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第39話 説得
しおりを挟む私が突き放すように言うと、お父様が書類から顔を上げた。
どういうことだ、というように疑問の目を向ける。
私は息を深く吸って、もう一度さっきの言葉を口にした。
「お父様、ルッカ村に帰らせてください。お願いします」
「……何故だ?」
お父様が眉をぴくりと動かす。
今思ってること全てをお父様にぶつける勢いで、私は言葉を紡ぐ。
「あのカフェは、私の居場所なんです。いろんなお客さんと会話して、スイーツを作っていくのがすごく楽しくて……。今でも仲の良かったお客さんや、お世話になった市場の人たちがどうしているか気になります。また、あのカフェで働きたいんです」
「だが、獣人とカフェをやるなど……」
「獣人の何が悪いのでしょう?」
お父様の目が見開かれる。
「獣耳と尻尾が生えてるだけで、それ以外は人間と何の変わりもありません。人間にいたずらしたりすることもありません。人間と少しだけ姿が違うからって、どうしてそこまで毛嫌いするのでしょう?」
「……」
「私は獣耳も尻尾も、とても可愛いく癒されるものだと思っているのですが」
にっこり微笑みをお父様に向けると、お父様は深いため息を吐きながらふむ……と唸る。
しばしの沈黙のあと、私と目を合わせた。
お父様の整えられたプラチナブロンドの髪が揺れ、困ったような瞳を向けられる。
「……どうしても、村に戻りたいのか?」
「はい」
「どうしても?」
「どうしても、です」
「そうか……」
お父様は眉を顰め、瞳に少し寂しいような切ない色を滲ませた。
「ならば、行ってくるといい」
「え……?」
「その代わり、少しはこちらにも顔を見せてくれ。……父親として娘がどうしているかは、知っておきたい」
「は、はい! もちろんですお父様。ありがとうございます……!」
喜びに満ちた顔を見せると、お父様が少しだけ優しい表情を向けた。
他人から見れば無表情に見えるけど、瞳が僅かに細められているからこれがお父様の精一杯の優しい顔なのだと私にはわかる。
「……後日、シェイラの店に行ってもいいだろうか。そこまでして村に戻りたくなる理由を、私も知っておきたい」
「ぜひ! 美味しいスイーツをご用意いたします」
「ああ。待っている」
「……あ、でも村での私の名前は「カナメ」になっているので、村ではカナメと呼ぶようにしていただけると助かります。王太子に婚約破棄された相手だと気づかれないよう、そう名乗っていたので……」
「わかった」
お父様がゆっくりと頷く。
書類を整頓しているのを見て、忙しいときに邪魔してしまったと思い私は「行ってきます」と告げるとそのまま書斎を後にした。
「……行ってらっしゃい」
ドアを閉めるとき、小声でそう聞こえたのは気のせいだろうか。
お父様は前より随分私と会話してくれるようになったと思う。
もちろん、話題ができたから、というのもあるけど……。
お父様がカフェに来たあのとき、婚約破棄の真実を話して、お互いの心が打ち解けたからだろうか。
あのときはお父様も本音で話していてくれたし、今日も私が村に戻りたいと言ったときも寂しい顔をしながらも受け入れてくれた。
もしかしたらお父様は、家からいなくなってしまう娘のことが心配……なのかもしれない。
今まで一緒に食事をしていたときも、お父様は無口ながらも楽しんでいたのだろうか。
時々こっちに顔を見せてほしいと言っていたし、それが本音なのだろう。
「うん、また、戻ってこよう」
私はくすりと笑いながら、村に戻る身支度をした。
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