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第40話 再会
しおりを挟む御者のリネスとともに馬車に揺られて三時間。
馬車から見える景色は、たくさんの人々が歩き大きな店が集まる王都から、黄緑色の草原が広がるルッカ村へと変わっていった。
窓を開けると、澄んだ空気が肺に流れ込む。
いなかったのは数日間だけだったけど、懐かしく感じる空気を私は何度も深呼吸して味わった。
やがて私の家が見えてくる。
若葉のような綺麗なグリーン色の屋根。
小さな門の前には、『カナメ喫茶』の看板。
「看板が出てるってことは、営業してるのかな……」
家に近づいてくると、庭にお客さんがティーカップを口につけているのが見えた。
隣のテーブルには背の高い銀髪の男性が、お客さんの前に立ちメモを取っている。
「……!」
ユリクだ……!
銀色の猫耳をぴんと伸ばし、笑顔でお客さんと会話していた。
その顔を見て、私は鼓動が早くなり早く会いたい気持ちが高まるとともに、少し切なく思えてくる。
この数日間、ユリクは一人で『カナメ喫茶』を営んでくれていたのだろうか。
今まで私と一緒に仕事をしていたのに、一人で全てこなしていたと思うときゅっと胸が締め付けられる。
庭のテーブル席を見ていると、お客さんのもとにはティーカップのみが置かれていた。
……紅茶やコーヒーを数日お客さんに提供してたのかな。
思わず胸をぎゅっと掴んでいると、ユリクがメモから顔を上げ、ふっとこちらを見た。
「あ……」
目が合った、ような気がする。
瞬間、ユリクはバタバタと庭からリビングに戻っていった。
「……シェイラ様、着きましたよ」
「ありがとう」
家の門前でリネスがドアを開け、私に手を差し伸べてくれる。
手を取り、馬車から降りると家のドアがバン! と開かれる音がした。
地面を見ていた顔を上げ、前を向く。
リネスが「では私は、これで」と馬に乗って馬車を走らせる音が遠くで聞こえた。
「カナメ……!」
ユリクの柔らかくて中性的な声が耳に届く。
門を抜けて私の目の前まで走ってきて、息を整えながら私と目を合わせた。
少し癖のあるさらさらの銀髪。夕日のように綺麗な金色の瞳。
背が高くて、雰囲気が少し大人っぽい。
頭には銀色の毛並みの猫耳が生え、背中の方では尻尾がちょこちょこと動いている。
……ああ、ユリクだ。
私は安堵の笑みを浮かべた。
けど、それとは対称にユリクの顔は怒り気味だ。
「……どうして来たの」
眉根を寄せていつもより低い声で言う。
「君は令嬢だから、獣人の俺とは一緒にいちゃダメって言ったじゃない」
「そんなの関係ない」
「関係あるだろう」
「身分が高いから、低いから。そんな理由で今までやってきたこの『カナメ喫茶』を、捨てられるわけないでしょう」
「けど……」
「お父様も説得してきた。私の居場所はここだって言ってきたよ」
ユリクは珍しく眉間に皺を寄せて今すぐ帰って、とでも言いたげな顔を浮かべていたが、私の言葉を聞くうちに表情が和らいできた。
尻尾も下がらずゆらゆらと揺れているし、耳も上がったままだ。
そんなユリクを見て、自然と言葉が零れた。
「それにね、ユリクに会いたかったんだ」
屋敷にいた数日間、ユリクは何をしているだろうといつも考えていた。
会話する人がメイドやお父様だけだったし、対等に喋れる人がいなかった。
こんなときユリクがいたらなぁって考えることもよくあったのだ。
ユリクは私の言葉に驚いたのか、口をぽかんと開けていた。
しばらくして口を閉じ、「もう……」と困ったような声音で呟いて、視線を逸らす。
再び目が合ったときには、綺麗な笑みを私に浮かべていた。
薄い唇が弧を描き、琥珀色の瞳が細められる。
ぽん、と私の頭に手が置かれ、優しく撫でられた。
「俺も、会いたかったよ」
ユリクの温かい手が髪に触れている。
その言葉と撫でてくれている大きな手に、とくんと心臓が高鳴った。
顔が熱くなり、自分の高い体温が頭からユリクに伝わっているんじゃないかと少し焦る。
ユリクが手を離して、門より中へ入った。
「……カナメ」
振り返ってユリクが手を伸ばす。
私は手を取って歩き出し、門を抜けた。
「おかえりなさい」
ユリクが笑顔で私を迎え入れる。
嬉しくて、私も満面の笑みで言った。
「ただいま!」
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