悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第一章 セレナお姉さま

2.迷える子羊

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「私のことはセレナお姉さまとお呼びなさい!!」


「セレナ…お姉さま??」


何を言ってるんだこの人は。

「人じゃないっ、女神!」

訂正、女神様は。
もはや、心の声が聞かれてて、それにセレナさんが普通に答えることも不自然に感じなくなっていた。

何でもお見通しというその態度を前に、僕は自分を隠すことはできなくなっていたのだ。

またこの声も聞かれたのか、勝ち気な顔でこちらを見ているし…。


「あの…セレナ、さ、んんっ、コホン。お姉さま?」

「なぁに?」

「どうして、転生は無理なんですか。」


僕のことは見透かされてるのに、僕だけ疑問だらけなのは納得がいかない。

転生という選択肢を提示しながら、無理というのは何故。
僕をと気がついたのは何故。"チカ"は男でもまあまあ不自然な聞こえじゃないし、名前を聞いたからではないよね。
その上、妹になれっていうのは何故…。


僕の抱えきれない疑問を横目に、彼女はほどけた髪をくるくると指先で遊びながら口を開いた。

「だって無理なものは無理だもの。」

「はい??」

「自殺者の転生は、そうそう簡単にはいかないわ。」

自殺者…。ここにいる皆、自ら命を絶っている。各々の理由があるのだろう。でも僕は違う。

「僕は自殺じゃないと思います。なのに転生することが無理と言うのは、僕がここにいるからですか。」

「あぁ、察しがいいのねぇ。」


今咲く桜のつぼみのようにぷっくりと尖っていた口がにこりと笑い、唇がキラリと光った気がした。


「そう、それよ!あなたが通常の死者ならここにいるのは可笑しいのよ。事故死者行き先選別のとこかな、そこら辺の窓口に行き着くはず。」

(自殺者の窓口があるということは、死者によって、ここみたいな所がいくつもあるのか。)

なんだか役所みたいで、西洋の絵画でみるような天界とは違いシステムチックだ、なんて思いながら僕は一番わからなかったことを聞いた。


「どうして僕はここに?」

「さぁ?神様の悪戯いたずらかしらねぇ。」

(他人事だなぁ…)

その悪戯とやらで選択肢が狭まるならたまったもんじゃない。


「でもね、ここにいる以上、あなたは最期に少なくとも死を必要としてた。望んでいたって可能性があるのよ。
ここは、そんな死者が来るところだもん。」

僕が死を必要としてた、望んでいた…そんなことを言われピリッと少しのイラつきを感じたが、どうしてか100%否定できない気持ちに足をとられてしまう。

僕は自分の気持ちも自分で示せないほどよくわかっていないのか。


「死んだら、体から自分が離れたらね、またその命を次に繋げるのよ。元いた世界でも、別の世界でも関係なく。その繰り返しなの。」


今の僕の迷いも見透されてるのか、さっきよりも優しい声だけれど、決して見下さず語りかけるように話し始めた。

「そうやって無数の枝分かれのように命は続いて行く。自殺っていうのは、その枝をポキッと折ってしまう行為なのねぇ。だから大抵の自殺者は、天界の住人としてその身を天界のために捧げるのよ。」

「捧げる?」

「捧げるっていっても、ただここを維持するために暮らすって感じね。永久に…。
自分で終わらせた命を次に繋げようなんて、樹の創造主もそう簡単には許してくれないんじゃない?」

「じゃない?って、確証はないんですか?」

「まぁ、私も何でも知ってるわけじゃないの。」

(意外だ。)

何でもわかってますよ、みたいな態度だし、実際そのように見えるのに。女神という存在でもわからないことがあるんだ。


ふと、あの中庭の銀杏の木を思い出した。

僕はそのつもりがなくても、あの時に自身で枝を折ってしまったのか。
あの時に違った考えをした僕がいたなら、ここに来ることもなく転生を選べたのか。
いや、もしくは死ななかった、ということもあったかもしれない。


「それもあなたの場合はハッキリとわからないわね。」


セレナさんは、スッと立上がり僕の目の前に来た。幼く無邪気な表情からか、僕が彼女を見上げるとは想像がつかなかった。自分より軽く10㎝は背が高いんじゃないか?

僕の両手を握りしめたようだが、乱れたシャツから覗く透き通る肌に目をそらしてしまい、まともに正面を見ることができない。


「だからね、チカは私のところで預かるわ。」


名前を呼ばれ、ドキッとした。
でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


「行き先が決まるまで、私のところでお手伝いしなさい。その間は私の妹よ。」

「セレナさんの…。」

コツン。
僕の額に彼女の額が当たる。


「迷い羊ちゃん。呼び方が違うわよ。」

「セレナ…お姉さま。」

その深い深い海のような瞳から逃れられない。
もう、目をそらせない。

この女神が、死してなお混沌のなかで藻掻く僕を導いてくれるのなら、選択肢の持たない自分はついて行くしか今できることはないのだ。


「よろしくお願いします。セレナお姉さま。」



この時から僕にお姉さまができた。
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