5 / 5
生きる希望をあなたに
しおりを挟む
死を望む死刑囚に刑を執行することは、刑罰足りえるのか。
死刑になるために凶悪犯罪を起こす者が後を絶たなかったこの国では、「死刑にすることが犯人の望みを叶えることになるなら、被害者遺族の人権が守られない。別の刑罰を考えるべきだ」という声が、死刑制度の賛成派・反対派の双方から多数上がっていた。
代案として死ぬまでの無期刑や超長期刑が検討された。しかし、刑務所の数と収容人数の問題が足かせとなり、結局代案は遅々として進まない。そして世論の不満がくすぶる中、再び死刑を望む若い男による大量殺傷事件が発生した。三本のシェフナイフと金槌を用意していたその男は、人がごった返すショッピングモールで、老若男女問わず無差別に襲い、十三名を死傷させたのち取り押さえられた。
決定的だったのは、その事件で幼い息子を失った父親の訴えだった。何をしても息子は帰ってこない。ならばせめて、被告の望みを叶える形ではなく、死の恐怖を植え付けて死刑に処したい。
慟哭とともに発せられた心の叫びは、国を二分する激しい賛否を招いた。そして人々の熱狂的な共感を呼んだ。いつか、自分の子供が同じ目に合うかもしれない。この国ではその恐怖が現実味を帯びるほど、無差別殺傷事件が日常化していたのだ。
世論が盛り上がりを見せる中、うつ病やパニック障害、解離性障害などの精神疾患治療で、極めて高い効果が期待されていた「電気刺激治療」において、バーチャルリアリティー技術を活用した新たな手法が考案され、大きな注目を集めた。まだ実用段階にはなかったが、この技術を使えば、死刑を望む者に「生きたい」という希望を与えられるのではないか。
国会では喧々諤々の大論争が巻き起こった。だが、なんの腹の足しにもならない「倫理的高潔さ」よりも、「世論」と「自分の都合」を重視するのが政治家の常である。「犯罪被害者の権利を考える会」という団体を支持基盤に持ち、過半数の議席を占めていた与党が、「死刑囚の人権が守られるよう、最大限の配慮を講じる」という有名無実な一文を添えたうえで、死刑囚を対象とした電気刺激治療の臨床実験を許可する法案を賛成多数で可決。すぐさま法律が成立した。
「この実験が成功すれば、うかつに死刑を望めなくなる。そうなれば凶悪事件を未然に防げるようになるだろう」
ある与党幹部は法案可決後、数の論理で強行採決を実施したことを批判するメディアからの取材に、胸を張ってそう答えた。
―――
会議室のモニターに、人影が映った。ヘッドギアを外され、ストレッチャー上で眠っている拘束衣姿の死刑囚のそばで、その影はピクリとも動かず、じっと張り付いている。
「あ、あの人......」
映像に気付いた若い男が声を出す。
「そりゃ来るさ。あの人がいなきゃ、この実験は行われなかったんだからな」
ノートパソコンでこれまでの検証データをまとめていた中年男は、スマホを片手にリモコンアプリを起動すると、画面に表示されたOFFボタンをタッチした。ブツンと、巨大モニターが真っ黒になって沈黙した。
―――
スタジオの中で、フォトパネルを脇に抱え、左手に白い花束を持った大柄な男が、直立したまま死刑囚を覗き込んでいる。照明を強く反射する剃り上げた肌色の頭には、ぼこぼこと血管が浮き出ている。
しばらく微動だにせず見下ろしていた男は、ようやく視線を切ると、ローテーブルにフォトパネルを置いた。そしてその横にある、空になっていた花瓶に、手にしていた真新しいホワイトガーベラの花を活けた。A2サイズのフォトパネルでは、幼い男の子が幸せそうに、満面の笑みを浮かべていた。
「お前は、事件を起こす前に、殺してくれと、願ったらしいな」
花瓶をゆっくりとテーブルに置いた男は、花瓶から一輪の切り花を抜き取った。そしてゆっくりと死刑囚の視線を戻す。
「心配するな、お前の願いは必ず叶えてやる」
目の前の男に自分の息子を殺された父親は静かにそう言うと、手に取ったホワイトガーベラを拘束着の上にそっと置いた。死刑囚の口元が、かすかに微笑むように、「ナージャ」と動いた。
死刑になるために凶悪犯罪を起こす者が後を絶たなかったこの国では、「死刑にすることが犯人の望みを叶えることになるなら、被害者遺族の人権が守られない。別の刑罰を考えるべきだ」という声が、死刑制度の賛成派・反対派の双方から多数上がっていた。
代案として死ぬまでの無期刑や超長期刑が検討された。しかし、刑務所の数と収容人数の問題が足かせとなり、結局代案は遅々として進まない。そして世論の不満がくすぶる中、再び死刑を望む若い男による大量殺傷事件が発生した。三本のシェフナイフと金槌を用意していたその男は、人がごった返すショッピングモールで、老若男女問わず無差別に襲い、十三名を死傷させたのち取り押さえられた。
