悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第二章 恋せよ女神

4.いちごみるくをたくさん

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そろり。
ここから逃げ出したって、行くあてもないのはわかってる。

でも、お姉さまといると狩られそうで…怖い。
取りあえず一人になりたかった。


「はぁー…。」

ため息を漏らしながら部屋の扉を閉めた。
お姉さまはソファでお昼寝中。


学園へ来て2、3日は経ってる気がするが、お姉さまの部屋はいつも薄暗いし、夜か朝かわからず感覚が狂う。
お姉さまは、1日のうち自殺者の行き先選別窓口に数時間だけ行く。その間部屋から出てはダメと言われていたし、帰ってきたら部屋に籠って私にあれこれ命令するため、今までこの部屋から出たことがなかった。

だから、学園内はおろか、学生寮のなかの様子もよくわかっていない。


一人になりたいだなんて。
生きているときも、一人でいるのが好きだった。けれど、今の今までそんな思いを忘れていたのはお姉さまに振り回されていたせいか。


「チカ、どこ行くのぉ?」

(ヒェッ…!)

耳元で優しいけれど怖さを感じる、そんな声がした。お姉さまの声だ。

ここは廊下。あたりを見回しても誰もいないし、お姉さまの部屋のほうを見ても扉はさっき僕が閉じたままだ。

「ふふ、遠くに居てもお話しできるし、どこへ行っても私には見下ろすように見えるわぁ。」

反射的に耳をふさぐ。
またお姉さまの声が聞こえてきた。

(えっ!怖!!女神ってそんなテレパシーとか透視とかできるの!?)

「怖いって失礼ね!こんなことできる学生は私くらいなんだからぁ!」

思考も居場所もバレバレってことか。
お姉さまが自身のことを優秀と言っていたのは、ただの自画自賛でなく事実だったようだ。

「セレナお姉さま、ごめんなさい、疲れたので一人の時間をください。」

「それなら私の部屋で休めばいいでしょお。チカ用のベットも置いたんだし。もうあなたのお部屋でもあるのよ。」

「それは…、ありがとうございます。
でも少しだけ一人でいたいんです。」


誰もいない廊下で良かった。はたからみれば一人でブツブツ言ってる変質者じゃないか。


「なんでよぉ。」

お姉さまは引き下がらない。

「ごめんなさいっ。またすぐに戻りますから!」

そう言って僕は駆け出した。
どこへ行くのだって見られててもいい。取りあえず落ち着きたい気持ちが脚を動かした。

「あっ、こらぁ!」


お姉さまの声は聞こえるが、自分以外の足音はしない。今のうちにどこかへ隠れなければ。

広い廊下を右往左往し、角を何回か曲がる間もお姉さまの声は耳元で響く。逃げたい気持ちと連れてきてくれたのに勝手に抜け出してしまった罪悪感が混じり、息が苦しくなってくる。

(あっ…!)

角を曲がった先は行き止まり。引き返すことを考える余裕もなく、行き止まりの先にある扉に手を伸ばした。



バタン。
急いでドアを閉めると、耳元の声がぷつんと切れたように止み、静寂が訪れた。

ドアを背に、乱れた息を整えようと大きく息を吸い、吐く。

そして、疲れからか僕はその場でドアにもたれたまま座り込んでしまった。



「ねぇー、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」

遠くで幼い子供の声がする。

「ねぇってば~。」

体を揺すられて、その声が近くにあるものだと何となくわかってきた。

「ん…。」

どうやら座ったまま眠ってしまっていたようだ。体がすぐには動かせない。
目を覚ますという感覚はいつぶりだろうか。学園に来てからずっと起きていた気がする。

「あ、起きた起きた!」

目を開けるとぼやける視界に小さな女の子が写っていた。


「あなたはだあれ?」


女の子はそう言って僕の顔を覗きこんだ。耳の上で結ばれた三編みのツインテールが揺れた。
ぱっつんの前髪が微かにかかるほどの大きな瞳が興味深そうにこちらを見つめている。

「僕は…ち」

「ち?ちーちゃん!」

(…ちーちゃん?)

被せるように言ってきた女の子は、ぽわっとした笑顔になった。

「おはよ!ちーちゃん!」

「おはよう…。君は、だれ?」

「ありちゃん!」

アリ?蟻?
ありちゃんと名乗るその子は、うさぎのようにぴょんぴょん跳びはねてフリルたっぷりの可愛らしいワンピースをふわりとさせた。

「ありちゃんも、誰かの妹?」

「えっとねー。」


ゆっくりと立ち上がりながら思い出す。
ここも、誰かの部屋だ。
お姉さまのとこと違って日が入り明るく、ピンクと白で統一された可愛らしい内装の部屋。
この子も僕がしていたのと同じで、お姉さまのお留守番をしていたのかな。


「…邪魔してごめんね、帰るよ。」

今さらながら、勝手に他人の入ってしまったことを悪いと思いドアノブに手をかけた。

(ん?)

前に進めない。
後ろからクイッと僕のシャツを引っ張ったのは、ありちゃんだ。

「今はりょーちゃんいないから、まだここに居ていーよ?」

「りょーちゃん?」

「うん!だから遊ぼうよ!」

りょーちゃん…。
この子のお姉さまのことかな。
逃げてきた手前セレナお姉さまのところへ帰りにくいし、もう少しここに居てもいいかもしれない。

「いいよ、何して遊ぼうか。」

「やった!じゃあさ、お話聞かせて!」

「お話?」

「うん、ちーちゃんのお話。」

そう言いながら、ありちゃんは僕の手をとりカフェテーブルに案内してくれた。

「みるくでいいー?」

コトン、ピンク色の液体がたっぷり入ったグラスを目の前に出される。

「これは…。」

「ただのみるくじゃないよー!いちごみるく!」

「あ、ありがとう。」

天界の食文化はよくわからない。何でもありなのか。
甘く懐かしい匂いを放つその飲み物はほどよく冷えていて、喉に心地よく流れていく。
一気に飲み干してしまった。

「おいしかった!?」

「え、うん、とっても。」

「でしょでしょ!」

すぐにトプトプとつぎ足され、グラスはまたたっぷりのいちごみるくで満たされた。
まぁなんとこの部屋にいちごみるくが合うことか。ありちゃんも、この部屋も、いちごみるくも全てがマッチしている。

グラスから今にも零れそうないちごみるくに目をやると、ピンク色の水面に僕の影が落とされゆらりと波打っていた。


「ね、たくさんあると嬉しいよね!」

「そうだね。」


ありちゃんもいちごみるくを一気に飲み干した。そして、空っぽのグラスにまたなみなみと注ぎながら僕に聞いてきた。

「ちーちゃんは何がたくさんあったら嬉し?」

「えっ、うーん…。」


僕は自分の胸上あたりを無意識になでながら、ありちゃんを見た。
子供の興味津々って顔はこんなにキラキラしてるものなのか。

「ねぇねぇ、教えてよー!」


「僕の…。」

「ぼくの?」


僕は幼い頃の自分を思い出していた。
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