4 / 5
電気刺激治療
しおりを挟む
巨大なモニターが設置された、長机とオフィスチェアーが並ぶ会議室の中央に、白衣を着たメガネの若い男と、ブルーのワイシャツに黒いスラックス姿の中年の男が、二人並んで座っている。その周りでは、スーツや白衣、看護師の制服をまとった三十名近い男女が、各々忙しそうにどこかに連絡したり会議室を出たり入ったりを繰り返していた。巨大なモニター画面には、複数のカメラ映像が分割して映し出されている。
カメラ映像の中に、ドローン撮影と思われる斜めからの俯瞰映像があった。ブルーバックの背景布で覆われ、ソファーやローテーブルが置かれた二十平米ほどの部屋の中で、頭にゴーグル付きのヘッドギアを装着した男が、仰向けに倒れていた。
全身にピッタリとフィットした、ゴムスーツのようなものを着ている身体は不規則に痙攣し、無数の無線機が点在するヘッドギアは、まるでクリスマスツリーのイルミネーションのように点滅を繰り返している。倒れたはずみか、男のそばでホワイトガーベラを活けていた花瓶が横倒しになっている。ラグマットの一部が水浸しになっていた。
ローアングルに設置されたカメラには、首をかしげるように倒れた男の顔が、アップで映し出されていた。倒れたまま歯を食いしばっているその男はしかし、血色は悪く見えず、だらしなく涎が垂れる口角は上がっていた。ゴーグルのせいで判然とはしないが、笑っているようだ。
会議室の中央に陣取った若いメガネの男とブルーのワイシャツの中年男は、何も言わず手元のノートパソコンや電子タブレットを使って、計測数値と思しきデータをカタカタと入力していた。
「スタジオを寝室に移動しますか?」
会議室のドアの近くに立つスーツ姿の男が、いかにも電話の途中という格好のまま、よく通る声で中央に座る二人に向かって尋ねた。メガネの男が一瞬ドアの方向に顔を上げ、それから隣の中年男を伺うように見つめる。
「いや、そのままで。被験者に鎮静剤を投与したら、部屋にストレッチャーを入れて待機してください。拘束衣も念のため。集計したデータを分析し、問題なければリビング設定で再開します。ダメなら今日は中断しましょう」
中年男はパソコン画面を見たまま、顔も上げずに答えた。スーツ姿の男は手をあげて応えるとそのまま電話を再開し、会議室を出ていった。その他大勢も三々五々といった感じで、気がつくと会議室内は、中央に陣取る中年男と若いメガネの男の二人だけになった。カタカタという、無機質なキーボードのタッチ音がしばらく響いた。
「まあ、色々ありましたけど、初回としては概ねいい結果だったんじゃないですか?」
メガネの男は、手にしていたタブレットを机に置くと、伸びをしながら面倒くさそうに言った。
「いや、記憶のコントロールがうまくいっていない。今回は無理やりフラッシュバックを抑え込んだけど、どうしても虚偽記憶と実際の記憶の断片が結合してエラーが発生しちまう」
中年の男は、隣に座る若い男のほうには目もくれず、自分のパソコンに表示されている数値とにらめっこしながら答えた。
「でも結局、最終的には被験者に『生きる希望』を与えることができたじゃないですか」
「あんな強い刺激で続けると、今度は死すら恐れなくなっちまうよ。『死んで肉体が消滅しても、魂は消えずに偉大なものと融合する』ってな」
そう言ってから中年男は、俯くような姿勢で両目を右手で抑えた。それから「ふぅうう」と深いため息をつくと、ようやく顔を上げ、表情を緩めて若い男に笑いかけた。
「まあ、基本的には確かに悪くない。あとは微調整だ。その微調整が面倒なんだけども、今日はもう無理かな。また明日頑張ろうや」
難しい顔をしたメガネの男は頭をかきながら、何も言わなかった。それを見た中年男は「わかりやすく不満な態度を示すね」と苦笑いした。
「別に、そういうつもりじゃないですが」
「良心が痛む?」
二人しかいない室内に、ハードディスクの「ウゥン」という回転音と空調の音に紛れて、モニター画面から拘束着姿の男の、いびきのようなうめき声が聞こえてきた。
