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第5話 チョコレートの扱い雑すぎます
しおりを挟む食事をしている間にお父様から言われたことは、「フェルタ街の隣にあるルッカ村の一軒家を買ったから、しばらく住め」ということと、「翌日十時に家を出ろ、それまでに支度をしておけ」ということ。
たった二言ではあるけど、食事中にお父様から話しかけるなんてすごく珍しい。よっぽどのことなんだろうなと思った。まぁ、小さい頃から婚約を結んでいた王太子から今になってそれを破棄するなんて言われたら、お父様だって饒舌になるだろう。
私は全然気にしてないし、婚約者がいるというのに殿下に手を出す非常識令嬢と、その婚約者を見下し急に近づいてきた令嬢に惚れる馬鹿殿下はむしろお似合いですよ、と言ってあげたい。
……思い出したらイライラしてきた。
どうせ今頃この人と婚約させてくれ! なんて殿下が言ってるんだろうなぁ。
ルッカ村は王都からすごく離れている、地方の村だ。
だが隣のフェルタ街は人がさかんで、市場があり食料店や雑貨店も充実していると、どこかで聞いたことがある。
お父様は食べ物も田畑で栽培しなければならない田舎の村ではなく、隣街があり住みやすい村に住めるよう手配してくれたみたいだ。
お父様って本当は優しい人なのかな……?
「……お待たせいたしました、ドルチェのスフレチーズケーキでございます」
いろいろと考えているうちに、ドルチェのスフレチーズケーキが運ばれてきた。
見るからにフワフワで、今にも崩れてしまいそうだ。フォークで切るとしゅわっという効果音が出そうなくらい、柔らかくて軽い。
「あれ……?」
スフレチーズケーキの横に、何やら黒い物体があるのを視界で確認した。
何かと思い、視線をそちらに向けると……
「板チョコぉ!?」
板チョコがケーキの横に添えてあったのだ。
「シェイラ、食事中だぞ」
「あ、も、申し訳ありません……」
お父様に怒られ、フォークに刺さりっぱなしだったケーキを黙って口に運ぶ。ケーキは口の中でほどよく溶け、とても美味しかった。
問題は、添えられている板チョコだ。
しかも切ってオシャレに盛り付けされているのではなく、でーんと板チョコそのものがそのまま置かれている。
日本に売っている板チョコよりは小さめだが、それでも意味がわからない。
チョコレートソースならわかる。チーズケーキに絡めて食べればいいんだろうな~という意図が見える。
でもこれって、ただの板チョコだよね。
チーズケーキと一緒に食べろと?
私はメイドのラファイに話しかけた。
「ラファイ」
「はい、なんでしょう」
「この板チョコは、どうやって食べればいいの?」
「……いたちょこ? チョコレートは飾りつけですから、食べても食べなくても構いません。リーナから教わったでしょう?」
リーナというのは私の身の回りの世話をしてくれるメイドだ。
――シェイラ様、チョコレートは飾りつけです。食べても構いませんが、手が汚れるので殿下の前や茶会では行儀が悪く思われるかもしれません。そういう場では控えておきましょう。
確かに、前世の記憶を取り戻していない頃、そう言われたことがある。
この国ではチョコレートはただのデザートの飾りつけになっていて、食べてもいいし食べなくてもいいと言われている食べ物らしい。いわばパフェに乗ってるミントみたいなもの。
前世の記憶を取り戻すまで気づかなかった。この国には、チョコレートが入ったお菓子がないのだ。
「嘘でしょ……」
チョコレートのケーキも、チョコレートのクッキーも、トリュフさえもない。存在しない。
なぜなら、チョコレートは飾りつけだから。
チョコレートをお菓子の材料に加える発想がないのだ。
試しに板チョコを一口齧ってみた。
濃厚な甘さが口に広がる。噛めば噛むほど砕けてとろける。
チョコレートはこんなに、こんなに……。
美味しいのに!!!
チョコのお菓子を作らないなんてもったいない!
私はガタッと椅子から立ち上がった。
「お父様、今すぐ厨房を貸してくださいませんか!」
「厨房? ダメに決まっているだろう」
「そこをなんとか……!」
「ダメだ。ドルチェが食べ終わったのなら、明日に備えて身支度をしろ。ドルチェを食べた後も何かを食べる気でいるのか」
「うっ……」
お父様が痛いところをついてくる。
確かにケーキを食べ終わった今、お腹がいっぱいでこれ以上入りそうにないのよね……。
明日の十時までに家を出なくちゃいけないから、支度もしなくちゃいけないし。
勢いで言ってしまっただけに、ちょっと恥ずかしい。
私は顔を赤らめながら再び椅子に座った。
くう……今すぐ厨房を借りてガトーショコラでも作りたかった……。
それをみんなに食べさせたかった。チョコレートのお菓子ってこんなに美味しいんだよって。
でももうみんな夕食は済ませてしまっているだろうし……。
「それと、ルッカ村に着いても獣人とは関わるなよ」
「えっ」
チョコレートのことを考えていたら、突然言われたお父様の言葉に私は目を丸くした。
「ルッカ村って、獣人がいるんですか!」
「……? ああ、地方だからな」
私はお父様に気づかれないように下を向いてこっそり微笑む。
この国は、地方に行くと人間のほかに動物の耳と尻尾が生えた獣人が存在する。
なぜ地方にしか存在しないかというと、エインリス王国では獣人=異形の者というレッテルが貼られているからだ。
みんな「耳や尻尾が生えていて気持ち悪い」と言われていたり、「人間のなりそこない」とまで言われていたりする。
そのため王都では獣人が居を構えることを許しておらず、みんな地方に住んでいるのだ。
時々王都で買い物をする獣人などを見かけるが、大体耳や尻尾をマントでしまい、こっそり買い物をしている。
それでも獣の匂いがしてしまうので、商人たちも嫌な顔をしながら物を売ることもしばしばある。
そこまで獣人を毛嫌いしなくてもいいのに。
王都で買い物していた獣人だって、人間を襲ったりなんてしない。すごく大人しい人たちばかりだ。
ちょっと動物の耳と尻尾が生えてるくらいでなんでそんなに嫌がるの?
……リリーを飼っていた私からすれば、獣人はモフモフがいっぱいで可愛いと思うのに。
ルッカ村は王都から離れているから、獣人が多分いっぱいいるんじゃないかな。
お父様は獣人に関わるなと王都の人間らしいことを言っているが、そんなの聞いたこっちゃない。
それに、ルッカ村でチョコレートのお菓子を作って獣人に食べさせるのもいいかもしれない。美味しいから、きっと喜んでくれるだろう。
ルッカ村に行って、可愛いモフモフに出会うわよ!
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