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第1話 婚約破棄されました
しおりを挟む「シェイラ! お前は私のベルローズに、なんてことをしてくれたんだ!」
授業が終わり、シュメード学院の門前で。
私、公爵令嬢シェイラ・リッドフォードの婚約者、ターメルク・カルン殿下の怒号が響き渡った。
殿下の隣には、男爵令嬢のベルローズ・リエラが怯えるようにこちらを見つめている。
私がベルローズに何をしたか、さっぱりわからなかった。
「私の愛しいベルローズにどれほどの嫌がらせをしたか、わかっているのか! ベルローズがどんなに怖い思いをしたか……!」
嫌がらせ……? 私は殿下の言葉が理解できず、二人にわからない程度に首を傾げた。
何のことだか一つもわからない。
しかも、私の愛しいベルローズ……?
「大丈夫か? ベルローズ」
「はい、大丈夫ですわ、殿下……」
殿下がベルローズの肩を抱き、引き寄せている。
ベルローズはうるうると瞳を濡らし、殿下を見上げていた。その表情は、普通の男性なら守ってあげたくなるような庇護欲をかきたてるものだ。
そして、殿下が声を上げて高らかにいった。
「私、ターメルク・カルンは! シェイラ・リッドフォードとの婚約を破棄する!」
▽ ▽ ▽
遡ること数年前。
王家や貴族令嬢のみが通う伝統ある学院、王立シュメード学院に私は通っていた。
このエインリス王国の元王国騎士団団長であり、退団した後に魔法省の大臣を務める父、リークと、王国の中で最も美しい公爵令嬢と評判だった母、ヴィエラの元に生まれた私は、父の権力で六歳の頃王太子、ターメルク・カルンの婚約者となった。
「シェイラお嬢様、ターメルク殿下とのお茶会のお時間でございます」
「シェイラお嬢様、経済学のお時間でございます」
「シェイラお嬢様、お食事のマナーにはお気をつけて」
「シェイラお嬢様、ダンスの練習を……」
ターメルク殿下のふさわしい婚約者になるべく、礼儀作法、知識教養を身につけ、分刻みのスケジュールで私は動いていた。
小さい頃の私はこの国の歴史や経済なんて毛ほども興味なく、それらが嫌で嫌で仕方なかった。
問題を間違えて家庭教師に怒られたり、メイドに食事のマナーの細かい指摘をされたりで、私はストレスが溜まっていく一方だった。
でも、一人だけ優しい人がいた。
きっとメイドも家庭教師も優しい人なのだと思う。ただ私が王太子の婚約者になるから、気をつけて欲しいところを一つも漏らさずに指摘しているだけなのだろう。
そんな中、私の礼儀作法に注意することなどせず、毛布に包まれてるかのような優しさと温かさで、抱きしめてくれる人がいた。
お母様だ。
「いいのよシェイラ。完璧になんてならなくても」
小鈴が鳴っているような、美しい声が耳元に届く。
……完璧になんてならなくてもいい。
その言葉をお母様は、作法と知識に埋もれそうな私に、何度も囁いてくれた。
その度に私は心が温かくなった。安堵して、微笑みを零す。唯一の安らぎの時間だった。
当時の私は小さかったから、寝る前にお母様の話をよく聞いていた。
お母様は身体が弱いのにも関わらず、私が寝るまでいろんな話をしてくれたのだ。
その日もお母様の話を聞いていた。
「そうね……じゃあ私の秘密の話をしましょうか」
「お母様の、ひみつのはなし?」
お母様はゆっくり頷く。
「ええ。……私ね、別世界の記憶を持っているの」
……ん?
「その世界は、ここよりすごく便利で……。ここから何キロも離れた友人と会話ができる、『でんわ』なんてものがあったのよ。それから馬車より早く走れる、『くるま』というものもあるの」
……んん?
「それから娯楽として『てれび』もあったのよ。どう説明すればいいかしら……いろんなものを、放送している機械なのだけど」
……んんん!?
私、なんとなくわかるんだけど!!
なんとなくわかるんだけど、肝心なことが思い出せない……!
当時の私は思い出せそうで思い出せず、むず痒い思いをしていた。
むず痒さを覚えながらも、お母様の話はなんでも面白かった。
お母様と話していた時が、一番私は笑っていただろう。
だけど、心の拠り所だったお母様は身体が弱く、私が十歳の頃亡くなってしまった。
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