「まず、なんというか、すごいチープじゃないですか? その、イメージが。人生を変えるきっかけが小動物だとか、天気の変化で宗教的啓示を匂わすとか。名前もナージャとか、それがすごい、もうやっててバカバカしくて」
予想した答えと違っていたのか、中年男は「プッ」と噴き出してから、モニターから聞こえる男のうめき声をかき消す音量で「アッハッハッハ!」と笑った。
「いや、まあ確かなぁ。でもな、あんまり馬鹿にしたもんでもないぞ? そういう、わかりやす過ぎるくらいわかりやすい、ちょっとしたことで、人間の意識なんてコロッと変わるもんだから。まあ、脳内の電気信号を効率的にコントロールするための、汎用性の高い出来合いのイメージだよ。そんな気にすんな」
中年男はクスクスと笑い続け、それから「で、次は?」と尋ねた。
「次?」
「お前、『まずは』って言ったじゃねえか。それだけじゃないんだろ? ご不満は」
メガネの男は観念したようにため息をつくと、「やっぱり、『生きたい』と思わせてからって、その……。いくら何でも酷過ぎませんかね?」と気まずそうにこぼした。
「悪いな、その質問はノーコメントだ」
こちらは予想していた答えだったのか、中年男は間髪入れず答えた。
「オレは、この治療法を確立させる。そのためだけにここにいる。この電気刺激治療が標準治療として認められれば、精神疾患で苦しむ人たちを救える。自殺者を救える。幼い子から大人まで、多くの人を救える。その過程で生じる、死刑囚の人権問題にゴーサインを出したのは、オレじゃない。国だ。その問題は、オレには手が余るよ」
もちろん、中年男は自分で用意して暗記までしたこの言い分に、メガネの男が納得しないことはわかっていた。自分自身も、単にそう言い聞かせているだけだった。だから、無理やりにでも【しょうがないんだ】と納得させる理由を、外部に求めた。
「それに、国が決めたっていっても、もともとは世論だ。ヒステリックなまでに盛り上がった世論に政治家が飛びつき、国として決定したんだ。オレとお前がどう思おうと、多くの人がこの実験を支持しているんだよ」
モニター画面に、撮影スタジオに入った二人の看護師が映る。看護師の一人が、VRゴーグル付きのヘッドギアを装着したまま倒れている男を抱き抱える。そしてもう一人が、男の首元に鎮静剤の入った注射の針を刺した。
カメラ映像の中に、ドローン撮影と思われる斜めからの俯瞰映像があった。ブルーバックの背景布で覆われ、ソファーやローテーブルが置かれた二十平米ほどの部屋の中で、頭にゴーグル付きのヘッドギアを装着した男が、仰向けに倒れていた。
全身にピッタリとフィットした、ゴムスーツのようなものを着ている身体は不規則に痙攣し、無数の無線機が点在するヘッドギアは、まるでクリスマスツリーのイルミネーションのように点滅を繰り返している。倒れたはずみか、男のそばでホワイトガーベラを活けていた花瓶が横倒しになっている。ラグマットの一部が水浸しになっていた。
ローアングルに設置されたカメラには、首をかしげるように倒れた男の顔が、アップで映し出されていた。倒れたまま歯を食いしばっているその男はしかし、血色は悪く見えず、だらしなく涎が垂れる口角は上がっていた。ゴーグルのせいで判然とはしないが、笑っているようだ。
会議室の中央に陣取った若いメガネの男とブルーのワイシャツの中年男は、何も言わず手元のノートパソコンや電子タブレットを使って、計測数値と思しきデータをカタカタと入力していた。
「スタジオを寝室に移動しますか?」
会議室のドアの近くに立つスーツ姿の男が、いかにも電話の途中という格好のまま、よく通る声で中央に座る二人に向かって尋ねた。メガネの男が一瞬ドアの方向に顔を上げ、それから隣の中年男を伺うように見つめる。
「いや、そのままで。被験者に鎮静剤を投与したら、部屋にストレッチャーを入れて待機してください。拘束衣も念のため。集計したデータを分析し、問題なければリビング設定で再開します。ダメなら今日は中断しましょう」
中年男はパソコン画面を見たまま、顔も上げずに答えた。スーツ姿の男は手をあげて応えるとそのまま電話を再開し、会議室を出ていった。その他大勢も三々五々といった感じで、気がつくと会議室内は、中央に陣取る中年男と若いメガネの男の二人だけになった。カタカタという、無機質なキーボードのタッチ音がしばらく響いた。
「まあ、色々ありましたけど、初回としては概ねいい結果だったんじゃないですか?」
メガネの男は、手にしていたタブレットを机に置くと、伸びをしながら面倒くさそうに言った。
「いや、記憶のコントロールがうまくいっていない。今回は無理やりフラッシュバックを抑え込んだけど、どうしても虚偽記憶と実際の記憶の断片が結合してエラーが発生しちまう」
中年の男は、隣に座る若い男のほうには目もくれず、自分のパソコンに表示されている数値とにらめっこしながら答えた。
「でも結局、最終的には被験者に『生きる希望』を与えることができたじゃないですか」
「あんな強い刺激で続けると、今度は死すら恐れなくなっちまうよ。『死んで肉体が消滅しても、魂は消えずに偉大なものと融合する』ってな」
そう言ってから中年男は、俯くような姿勢で両目を右手で抑えた。それから「ふぅうう」と深いため息をつくと、ようやく顔を上げ、表情を緩めて若い男に笑いかけた。
「まあ、基本的には確かに悪くない。あとは微調整だ。その微調整が面倒なんだけども、今日はもう無理かな。また明日頑張ろうや」
難しい顔をしたメガネの男は頭をかきながら、何も言わなかった。それを見た中年男は「わかりやすく不満な態度を示すね」と苦笑いした。
「別に、そういうつもりじゃないですが」
「良心が痛む?」
二人しかいない室内に、ハードディスクの「ウゥン」という回転音と空調の音に紛れて、モニター画面から拘束着姿の男の、いびきのようなうめき声が聞こえてきた。
「まず、なんというか、すごいチープじゃないですか? その、イメージが。人生を変えるきっかけが小動物だとか、天気の変化で宗教的啓示を匂わすとか。名前もナージャとか、それがすごい、もうやっててバカバカしくて」
予想した答えと違っていたのか、中年男は「プッ」と噴き出してから、モニターから聞こえる男のうめき声をかき消す音量で「アッハッハッハ!」と笑った。
「いや、まあ確かなぁ。でもな、あんまり馬鹿にしたもんでもないぞ? そういう、わかりやす過ぎるくらいわかりやすい、ちょっとしたことで、人間の意識なんてコロッと変わるもんだから。まあ、脳内の電気信号を効率的にコントロールするための、汎用性の高い出来合いのイメージだよ。そんな気にすんな」
中年男はクスクスと笑い続け、それから「で、次は?」と尋ねた。
「次?」
「お前、『まずは』って言ったじゃねえか。それだけじゃないんだろ? ご不満は」
メガネの男は観念したようにため息をつくと、「やっぱり、『生きたい』と思わせてからって、その……。いくら何でも酷過ぎませんかね?」と気まずそうにこぼした。
「悪いな、その質問はノーコメントだ」
こちらは予想していた答えだったのか、中年男は間髪入れず答えた。
「オレは、この治療法を確立させる。そのためだけにここにいる。この電気刺激治療が標準治療として認められれば、精神疾患で苦しむ人たちを救える。自殺者を救える。幼い子から大人まで、多くの人を救える。その過程で生じる、死刑囚の人権問題にゴーサインを出したのは、オレじゃない。国だ。その問題は、オレには手が余るよ」
もちろん、中年男は自分で用意して暗記までしたこの言い分に、メガネの男が納得しないことはわかっていた。自分自身も、単にそう言い聞かせているだけだった。だから、無理やりにでも【しょうがないんだ】と納得させる理由を、外部に求めた。
「それに、国が決めたっていっても、もともとは世論だ。ヒステリックなまでに盛り上がった世論に政治家が飛びつき、国として決定したんだ。オレとお前がどう思おうと、多くの人がこの実験を支持しているんだよ」
モニター画面に、撮影スタジオに入った二人の看護師が映る。看護師の一人が、VRゴーグル付きのヘッドギアを装着したまま倒れている男を抱き抱える。そしてもう一人が、男の首元に鎮静剤の入った注射の針を刺した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる