530 / 661
第16章 魔王対勇者
第526話 台風九十九号(生徒サイド)
しおりを挟む
九鬼がケビンの元でダンジョン攻略という名の過酷な訓練を開始してから、4ヶ月が経過した9月のこと。
魔王の伴侶組であるベッツィが第1子で長男のベルトラン、クレイが第1子で長男のクレール、ダリアが第1子で長男のダニエル、エルケが第1子で長男のエミール、ギオーネが第1子で長男のギャストン、イーダが第1子で長男のイヴァーノ、レニャが第1子で長男のレオンス、ニクシーが第1子で長男のニーヴァンズ、トリーシュが第1子で長男のトリスタン、ウィルマが第1子で長男のウィルバーを出産した。
ケビンの子供が生まれた際には九鬼やベネットのみならず、ドワンやサイモンたちも帝城に招かれて、出産祝いのお食事会が開かれていた。
その際、拡張に拡張を重ねてある帝城の食堂に初めて入った客人たちは、そこに集まるケビンの家族に度肝を抜かれてしまう。
「ケビンさん……ここまでいくと言葉が出ませんよ」
「お師匠様は家庭も凄いです……」
「家族を増やせるだけ増やすという、新たな試みでもしているのか?」
「嫁が多いと聞いていたが……」
「これは村の規模を超えているわよね……」
「小さな町くらいの規模か……?」
「多種多様な種族の集まり……」
「あー……こほん。実はここにいる以外にも嫁はいる。現地妻というものだな。その地を離れたくなくて帝都には住んでいないんだ」
気まずそうに語るケビンの話を聞いた7人はもはや規模が違いすぎて、思考を放棄してしまうと深く考えることをやめた。
「今日はお祝いごとということで、珍しい料理を用意したから堪能して欲しい。それじゃあ、いただきます」
「「「「「いただきます!」」」」」
そして始まるお食事会では、見たこともない料理が出てきていたので6人は唖然としてしまうものの、九鬼だけはそれが元の世界の日本料理であることに気づいてしまい、涙ながらに噛み締めながら箸を進めていく。
「クキくん、どうしたのですか?」
「……ケビンさんの気遣いが……いつもなら何も感じていなかった料理が、ここまで美味しいものだったのかと思ったのは初めてで……美味しくて涙が止まらないんです……」
「とても珍しい料理ですものね。私も美味しくて手が止まりません」
そして、九鬼やベネットとは違う別の場所では。
「か、辛ぇぇぇぇっ!」
「ツーンてくるぞ、ツーンて!」
騒いでいるサイモンとオリバーが手を出したのは大人用お寿司で、わさび初体験となる2人はお寿司に入っていたわさびの洗礼を受けてしまい、慌てて飲み物を口にする。
「苦ぇぇぇぇっ! 熱ぃぃぃぃっ! 辛ぇぇぇぇっ!」
「なんだこれっ! 薬かっ!?」
2人が慌てて飲んでしまったのは緑茶であり、これまた初体験となってしまい、熱さで辛みが上昇したサイモンは悶え、苦味が強くて薬と勘違いしたオリバーは目を白黒とさせている。
そのような騒いでいる2人とは違い、妻であるマルシアとミミルはやはり女性らしく料理に興味津々で食事を進めていた。
「このほんのり甘いのは何かしら?」
「肉じゃがって言うお料理らしいわよ」
「こっちのカリコリしたものは?」
「お漬物と言うらしいわ」
「これはお味噌汁って言ってたわね」
「この白いのはご飯で赤いのは梅干しって言うみたい。梅干しは酸っぱいから少しずつ食べた方がいいんだって」
「美味しいわね」
「美味しいよね」
そして、ドワンは新しいものへの挑戦として、出されている料理の全種類制覇を目指すために、少しずつ取っては黙々と食事を進めていたのだった。
それからお食事会がつつがなく終了すると、ケビンが九鬼たちを見送る際に九鬼からお礼の言葉をもらう。
「ケビンさん、今日のことは絶対に忘れません。久しぶりに食べた故郷の味はとても美味しかったです。ありがとうございました」
「たまには故郷を忘れないためにも食べた方がいいからな。今日はお祝いごともあったし、丁度いい機会だった」
「また明日から訓練を頑張れそうです」
「そうだな。さっさと上級者用を制覇してから、帝都外の上級者用も制覇してしまえ。九鬼ならできる」
「はい!」
九鬼はケビンへの挨拶が終わると待っていたオリバーたちの所へ走っていき、振り返っては手を振りながら帝城から宿屋へと帰っていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
※ 今回は2名ほど新たな生徒の名前が出てきます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌月の10月、保養地タミアにて黒髪黒目の集団が集結していた。何故かと言うと、ここに温泉があるからという何とも言えない理由からだ。生徒たちは今、教会の1室を借りて話し合いを始めていた。
「私たちがこちらに来てから2年が経過しましたわ」
「早いよねーもう18歳になっちゃったよー」
「7月には皇都に残っている4人の赤ちゃんが無事に生まれました。赤ちゃんが生まれる前に奴隷から解放できて良かったですわ。下手したら赤ちゃんの分まで身請け料を払わないといけなくなりましたもの」
「みんなでカンパしたかいがあったねー」
勅使河原の話に対して、その都度相槌を打つのは弥勒院である。幻夢桜が合流しないせいで、勅使河原が話し合いの進行役を買って出たのだ。
「東西南北君がいなくなりまして半年が経過していますけれど、未だに見つけられることができていませんわ」
「ってゆーか、無理っしょ。どんだけこの世界が広いと思ってんの? 世界の中から人を1人捜すとか無理難題だし?」
東西南北の話題が出てくると、それに対して百鬼が意見を述べたら一部の生徒たちも同じことを思っているのか、声には出さないもののどこか諦めている表情を見せていた。
「確かに難しくはありますけど、黒髪黒目なら目撃情報を探っていけばおのずと見つかるはずですわ」
「それは無理だろ。その肝心要の目撃情報がないんだ。この世界にあるかどうかはわからんが、染髪剤で髪を染めてしまったらもう黒髪じゃなくなる。もしくは既に殺されたかだな。目撃情報がないってことは、そういうことだろ」
「東西南北ぉぉぉぉ!」
勅使河原の希望的観測に異を唱えたのは、現実的な回答をする無敵であり、その無敵の『殺された』発言に一同は顔を顰めてしまう。
「無敵君、私たちは志を同じくする同郷の士ですのよ。不用意な発言は控えてくださいまし」
「志を同じく? グループで好き勝手動いていて今更それはないだろ? 志を同じくと言うなら、何故幻夢桜を放っている? 同郷の士である1人がここにはいないじゃないか。九鬼を含めると2人だな」
「それは……」
無敵から痛いところを突かれた勅使河原が言葉に詰まると、話し合いの場は沈黙に包まれていく。そして、それを打ち破ったのはこの中で1番我が道を貫いている生徒会長だった。
「この際、幻夢桜少年のことは放っておこう。彼は元々単独行動が好きなようだからな。それよりも今は優先すべき事項があるだろう」
「元の世界に帰る方法ですか?」
生徒会長の言葉にご尤もな意見を挙げた女子は、何故だかわからないまま一喝されてしまう。
「違う!」
「やっぱり東西南北君の捜索?」
そして別の女子が違う意見を述べてみるものの、それすらも一喝されてしまったら満を持して生徒会長節が炸裂するのだった。
「それも違うっ! 私の立ち寄った場所にミートソーススパゲティが売ってないんだ! セレスティアもアリシテアもミナーヴァもそれらしい物が全く売っていなかった! 四少年っ、イグドラではどうだったのだ!?」
「小生たちが立ち寄った場所では、そのような物は売られておりませんでしたが」
「これで4国だぞ、4国! これだけ探し回って売っていないとなると、残るは魔王の地もしくは小国か海を渡るしかないではないか!」
「魔大陸が残っている件」
「魔大陸はイグドラの更に西ではないか。大陸続きなのに魔大陸と言われている場所にミートソーススパゲティがあるとは思えん!」
自由奔放な生徒会長の力説が炸裂すると、他の生徒たちはやはり絡みづらいと思いつつ、破天荒な思考についていける気がしなかった。
そして何とか生徒会長グループが、長年とは言えずとも浅からぬ縁でもないので生徒会長をなだめている間に、乱された話は振り出しに戻っていく。
「やっぱり東西南北は誘拐されたんじゃないか?」
「僕も何となくそう思うな」
「蘇我君に卍山下君がそう思う根拠は何ですの?」
「こんだけ捜しても見つからないんだから、奴隷にするために攫われて密かに売られたと思うんだけど」
「珍しい奴隷をコレクションする金持ちもいるって話だし」
勅使河原から理由を問われた蘇我と卍山下がそれに答えていると、四が生徒会長から振られた話の時の勢いに乗って勇気を出し、こういう場において初めて意見を挙げてみたが、それに難癖をつけたのは不良グループの月出里である。
「小生が思うに東西南北氏は、魔大陸にいるのではないかと推測しますが、何か?」
「ああ? オタクが一丁前に喋ってんじゃねぇよ。黙ってろ!」
「うっ……」
月出里の難癖によって四がビクッと条件反射で黙ってしまうと、この場は再び沈黙に包まれてしまう。そして、四がおもむろに口を開いたかと思えば、いつものオタク口調ではなくまともな喋り方で思いを口にする。
「僕は必要ないみたいなので、これで失礼させていただきます」
「お、お待ちになって下さいまし!」
四が立ち上がり話し合いの場から立ち去ると、それに引き続き一、百武、猿飛と後を追って立ち去っていく。
「困りましたわ。九さんは同じグループでしたけど、何か心当たりはありませんの?」
「四たちのことを認めないあんたたちなんかに用はない」
「私も同意見。智たちの方が何倍も賢い」
「しーくんたちの方が何倍も強い」
「宗くんたちを馬鹿にしないで」
九が言い返して席を立つと、同じようにして十、大艸、服部と後に続いたら、この場から立ち去った彼氏の後を追うのであった。
「お前が悪い、竜也」
「反省しろ、馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
十前から軽く叱責を受けた月出里に対して千喜良が追い討ちをかけると、それに対していつものごとく月出里が反論するが、更に追い討ちで無敵からの叱責が飛んでくる。
「黙れ! いい加減にしろよ、竜也。ここは元の世界と違うんだ。いつまでもお前があいつらよりも強いと勘違いをするな。少なくとも百武と猿飛はお前より強いぞ。お前は見逃されているだけなんだよ」
「う、嘘だろ!? あいつらはオタクなんだぜ!」
「今更オタクがなんだ? この世界じゃあいつらが俺たちよりも何倍も賢く生きていける。そして、何倍も効率よく強くなれる。現にあいつらは人族排斥主義のイグドラで生活ができていたんだぞ。お前に同じことができるのか?」
「それは……」
「それに四や一だって実力が未知数だ。あいつらは鍛冶師に錬金術師という生産職。あいつらのホームである異世界において、何もしていないということはないだろう。きっと俺たちの想像もつかない物を作り出しているはずだ。オタクではない俺たちにとって、この世界はアウェーなんだよ」
「だけど、そこまであいつらに頼らなくてもいいだろ? 今までだって俺たちだけで何とかやれていたんだ」
「自惚れるな。お前が言ったように俺たちは“何とか”やれていただけで、それをあいつらは“難なく”やってのけているんだ。この差は大きい。そしてあいつらの口ぶりからして、東西南北がいなくなった時点で何かしら察していたんだよ。つまり東西南北がいなくなった原因に、何かしら辿りついているということだ」
そのような形で無敵が月出里を説教していると、勅使河原がそれに対して疑問を投げかける。
「無敵君、その口ぶりからして東西南北君は誘拐ではないということですの?」
「あくまでも予想だ。四が魔大陸にいる可能性を挙げただろ。魔大陸と言えば魔族の住処だ。基本的に魔族が奴隷以外の方法でこちらに暮らしていることはない。つまり、魔族から誘拐されたと言うよりも、自らその地に赴いたと言うのなら目撃情報が全くないことにも合点がいく。恐らく魔大陸なんて所を覗きに行く物好きな人間はいないんだからな」
そう言う無敵の出した結論が腑に落ちてしまったのか、それを聞いていた生徒たちはどこか納得した表情を見せていた。
「それならばすぐにでも四君たちを呼び戻して、詳しく話を聞くべきですわ」
「それが竜也のせいでおじゃんになったんだ」
「馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
「くっ……」
「もうお前が土下座をして詫びを入れても戻ってこないぞ。男子はわからないが、女子のあの目は決別の目だった。自分の彼氏が馬鹿にされたんじゃ、彼女としては黙っていられないだろうからな」
「え……あいつらって付き合ってんの? それってビックリニュースっしょ!」
くだんの四たちがカレカノの関係にあると聞いた百鬼が驚いていると、他の者たちも同じように唖然としていたが、無敵は溜息をつきつつも百鬼に対して説明をしていく。
「はぁぁ……馬鹿にされた男のために怒って、更には親しげな呼び方をしているんだ。それで付き合っていない方がおかしいだろ。百鬼だって竜也が彼氏だったら、『たっちゃん』とか何とか呼ぶだろ?」
「え、無理。馬鹿な月出里が彼氏とかマジありえないし」
無敵の例え話を聞いた百鬼がコンマ1秒も待たずして平坦な声で即答したら、それを千喜良が煽って騒ぎ始めた。
「告る前に猿が振られてるぅぅぅぅ!」
「千代、てめぇ馬鹿にし過ぎだろ!」
「私も月出里は無理ぃぃぃぃ!」
「私も無理ね。いい歳して考えが浅すぎるもの。将来が不安だわ」
「3連ぱぁぁぁぁい! スリーアウト、チェェェェンジッ!」
「クソっ……お前ぇぇぇぇ!」
「竜也、うるさい」
「虎雄! うるさいのは俺じゃなくて千代だろ!」
「千喜良のは可愛げがあるが、お前のはうるさいだけだ」
「ぐっ……」
「ふっふーん! 私の勝ちぃぃぃぃ!」
千喜良が勝ち誇った顔で満足気になっていると、話し合いの場は東西南北の件をどうするかというものになるが、唯一の手がかりとなりそうな四たちが去ったことで、誰が魔大陸に行くかという話し合いにまで発展していくと、立ちはだかるイグドラ亜人集合国という壁にどう立ち向かうかの意見が後を絶たない。
結局のところイグドラに上手く入れる自信がない者たちばかりで、今更ながらに四たちの凄さを目の当たりにするのだった。
「上手く入国するにはどうすれば良いのかしら」
「教団の資料だと人族に対してかなり厳しいみたいだよねー」
「人族の商人も限られた人たちしか入国できないんだよね?」
「奴隷狩りとかするからです」
「差別したら差別され返したって感じっしょ」
「鎖国ぅぅぅぅ!」
「みんなで四君たちに謝りに行ったら許してくれるかな?」
「何なら全員で土下座でもするか? 竜也だけじゃ女子たちは納得しないだろ。『あんたたち』って間違いなく言われてしまったからな」
「私はしないぞ。四少年たちとは友だちだからな。怒られたのはオタクだと言って差別をしている君たちだ。よって、私は四少年たちに頼んで、ミートソーススパゲティを継続して探してもらう。イグドラ領土は四少年たちに任せた方が早いからな」
何が何でもミートソーススパゲティの売っている街を探し出そうとする生徒会長の執念に、生徒たちはある意味で尊敬の念を抱きそうになってしまうが、すぐさま騙されてはいけないと気をしっかり保つのである。
「それでは九十九さんからそれとなく窺ってはくれませんか? 生徒たちでは取り付く島もないでしょうし、今更私が出向いて教師面しても反発を受けそうですから。そもそも教師にもなれていませんし」
「ふむ……女史が言うのならやぶさかではないのだが、私にはミートソーススパゲティを探すという大いなる使命があるのだ」
「それなら私も一緒に、そのミートソーススパゲティを探すというのを手伝うということではどうでしょうか?」
教育実習生が計算高い対応でギブアンドテイクを持ちかけると、百まっしぐらなミートソーススパゲティネタに見事に絡め取られてしまい、生徒会長は2つ返事で快く了承する。
「では、女史には帝国領を頼むことにしよう。実はこの話し合いが終われば帝国領に行こうと思っていたのだ。二手に分かれて探せば情報が早く手に入るだろう」
「聞いてないし……」
「相変わらずだね……」
「次は帝国領かよ……」
「帝国って魔王領だろ……」
「「「「「――ッ!」」」」」
生徒会長が発言した言葉の内容に対して、振り回されるのに慣れてしまったと言うよりも、諦めてしまっているグループメンバー以外のほとんどの者が息を飲んだ。魔王が支配していると教団から言われていた帝国領土に、とうとう足を踏み入れるというのだ。だがしかし、それに異を唱えたのは進行役である勅使河原だった。
「生徒会長、いくらなんでも早急すぎませんのこと? 帝国領に行くのならば生徒一丸となってから行きませんと、何が起こるかわかりませんわよ」
「もはや生徒一丸は無理だろう。それは勅使河原少女が1番よくわかっているはずだが? 君は幻夢桜少年を動かすことができなかったのだからな」
「ッ!」
「更には四少年たちとの決裂だ。君は合理的に動き過ぎたのだよ。財閥令嬢という生まれがそうさせたのかもしれないが、君のように人の感情は合理的にはいかない。仕事とは違うということが今回の件でよくわかっただろう? いい教訓ではないか、誰しもが君のように合理的に動くわけではないのだ」
「ですがっ、帝国領に向かうなど……」
「止めてくれるな。私にはミートソーススパゲティの他に、捜さなければならない人が1人いるのだ」
「東西南北君ですの?」
「ん? 東西南北少年のことはどうでもいい。四少年たちからある程度の情報は得ているのでな」
「えっ!? 九十九さん、東西南北君の情報を持っているのですか!? それなら四君たちに窺いを立てるっていう話は……」
「口約束だが、女史にはしっかりとミートソーススパゲティを探してもらうぞ。私がすることは四少年たちに窺いを立てることだ。この場で情報開示することではない」
まんまと生徒会長にしてやられた教育実習生は頭を抱えてしまい、上手く使ったつもりが上手く使われてしまったことを理解してしまうと、ガックリと項垂れてしまうのだった。
「なに、君たちの誠意が伝われば、四少年たちから情報をもらえるだろう」
「それでは生徒会長の捜している人とはいったい誰ですの?」
「旦那様だ」
「「「「「…………は?」」」」」
「「「「はぁぁ……」」」」
生徒会長の突拍子もない言葉に、それを聞いた生徒たちは理解が追いつかず呆然とし、事情を知っている生徒会長グループの生徒たちは溜息をついていた。
「この世界で私にミートソーススパゲティと抹茶を与えてくれた、それはもう神のごとき素晴らしい男性だ。ちなみに名前はケビン殿という。君たちも何処かでケビン殿を見つけたらすぐさま連絡を寄越してくれ。何を置いてでも私は駆けつけてみせる!」
そう言う生徒会長の言葉に便乗してきたのは、呆れて言葉を失っていた無敵である。
「俺もその情報が欲しい。Sランク冒険者のケビンというのを手がかりに捜してみたが、一向に見つかる気配すらない」
「待てっ! ケビン殿は私の旦那様だぞ。いくら君が熱愛しようとも決して渡さないからな!」
無敵の言葉に反応した生徒会長によって生徒会長節が炸裂してしまうと、心外だとばかりにすかさず無敵はそれに反論した。
「誰がヤロー相手に熱愛するかよ! 俺が情報を欲しい理由は、そいつが九鬼の居場所を知っている唯一の手がかりだからだ!」
「「「「「――ッ!」」」」」
「なんだ、無敵少年に夫を寝取られるかと思ったではないか。紛らわしい」
安定の生徒会長はさておき、無敵から齎された新たな情報によってこの場は混沌と化してしまうと、ザワザワと彼方此方で九鬼の話が持ち上がる。
「それはどういうことですの!? 今までそのような情報は受け取っていませんわよ!」
「言う必要がねぇからだ。お前らは帰る手立てが見つかるまでは、九鬼を捜すつもりはなかったんだろ? 現段階で九鬼の情報なんか必要ないはずだ」
「それでも何処にいるかくらいは、把握しておかなければなりませんのよ!」
「お前の考えに付き合っているほど俺は暇じゃない。とにかく冒険者ケビンを見つけたら、すぐさま俺に連絡を寄越せ」
「待てっ! ケビン殿の情報は妻である私に優先権がある! 無敵少年ではなく私に寄越すのだ。そうでなければミートソーススパゲティと抹茶にありつけないではないか!」
「生徒会長……」
「やっぱりシェフ扱い……」
「安定だな……」
「全くもってブレない……」
生徒会長によって話し合いの場が乱れに乱れまくってしまうと、もはや収拾などつきようもなく、この日の話し合いは荒らされたまま終わりを迎えるのであった。
それからは教育実習生グループという新たな手駒を手に入れた生徒会長が、約束の履行をするために四たちと話し合うのだが、そこでもまたイグドラでのミートソーススパゲティを探す依頼を真っ先に頼んで、そのついでと言わんばかりに東西南北の情報提供を適当に頼んでしまう。
「生徒諸君らは土下座も厭わないそうだ。面白そうだからそれを見てから情報提供するのも乙なものだろう」
「生徒会長が黒い件」
「ダーク九十九氏の降臨でごわす」
「お腹が闇鍋レベルですぞ」
「1番敵に回してはいけない人でござる」
「いやいや、一少年。ダーク九十九よりダークモモの方が可愛いのではないか? こう、魔法少女がダークサイドに堕ちたような感じだと思うが、如何だろうか?」
「キタコレ!」
「ダークモモ呼び公認でごわす!」
「魔法少女という点がなおよしですぞ!」
「生徒会長は天才でござるな」
そのようなやり取りを端から眺めている九たちは、生徒会長の順応力の高さに、もはや『元からオタクなのでは?』と驚きを隠せない。
「生徒会長って出会った頃はもっとお堅いイメージがあったのに」
「会う度にスポンジのごとくオタ知識を吸収してるわよね」
「しーくんたちが楽しそうで何よりだよ」
「宗くんたちを差別しないもんね。むしろ仲間?」
その後【魔法少女マジカルモモ】の議論が生徒会長たちの間で過熱していき、もはや東西南北の“よ”の字もないくらいに忘れ去られてしまうと、生徒会長は帰り際にふと思い出したのか、「面白そうだから一斉土下座を見てから少しだけ情報提供をしよう」と、四たちではなく生徒会長自らが結論を決めてしまい、ここにはいない生徒たちの一斉土下座が、ふと思い出しただけの成り行きで決まってしまった。
それから有言実行とばかりに翌日になると、生徒会長は生徒たちを全員集合させたあとにそこへ四たちを引き連れ姿を現すと、情報提供の条件を伝えては反発する月出里を無敵が押さえ込んで、生徒たちの一斉土下座が敢行される。
「ふむ……中々に壮観だな。これは幻夢桜少年を加えてから、また見てみたいものだな」
「生徒会長が暗黒な件」
「ダークモモ降臨でごわす」
「暴走気味ですぞ」
「内部電源が落ちたでござるか?」
「なんか悪の女王よね」
「ダーククイーンモモ?」
「魔法少女マジカルモモちゃんの闇堕ち」
「もはや影の支配者」
そして、本来の教師ではなく一時的に学校へ来ただけという理由で1人土下座を免れている教育実習生は、目の前の光景にただただ戦慄してしまう。これにより自分も約束をきちんと守らないと、腹黒生徒会長によって何をされてしまうかわかったものではないからだ。
こうして生徒たちの一斉土下座が終了すると、四たちは東西南北に関する考察を生徒たちに伝えていき、あくまでも予想の範囲と念押ししたものの、生徒たちに走る激震は計り知れないものがあった。
その後、一部の生徒たちはどうやって身を守るかの話し合いを始めてしまうが、自由奔放な生徒会長は目的は終わったと言わんばかりに四たちへ別れの挨拶を済ませてしまうと、自身のグループメンバーと教育実習生グループを引き連れて、魔王が支配していると言われている北の大地に向かって旅立つのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
珍名高校 生徒名簿
蘇我 (そが)
卍山下 (まんざんか)
今回は凄い名前が出てきました。なんかパッと見、強そうに見えてしまうのは私だけでしょうか。この苗字らを見た時に『蘇我』は読めたのですけど、『卍山下』はお手上げでした。私が思いついた読み方は『まんじやました?』という、そのまんまな読み方です。笑
説明に入りますと、最初の『蘇我』は簡単で『そが』と読みます。『蘇我』と聞いてしまうと何故だかわかりませんが、『蘇我氏』を思い出してしまいます。歴史で習ったからでしょうね。
次の『卍山下』は『まんざんか』と読むみたいですけど、これ幽霊苗字じゃないみたいです。由来は大分県別府市の僧侶による明治新姓で、曹洞宗の宗統復古につとめた江戸時代の僧侶である『卍山』からとったみたいです。この苗字は『卍山の門下』という意味があり『卍山下』となっていて、苗字の中で唯一『卍』を用いる姓らしいので極めて激レアですね。
魔王の伴侶組であるベッツィが第1子で長男のベルトラン、クレイが第1子で長男のクレール、ダリアが第1子で長男のダニエル、エルケが第1子で長男のエミール、ギオーネが第1子で長男のギャストン、イーダが第1子で長男のイヴァーノ、レニャが第1子で長男のレオンス、ニクシーが第1子で長男のニーヴァンズ、トリーシュが第1子で長男のトリスタン、ウィルマが第1子で長男のウィルバーを出産した。
ケビンの子供が生まれた際には九鬼やベネットのみならず、ドワンやサイモンたちも帝城に招かれて、出産祝いのお食事会が開かれていた。
その際、拡張に拡張を重ねてある帝城の食堂に初めて入った客人たちは、そこに集まるケビンの家族に度肝を抜かれてしまう。
「ケビンさん……ここまでいくと言葉が出ませんよ」
「お師匠様は家庭も凄いです……」
「家族を増やせるだけ増やすという、新たな試みでもしているのか?」
「嫁が多いと聞いていたが……」
「これは村の規模を超えているわよね……」
「小さな町くらいの規模か……?」
「多種多様な種族の集まり……」
「あー……こほん。実はここにいる以外にも嫁はいる。現地妻というものだな。その地を離れたくなくて帝都には住んでいないんだ」
気まずそうに語るケビンの話を聞いた7人はもはや規模が違いすぎて、思考を放棄してしまうと深く考えることをやめた。
「今日はお祝いごとということで、珍しい料理を用意したから堪能して欲しい。それじゃあ、いただきます」
「「「「「いただきます!」」」」」
そして始まるお食事会では、見たこともない料理が出てきていたので6人は唖然としてしまうものの、九鬼だけはそれが元の世界の日本料理であることに気づいてしまい、涙ながらに噛み締めながら箸を進めていく。
「クキくん、どうしたのですか?」
「……ケビンさんの気遣いが……いつもなら何も感じていなかった料理が、ここまで美味しいものだったのかと思ったのは初めてで……美味しくて涙が止まらないんです……」
「とても珍しい料理ですものね。私も美味しくて手が止まりません」
そして、九鬼やベネットとは違う別の場所では。
「か、辛ぇぇぇぇっ!」
「ツーンてくるぞ、ツーンて!」
騒いでいるサイモンとオリバーが手を出したのは大人用お寿司で、わさび初体験となる2人はお寿司に入っていたわさびの洗礼を受けてしまい、慌てて飲み物を口にする。
「苦ぇぇぇぇっ! 熱ぃぃぃぃっ! 辛ぇぇぇぇっ!」
「なんだこれっ! 薬かっ!?」
2人が慌てて飲んでしまったのは緑茶であり、これまた初体験となってしまい、熱さで辛みが上昇したサイモンは悶え、苦味が強くて薬と勘違いしたオリバーは目を白黒とさせている。
そのような騒いでいる2人とは違い、妻であるマルシアとミミルはやはり女性らしく料理に興味津々で食事を進めていた。
「このほんのり甘いのは何かしら?」
「肉じゃがって言うお料理らしいわよ」
「こっちのカリコリしたものは?」
「お漬物と言うらしいわ」
「これはお味噌汁って言ってたわね」
「この白いのはご飯で赤いのは梅干しって言うみたい。梅干しは酸っぱいから少しずつ食べた方がいいんだって」
「美味しいわね」
「美味しいよね」
そして、ドワンは新しいものへの挑戦として、出されている料理の全種類制覇を目指すために、少しずつ取っては黙々と食事を進めていたのだった。
それからお食事会がつつがなく終了すると、ケビンが九鬼たちを見送る際に九鬼からお礼の言葉をもらう。
「ケビンさん、今日のことは絶対に忘れません。久しぶりに食べた故郷の味はとても美味しかったです。ありがとうございました」
「たまには故郷を忘れないためにも食べた方がいいからな。今日はお祝いごともあったし、丁度いい機会だった」
「また明日から訓練を頑張れそうです」
「そうだな。さっさと上級者用を制覇してから、帝都外の上級者用も制覇してしまえ。九鬼ならできる」
「はい!」
九鬼はケビンへの挨拶が終わると待っていたオリバーたちの所へ走っていき、振り返っては手を振りながら帝城から宿屋へと帰っていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
※ 今回は2名ほど新たな生徒の名前が出てきます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌月の10月、保養地タミアにて黒髪黒目の集団が集結していた。何故かと言うと、ここに温泉があるからという何とも言えない理由からだ。生徒たちは今、教会の1室を借りて話し合いを始めていた。
「私たちがこちらに来てから2年が経過しましたわ」
「早いよねーもう18歳になっちゃったよー」
「7月には皇都に残っている4人の赤ちゃんが無事に生まれました。赤ちゃんが生まれる前に奴隷から解放できて良かったですわ。下手したら赤ちゃんの分まで身請け料を払わないといけなくなりましたもの」
「みんなでカンパしたかいがあったねー」
勅使河原の話に対して、その都度相槌を打つのは弥勒院である。幻夢桜が合流しないせいで、勅使河原が話し合いの進行役を買って出たのだ。
「東西南北君がいなくなりまして半年が経過していますけれど、未だに見つけられることができていませんわ」
「ってゆーか、無理っしょ。どんだけこの世界が広いと思ってんの? 世界の中から人を1人捜すとか無理難題だし?」
東西南北の話題が出てくると、それに対して百鬼が意見を述べたら一部の生徒たちも同じことを思っているのか、声には出さないもののどこか諦めている表情を見せていた。
「確かに難しくはありますけど、黒髪黒目なら目撃情報を探っていけばおのずと見つかるはずですわ」
「それは無理だろ。その肝心要の目撃情報がないんだ。この世界にあるかどうかはわからんが、染髪剤で髪を染めてしまったらもう黒髪じゃなくなる。もしくは既に殺されたかだな。目撃情報がないってことは、そういうことだろ」
「東西南北ぉぉぉぉ!」
勅使河原の希望的観測に異を唱えたのは、現実的な回答をする無敵であり、その無敵の『殺された』発言に一同は顔を顰めてしまう。
「無敵君、私たちは志を同じくする同郷の士ですのよ。不用意な発言は控えてくださいまし」
「志を同じく? グループで好き勝手動いていて今更それはないだろ? 志を同じくと言うなら、何故幻夢桜を放っている? 同郷の士である1人がここにはいないじゃないか。九鬼を含めると2人だな」
「それは……」
無敵から痛いところを突かれた勅使河原が言葉に詰まると、話し合いの場は沈黙に包まれていく。そして、それを打ち破ったのはこの中で1番我が道を貫いている生徒会長だった。
「この際、幻夢桜少年のことは放っておこう。彼は元々単独行動が好きなようだからな。それよりも今は優先すべき事項があるだろう」
「元の世界に帰る方法ですか?」
生徒会長の言葉にご尤もな意見を挙げた女子は、何故だかわからないまま一喝されてしまう。
「違う!」
「やっぱり東西南北君の捜索?」
そして別の女子が違う意見を述べてみるものの、それすらも一喝されてしまったら満を持して生徒会長節が炸裂するのだった。
「それも違うっ! 私の立ち寄った場所にミートソーススパゲティが売ってないんだ! セレスティアもアリシテアもミナーヴァもそれらしい物が全く売っていなかった! 四少年っ、イグドラではどうだったのだ!?」
「小生たちが立ち寄った場所では、そのような物は売られておりませんでしたが」
「これで4国だぞ、4国! これだけ探し回って売っていないとなると、残るは魔王の地もしくは小国か海を渡るしかないではないか!」
「魔大陸が残っている件」
「魔大陸はイグドラの更に西ではないか。大陸続きなのに魔大陸と言われている場所にミートソーススパゲティがあるとは思えん!」
自由奔放な生徒会長の力説が炸裂すると、他の生徒たちはやはり絡みづらいと思いつつ、破天荒な思考についていける気がしなかった。
そして何とか生徒会長グループが、長年とは言えずとも浅からぬ縁でもないので生徒会長をなだめている間に、乱された話は振り出しに戻っていく。
「やっぱり東西南北は誘拐されたんじゃないか?」
「僕も何となくそう思うな」
「蘇我君に卍山下君がそう思う根拠は何ですの?」
「こんだけ捜しても見つからないんだから、奴隷にするために攫われて密かに売られたと思うんだけど」
「珍しい奴隷をコレクションする金持ちもいるって話だし」
勅使河原から理由を問われた蘇我と卍山下がそれに答えていると、四が生徒会長から振られた話の時の勢いに乗って勇気を出し、こういう場において初めて意見を挙げてみたが、それに難癖をつけたのは不良グループの月出里である。
「小生が思うに東西南北氏は、魔大陸にいるのではないかと推測しますが、何か?」
「ああ? オタクが一丁前に喋ってんじゃねぇよ。黙ってろ!」
「うっ……」
月出里の難癖によって四がビクッと条件反射で黙ってしまうと、この場は再び沈黙に包まれてしまう。そして、四がおもむろに口を開いたかと思えば、いつものオタク口調ではなくまともな喋り方で思いを口にする。
「僕は必要ないみたいなので、これで失礼させていただきます」
「お、お待ちになって下さいまし!」
四が立ち上がり話し合いの場から立ち去ると、それに引き続き一、百武、猿飛と後を追って立ち去っていく。
「困りましたわ。九さんは同じグループでしたけど、何か心当たりはありませんの?」
「四たちのことを認めないあんたたちなんかに用はない」
「私も同意見。智たちの方が何倍も賢い」
「しーくんたちの方が何倍も強い」
「宗くんたちを馬鹿にしないで」
九が言い返して席を立つと、同じようにして十、大艸、服部と後に続いたら、この場から立ち去った彼氏の後を追うのであった。
「お前が悪い、竜也」
「反省しろ、馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
十前から軽く叱責を受けた月出里に対して千喜良が追い討ちをかけると、それに対していつものごとく月出里が反論するが、更に追い討ちで無敵からの叱責が飛んでくる。
「黙れ! いい加減にしろよ、竜也。ここは元の世界と違うんだ。いつまでもお前があいつらよりも強いと勘違いをするな。少なくとも百武と猿飛はお前より強いぞ。お前は見逃されているだけなんだよ」
「う、嘘だろ!? あいつらはオタクなんだぜ!」
「今更オタクがなんだ? この世界じゃあいつらが俺たちよりも何倍も賢く生きていける。そして、何倍も効率よく強くなれる。現にあいつらは人族排斥主義のイグドラで生活ができていたんだぞ。お前に同じことができるのか?」
「それは……」
「それに四や一だって実力が未知数だ。あいつらは鍛冶師に錬金術師という生産職。あいつらのホームである異世界において、何もしていないということはないだろう。きっと俺たちの想像もつかない物を作り出しているはずだ。オタクではない俺たちにとって、この世界はアウェーなんだよ」
「だけど、そこまであいつらに頼らなくてもいいだろ? 今までだって俺たちだけで何とかやれていたんだ」
「自惚れるな。お前が言ったように俺たちは“何とか”やれていただけで、それをあいつらは“難なく”やってのけているんだ。この差は大きい。そしてあいつらの口ぶりからして、東西南北がいなくなった時点で何かしら察していたんだよ。つまり東西南北がいなくなった原因に、何かしら辿りついているということだ」
そのような形で無敵が月出里を説教していると、勅使河原がそれに対して疑問を投げかける。
「無敵君、その口ぶりからして東西南北君は誘拐ではないということですの?」
「あくまでも予想だ。四が魔大陸にいる可能性を挙げただろ。魔大陸と言えば魔族の住処だ。基本的に魔族が奴隷以外の方法でこちらに暮らしていることはない。つまり、魔族から誘拐されたと言うよりも、自らその地に赴いたと言うのなら目撃情報が全くないことにも合点がいく。恐らく魔大陸なんて所を覗きに行く物好きな人間はいないんだからな」
そう言う無敵の出した結論が腑に落ちてしまったのか、それを聞いていた生徒たちはどこか納得した表情を見せていた。
「それならばすぐにでも四君たちを呼び戻して、詳しく話を聞くべきですわ」
「それが竜也のせいでおじゃんになったんだ」
「馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
「くっ……」
「もうお前が土下座をして詫びを入れても戻ってこないぞ。男子はわからないが、女子のあの目は決別の目だった。自分の彼氏が馬鹿にされたんじゃ、彼女としては黙っていられないだろうからな」
「え……あいつらって付き合ってんの? それってビックリニュースっしょ!」
くだんの四たちがカレカノの関係にあると聞いた百鬼が驚いていると、他の者たちも同じように唖然としていたが、無敵は溜息をつきつつも百鬼に対して説明をしていく。
「はぁぁ……馬鹿にされた男のために怒って、更には親しげな呼び方をしているんだ。それで付き合っていない方がおかしいだろ。百鬼だって竜也が彼氏だったら、『たっちゃん』とか何とか呼ぶだろ?」
「え、無理。馬鹿な月出里が彼氏とかマジありえないし」
無敵の例え話を聞いた百鬼がコンマ1秒も待たずして平坦な声で即答したら、それを千喜良が煽って騒ぎ始めた。
「告る前に猿が振られてるぅぅぅぅ!」
「千代、てめぇ馬鹿にし過ぎだろ!」
「私も月出里は無理ぃぃぃぃ!」
「私も無理ね。いい歳して考えが浅すぎるもの。将来が不安だわ」
「3連ぱぁぁぁぁい! スリーアウト、チェェェェンジッ!」
「クソっ……お前ぇぇぇぇ!」
「竜也、うるさい」
「虎雄! うるさいのは俺じゃなくて千代だろ!」
「千喜良のは可愛げがあるが、お前のはうるさいだけだ」
「ぐっ……」
「ふっふーん! 私の勝ちぃぃぃぃ!」
千喜良が勝ち誇った顔で満足気になっていると、話し合いの場は東西南北の件をどうするかというものになるが、唯一の手がかりとなりそうな四たちが去ったことで、誰が魔大陸に行くかという話し合いにまで発展していくと、立ちはだかるイグドラ亜人集合国という壁にどう立ち向かうかの意見が後を絶たない。
結局のところイグドラに上手く入れる自信がない者たちばかりで、今更ながらに四たちの凄さを目の当たりにするのだった。
「上手く入国するにはどうすれば良いのかしら」
「教団の資料だと人族に対してかなり厳しいみたいだよねー」
「人族の商人も限られた人たちしか入国できないんだよね?」
「奴隷狩りとかするからです」
「差別したら差別され返したって感じっしょ」
「鎖国ぅぅぅぅ!」
「みんなで四君たちに謝りに行ったら許してくれるかな?」
「何なら全員で土下座でもするか? 竜也だけじゃ女子たちは納得しないだろ。『あんたたち』って間違いなく言われてしまったからな」
「私はしないぞ。四少年たちとは友だちだからな。怒られたのはオタクだと言って差別をしている君たちだ。よって、私は四少年たちに頼んで、ミートソーススパゲティを継続して探してもらう。イグドラ領土は四少年たちに任せた方が早いからな」
何が何でもミートソーススパゲティの売っている街を探し出そうとする生徒会長の執念に、生徒たちはある意味で尊敬の念を抱きそうになってしまうが、すぐさま騙されてはいけないと気をしっかり保つのである。
「それでは九十九さんからそれとなく窺ってはくれませんか? 生徒たちでは取り付く島もないでしょうし、今更私が出向いて教師面しても反発を受けそうですから。そもそも教師にもなれていませんし」
「ふむ……女史が言うのならやぶさかではないのだが、私にはミートソーススパゲティを探すという大いなる使命があるのだ」
「それなら私も一緒に、そのミートソーススパゲティを探すというのを手伝うということではどうでしょうか?」
教育実習生が計算高い対応でギブアンドテイクを持ちかけると、百まっしぐらなミートソーススパゲティネタに見事に絡め取られてしまい、生徒会長は2つ返事で快く了承する。
「では、女史には帝国領を頼むことにしよう。実はこの話し合いが終われば帝国領に行こうと思っていたのだ。二手に分かれて探せば情報が早く手に入るだろう」
「聞いてないし……」
「相変わらずだね……」
「次は帝国領かよ……」
「帝国って魔王領だろ……」
「「「「「――ッ!」」」」」
生徒会長が発言した言葉の内容に対して、振り回されるのに慣れてしまったと言うよりも、諦めてしまっているグループメンバー以外のほとんどの者が息を飲んだ。魔王が支配していると教団から言われていた帝国領土に、とうとう足を踏み入れるというのだ。だがしかし、それに異を唱えたのは進行役である勅使河原だった。
「生徒会長、いくらなんでも早急すぎませんのこと? 帝国領に行くのならば生徒一丸となってから行きませんと、何が起こるかわかりませんわよ」
「もはや生徒一丸は無理だろう。それは勅使河原少女が1番よくわかっているはずだが? 君は幻夢桜少年を動かすことができなかったのだからな」
「ッ!」
「更には四少年たちとの決裂だ。君は合理的に動き過ぎたのだよ。財閥令嬢という生まれがそうさせたのかもしれないが、君のように人の感情は合理的にはいかない。仕事とは違うということが今回の件でよくわかっただろう? いい教訓ではないか、誰しもが君のように合理的に動くわけではないのだ」
「ですがっ、帝国領に向かうなど……」
「止めてくれるな。私にはミートソーススパゲティの他に、捜さなければならない人が1人いるのだ」
「東西南北君ですの?」
「ん? 東西南北少年のことはどうでもいい。四少年たちからある程度の情報は得ているのでな」
「えっ!? 九十九さん、東西南北君の情報を持っているのですか!? それなら四君たちに窺いを立てるっていう話は……」
「口約束だが、女史にはしっかりとミートソーススパゲティを探してもらうぞ。私がすることは四少年たちに窺いを立てることだ。この場で情報開示することではない」
まんまと生徒会長にしてやられた教育実習生は頭を抱えてしまい、上手く使ったつもりが上手く使われてしまったことを理解してしまうと、ガックリと項垂れてしまうのだった。
「なに、君たちの誠意が伝われば、四少年たちから情報をもらえるだろう」
「それでは生徒会長の捜している人とはいったい誰ですの?」
「旦那様だ」
「「「「「…………は?」」」」」
「「「「はぁぁ……」」」」
生徒会長の突拍子もない言葉に、それを聞いた生徒たちは理解が追いつかず呆然とし、事情を知っている生徒会長グループの生徒たちは溜息をついていた。
「この世界で私にミートソーススパゲティと抹茶を与えてくれた、それはもう神のごとき素晴らしい男性だ。ちなみに名前はケビン殿という。君たちも何処かでケビン殿を見つけたらすぐさま連絡を寄越してくれ。何を置いてでも私は駆けつけてみせる!」
そう言う生徒会長の言葉に便乗してきたのは、呆れて言葉を失っていた無敵である。
