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第44話 「いただきます」と「ごちそうさま」
しおりを挟む牛乳と卵、チョコレートを混ぜた生地にパンを浸してフレンチトーストの準備をしたり、ザッハトルテの生地を作ったり、ガトーショコラを作って冷やしておいたり……。
ユリクはその間にテーブルの位置を整えたり庭の手入れ、朝ご飯を作ってくれていた。
仕込みが終わると大体朝八時くらいで、その後ユリクが作ってくれた朝食を二人で食べ、店内が汚れていないか仕込みは完璧か最終確認し、開店するという形だ。
「カナメ、朝ご飯できたよ」
「わぁ……!」
白いテーブルに並ぶのは、色とりどりのサラダやパン。
ハーブや野菜にローストビーフが盛られたサラダと、ミッサ——日本では玉ねぎの味に近い——が入ったスープ、こんがり焼けた塩パンが並べられ、香ばしい匂いに私は息を呑んだ。
ユリクはいつも手の込んだ朝食を作ってくれる。
私は久々にユリクの手料理が食べられるのが嬉しくて、すぐさま椅子に座った。
「食べてもいい?」
「うん、どうぞ」
「いただきます!」
まずは、サラダを一口。
「うーん! 美味しい~~!」
柔らかいローストビーフの食感と、気持ちが落ち着く香りのするハーブ、シャキシャキの野菜。それだけでも美味しいのに、さらに甘酸っぱいソースが合わさってよりいっそう野菜たちを引き立てる。
続いてスープも飲んだが、ミッサが口の中でとろけ、甘さの中に塩のしょっぱさも効いていてとても美味しい。
塩パンもしょっぱさは控えめで、焼き加減がちょうどいい。
何もかもが美味しい!
私が時々「ん~!」と喜びながらぱくぱく食べていると、隣で黙々と食べていたユリクがふっと笑った。
「……美味しそうに食べるね」
「うん、ユリクの作ってくれるご飯はいつも美味しいよ。……ごちそうさま!」
あっという間に平らげてしまった私に、ユリクも目を丸くしている。
両手をパン! と叩いて挨拶した後、食器を食洗機に持っていく。
途中で、「カナメ」とユリクに呼び止められ、振り返った。
「なに?」
「あのさ」
「?」
ユリクはひと呼吸置いてから不思議そうな表情をして訊いてきた。
「カナメ、食べる前と食べた後にいつも挨拶してるよね。それって、前世の世界での風習なの?」
「え……?」
「この国では、食べる前に「いただきます」って言ったり、食べた後に「ごちそうさま」って言うしきたりはないから……」
ずっと疑問に感じてきたのだろう、首を傾げて訊いている。
……そういえば、ユリクは食べるときにそういった挨拶をしたことはなかったな。
私が「いただきます」とか「ごちそうさま」と言ったときに、しばらくの間じっと見つめていたのはそういうことだったのか。
「うん、私の国では食事のときに「いただきます」って挨拶するんだ。食事を作ってくれた人や、食材を作ってくれた農家の人とか、動物に感謝していただくってことなんだよ。「ごちそうさま」は、食事を支度してくれた人に感謝するって意味だったと思う」
「へぇ……食事に感謝かぁ」
ユリクはスープを飲み干し、全部の皿が空になったところで両手をパン! と叩いた。
空になった皿を見つめて、
「……ごちそうさま」
笑顔で呟いた。
ユリクが日本の挨拶を言ってくれたことに、心が温かくなり、嬉しさがこみ上げてくる。
これから食事の時に挨拶してくれるのかなと思うと、ユリクの作るご飯だけでなく、挨拶することまで楽しみになってくるのだった。
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