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第43話 朝
しおりを挟む「ん……」
暖かい陽光が窓から射し込み、私は重い瞼を開けた。
辺りを見回すと、狭い部屋にドレッサー、薔薇の模様が彫られたチェスト、一人用の花柄のソファ。
昨日までいたところと違う……とぼんやり見つめていると、だんだん意識が覚醒してくる。
「あ……そうだ」
私はこの家に戻ってきたんだ、と理解した。
うんと背伸びをして、ふかふかのベッドから降りる。
文字盤にいくつもの花が描かれた壁掛け時計を見ると、六時半を指していた。
この時間なら、仕込みも間に合うだろう。
「あ、でも」
昨日足りない食材を確認するのを忘れて眠ってしまった。
ユリクの作ってくれたホットミルクがあまりに美味しくてホッとする味だったから、ついそのまま眠ってしまったのだけど……。
あれ?
「私、どうやってここまで来たんだろう?」
お客さんの席で眠ったはずなんだけど。
昨日の夜を思い返すと、なんとなく誰かがベッドに連れて行ってくれたのを覚えている。
……ユリクが運んでくれたのかな。
「え!? どうやって!?」
思わず頭を抱えて叫ぶ。
私は体重が軽い方ではないし、むしろ『カナメ喫茶』を始めてから余ったスイーツを食べてむくむく太っていったんだけど……いや、でも屋敷に帰ったときは甘いものあんまり食べてなかったし……。
「それでも絶対重かったよね!?」
とにかく、後でお礼言わなきゃ。
急いでパジャマから私服に着替えていると、コンコンとドアがノックされた。
「カナメ? 起きてるの?」
ユリクの声だ。
私は私服のボタンを全て止めて髪を結び、「うん、今起きたところ!」と応えた。
……部屋から出たら、顔を洗ったあとすぐ買い出しや仕込みに入っちゃうし、お礼を言うには今しかない。
「ユリクー!」
「え、あ、今は……」
お店のことを考えていたらきっと言うのを忘れてしまうだろう。
私はドアノブを回してドアを開け、目の前にいたユリクと目を合わせた。
の、だが……。
ユリクは上半身は何も着ておらず、ズボンを履いているだけの姿だった。
「ぎ、ぎゃあああああ!!!」
私は思わず両手で顔を覆う。
ちらっと指の隙間からユリクの顔だけ窺うと、眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をしていた。
「カナメが叫んでたから、何かあったのかと思って急いで来たんだ……」
ユリクの濡れている髪から水滴がぽたりと落ちた。
裸だったことに驚いて他が見えていなかったが、冷静に見つめると肩にタオルを巻いているのがわかった。
お風呂上がりに私の叫びを聞いて、駆けつけて来たのだろう。
私は目をぎゅっと瞑りながら両手をユリクの前でぶんぶん振った。
「服くらい着てくださいよ!」
「ズボンは履いてるから良くない?」
「良くないです!」
「そう? そんなに裸でびっくりするなんて、今更だと思うんだけど……」
「え……?」
私は片目を細く開ける。
ユリクはからかうような笑みを浮かべていた。
「俺の裸は最初出会ったときに見てるだろう?」
「……」
確かに、確かにそうなんだけど……。
私はちらっと視線を下げた。
陶器のような白い肌。意外と筋肉質で、引き締まってて、ズボンから僅かに覗く腰骨が……。
「や、やっぱり、服を……服を着て下さい!」
「……はいはい」
私の必死の懇願に、ユリクはくすっと笑ってバスルームの方に戻っていった。
前世でも恋人いない歴年齢で、この世界でも令嬢として過ごしてきた私には……。
刺激が強すぎる!!
ユリクが服を着たのを確認してバスルームに行き、顔を洗った後店舗となる一階へ一緒に降りた。
昨日掃除していなかったからしないと、とリビングルームに行くと、すでにお客さんが座る椅子もテーブルも全てピカピカに掃除されていた。
汚れ一つなく、陽の光に照らされ輝いている。
「ユリク、昨日テーブルも拭いてくれたの?」
「ああ、精霊と一緒にね」
「……何から何までごめん。ありがとう。私のこと、ベッドに運んでくれたりもしたでしょう?」
ユリクがキッチンの食材を確認した後、私の方を見て頷く。
やっぱり運んでくれてたんだと少し申し訳なく思った。
「……ありがとうね。重くなかった?」
「……全然」
ユリクが目を細めた。
「軽かったよ。俺が持ってる剣より全然軽かった」
「え……」
「だから、疲れたらまたここで眠ってもいいからね。俺が運んであげる」
そう言ってにこっと微笑む。
いつもの優しい笑みなのに、さっきの言葉も相まってか色気が滲んでいるように感じた。
ドキドキと私の鼓動が早くなり、頬が好調していくのが鏡を見なくてもわかる。
どうしてそんな風に口説いてくるのと思ったが、こういうことが何も初めてというわけではない。
ユリクのことだし、無意識の発言なのだろう。
「足りない食材は特にないね」
「え、あ、そうなの?」
「数日間スイーツを作ってなかったからだろう。今日は買い出しに行かなくていいよ」
「……わかった」
ユリクの言葉で、そんなことを考えるより今は店のことをしないと、と思い、袖を捲った。
いつものメニューを見ながらすぐお客さんに提供できるよう、久々に仕込みを開始したのだった——
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