決定的だったのは、その事件で幼い息子を失った父親の訴えだった。何をしても息子は帰ってこない。ならばせめて、被告の望みを叶える形ではなく、死の恐怖を植え付けて死刑に処したい。
慟哭とともに発せられた心の叫びは、国を二分する激しい賛否を招いた。そして人々の熱狂的な共感を呼んだ。いつか、自分の子供が同じ目に合うかもしれない。この国ではその恐怖が現実味を帯びるほど、無差別殺傷事件が日常化していたのだ。
世論が盛り上がりを見せる中、うつ病やパニック障害、解離性障害などの精神疾患治療で、極めて高い効果が期待されていた「電気刺激治療」において、バーチャルリアリティー技術を活用した新たな手法が考案され、大きな注目を集めた。まだ実用段階にはなかったが、この技術を使えば、死刑を望む者に「生きたい」という希望を与えられるのではないか。
国会では喧々諤々の大論争が巻き起こった。だが、なんの腹の足しにもならない「倫理的高潔さ」よりも、「世論」と「自分の都合」を重視するのが政治家の常である。「犯罪被害者の権利を考える会」という団体を支持基盤に持ち、過半数の議席を占めていた与党が、「死刑囚の人権が守られるよう、最大限の配慮を講じる」という有名無実な一文を添えたうえで、死刑囚を対象とした電気刺激治療の臨床実験を許可する法案を賛成多数で可決。すぐさま法律が成立した。
「この実験が成功すれば、うかつに死刑を望めなくなる。そうなれば凶悪事件を未然に防げるようになるだろう」
ある与党幹部は法案可決後、数の論理で強行採決を実施したことを批判するメディアからの取材に、胸を張ってそう答えた。
―――
会議室のモニターに、人影が映った。ヘッドギアを外され、ストレッチャー上で眠っている拘束衣姿の死刑囚のそばで、その影はピクリとも動かず、じっと張り付いている。
「あ、あの人......」
映像に気付いた若い男が声を出す。
「そりゃ来るさ。あの人がいなきゃ、この実験は行われなかったんだからな」
ノートパソコンでこれまでの検証データをまとめていた中年男は、スマホを片手にリモコンアプリを起動すると、画面に表示されたOFFボタンをタッチした。ブツンと、巨大モニターが真っ黒になって沈黙した。
―――
スタジオの中で、フォトパネルを脇に抱え、左手に白い花束を持った大柄な男が、直立したまま死刑囚を覗き込んでいる。照明を強く反射する剃り上げた肌色の頭には、ぼこぼこと血管が浮き出ている。
しばらく微動だにせず見下ろしていた男は、ようやく視線を切ると、ローテーブルにフォトパネルを置いた。そしてその横にある、空になっていた花瓶に、手にしていた真新しいホワイトガーベラの花を活けた。A2サイズのフォトパネルでは、幼い男の子が幸せそうに、満面の笑みを浮かべていた。
「お前は、事件を起こす前に、殺してくれと、願ったらしいな」
花瓶をゆっくりとテーブルに置いた男は、花瓶から一輪の切り花を抜き取った。そしてゆっくりと死刑囚の視線を戻す。
「心配するな、お前の願いは必ず叶えてやる」
目の前の男に自分の息子を殺された父親は静かにそう言うと、手に取ったホワイトガーベラを拘束着の上にそっと置いた。死刑囚の口元が、かすかに微笑むように、「ナージャ」と動いた。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
スミマセン
完結してましたね
続きそうな感じがしたので 勘違い
してました
はい! 今作はこれにて完結です。私の能力では投げっぱなしが限界ですw
少しでも楽しんでいただけたのであれば本当に嬉しい限りです。
ご感想ありがとうございます!
とても難しい問題を 物語にしましたね
この問題の答えは 人それぞれでしょうけど
〇十年前に 友人と 似たような話をした時は
『項羽 と 劉邦』の 劉邦の妻 呂雉 が 劉邦の
死後 劉邦の愛人にシタコトと 同じ事を
してやれば 良いんだ みたいな話を したことが
あります
この物語は どういう展開をするか
楽しみにお待ちしてます
ありがとうございました
この お話を 読んで 学生時代に 読んだ
『 罪 と 罰』を 思い出しました
全く違う作品なのですが 底に流れている
何かが 似ているのかも 知れません
更新 お待ちしてます
ありがとうございました
ありがとうございます!
歴史的大作の名前が比較に出てきて震えていますが、最後まで楽しんでいただけたら幸いです🙇♂️