「俺もその情報が欲しい。Sランク冒険者のケビンというのを手がかりに捜してみたが、一向に見つかる気配すらない」
「待てっ! ケビン殿は私の旦那様だぞ。いくら君が熱愛しようとも決して渡さないからな!」
無敵の言葉に反応した生徒会長によって生徒会長節が炸裂してしまうと、心外だとばかりにすかさず無敵はそれに反論した。
「誰がヤロー相手に熱愛するかよ! 俺が情報を欲しい理由は、そいつが九鬼の居場所を知っている唯一の手がかりだからだ!」
「「「「「――ッ!」」」」」
「なんだ、無敵少年に夫を寝取られるかと思ったではないか。紛らわしい」
安定の生徒会長はさておき、無敵から齎された新たな情報によってこの場は混沌と化してしまうと、ザワザワと彼方此方で九鬼の話が持ち上がる。
「それはどういうことですの!? 今までそのような情報は受け取っていませんわよ!」
「言う必要がねぇからだ。お前らは帰る手立てが見つかるまでは、九鬼を捜すつもりはなかったんだろ? 現段階で九鬼の情報なんか必要ないはずだ」
「それでも何処にいるかくらいは、把握しておかなければなりませんのよ!」
「お前の考えに付き合っているほど俺は暇じゃない。とにかく冒険者ケビンを見つけたら、すぐさま俺に連絡を寄越せ」
「待てっ! ケビン殿の情報は妻である私に優先権がある! 無敵少年ではなく私に寄越すのだ。そうでなければミートソーススパゲティと抹茶にありつけないではないか!」
「生徒会長……」
「やっぱりシェフ扱い……」
「安定だな……」
「全くもってブレない……」
生徒会長によって話し合いの場が乱れに乱れまくってしまうと、もはや収拾などつきようもなく、この日の話し合いは荒らされたまま終わりを迎えるのであった。
それからは教育実習生グループという新たな手駒を手に入れた生徒会長が、約束の履行をするために四たちと話し合うのだが、そこでもまたイグドラでのミートソーススパゲティを探す依頼を真っ先に頼んで、そのついでと言わんばかりに東西南北の情報提供を適当に頼んでしまう。
「生徒諸君らは土下座も厭わないそうだ。面白そうだからそれを見てから情報提供するのも乙なものだろう」
「生徒会長が黒い件」
「ダーク九十九氏の降臨でごわす」
「お腹が闇鍋レベルですぞ」
「1番敵に回してはいけない人でござる」
「いやいや、一少年。ダーク九十九よりダークモモの方が可愛いのではないか? こう、魔法少女がダークサイドに堕ちたような感じだと思うが、如何だろうか?」
「キタコレ!」
「ダークモモ呼び公認でごわす!」
「魔法少女という点がなおよしですぞ!」
「生徒会長は天才でござるな」
そのようなやり取りを端から眺めている九たちは、生徒会長の順応力の高さに、もはや『元からオタクなのでは?』と驚きを隠せない。
「生徒会長って出会った頃はもっとお堅いイメージがあったのに」
「会う度にスポンジのごとくオタ知識を吸収してるわよね」
「しーくんたちが楽しそうで何よりだよ」
「宗くんたちを差別しないもんね。むしろ仲間?」
その後【魔法少女マジカルモモ】の議論が生徒会長たちの間で過熱していき、もはや東西南北の“よ”の字もないくらいに忘れ去られてしまうと、生徒会長は帰り際にふと思い出したのか、「面白そうだから一斉土下座を見てから少しだけ情報提供をしよう」と、四たちではなく生徒会長自らが結論を決めてしまい、ここにはいない生徒たちの一斉土下座が、ふと思い出しただけの成り行きで決まってしまった。
それから有言実行とばかりに翌日になると、生徒会長は生徒たちを全員集合させたあとにそこへ四たちを引き連れ姿を現すと、情報提供の条件を伝えては反発する月出里を無敵が押さえ込んで、生徒たちの一斉土下座が敢行される。
「ふむ……中々に壮観だな。これは幻夢桜少年を加えてから、また見てみたいものだな」
「生徒会長が暗黒な件」
「ダークモモ降臨でごわす」
「暴走気味ですぞ」
「内部電源が落ちたでござるか?」
「なんか悪の女王よね」
「ダーククイーンモモ?」
「魔法少女マジカルモモちゃんの闇堕ち」
「もはや影の支配者」
そして、本来の教師ではなく一時的に学校へ来ただけという理由で1人土下座を免れている教育実習生は、目の前の光景にただただ戦慄してしまう。これにより自分も約束をきちんと守らないと、腹黒生徒会長によって何をされてしまうかわかったものではないからだ。
こうして生徒たちの一斉土下座が終了すると、四たちは東西南北に関する考察を生徒たちに伝えていき、あくまでも予想の範囲と念押ししたものの、生徒たちに走る激震は計り知れないものがあった。
その後、一部の生徒たちはどうやって身を守るかの話し合いを始めてしまうが、自由奔放な生徒会長は目的は終わったと言わんばかりに四たちへ別れの挨拶を済ませてしまうと、自身のグループメンバーと教育実習生グループを引き連れて、魔王が支配していると言われている北の大地に向かって旅立つのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
珍名高校 生徒名簿
蘇我 (そが)
卍山下 (まんざんか)
今回は凄い名前が出てきました。なんかパッと見、強そうに見えてしまうのは私だけでしょうか。この苗字らを見た時に『蘇我』は読めたのですけど、『卍山下』はお手上げでした。私が思いついた読み方は『まんじやました?』という、そのまんまな読み方です。笑
説明に入りますと、最初の『蘇我』は簡単で『そが』と読みます。『蘇我』と聞いてしまうと何故だかわかりませんが、『蘇我氏』を思い出してしまいます。歴史で習ったからでしょうね。
次の『卍山下』は『まんざんか』と読むみたいですけど、これ幽霊苗字じゃないみたいです。由来は大分県別府市の僧侶による明治新姓で、曹洞宗の宗統復古につとめた江戸時代の僧侶である『卍山』からとったみたいです。この苗字は『卍山の門下』という意味があり『卍山下』となっていて、苗字の中で唯一『卍』を用いる姓らしいので極めて激レアですね。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5,144
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる