悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第一章 セレナお姉さま

1.僕と彼女の出会い

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昼下がり。
今日は午前だけの講義。講義を終えた学生たちでざわざわと賑わう食堂を横目に、中庭へ真っ直ぐ向かって行く。

大きな銀杏の木が風に葉をならし、根本を円形に囲んだベンチに木漏れ日を落としている。
金色の濃淡と光と影のモザイクが、なんとも言えない不思議な雰囲気を醸し出していて、僕は好きだ。

「ふーーっ」

ため息をつきながらベンチに腰掛け、いつものように大学内の購買で買ったメロンパンとお茶をリュックから取り出した。

「校舎が工事中じゃなければ背景も完璧なのに、世界観台無しだよー。」

中庭が美しくても、その背景が鉄筋と灰色のシートじゃいまいちだ。
昼休み中は、工事の人たちも昼休憩なのか耳障りな機械音がしないだけまだ良い。

遠くに聞こえる学生達のお喋りと葉の掠れる音を耳に流しながら、ペットボトルの蓋を開けた。


明日も明後日も同じ毎日…。

特段に仲の良い友人もいない。講義内で話すだけの学友ならパラパラといるが、互いの時間も一緒に過ごすほどの関係じゃあない。

夢もわからない。学びたくて哲学科を選んだというより、ほかのより興味があったから。それだけで、周りのように強い思いもない。
ただただ目の前の講義をぼうっと過ごしてもう3年の秋。

就活に励む同学年の子達に劣等感と焦りを感じながらも、自分の行き先もわからず混沌のなかに囚われて動き出せない。

何より自分がわからない。
(僕は、のままでいいのかわからない。)


コツンッ。

そんな僕を笑うように銀杏の木は実を落とす。頭を擦りながら、このぽろぽろと実を落とし独特な香りを放つがために人を寄せ付けない木に少し感謝した。

学内で唯一、一人で落ち着ける場所。
何もない僕のことも受け入れてくれてる気がした。


「神様、いるのなら、僕に道を標してよ…こんな今から、こんな自分から逃げさせて…。」


少しはっとして、その後少し口元が緩んだ。こんな台詞が自分の口から出るなんて。

「悲劇のヒロインのつもりか。僕は。」

気を取り直して、お茶を口に含みザラメがきらつくメロンパンにかぶりつく。


(うま…!やっぱパンが一番だよなぁ。)


美味しいパンと緩やかな時間、これがあるから生きてける。なんて思っていたその瞬間。
何処からか横殴りの強い風が吹いた。


一気に舞い散る葉と混ざって、黒い影が目の前をよぎった。








「ーーーで、気がついたらここにいたってわけね?」

皺のついた大きめのシャツを雑に着て、銀色の髪を適当にまとめた目の前の女性は、ぶっきらぼうに言い放つ。

「あのねぇ、私が聞きたいのは死亡の経緯じゃないのよ。」

ピンク色の唇を尖らせ、ほっぺを膨らませるその姿はまるで子供だ。見た目は僕よりも少し上…、二十代くらいに見えるのに肩肘ついたしゃべり方のせいで幼く思えてしまう。

「誰が幼子だっっ!」

目の前のカウンターから身を乗りだし、僕のほっぺを摘まんだ。

(えっ!?)

よく見たら彼女はシャツを体に1枚羽織ってるだけだ。そもそも太ももが露になってるのにそう身を乗り出してはさらにシャツがはだけて…

「あら、幼いとか言いながら体はしっかり見てるのねぇ。」

ぎゅぅっと摘まむ力を増しながらニヤリとこちらを覗きこむ。


「えっ!?いや、いた、痛いっ!!ですっ!??」

「私の悪口言ってる暇はないのよっ!今日はまだまだ捌かなきゃなんないんだからっ!!」

「ごめんなひゃぁっ!」

謝る前にほっぺたを摘ままれたまま、後ろに向かされた。

「見えるでしょ?何人も待機してんの。」

どこまでも続く真っ白な空間。そこには老若男女たくさんの人たち。物も景色も何もない。あるのは人と目の前の受付のようなカウンター、それにそこに座る数人の若い女の人たち。


異様な、見たこともない空間に言葉を失った。

ここは一体なんなんだろう。

「えっと…。僕は…。」

女性のほうを振り返ると、胸元らへんに斜めに留められた、小さな名札が目に入った。

『自殺者行き先選別女神・セレナ』

「じさつしゃせんべついきさきめがみ?」

なんだそれ。読んでも、思考が追いついてこない。

(自殺者の…行き先?え、自殺者??)


「そう、自殺した方の行き先を決める重要な仕事!それをこなすのがこの私!女神セレナ!!」

摘まんでいた指をやっと離し、胸に手をあて鼻を高くして、そのセレナと名乗る女性は声をあげた。ヒリヒリとする頬を擦る僕はまるでお構いなしだ。


「あの、よくわかりませんが、僕は自殺なんてしてません。気がついたらここに…。たぶん事故で死んだんです。」

「突然死、ってわけね。そのわりには随分と冷静じゃない?もっと慌てるとかなんとかしなさいよ、つまんないわぁ。」

(つまんないって…)

苦笑いしながら、僕は答えた。

「とにかく、事故なんです。」

「工事中だった校舎の、何かしらが強風に煽られ落下したのが直撃した。それが原因って言いたいのよね?」

「そうです。だから自殺では…。」

「私は、あなたの願いが死に繋がった可能性のことを考えてるの。あからさまな自殺じゃないけどね。」

「願い…。」

全てお見通しのようだ。この女神とか言うセレナさんには。
こんな異質の空間ならそれも当たり前なのか。

「あなたの願いは死ぬことを必要としてた?」

さっさとは全然違う、真っ直ぐこちらを見据える深海のような紺色の瞳の深さにぎょっとした。


死ぬことが必要だったか?なんで突然死んだ僕にそんなことを聞くのか。
必要とか、そんなこと僕にはわからない。
でもただ、あの時の全てに浸かったままでいるのは嫌で何処かへ逃げたかった。

「逃げる、ねぇ。」

セレナさんはたらりと視線を空に向けた。

逃げる。それが僕の願い…?

「そういえば、行き先を決めるってさっき言ってましたよね?僕はどこに行くんですか。天国とか?」


「もう来てるじゃない。ここが天国。」

「ここが…。」


想像してた場所と違う。
ここまでミニマリストの部屋みたいに物がほぼない空間が天国とは思わなかった。

「なぁに?ミニマなんとかって。」

「えっ、あ、心の声に質問されると混乱する…。えっとミニマリストは…」

「ふーん?まぁいいわ。さっきの話しに戻りましょ。」

「まだ何も言ってませんけど。」

そっちから質問しておいて、めんどくさそうに話を切り上げるのはさほど興味を持たなかったからか。


「死者…自殺者の行き先はこの天界の何処か、もしくはー。」

「もしくは?」

勿体ぶるような言い方につられてつい繰り返してしまった。

「転生し新たな世界へ。」



転生。
新たな世界へ、新たな命として生まれる。

(今の全てと、今の自分と違う場所へ?よくゲームとか小説とかで見た転生して異世界で第二の人生ってやつ??)

「そう、それよ。」


全く別の世界…僕は、生まれ変われるのか。新しい自分として。
ゲームのような、RPGのような異世界でなら、シナリオにそった生き方が望めるんじゃないか。きっともう道に迷うことはないかもしれない。


(真っ直ぐに道を歩んでいけるかも…!)

「なら僕は転生します。」



「無理よ。」

「えぇっ?」

秒で言い返されコントみたいになってしまった。簡単に転生とか言った僕が滑稽だと言わんばかりにセレナさんはため息をついた。


「通常の死者なら、同じ世界に、もしくは異なる世界へ行くことを選択できるわ。でもねぇ…自ら死を望んだ者は違うのよ。」

通常の死者がどのような死者指すのかわからないが、おそらく自殺者以外の自然死もしくは事故や突然死した者のことだろう。


「でも僕は。」

「でもでもってうるさいわぁ。」

セレナさんは少しイラついた様子で続けた。

「あなたの場合なんだか難しそうだし、うーん…。」




「えっとセレナさん?あのー…?」

しばらく唸って考えるにしても、10分は経ってないか?時計はないからわからないけど。

あんなにうるさかったのに、今じゃ考える人みたいに眉間にシワを寄せ頬杖をついている。こんなボサボサな髪でしわしわの服で、女神とか言いながらその欠片も見られない、まるで休日のOLなのに。

(黙っていると…綺麗。)

長い睫毛。深海の瞳。銀色の艶やかな髪。ウェーブがかった髪がほどけて顔に少しかかってるのすら、完成された絵画のようだ。


「っは!」

何か閃いたのか一瞬で芸術作品からまるで子供のようなあどけない表情に変わった。

(あ、元に戻った。)


「あなた名前はなんだったかしら?」




「……千華ちか


チクリ。
胸に痛みが刺さるような感覚。
言いたくなかった。僕を僕じゃなくす名前。に縛り付ける…。
でも、不思議と優しい声に引き出されてしまった。恐る恐るセレナさんのほうを見上げる。


無邪気な笑顔で彼女は言った。

「チカ!今からあなたは私の妹。」

「え?」



「私、セレナお姉さまと一緒に暮らすの!!」
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