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第18話 ケイ、お久しぶりです
しおりを挟む翌日の朝。
私はユリクと一緒に少なくなってきたバターやチョコレートを買うため、フェリタ街にやってきた。
朝のフェリタ街も活気に溢れていて、市場で商人たちがいろんな食べ物や雑貨を売っている。
王都にいたときでも見たことのない雑貨が売っていたりして、私は思わず買ってしまいそうになった。
でも今日は買い出しにきたんだから、他のことでお金を使わない! となんとか我慢する。
自分の欲しいものは休日にゆっくり買おう。ユリクに何を買おうかなって待たせたりしちゃったら迷惑だしね。
「あら、いらっしゃい、カナメ」
「こんにちは! 今日もバターをお願いします」
「あいよ」
フェリタ街にしょっちゅう顔を出すので、商人からはあらかた覚えられている。
時々商人の方が休みの日に私のカフェに来てくれたりするのだ。
場所を教えて、良かったら来てください、と宣伝するといつもよりラフな格好で店にやってきてくれる。
スイーツを食べては美味しい、と喜んでくれたり、疲れが取れたと言ってくれたり……。
向こうは忙しいから時たま来るだけなのだが、それでも忙しい間を縫ってわざわざ私の店に来てくれるのは嬉しかった。
「はい、バター七百リン」
「ありがとうございます!」
リンとは単位の一つで、日本のグラムと一緒だ。私は七百グラムバターを買ったことになる。
ちょっと少ない気もするが、また朝買いに行けばいいだろう。
自分の家から近いし、朝に外の空気を吸うのも大切だ。
「カナメの作ったチョコレートケーキ、美味しかったよ」
「ありがとうございます! 私もお店に来店して下さって嬉しかったです」
「ああ、今度は私の古くからの友人も連れて、たくさん食べたいねぇ」
バターを売ってくれたおばさんがにこりと微笑む。
おばさんは私がバターを買い続けていたらこないだお店に来てくれて、「すごく美味しい」と喜んでくれた。
「カナメ喫茶は元気が出る店」という噂も聞いていて、それにも興味があったみたい。
実際に肩の凝りが取れたと言っていたから驚いたけど、それと共におばさんの笑顔が見れて嬉しかった。
「また来てねぇ」
「はーい」
代金を払って頭を下げ、再び市場を歩く。
後は、チョコレートを買いに行かないと。
チョコはバターやメル粉と違って消費がとっても早い。
そりゃ、チョコを使ったスイーツを作っているからなんだけど……。
「百枚くらい、買いだめしたいなぁ……でもあんまり置いてないんだよね、あの菓子店」
「そうだね。飾りつけに使うものだし、そんなに向こうも仕入れてないから」
ユリクがうんうんと頷きながら答える。
そうなのだ。元々飾りつけにつかうものだから、菓子店にも最高で三十枚くらいしか売っていない。それも売れ残りだ。
だからすぐにチョコレートが切れてしまう。
時々お店を営業している途中でユリクに買いに行ってもらうこともしばしばあるのだ。
うーん、無限にチョコレート湧いてくれないかなぁ。
そう思いながらチョコレートが売っている菓子店に向かうと。
ひょこっと犬の耳が目の前に現れた。
「え! モフモフ!」
私がモフモフめがけて手を伸ばす。
しかし。
「触らないでください」
と、犬の耳の主が私の手をぱしっと叩いた。
そのどこかで聞いたことがある冷たい声に、目を凝らす。
そこには、兎の耳が生えたケイと、犬耳のルットが立っていた。
「カナメ! 久しぶり!」
ケイがうさ耳をぴょこぴょこ動かし、笑顔で私とユリクに手を振る。
ひさびさに見た元気そうな顔に、私もにこっと笑みを返した。
「ケイ! 久しぶり。 ルットも、久しぶり」
「……」
ケイは笑ってくれたのだが、ルットは私の挨拶に一つも笑わずにケイにぴったりくっついていた。
うーん、まだ警戒心持たれてるなぁ。
ルットと目が合ったらすかさず私は微笑むのだが、ルットはすっと目を逸らすだけ。
でも何度かちらちら目が合うし、口を開けたり閉じたりして何かを話そうともしているから、少しだけ気を許してくれているのかもしれない。
「なぁ! 聞いたか? ターメルク殿下が結婚したって」
「ターメルク殿下が結婚?」
ユリクがケイの言葉を繰り返す。
ケイは「ああ!」と力強く頷いた。
「お相手は男爵令嬢のベルローズって人らしい。なんでも幼少期からの婚約者との婚約を破棄して、本当に愛する令嬢と結婚したとか」
「……へえ、それはひどいものだね」
「そうか?」
「幼い頃から婚約者がいたのに、その婚約者の気持ちも考えずに破棄したんだろう? 無責任な王太子だと思えてしまうよ」
「うーん、そう言われれば確かに……」
「王太子は突然婚約を破棄したの?」
「貴族が通う学院で言ったらしいから、突然なんじゃないか?」
「なら二人は幸せな気持ちだろうけど、残された元婚約者は昔から婚約が決められていたのに、突然裏切られたってことだろう? 少なくとも幸せには感じていないと思うよ」
ケイはうーん、と顎に手をあてて唸った。
「すっかり王都がお祝いムードになってるって聞いてたから、俺もお祝いしようかなって思ってたんだが……そうか、元婚約者はこの祝いを辛く感じているんだな……」
その元婚約者、私なんですけどね……と、三人に気づかれないよう下を向いて苦笑いを浮かべた。
きっと王都では盛大な祝いが行われていることだろう。
また二人で自分たちに酔いながら、形だけの愛ではなく、運命の人と出会えて結婚できた、とでも思っているんだろうなぁ。
……もう、どうでもいいんだけどね。
私は私でこのルッカ村という居場所を見つけられた。
家を追い出してくれたお父様に感謝している。
もしずっと王都に留まっていたら、王太子に婚約破棄された女として人々から蔑まれ、辛い日々を送っていたことだろう。
ならこうして王都から離れた街に住んで、のんびり暮らしていた方がよっぽどいい。
モフモフの獣人たちとも出会えた。
一緒にカフェも開いているし、ケイたちのように仲良く会話もできている。
今までの生活よりよっぽど幸せだ。
私は誰にも聞かれないように、くすりと笑った。
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