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彷徨う心

雨に打たれて

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「お姉さま。ヨハンは敵でも私だけは味方よ」アイーダはそう言って続けた。「母親の実家であるコーンウォール伯爵家に話をつけておくわ」そう言ってアイーダはコーンウォール伯爵に連絡をとってくれた。

実弟に家を追い出され、これから母親の実家であるコーンウォール伯爵家に向かう。勿論、追われた身だから、馬車は使えない。

外は冷たい雨だった。コーンウォール家は隣町にある。ローサはそこまで歩いていかなければならない。隣町と言えども、決して近くは無い。途中に穀倉地帯が広がっていて、そこを越え、広大な草原地帯を歩く。道中長くなるのは必至だ。

雨に打たれながらローサはコーンウォール家を目指して歩く。

「なぜ? なぜなのヨハン。どうしてリサの味方をするの?」

とめどなく涙が溢れてきた。雨に濡れ、服はビショビショだ。


そこへ声がした。

「おーい。お嬢ちゃん。雨に濡れていると風をひくよ」

馬車に乗っている一人の男性が遠くから叫んだ。見たところキャラバン隊のようだ。

行商人は街から街へ移動している。キャラバン隊の男性はローサに近づいてくる。

「お嬢ちゃん。どこへ行くんだ? 場所が合えば連れて行くよ」

何ともご親切な。

「私が行こうとしているのはシトゥです」

ー家のある隣町はシトゥという場所だ。漁業が盛んな港町で、水揚げ量もこの国一番を誇る。

「これは奇遇だね。私はシトゥに帰る魚屋のロミオだ」

ロミオと名乗るその男は白髪の頭に長い髭が特徴的だった。

「良かったら乗っていかないかい? こんな雨の中シトゥまで歩くのは大変だろう?」

確かにシトゥまで歩くのは骨が折れる。ここはお言葉に甘えて荷馬車に乗せてもらう事にしよう。

「ありがとうございます。お世話になります」

ローサは一礼して馬車に乗った。

ローサが馬車に乗ると、ロミオは馬の手綱を引いて出発した。

「お嬢ちゃん、何でまたこんな雨が降る中で一人で歩いていたんだ?」

本当の事は言えない。こんなところで公爵令嬢が歩き回っているとなったら、騒ぎになる。

「私はクオンからユヴァルの親戚の家に徒歩で来ました。ちょっと運動がてらに」

適当に誤魔化した。

「そうか。それにしても帰りに雨に降られてしまうのは運が悪かったな」

確かに運が悪い。雨の中、本当はコーンウォール家まで歩いていかなければならなかったのだから。

「寒くないかい?」とロミオ。

「大丈夫です」辛うじて寒さだけは何とかなっている。

アイーダがコーンウォール家に話をつけてくれた好意は嬉しい。しかし、この家族と軋轢が生じた事をどう叔父に説明すれば良いのか?

リサに婚約者を取られた事。なぜ姉妹で対立したのか? ヨハンとの仲違いについても。

コーンウォール家はリサをどう思うだろうか? そして、叔父は母親がそっぽ向いている事をどう思うか? いとこたちは? また追い出されはしないか? 不安は尽きない。
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