に触れた無精髭のざらっとした手触りに一瞬ギョッ、として目がいっぺんに覚めた。

「・・何だティア? もう時間か?」
「ふぇ!」
「どうした?」
「な、何でもない。あっ・・・」

肌寒い朝の澄んだ空気の中、素肌に感じる身体を包む温かい体温、かすれたレイの声に新鮮な森の香り。
いっぺんに意識が覚醒し、水の精がツンツン、とティアの髪を引っ張るのが目に入った。

「レイ、ちょっとどいて。どうしたの?」
「何だ? 水の精霊がどうかしたのか?」

身体に巻きつくレイの長い手を退けて、水の精が指をさす方向に目を向ける。森の奥を指差す水の精は慌ててはいないが、心配そうな顔をしていて、何かそちらでトラブルが起きているらしい。

「ティア、大勢の男たちの集団がこの森の奥にいる気配がする。ちょっとここで身を潜めて待ってろ。偵察に行ってくる。」
「えっ? あ・・うん。」

パッと起きて、あっという間に衣服を身につけたレイは、鋭い目で森の奥を見ている。
マットレスの上で起き上がったティアに一瞬目を和らげ、屈んで素早く唇にキスをし、初めて見たとき彼が被っていたマントを取り出した。

「これを被っていろ、君の髪はとても目立つ。どんな奴らかわからない以上、油断はするな。それから、さっさと服を着ろ。他の男の前でそんな姿見せたら承知しないからな。」

さすがジプシー秘伝のダンス、昨夜の余韻がしっかり残った、独占欲丸出しのセリフをレイはそう言い残すと、タタッと森の木々の中にあっという間に消えて行った。

・・・そんな姿って、あっ、また裸だ!ぎゃー、大変、服、服っ!

大慌てで、服を腕輪から取り出し、素早く身につけていく。

このマットレスとかも仕舞っておいたほうが・・・あ、たきぎの後とかも消しとかなきゃ。

薪の後を魔法で土をかぶせてこんもりした土の塊にし、昨日のお風呂も直し、出っ放しだった、ヤカンとコップを素早く洗ってマットレスと共に腕輪に仕舞う。後を振り返って痕跡がないことを確かめると、茂みに隠れて、髪の染料の新しいボトルを取り出し、急いで髪を染めた。

ふう、念の為、レイのマントも被ってっと・・・風魔法で髪の染料を素早く乾かすとマントを目深く被っておく。

お腹すいたな~、レイまだかなー?

待つ時間は、とても長く感じられる。
レイの腕は信じているので、あまり心配はしてないが、レイは男たちの集団だ、と言っていた。

大丈夫なんだろうか? 

カサカサ、と小さな葉音がするたび、レイ? と目を凝らすが時が経つにつれてだんだん心配になって来た。

あれからだいぶ経つ。
レイが帰ってくる気配が感じられない。

ピチピチ、と朝早く鳴いていた鳥の声の合唱もだいぶ聞こえなくなった頃、とうとう痺れを切らしたティアは我慢できなくなって、気配察知の魔法を放とう、と身構えた。

もしも魔法に長けた敵が居たら、こっちの場所も察知されちゃうかも・・・でも、こんな状態じゃ、とてもじゃないけど待ってられないわ!

今まさに魔法を放とう、とした時、人の気配が近づいてくるのに気づいた。

ん? あれは・・・森の方から何やら人の話し声が近付いてくる。

(あ、レイの声がする。よかったー、無事だったんだ。)

あの、どこか命令し慣れた、よく通る声を聞き間違えるはずがない。
風に乗ってレイの声が聞こえティアは初めて安堵の溜息を、ホッとついた。それでも念のため、茂みからは出ずに声が近づくのをじっと待つ。

「ティア、大丈夫だ、出ておいで。」
「今いくわ。」

ざわざわと葉がかすれる音がして、森の木々の間から数人の見知らぬ男達と共に姿を現したレイを見て、ティアの心の中に暖かい安心感がひろがる。頼もしい姿にホッとしながら安心して茂みから立ち上がり、自然にレイの側に寄り添った。

「ティア、この人達の世話をしてくれるか? 街道で盗賊に襲われたんだそうだ。どこかに連れて行かれそうになってたんだ。顔を出して挨拶してくれ。」

レイの後ろには、薄汚れた格好ではあるが、恰幅の良いおじさんと若い男二人。
マントを目深に被ったティアを、ちょっと怯えた様子で見ている男達に気づき、ティアは慌ててフードをとって挨拶する。

「御免なさい、脅かすつもりじゃなかったの。ティア、と申します。」
「ああ、えらい別嬪さんじゃないか、いやいや、こちらこそ、旦那さんに助けてもらって助かったんだ。いいんだよ、旦那が見知らぬ男達と帰ってきたから用心したんだろ。しっかし、すごい強いな、あんたの旦那。あっという間に盗賊ども一網打尽だ。わしの雇った護衛なんざ、モノのいっときも経たずにやられてしもうたのに。ああ、わしは、商人のザビと言うもんさ。こっちは奉公人のテツ、とチリだ。」

双子らしい若い男二人は頭を下げて挨拶してくる。
レイと夫婦だと勘違いしているらしいザビに他に上手い言い訳も思いつかず、そのまま笑って流すことにした。

レイの任務は極秘らしいし、下手な言い訳しないほうがいいわよね・・・

レイも否定してないし、このまま勘違いさせたほうがいいのだろう。
相当争ったのか、薄汚れて埃だらけの3人に、よかったらこれ、と茂みに入って腕輪からタオルを取り出し、ティアは手渡した。

男達が、ああ、ありがたい、と湖で汚れた顔や手足を洗っている間、レイはティアが土を被せて隠した焚き火を魔法で元に戻す。ティアは早速パンやらリンゴ、ジャムやらを取り出して料理し、お茶を沸かして、朝食の支度をした。ついでに取ってきた、とレイが差し出したキノコと香辛料で即席スープも作った。

「おお、凄いご馳走だ、あんたの嫁さん、いい腕してるな。べっぴんだしな。羨ましいよ。まあ、あんたもえらい男前だしな、似合いの夫婦だな。」
「たくさん有りますから遠慮なく食べてください、そちらのテツさんとチリさんもどうぞ。」
「ありがとうよ、じゃあ、お前達も遠慮なくご馳走になりなさい。すまんな、昨日から何も食ってなくてな。」

もともと4人の旅だと思っていたのでパンのタネや食料はたっぷり用意してあった、ので5人が満腹になるまでお代わりも提供できた。ティアが食後のお茶を振る舞うと、丸太を椅子がわりに座っていたザビは顔を綻ばせ、美味しそうに茶を啜った。

「こんな森の中で、宿屋より上等な飯が食えるとは思わなんだ。ほんに有り難いわ。」
「まあ、ありがとう。気に入っていただけて良かったわ。」

ザビの最上級の褒め言葉に、ティアはにっこり笑う。

「ところで、襲われた荷物なんかはどうしたんですか?」
「ああ、奴ら森の何処かに隠したらしい。一旦ミドルに帰って、人手を呼んで取り返すよ。幸い食料品みたいな腐るものは今回なくてな。魔石やら日持ちする香辛料とかばっかりだったからな。」
「この頃、ミドル街道沿いに出る盗賊団がいるって報告、本当だったんだな。今回の件がなければ対処するつもりだったんだが、丁度良かった。」
「ああ、あんたもしかして、お役人さんだったのかい。ああ、いいよ、いいよ聞かなかったことにしておくさ。命の恩人を困らせるような真似はしないよ。」

レイの困った顔を見て、何か事情があるのだろう、と察したザビは、それ以上突っ込んで聞かなかった。

「ところで、ここからミドルへの道を知っていたら教えて欲しいんだが? 道に迷ってしまって・・・」
「迷ったって、なんだって街道からこんなに外れたんだい。あ、あぁそうだよなぁ、そんなべっぴんさん連れてるんじゃ用心するわな。ええと、ほら、この辺はこんな感じになっているんだ。」
「ああ、成る程、街道はかなり東海岸に沿っているからな。」
「そうだよ、あんた流石がだな、これだけで分かるのかい?」
「ああ、まあ。」

ザビがざっと地面に書いた大雑把な地図で、レイは大体の位置が掴めたらしい。ティアも実はスウから習っていた地理のお陰で二人の話についていけた。

「街道は海岸寄りの街々に沿ってつながっているから、ここはかなり西の奥地なんだよ、この湖からだと街道に出るより、距離的には森を通ってミドルに行った方が多分早いだろうな。ほらこんなふうに三角の二辺分の距離になっちまうんだ、街道に戻ると。」
「成る程、ここから北東の位置にミドルがあるのだな。そういえば商人だと言っていたな。つかぬ事を聞くが、ミドルからファラドン王都まではどのような手段でいけば一番速くファラドンに到着できるだろうか?」
「ああ、あんた最終目的地はファラドンかい。そうだなぁ、一番安全なのは護衛付きの馬車を借りることだが、あんたは急いでるんだろ?それじゃあ、ちょっと乗り心地は悪いかも知れんが、王室の郵便馬車が一番だ、荷物と一緒に乗合になるが。」
「なるべく速く王都に戻りたいのだが、他に有効な手段はあるか?」
「あんただけなら、早馬と言う手もあるが、多分奥さんがたんだろ。」
「ザビ様、先ほど拝見したところ、お二人とも魔法に長けているご様子。もしやザビ様のお知り合いの、’何でもからくり屋’の魔道具に有効な手段があるかもしれません。」
「おお、確かに、魔法が使えるなら、それもそうだな、しかし、あいつの魔道具は一癖も二癖もあってなあ、腕はいいんだが、あのヒゲ親父。まあ、一応あたってみても損はないじゃろ。」

テツの助言にザビは渋い顔をしながらも賛成する。それを聞いたチリが今度は申し出た。

「ザビ様、私が良ければこの方達をミドルまでご案内して、街で人を集めて戻って参りましょうか? ボッタさんにもご紹介出来ますし。」
「おおそうしてくれるか? 急げば2-3日でミドルにつけるじゃろ。このチリは、この辺りに詳しいから、案内人としては推薦できるぞ。わしにはちょっとキツイから、わしはここでのんびり迎えをテツと待つことにするよ。幸いテツが狩りができるしな、のんびり釣りでもしているさ。そうだ、お前さんたち、何か書くものを持っていないかね?」
「紙と筆ですか?ちょっと待っててください。」

ティアがごそごそと茂みで出してきた紙に、ザビはさらさらっと何やら書いてレイに渡した。

「ワシからの紹介状じゃ、ボッタの奴や宿屋で見せてくれ、便宜を図るよう書いておいた。よかったら納めてくれんか? ほんの感謝の気持ちじゃ。」
「ほう、ありがとう、ザビ殿。ではチリとやら、よろしく案内を頼む。」

こうして、案内人をゲットしたレイとティアは、もしよかったら、と予備の二人分の毛布などをザビに渡して、再び感謝されながら、ミドルへと出発した。

時々、コンパスで方向を確かめながら、周りはどこを見ても同じような景色の森を、チリは確かな足取りで歩いて行く。鬱蒼とした森は、山越えとまではいかないが、魔の森のように道という道はなく、谷を降りたり丘をあがったりして、結構険しい道のりだ。

「レイさんはともかく、ティアさん、凄いですね。男の俺たちの足についてこれるなんて。ザビ様は2-3日かかるようなことを言っていましたが、この調子ならもっと早く着けるかもしれません。」

身体強化も使っているティアは、日頃の狩で森や山歩きには慣れている。全然疲れた様子も見せないティアに、チリはびっくりして感心している。

「ああ、俺たちはもっとペースを上げても付いていける。チリ、お前、本当はもっと早く移動できるんだろう。さっきから息も乱れていないしな。相当鍛えているだろ。」
「バレてしまいましたか。実は私とテツもザビ様の護衛です。見習いの格好をしているので、盗賊たちに殺されずに荷物運びとして連れてこられたのですが。しかし私たち二人では流石にあの人数は無理だったので、抵抗せずザビ様の護衛をしていたのです。隙があればザビ様を連れて逃げ出そう、と思っていたんですが・・・」
「盗賊たちは何故ザビを殺さなかったんだ?」
「多分、身代金目当てだと思います。・・・それでは、お言葉に甘えて、ちょっとペースを上げさせて頂きます。なるべく早く戻ってこないとザビ様が心配ですから。」

そういうと、チリは歩きを早める。

「もっと早くても大丈夫だ、この辺りはいきなり襲って来る魔物もいないしな。ティア、行けるか?」
「大丈夫よ、まだるっこいから、走りましょ。」
「方向はこっちだな、行くぞ。」
「え?」

マントを脱いで身軽になったティアとレイが森の中を走り出す。慌てて、チリが二人の後を追いかけて行く。

「ティア、俺が前に出る。走りやすいルートを行くからついて来い。」
「わかった。」
「ちょ、ちょっと待ってください、そんなに走っちゃ持ちませんよ。」
「大丈夫だ、しっかりついて来い。ペースは落としてやる。」
「へ?」

レイが前を走ると、足の取られやすい木の根やぬかるみを見事に避けて、ほぼ一直線で走って行く。
その後にティアが続き、チリが必死の顔で置いてかれないよう走って行く。
昼近くになると、息も切れ切れなチリは急にペースを落として歩みを止めたレイとティアにふらふらと近づいて、どかっと地面に座り込んだ。ゼイゼイ、と息をするチリを尻目にレイはティアと話し合う。

「この先に川があるようだ、このまま行くか? ティア、渡れそうな場所がわかるか?」
「ちょっと待ってて。」

ティアは森の中の鬱蒼とした影の濃い緑に溜まった朝露に集まっている水の精に近づく。いきなりふんふん、と頷き始めたティアにチリは何をしているんだろう?、と思いながらも息が苦しくて、質問する気力も無かった。

「レイ、川は深くて流れが早く幅は結構広いそうよ。迂回するより、上をいきましょうよ。あ、でもチリさんどうしよう・・・」
「そうか、なら君が先に飛び石を作ってくれ、俺が彼を背負って渡る。」
「なるほど、それなら大丈夫ね。そうね、了解。」

そのまま回復しないチリの為、歩いて間も無く大きな川縁に出た。川のせせらぎの音も軽やかに、澄んだ水の色の川は泳ぐのに気持ち良さそうだ。チリがぜいぜいと荒い息をしながら川縁に座り込んで方向を確かめる。

「この川はいずれミドルの側を流れる川です。方向はこれで合っています。ただ、結構見た目より深くて流れが早いので、迂闊に泳いで渡ると川の水に流されて溺れてしまいます。浅く、流れが穏やかなところ、泳いで渡れるポイントを探さなければ・・・」
「ああ、大丈夫だ。心配するな。ティア、用意はいいか?」
「いつでも大丈夫よ、行くわよ。」

ブーツの先に滑り止めが現れて、ティアは目の前に氷のブロックを形成しては、ポン、ポン、と飛び石の要領で川の上を飛んで行く。男二人を支える為、いつもより倍はある大きな氷のブロックを空中に慎重に固めていった。

「よし、チリ、そのまま動くな。」
「へ?」

座り込んでいるチリの体にいきなり縄が巻きついて、いつかティアも縛られたようにチリが座ったまま縛られる。
レイはそのままチリを、荷袋の要領で縄を引っ張ってよいしょ、と背後に背負い、川の上を氷のブロックを使って飛んで行く。

「ぎゃー、何するんですかー!」
「大丈夫だ、落とすと大変だから、念の為縛った。向こう岸に着いたら縄は解いてやる。」
「イーヤー!」

何故か、野太い声の割には可愛い悲鳴が川に響き渡る。チリの悲鳴をガン無視でさっさと川を渡ったレイは、対岸で待っていたティアに背負ったチリを降ろしながら提案した。

「ティア、ここで一旦昼にしよう。チリも疲れているようだし。」
「そうね、お腹もすいてきたわ、ご飯にしましょう。」

縄を解かれてげんなりしているチリのために毛布を敷いて横に寝かせると、ティアは、レイが起こしてくれた火で早速お昼の煮込みを作り出した。

ボーと寝ているチリを見て、こちらを見ていないことを確かめると腕輪から鍋や調味料や食料を取り出し、はー、お腹空いた、と味付けにかかる。
レイが腕に抱えてきたキノコや里芋を一緒に煮込んで、出来たお昼を3人で美味しく頂く。

「変わった肉ですね、これ。一体なんの肉ですか?」
「これは噛みワニ、だったよな?」
「そうよ、残り物で悪いんだけど。」
「噛みワニ?聞いたことない動物ですね。だけど美味しいです。」

歯ごたえが、流石に普通の肉と違って、その上案外柔らかく、不思議そうにチリは聞いてきた。
まさか、魔の湖の魔物肉だ、とも言えず、口にあってよかったわ、とニッコリ笑って誤魔化しておく。

噛みワニ、はあくまでハンターたちの通り名で、売る時は高級鞣し革、として売られるので、一般に人は魔物の名前にうとい。

レイが口の端を上げて密かに笑っているのを見て、ダメよ、と目でいさめる。

チリは多分年齢も自分たちと似たような世代で、体格も悪くないないのだが、なんせレイが上背があって、態度も物言いもデカイ、もとい、堂々としているので、どうしてもチリの方が小柄に見えて年下扱いしてしまう。

食べ終わってお茶を飲んでいると、ちょっと、と用を足しに行ったチリのいない隙にさっさと後片付けを始めて腕輪に荷物を仕舞っていく。

「ティア、後どれくらい体力持ちそうだ?」
「実は疲労回復のポーションがあるのよ、飲めば、いくらでも走れるわよ。」
「ほう、じゃあ、それを俺と君とで分けて飲もう。」
「一口で十分回復できるから、三人で飲んでもたっぷり余るわ。」
「いや、さっきチリを抱えて思ったんだが、このままアイツを俺が背負って、俺たち二人が走った方が効率がいい。俺は身体強化でアイツの体重は負担にならない。」
「・・・チリが承知するかしら?」
「縛ってしまえば・・」

さっきの野太い悲鳴を思い出して、物騒なことを言いかけたレイに、慌てて、そうだ、ちょっとまって、と腕輪から安眠茶を取り出す。

「これを飲めば、疲れている時はぐっすり眠れるわ。」
「決まりだな。よし、回復ポーションを出してくれ。」

手を差し出したレイに、ポーションの入った瓶を差し出す。そのままラッパ飲みを始めようとしたレイに、ティアは慌てて注意した。

「レイ待って、一口、ほんの一口でいいのよ。スウの特別製のポーションだから、飲み過ぎると体に負担がかかるわ。はい、これで一杯。」

ポーションの入った瓶のふたをひっくり返してレイに渡した。
ポーションを飲んだレイは、一杯でいい、とわかっているのにもう一杯、と蓋に注いで口に含む。

こら! 一杯だって言ったのに。

と、あ・・、と何か言いかけたティアをレイは優しく抱き寄せた。
文句を言おう、と口を開いたティアの頭の後ろに手を当てて、そのままおもむろに頭を引き寄せる。

「? レイ、何を・・んん」

レイの唇が重なってきた。

ふう・・ん、こんな飲ませ方しなくても・・ん・・

レイから口移しに飲まされるポーションは、相変わらず少し苦味があるはずなのに、ティアは味もわからずこくんと飲みほした。

レイはティアがポーションを飲み込んでも、唇を離さず、そのまま開いた口にこれ幸い、と舌を滑り込ませてくる。

ふ・・んんっ・・レイったら、チリが帰ってっ来ちゃう・・・

堅く抱きしめて熱い舌を絡ませ、口付けてくるレイの甘い誘いに、思わず逞しい身体に手を回し、自らも舌を絡ませながら、ティアは頭の片隅で、でも、もうちょっとだけ・・・と流されていく。
溢れる唾液を飲み込みながら深い口づけに夢中になっていると、ガサ、と後ろで音がして、あっすいません、何も見てません、と慌てるチリの声がした。

きゃあ、見られた!

手を突っ張って、身体を離そうとするティアに、残念そうな溜息をつきながら、素早くレイが、お茶を、と囁く。

あっ、そうだった。お茶の用意・・・

レイがそのままチリの方へ歩いて行き、方角などを確かめる話を始めると、ティアはお茶の用意を整えた。

いいのかしら、こんな事して・・・だんだん、レイのペースにハマっているような気がしながら、よかったらお茶、用意したから、どうぞ、と勧める自分がいる。

お茶を飲んでコンパスを取り出し、方向の説明を詳しく始めるチリが、眠たそうに目をこする。そのまま、ウトウトし始めたチリをレイが縛って背中に背負うと、行くぞ、と走り出した。

可哀想なチリはレイの背中で縛られながら、ぐうぐう、と寝ている。涎を垂らして幸せそうに眠るチリを見て、ま、いっか、とティアも気にしない事にした。

そのまま二人で、さっきよりグンとペースを上げて森を走り、時々、レイが止まってチリの手から拝借したコンパスで方向を確かめ、小休止してはポーションで回復、と繰り返すと、夕方頃、また大きな川が見え始め、森の木々もまばらになってきた。

「この先に、人がたくさんいる街があるみたいだな。」
「やっと着いたのね。よかった、暗くなる前に辿り着けて。」
「よし、そろそろチリを起こすか。」

縄を解いて、チリ、と声をかけてもぐっすり眠っているチリ。
川べりに降りていったレイを何をするのだろう、と見ていると、コップを取り出して水を汲みチリの頭に少し冷たい水をかけると、ほへ?、と間抜けな声がして、チリが目を覚ました。

「チリ、もうすぐミドルの街だと思うんだが、案内を頼めるか?」
「へ? ミドルの街ですか? もちろんですが、俺は一体今どこに?」

キョロキョロ、と周りを見渡したチリは信じられない、という顔をして、俺は一体何日寝ていたんだ?と言いながら、身体を起こして、二人をミドルの街へ案内していった。
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