53 / 64
第53話 チョコレートドリンク
しおりを挟む「まだ練習してる……」
ユリクが練習している間、私は部屋に戻って本を読んでいた。
フェリタ街の市場を逸れた道に書店があるので、たまにそこでいろいろ本を買っている。
大体旅行の本やお菓子のレシピ本を買っていた。
旅行の本は地方の方の食べ物の特徴を知りたくて買い、お菓子のレシピ本はチョコレートを加えたら美味しそうと思えるようなお菓子が載っているのを探して買っている。
それらを読んで楽しむこと二時間。
部屋から出、階段を下りて一階の窓ガラスを覗くと、ユリクはまだ練習していた。
「大丈夫かな、疲れてたりしないのかなぁ」
この一週間朝晩ずっと剣の練習をしているし、疲れているはずだ。
私は剣を空中で突いたり払ったりしているユリクをリビングからそっと見つめた。
「……何か私にできることはないかな」
ユリクは開店中接客もほとんど行っているし、すごい疲労が溜まっていると思う。
私に何かできることがあれば、ユリクを癒したい。
見たところ、ユリクの周りに飲み物がない。
これだけ練習して飲み物を飲んでいないなんて、相当練習に没頭しているのだろう。
絶対に、喉が渇いているはず。
「それなら……」
私はキッチンの方まで歩いた。
ワークトップに牛乳と生クリーム、そしてチョコレートとボウルに念じ、精霊たちの力を借りてさらさらと生み出す。
「よし!」
私は腕まくりをして調理を開始した。
まず鍋に牛乳を入れて中火にかけ、ぼこぼこと沸騰したら火を止める。
そこにチョコレートを数回にわけて加え、なめらかになるまで泡だて器で混ぜる。
チョコレートと牛乳の甘い香りが鼻腔を刺激してきた。
なめらかになるまで混ざったら、生クリームを加えてさらに混ぜる。
「うん、できた!」
たった四工程だが、これでほとんど完成だ。
最後に粗熱を取って、私の魔法で冷やせば……。
「チョコレートドリンクの完成!」
試しにスプーンで掬って一口飲んでみる。
うん、甘くてすごい美味しい!
それを長めのコップに入れ、それだけでは寂しいのでドリンクの上にホイップクリームを絞り、チョコレートソースとチョコレートを砕いたものをぱらぱら乗せ、真ん中にメイナを添える。
以前に飲んだレインボードリンクにかかっていたトッピングシュガーみたいなのは買ってないからないけど、これだけでも結構可愛い。
「ユリクー」
太めのストローをさして、ホイップクリームとドリンクを零さないよう慎重に庭で練習しているユリクの元へと持っていく。
振り向いたユリクが、険しい表情からぱあっと明るい顔になった。
「なにそれ!」
「喉渇いてるかと思って……チョコレートドリンク作ってきたよ」
剣を置いたユリクにドリンクを渡す。
尻尾がこれでもかというくらいぶんぶん左右に振られていて、可愛い。
「飲んでいいの?」
「うん、どうぞ」
「……いただきます」
ユリクがストローに口をつけ、一口吸う。
途端、ハッとしたように目を見開いた。
ストローから口を離したかと思うと、再度咥えてチョコレートドリンクを吸い上げる。
ユリクは夢中で吸って、半分まで飲んでしまった。
ぷはっと息を吐いて私の方を向く。
「甘くてどこかさっぱりする味で、すっごく美味しい。体力もぐんぐん回復してくよ、本当にありがとう」
「ふふ、良かった」
「喉も渇いてたから、持ってきてくれて嬉しい。助かった」
ユリクは再びストローを口につけ、チョコレートドリンクを飲み込んでいく。
耳はぴんと立ち、尻尾もぶんぶん揺れてとてもご機嫌なようだった。
額には玉の汗が浮かんでいて、頬から顎に滴り落ちていた。
もうすぐ飲み干すというところで、私は気になっていたことをそれとなく訊いてみる。
「よく練習してるけど……森で魔物退治でもするの?」
「……」
ユリクは庭のテーブルにかけられた剣を一瞬見遣って、再び私に視線が移った。
「カナメに相談したかったんだ」
ずずっとチョコレートドリンクを一気に飲み干す。
真摯な表情で私を見つめて言った。
「俺、王国騎士団に入りたいんだ」
1
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました
かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。
だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか——
「では、実家に帰らせていただきますね」
そう言い残し、静かにその場を後にした。
向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。
かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。
魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都——
そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、
アメリアは静かに告げる。
「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」
聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、
世界の運命すら引き寄せられていく——
ざまぁもふもふ癒し満載!
婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる