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第30話 チョコレートフレンチトースト
しおりを挟む私はその言葉に衝撃を受け、固まってしまった。
前世の記憶を持ってる……? どうしてこの人が知ってるの? それが私の魔法と何か関係しているの?
聞きたいことがたくさんあるのに、喉が渇いて言葉が出ない。
リュザの射抜くような瞳から、逸らすことができない。
何も答えられなかった。
「ここからは、君ら二人以外に聞かれないように、結界を張っておこう」
リュザがパチン! と指を鳴らす。
瞬間、ずん、と家が揺れた。
が、周りを見渡してもバリアが張ってあるようにも見えないし、何ら変わったことはない。
「家を見えなくさせた結界でも、家に近づけなくさせる結界でもないよ。なんていえばいいかな、人を『来ないようにさせる』んだ。もちろん君の店の存在を一から十まで忘れさせたわけじゃない。ただ、店に入ることを『後回し』にするようにした。俺が結界を張っている時間、村の住人たちは「自分の店が忙しいから後で店に来よう」「友人と遊ぶから後で店に来よう」と、君の店に行くことを後回しにさせるよう、結界が村を操作している。他の街から来た人も、村に入ったら結界の操作が効くから君の店には来ないはずだ」
「……」
王宮魔術師さんは、結界を張るだけでも格の違いを見せてしまうんですね……。
そんな村ごと操作する結界なんて、聞いたことないもの。
てか結界が操作するってなに。
結界は周りから遮断するだけのものじゃないの!?
……よくよく考えてみれば、彼の結界のおかげでうちの店が周りから遮断されているから、本来の使い方をしているのか。
「あの、俺もいていいんですか? そんなに大事な話なら、俺は部屋で待っていますが……」
ユリクがルイボスティーを音がしないようにテーブルに置いて、控えめに口を開く。
リュザは手を口元にあててくすりと笑った。
「君もカナメと一緒にこの店を営んでいるんだろう? それなら聞いていない方が損する。名前はなんていうの?」
「ユリクです」
「へえ、良い響きだね」
リュザはユリクににこりと笑んだあと、コホンと咳をしてユリクが運んでくれたルイボスティーを一口飲んだ。
温まったのかふぅ、とため息を吐く。
そして再び私に視線を合わせた。
「さて、話を戻そうか。君が治癒魔法ではない何かを使っている、前世の記憶を持っている、という話なんだけど……」
「は、はい」
「君の作ったショコラスイーツを食べてみてもいいかい?」
リュザが何を考えているのかわからない瞳をメニューに向けた。
私がどうぞ、と言う前にぱらぱらとメニューを捲っている。
メニューに視線を向けたままリュザは話し始める。
「何故俺がここに来たかというと、君がショコラスイーツでデューサの猛毒を完治させたという噂を耳にしたからだ。そんな人間が存在するのかと思って、魔術師としては放置させておけないから、俺は君のことを少しだけ調べさせてもらった。そしたら、他にも君が作ったスイーツを食べて麻痺毒を治した、風邪を治した、元気になった、などの情報も出てきてね。だから、君のスイーツを食べてみてどういう仕組みで回復するようになっているのか調べたいんだ。……まぁ、心当たりはあるんだけど」
……えっと、とりあえずリュザは私の作ったスイーツがデューサの猛毒を治したという噂を聞いたから、どういうスイーツなのか調べたいんだよね。
チョコレートを使った、なんてことないスイーツなんだけど……。
「それじゃあ、チョコレートフレンチトーストを一つ、いいかな?」
「かしこまりました」
私は椅子から立ち上がってキッチンへ向かう。
チョコレートフレンチトーストなら、朝の仕込みでチョコレート液にたっぷり浸したパンがある。
それをじゅわりと焼けば完成だ。
私は早速冷蔵庫から浸したパンを取り出した。
チョコレート液は容器に卵と牛乳、溶かしたチョコレートを入れて混ぜたもので、それに食パンが浸されている。
食パンはチョコレートをしっかり吸いこみ、綺麗なチョコレート色に染まっている。少しでも触ったらすぐに液が出そうなくらいで、おまけに甘い匂いが仄かに香っている。
ごくりと唾を鳴らして私はそのパンを菜箸で挟み、バターが溶けた熱したフライパンに乗せた。
瞬間、じゅわっとパンが音を立てた
バターの香ばしい匂いとチョコレートの甘い香りが混ざって、ますます食欲をかきたてる。
後ろの方で、「いい匂いがしてきた」とリュザが言っているのが聞こえた。
弱火で五分焼いて裏返すと、こんがり焼けたパンが顔を出す。
ああ、美味しそう……!
これでリュザが、私の作った物で回復する仕組みがわかったら私も少し安心できる。
初めてチョコスイーツを食べた男性の麻痺毒を治し、人々を元気にさせ、デューサの猛毒まで治してしまった。
これがどういう力を持って回復させているのか知ることができたら、自分自身を怖く感じることもなくなるはずだ。
私は再び時間が経ち、両面ともよく焼けたフレンチトーストを花と蔦が装飾された皿に盛った。
飾りつけにメイナの葉を真ん中に添え、粉糖を茶こしで振るう。
フレンチトーストだけじゃ色が映えないが、こうすれば可愛く見えるし、お客さんも喜んでくれるだろう。
「お待たせいたしました、チョコレートフレンチトーストです」
私はフレンチトーストが乗った皿をリュザの前に置き、ぺこりとお辞儀をした。
リュザは「ほう……」とチョコフレンチトーストをじろじろと見つめたり、匂いをくんくん嗅いだりしている。
そしてナイフでトーストを小さく切り、フォークに刺して一口口に含んだ。
その所作一つ一つが品があり、洗練されている。
リュザは目を閉じてゆっくり咀嚼し、フレンチトーストを味わっていた。
味わったあと、再び目を開けてフレンチトーストを食べ、また目を閉じて味わう。
この動作を繰り返し続けたあと、リュザはようやく口を開いた。
「これはね……」
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